※この作品はR-18です。

転天 SS   作:扇 漱真

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Twitterのフォロワーさんから頂いたネタを話にしました。
記憶喪失ネタです。


『夜空に咲く記憶』

 

 失くしたものは、還ら無い。

 無くしたものは、戻ら無い。

 例えそれがどんなものであっても。

 どれだけ大切にしたいものであっても。

 どれだけ大切にしてたものであっても。

 大切が故に消えていく。形の無いものばかり。

 私は『それ』を無くした時ちゃんと『私』であり続けられるのだろうか。取り戻す術も知らぬまま私はそこにいる。きっとそれを見つけた時『私』はそこにいるのだろうか。

 

 …………

 

「むぅ〜……」

 

 今日も図面とにらめっこ。納得いくまで睨みをきかせて私は今日も机で唸る。他国からの初めての依頼。期限は問わないとの事だけど、魔学を必要としてくれる国からの直々の依頼だから無下にはしたくないし、出来るだけ早く答えてあげたい。でも、その要望がな〜……

 

「うぁ〜……難し〜」

 

 背伸びをして椅子の背もたれに体を預ける。

 窓から空を見る。こうして思うと本当に色んなことが変わった。ユフィと出会って、二人揃って王女になって、好きな魔学を研究できて、空っぽだったはずの私に色んなものが溢れてる。これも全部ユフィのおかげなんだ。いや、ユフィだけじゃない。色んな人のおかげ……かな。恩返しもなんにも出来てない。今の『私』はままだまだ情けない王女。

 

「凄いなぁ。ユフィは」

 

 ユフィ、今日は他国に挨拶に行ってるんだっけか。本来なら私も行くはずなんだけど、今はこっちに集中させて貰ってる。こんなに難しい要望だとは思わなかったからね。仕方ない。

 

「っくそ〜……こんなに難しいもんだったっけか〜?」

 

 再度、送られてきた手紙を見直す。そこに書いてある内容は、『平和を見れるもの』。

 随分とまぁ、抽象的で分かりづらい文章だった。でもその文章から思いついたのは“前世の記憶”の中にある『カメラ』だった。その場の真実を記録し保存出来るもの。これなら、その国の平和な記憶を収めて見せられる。思ったよりも単純かもしれないけど、写真っていう概念がないこの世界で私も『カメラ』の発明はしようしようとずっと考えていた。ちょうどいい機会だから、これを機に開発を進めた。

 

「お嬢様、そろそろお昼です。ご休憩になさいましょう」

「おっと、もうそんな時間か。ありがとう。イリア」

 

 …………

 

「今回の魔道具、進みが難航しているようですね」

「ん〜。そうなんだよね。なんだが上手くいかなくって。なんかアドバイスなぁい? イリア」

 

 食後のティータイムで一緒に紅茶を飲みながらイリアの手作りクッキーをかじる。相変わらず美味しいクッキー。いつまでも食べていたいけど、これ以上食べたら太っちゃうね。なんてご機嫌にイリアに問いかけるも、イリアは呆れながらに首を横に振る。

 

「私がお嬢様にアドバイスなど送れるわけないでしょうに。申し訳ありませんがご自分でお考えください」

「っはは、は〜い」

 

 なんて、冗談混じり次のクッキーを取ろうと手を伸ばした───その時。

 

「え……?」

 

 手に取ったクッキーが砕けた。

 

「あれ……?」

「お嬢様? いかがなさいました?」

 

 私の中から何かが抜けた感覚。唐突過ぎて固まってしまった。クッキーが砕けるのと同じタイミングで私にやってきた。

 

「っ……あ、ごめんごめん。力加減間違えちゃった」

「全く、そんな事ではユフィリア様になんと言われるか」

「え……?」

「……はい?」

「っ、あぁ! ユフィ! ユフィね! ぁ〜うん。またユフィに怒られるのはやだな〜……たはは……」

 

 少し私がおかしいと思ったのか、イリアは眉間に皺を寄せるが、すぐに呆れたため息と共に元に戻る。私の取り繕った表情も上手くなっただろうか。砕けたクッキーを手に取って、とりあえず口に放り込んだ。

 

 …………

 

「…………」

 

 図面の内容が入ってこない。さっきのお茶の時間。クッキーを手に取った瞬間。一瞬だけ、ユフィの事を忘れかけた。何故なのかは私には分からない。ココ最近で何か異変が起きている訳でもない。いつも通りの平和な日常で、いつも通りの平和な王国だ。ふと覗いた自分の掌はいつも通りで、ふと覗いた窓から見える空もいつも通り。この違和感は一体なんなのか。

