「まだ。ダメですか? アニス」
「や、まだダメ」
さっきから小一時間。私はずっとアニスに引っ付かれたまま、ベッドに横たわる。枕を背にして寝転んで、アニスは上に重なって、私の胸に顔を埋めている。就寝前のいつもの時間。スるかシないかの曖昧な時間。私は最近その時間が好きになっていた。アニスを可愛がるのも好きですが、今はアニスを感じる方が好きになってしまったようです。だから、私はこうして今日も、仕事終わりの弱ったアニスを感じている。
「今日はどうしたんです?」
「……」
アニスは無言で顔を少し沈める。そんなに気に触るようなことをしたのでしょうか。それなら、こんなに私に触れてこないはず。それならきっと別な理由。絡まった指がいつまでも離れないのがその理由なのかもしれませんね。今はとにかく触れてもダメ、撫でてもダメ、何をしようにも待ってと言われる。こちらから何を言っても唸るだけ。顔も合わせてくれない。見えない素顔が少し不安になる。部屋に入ってきてからずっとむくれて、私を見ようとしない。それでも手は繋いだままだし、乗っかったままで抱きしてめたまま。空いた左手でアニスの髪を絡め取る。サラサラで手に絡まない綺麗な金色。ゆっくりと漂ってくるアニスの匂いが私の心を揺さぶった。ドラゴンの力を得てからこういう日がたまにある。そう、まるで嫉妬しているような、そんな心。埋めて見えない顔に触れたくても、アニスはそれを良しとしない。髪は良いのに顔はダメ。手は良いのに顔はダメ。本当に分からない。
「アニス、今日はどうしたんですか?」
「……」
二度目の質疑。またしても答えずに今度は握る手に力が入った。今日の仕事の内容を振り返る。別段特別な事はしていない。書類の整理に、王国の業務、他国との交流等、今日は普通の一日だった。アニスも魔道具の開発よりも王政の方に追われていたように見てたが、多分それが原因では無いらしい。それじゃぁ、今日のこの甘えモードはなんでしょうか。と、色々と緩く予想していく。そういえば、今日はやたらとアニスの視線が痛かった。あれは確かハルフィスと話してた時だっただろうか。でも、ただそれだけだ。ただ話してただけ。それ以外な何も無い。
「今日、ハルフィス達と随分楽しそうに話してたね」
口を開いたかと思ったら、自分の予想していた事が出てきた。顔を上げたアニスの瞳は少し潤んでいて、表情は暗かった。まるで、心配されてるような。心配しているような。少しむくれていて、不機嫌な顔。話すと言ってもただ話しただけ。別段なにか特別な事をしていた訳じゃないのですがね。ちょっとそれが可笑しくて、くす、と笑い空いた左手でアニスの頬を撫でる。
「はい。でも、ただ話してただけですよ?」
「ん……」
またむくれる。そうやって何か言いたげにこちらを見つめている。貴方の素顔に触れてまだ邪魔なその心を咎めること無く私は喜んで受け入れる。意地を張るのも良いですが、私は素直なアニスが好きなのです。それはずっと変わらない事。
「私の事見てくれるって言ったよね?」
ゾクリ、見据えた瞳の眼光に私は気圧される。私の仮面を剥がされそうな感覚。この秘めた思いを見透かされそうで。それでも私を取られたくなくて必死なその顔が愛おしい。まだ邪魔してるアニスの心。私を求めまいとしているのか。それとも、それ以上を拒んでいるだけか。相変わらず手を出してこないのはなぜなのか。少し疑問に思います。それとも、アニスの策略ですか? 私から仕掛けるのを待っている? そう考えるだけで口角が上がるのを止められない。私を求めてくれるアニスが愛おしくて。そんな脆い理性を保ちつつ、ずっとむくれているアニスを見つめ続ける。
「怒ってます? アニス」
「別に……」
目を逸らす。顔を逸らす。まだ浸隠す。貴女の心。ゆらりゆらりと揺れている。蝋燭の火。静かな夜に熱を帯びた体。鼓動が重なってアニスの答えは無いままで。それが可笑しくてまた小さく笑ってしまう。その態度が気に入らないのか、アニスは体を起こして私の上に被さる。
「ユフィは私に余所見しないでって言ったのに、ユフィは違う女を見るんだね」
その瞳孔は鋭く尖って私を見据える。突き刺さるような視線が痛くて気持ちいい。私はごめんなさい、と慰めようと頬に手を伸ばす。アニスはそれを掴んで、私の指を噛む。
「っ……」
ほんの少しだけ切れて血が出てくる。ゆっくり粘り気のある広がり方をする熱。指から掌に伝わって、鼓動が早くなる。それは唐突な歯型のリング。
「ダメだよ。今日はユフィからはさせないから」
両目の瞳孔が鋭くなって、熱い吐息が零れゆく。静かな部屋の立方体。私達を囲って逃さない。私に被さるアニスの瞳。私を捉えて逃さない。余裕の私を見据えてはアニスは忌々しそうに眉間に皺を寄せる。
「んッ……!」
アニスは、気に入らないとキスをする。私を見てと伝わって。嫉妬の心が流れ込む。舐る舌はぎこちなく。慣れてないのがバレている。それでも貴方は私を見る。ゆらりゆらりと瞳を揺らす。遊戯を装う私だけが、アニスの心を捉えてる。
「っ……は……。まだ足んないよ。ユフィ。私まだ、お腹すいてる」
「夕飯は食べたではありませんか」
「違うよ、ここにあるの。私が食べたいのは」
言ってアニスは私の胸を撫でる。心臓がある所。私の魔力のある所。
「今日は、私がスるんだから。覚悟してよね」
それに応じた結末はまだ知らぬまま。
貴方の素顔に触れたまま。
まだ邪魔してる私の心は穢れたまま。
嫉妬の味を覚えさせ。
苦しさだけを覚えさせ。
貴方が私に重なる時、それはいつも嫉妬の味。
壊れてしまえ、と私は誘う。