 

「っええぃ! そんな事より! 仕事仕事!」

 

 顔を振って、また図面に前のめりになる。

 とりあえず、シャッターを切るところまでは出来た。後はその写した場面を保存するフィルムのようなものが必要だ。カメラってのはレンズを使ってピントを合わせ、シャッターを切ると鏡が上がって、光がフィルムに焼きつけられるしくみだ。いやでも、それをフィルムに保存するって言ったって、フィルムをどうするかな……。

 

「二眼レフカメラの方がいいかな……あっちの方がわかりやすいか〜?」

 

 今この王国に一眼レフカメラを再現するなんてかなり大変な事。だとすると必然的にカメラの性能をどんどん昔へ寄せていく必要がある。とりあえず今考えてるのは、カメラに組み込んだ魔石への保存方法。水晶に映像を写す容量で、シャッターを切って、組み込んだ魔石へその場面を写し落とす、そしてその場面を写した魔石をフィルム替わりにする。今の所1枚が限界だけど、この世界じゃまだそんなにカメラって重要じゃないし、これぐらいならね。

 

「んじゃぁ、早速魔石を組み込んで〜っと」

 

 カメラの中に魔石を仕込み、とりあえず目の前の窓の外へピントを合わせる。

 

「お〜。結構綺麗に映るね。ガラスにも手間隙かけた甲斐があったってもんですよ」

 

 なんていいながら、私は───

 

「よし、まずは1枚お試しだね」

 

 シャッターを切った。

 

 …………

 

「アニス!?」

「ユフィリア様!」

 

 王宮での業務の途中、アニスが当然倒れたとの報告を受け急いで離宮に戻ってきた私は、叩き壊すようにドアを開けると周りにいるイリア達の目もくれずにベッドで眠っているアニスを見て唖然とした。

 

「来たわね。ユフィリア様」

「ティルティ! アニスは無事なのですか!?」

「ちょっ……落ち着きなさい! ただ眠ってるだけよ!」

 

 ティルティへ力任せに掴みかかってしまった肩を振りほどかれて私はまたアニスヘ向き直る。よく見ればアニスの顔は穏やかな寝顔でした。

 

「アニス……」

 

 ティルティの話によれば、アニスは工房で倒れていたとの事。イリアが急いでティルティを呼んでくれたらしいのですが、ただの過労で倒れた訳でな無いようです。それは、診察に来たティルティがすぐに理解してくれたようで。今はそれを確かめるためにもアニスが目覚めるのを待っていたようです。

 

「私も倒れたって聞いたから、また疲れかなんかだと思ったんだけど、どうもそんな様子じゃないのよね」

「と……言うと?」

「魔力が少し乱れてる……ん〜……なんて言えばいいのかしら……例えるなら、川を無理矢理積止めて流れがおかしくなってるって感じかしら」

「魔力が止められていると……?」

「流れはしてるんだけど、所々の量がおかしいの。血管を巡る血液が、少しづつ循環が遅れてる部分があるみたいに」

 

 ティルティは訝しげに目を細める。

 

「まるで、何か思い出すのを止めてるかのように」

「思い……出す……?」

 

 更に私の頭が混乱しそうになった時、アニスの表情が少し動いた。

 

「ん……ん……ぅ……?」

「アニス様!」

「アニスっ!」

「てぃる……てぃ?」

 

 目覚めたアニスはゆっくりと体を起こす。本当にただ眠っていただけなのか、目をぐりぐり擦りながら、辺りを見回す。

 

「あれ……? 皆どうしたの? なんで、ティルティまで……?」

「なんでって、貴方が急に倒れたからって呼ばれたのよ。ったく、なんともないならちゃんと仕事には休みを入れなさいよね」

「あ……はは、ごめん。ティルティ」

 

 いつもの調子のアニスに私達皆は安堵で胸を撫で下ろしました。ですが、まだ少し様子がおかしいのかアニスは私を見て、首を傾げました。

 

「ティルティ。その隣の子……誰?」

「え……?」

「は?」

 

 安心した表情はどこへ行ったのか、私達の顔は一斉に驚愕の表情に染まります。

 

「ア、アニス……? 私です! ユフィリアです!」

「っ……え? ……えぇ……っと……?」

「そんな……まさか……」

「お嬢様……」

 

 私は唖然としたまま、その場に崩れ落ちる。

 

「アニス……?」

 

 失くしたものは、還ら無い。

 無くしたものは、戻ら無い。

 例えそれがどんなものであっても。

 どれだけ大切にしたいものであっても。

 どれだけ大切にしてたものであっても。

 大切が故に消えていく。形の無いものばかり。

 私は『それ』を無くした貴方を見た時───

 

 こんなにも神を呪った事はなかった。

 

 こんなにも魔法を呪った事はなかった。

 

 こんなにも魔学を呪った事はなかった。

 

 …………

 

 消えた記憶はいつの日か。

 亡くした心はいつの日か。

 貴方の唯一になりたいと願ったはずなのに、進む事を選んだはずなのに、私は貴方の目の前で立ち止まる。一人で背負った重みを和らげようとしていた私の姿を貴方は忘れてしまっている。滲んだ記憶は消え失せて、私の歩みは全て消え、貴方の隣に居たはずの私はもうそこに居ない。それをすぐに受け入れたようなどと。光を失った私は真っ暗な道を灯りもなしに進み続けるしかなかった。

 

 …………

 

「ここまでの話を整理するわね」

「……はい」

 

 アニスが私を誰と言った後、ティルティは急いで私を連れて部屋を出ました。今日はとにかくアニスとの接触を避けて、今はティルティの屋敷連れてこられました。馬車の中で泣いていた私に何も言わずに寄り添ってくれたティルティにはまた借りを作ってしまいましたね。

 今……私の顔は目元が腫れてるのでしょうか。散々泣きましたからね。アニスが私を認識しないだけでこんなにも心が揺さぶられるとは思いませんでした。苦しい……というのでしょうか。心臓が痛くて、すぐに鬱向いて、涙が出てくる。この感情の名前はなんでしょうか。アニス。

 

「ユフィリア様」

「っ……すみません。続けてください」

 

 零れそうになった涙を拭い、ティルティへ視線を戻す。あまり納得言ってなさそうなティルティはため息を吐いて言葉を続ける。

 

「アニス様の様子を見る限り、恐らくユフィリア様の記憶だけ無くなっていると予想されるわ。私とイリア達の事は多分理解してたと思う」

「……はい。でも、なぜ私だけ……?」

「分からないわ。王宮から出てくる時にイリア達にアニス様が覚えてる事を聞き取るように言ってきたから、それが終わるまではここに居なさい。多分今アニス様と接触すると面倒な事になるわ」

「そうですね。分かりました」

 

 私が俯くとティルティは面倒くさそうにため息を吐きました。それと同時に、王宮に居るはずのイリアが戻ってきました。

 

「ティルティ様、遅くなりました」

「あぁ、イリア。悪いわね、いつも面倒な役ばかり」

「いえ、これも侍女としての務めです。ティルティ様に言われた通り、工房の作業台にあったものは全てこちらにお持ちしました」

「流石ね。ありがとう」

 

 鈍い音を立てて置かれた荷物を広げると、そこにはアニスが仕事として開発していたであろう魔道具とその設計図、そしてその他の道具が持ち出されていました。

 

「ティルティ、なぜ魔道具を?」

「最近のアニス様はほぼずっと工房に居たと聞いたから。絶対原因は魔道具よ。ユフィリア様は王宮での仕事の方が多かったから多分気づいてなかったのでしょうけれど」

 

 なるほど、と私は納得してしました。

 広げた道具を見るなり、ティルティはまた風呂敷にしまい、自分の作業台に置くとまた私達の方へ向き直る。

 

「それよりも、ユフィリア様の記憶の亡いアニス様への対応を決めるわよ。そういうわけで、イリア。ユフィリア様以外に忘れてたことってある?」

「はい。ご報告します。まず断言出来るのは先程も仰っている通り、ユフィリア様に関する全ての記憶が無くなっています」

「す、全て……ですか?」

「はい。ユフィリア様のアルカンシェルを制作なさった事も、覚えておりませんでした」

「っ……」

「そして、記憶が亡くなる直前の事も覚えておりませんでした」

 

 記憶が亡くなる直前。つまり、この魔道具を作っていた時間も忘れてしまっているようですね。ですが、今回の魔道具の開発と私に関する記憶の喪失とは何ら結び付きが無いように思えますが、それはティルティが調べてくれるからいいにせよ、まず決める事は明日からのアニスヘの対応。今まで通りに接したら、アニスの方が混乱してしまう。

 ───すると、ティルティが真面目な顔で私を見つめてきました。

 

「ユフィリア様達って、実際どこまでイッてるんだっけ?」

「え゙っ?!」

 

 唐突な質問に私の顔は沸騰したように赤くなりました。

 

「せ、説明するのですか? 今ここで?」

「そうよ。そうじゃないと対策なんて立てられないじゃない」

「で、でも、その……ハルフィスに言うのは大丈夫なのですが……」

「なんであの子に言うのは大丈夫なのよ……」

 

 ティルティが呆れたように頬に汗を垂らしました。

 

「え、あ、まぁ、その、知っての通りですが、その、アニスとは永遠を誓った仲で……その……病める時も健やかなる時も、私達はお互いを愛し続ける事を……」

「あーあーあー違う違うそういうのはもういいのお腹いっぱいなの腹下すから」

 

 せっかく私がアニスとの濃ゆい関係を説明しようとしたら、ティルティはやめて、と手を振って静止されました。なんですか、せっかく昨日の夜も何をしたのか事細かに説明しよう言うのに。とイリアの方を向くと明後日の方を向いていました。なんですか、説明しろと言ったのはティルティでしょうに。

 

「そういうんじゃなくて、ユフィリア様とアニス様の関係性を取り繕える所を知りたいの」

「それなら……やっぱり最初の関係に戻した方がいいかもしれませんね」

「助手……ね」

 

 そう。いきなり私をパレッティア王国の第二王女などと説明しても、私の記憶が亡いアニスにとってはにわかに信じ難い事となりうる。それでパニックになって余計に不安定になられても困る。だったら、一番手っ取り早いのは最初のようにアニスの助手としてやり直す他はないのでしょう。

 

「いけると思う? それで」

「それ以外で穏便に事を進められる方法は分かりません」

「私もユフィリア様と同意見です。レイニの事は覚えていても、なぜレイニが侍女になったのかは覚えていらっしゃらないようです」

「ユフィリア様が関係してる事は全て忘れてると思った方が妥当ね。何はともあれとにかく行動よ。適度にアニス様に接触しつつ、記憶が戻るように促すわよ」

「分かりました」

「とりあえず、今日は私の所に居なさい。勝負は明日よ」

 

 …………

 

「というわけで、改めて紹介するわね。アニス様」

「ちょ、ちょっと待ってティルティ! 話端折りすぎてない!?」

 

 私がツッコミを入れると、ティルティは何よ、と言わんばかりに眉間に皺を寄せて私を睨む。

 いやいや! だってそうでしょ!? いきなり朝っぱらから呼び出されたと思ったらいきなり新人紹介されるこっちの身にもなって!? 

 

「まぁ、『今の貴方』にとってはそうかもしれないわね。ついでに言っておくけど、貴方、今記憶喪失に近いわよ」

「は? きおく……そうしつ……? なんで?」

「私が連れてきたこの子。覚えてる?」

 

 そう言って指さしたティルティの隣の子。

 とても綺麗な銀の髪。美しい容姿。落ち着いた雰囲気。いかにも完璧な令嬢と言わんばかりのオーラが漂っている。でも、覚えてる? 、なんて聞かれても全く覚えがない。けれど、皆の様子を見る限りは皆は知っているみたいで、私だけが置いていかれてるような雰囲気だ。

 

「ごめん……わかん……ない」

 

 私が俯きがちに答えると、皆も少し悲しそうな顔をした。やっぱり私に関係する人なのかな? でも、覚えてないんだからしょうがないじゃん。何もわかんないよ。名前も……何も……。

 

「それでは、アニス様。改めて自己紹介を。私はユフィリアと言います。貴方の…………助手をしていた者です。以前から、ここの工房でお手伝いをさせて頂いてました。よろしくお願いします」

「っ……はぁ……どうも」

 

 綺麗なお辞儀に困った私はとりあえず会釈程度で返しておく。なぁんか、綺麗な子なんだけど、ちょっと影があるって言うか俯きがちっていうか。雰囲気とはちょっとズレてる子なのかな? あ〜、でも、顔は良い……! 美人って言葉じゃ足りないくらい〜! 

 

「アニス様」

「っはい!」

 

 そんな私がユフィリアって子に見惚れてると、イリアがゴミを見るような目で見てくる。その視線に驚いてつい姿勢を正してしまった。

 

「朝からお盛んになるのは結構ですが」

「いやマジで不敬すぎじゃない?」

「まずは、ご自分の状況をご理解ください。そしてなるべく早い回復を望みます」

「んな事言われたって……」

 

 皆は知り合いっぽいけど私だけ置いてきぼりな感じ。マジで私だけ忘れてるっぽいなぁ……。顔を見ても、声を聞いても、思い出せない。グランツ公に聞けばわかるのかな……? でもなんか皆教えてくれなさそうだけどなぁ……。

 

「まぁ、本当に覚えてないなら仕方ないわ。私も何かきっかけを探してみるから、アニス様はちゃんとユフィリア様の事を思い出しなさい」

「ぅぇ……そんなぁ……」

 

 思い出しなさいって、そんな簡単に言わないで欲しいなぁ……。それができるなら苦労はしないよ。

 と、またそのユフィリアって子を見やるが何も分からない。急にこんな事になってて私も逆に混乱しそうだ。

 

 …………

 

 そこから、すぐに仕事へ皆は戻って行った。ティルティは屋敷に戻ったし、私も今日はやる事が多い。ユフィリアって子は他の仕事があるみたいだから、別行動。今日の仕事を片付けない限りはどうしようも無い。

 

「むぅ……」

 

 机で資料と睨めっこをしていると、ドアがノックされる。

 

「アニス様。グランツです。お入りしてもよろしいですか?」

「あ、は〜い。どうぞ」

「失礼します」

 

 そう言って入ってきたグランツ公。手に持った資料を届けに来てくれたようで。

 

「頼まれていた資料をご用意致しました」

「ありがとうございます。いつも仕事が早くて助かります」

 

 グランツ公も……何か知ってるのかな。よく見るとユフィリアと目元とか雰囲気が似てる気がするような……。

 

「? 、アニス様。なにか?」

「えっ! あ、いえ! なにも! ごめんなさい! ちょっと……」

「今日から紹介された貴方の助手について考えていた。というところですかな?」

「ぅ……」

 

 さすがグランツ公。私の事はお見通しだ。やっぱり何年も父上の側近をしてただけあるよね。

 

「グランツ公はあの子の事を何かご存知なのですか?」

「えぇ。知っていますとも。我が子のように」

「……?」

 

 我が子のように。そういったグランツ公の顔は本当に父親のような顔をしていた。

 

「グランツ公。私は今、記憶喪失に近い状態だそうです」

「えぇ、侍女から伺っています」

「あの、ユフィリアって子は私にとって何なのでしょうか。思い出そうとしても、頭の中でつっかえて、モヤがかかってるみたいで」

 

 私の言葉にグランツ公はほんの少しだけ目を細める。

 

「彼女は貴方に救われた者の一人です」

「え……?」

 

 救われた……? 私に? 

 

「今は、それしかお伝え出来ません。一気に記憶を思い出して余計に混乱されてもらっては困ります。ですがどうか、彼女と寄り添う時間を作って下さい。そうすればきっと……」

 

 グランツ公って……こんなお父さんみたいな事言う人なんだ。なんかちょっと印象変わっちゃうかも。いやまぁ、確かに父親ではあるんだけど、確か一人っ子のはずだよね? グランツ公の所。娘なんて居たっけか? 

 なんて、ちょっと考えた瞬間───。

 

「っい!?」

「アニス様!?」

 

 頭に電流が走ったような痛みが襲ってきた。思わずその場で頭を抑えてしまって資料が落ちる。

 なんで今頭痛がした……? グランツ公の家族関係を考えた瞬間だった。誰かの面影が浮かんでは消えた。一瞬だけ脳裏に誰かが映った。今のは誰なのか。一瞬の光のように。すぐに消えた面影。ティルティの言ってた事は本当だったんだ。私は何かを忘れてる。それがあのユフィリアって子なのかは分からない。でも、多分そうなんだ。皆が覚えていて、私だけ覚えてない。それはあの『ユフィリア』って言う子の事だけ。なら、あの子は、私の何? 私の助手? そんな関係じゃないはずなんだ。薄々感じてはいる嫌な予感。忘れてはいけない人だったような。そんな感覚。

 

「アニス様、大丈夫ですか?」

 

 色々考えているとグランツ公が呼び戻してくれた。そうだ。今はその事を考えるのは後にしよう。今は仕事をしよう。離宮に戻ったら聞けばいいだけだ。

 

「ごめんなさい。ちょっと傷んだだけです。大丈夫」

「あまり無理はしないで下さい。アニス様」

「あ……はは、気をつけます……」

 

 乾いた笑いを見せてグランツ公を部屋から返した。

 

 …………

 

「盗み聞きとは、随分趣味が悪くなったな。ユフィリア」

「申し訳ありません……」

 

 偶然通りかかったアニスの執務室の前で、私はアニスとお父様の話を聞いていました。お父様は私へ視線を向けるなり、窓に映る空を見上げます。

 

「アニス様はお強い人だ。すぐに良くなる。それまでの辛抱だ」

「……はい」

 

 そんなお父様とは裏腹に私はまだ下を向く。あの会話でほとんど出てこなかった私の名前。すぐに良くなると言われても私にはどうも直ぐに戻るとは思えませんよ。アニス……。少しの間だけなのに、名前をまともに呼ばれないだけでこんなに心が痛むなんて。ギシギシと締め付けられて、悪い未来ばかり予想してしまう。ティルティに任せっきりなのがダメなのでしょうか。私にはまだ魔道具の知識は浅いものしかない。共に開発に携わってきたとはいえ、アニスの方が知識は上。私はただ魔法が使えるだけで。何か役に立っているわけじゃない。

 

「私にもなにか……」

 

 悩んでいても仕方ない。揺らぐ心を押さえつけ、私はまた進まない歩を進める。

 

 …………

 

 今日の仕事を片付けて私もティルティとは別な方法でアニスの記憶へアプローチ出来るようなものがないか探しに来てみたものの……。私にはさっぱりなものばかりでした。

 

「……」

 

 独り工房の中で、私はアニスの記憶が戻りそうなものを探している。そして、そこにある魔道具の図面の数々。アニスが魔学に触れてきた証。アニスの生きがい。生きてきた証。アニスの記憶から切っても切り離せないもの。

 

「…………っ」

 

 でも今はそれのせいでアニスは記憶を亡くした。こんなものがあるから、アニスは記憶を亡くした。こんなものに触れさせた私のせい。なら、これも燃やせばアニスは戻ってくる。この工房を全部ぶっ壊せば私のアニスは戻ってくる。

 

「っ──っ──!」

 

 動悸が激しくなって、体が熱くなる。燃えるように熱い。目の焦点が合わない。視界も滲んで、歯を食いしばる力が強くなる。私は炎の精霊を呼び、右手に火を纏う。

 

 こんなものがあるから……! 

 

「───!」

 

 こんなものがあるからッッ!!! 

 

「っ!?」

 

 図面の一枚が私の足元に落ちる。それはアニスが私の為に作ってくれた魔道具、『アルカンシェル』の図面。よく見れば、アニスの言葉が色々綴られている。

 

『ユフィの為の最高の魔道具を作る!』

 

『あの子に合わせた設計を心掛ける!』

 

『絶対に成功させる!』

 

『ユフィの為に!』

 

 その言葉は私の馬鹿げた考えを消し去った。

 

「アニ……ス……」

 

 ポロポロと崩れる様に涙が落ちる。手に纏った炎を消して、設計図の前に膝から崩れ落ちる。

 なんとも丁寧な設計図とは裏腹な稚拙な言葉。

 …………そうですね。貴方は魔法が好きなのですよね。自分でも恋をしてしまう程に仕方なく。でも、貴方は魔法には恵まれなかった。使えない魔法を魔学として生まれ変わらせて、自分に魔法を与えた。この設計図は全てその証。貴方が生きた証。貴方の記憶。なら、私が先に諦めてしまってはいけませんね。私は貴方とここにいるという記憶を亡くしたくありません。

 だから私はここに居ます。アニス

 

 …………

 

 ユフィリア様の様子を見に来ていた。そんな涙を見てしまった私は、扉の前で立ち止まってしまった。隣のイリアも入りづらそうに壁を背にして私の隣に立っている。

 

「どうすんのよ、これ」

「私に聞かないで下さいませ。お二人の中に入れるのは私達ではありませんので」

「これからこういうユフィリア様を見守るしかないってことね」

「それ以外にないでしょうに」

 

 そう言って取り出した、アニス様の魔道具に仕込まれていた緑色の魔石。イリアはそれを見るなり、訝しげに目を細める。

 

「それは……?」

「貴方に持ってきてもらった魔道具に仕込まれてた魔石よ。多分今回の原因はコレ。この魔石の作用ね」

「そんな小さな魔石が?」

「多分コレ、アニス様が討伐したドラゴンの魔石よ」

「ドラゴンの魔石はアニス様の背中にあるのでは?」

「あんなにバカでかいドラゴンを倒しておいて魔石一個だけなんておかしいでしょ。多分これはアニス様が隠し持ってた物よ。全く、本当に抜け目のない人なんだから」

 

 なんでこんなものを隠し持ってたんだか。あの人にはつくづく───

 

「それは本当ですか?」

「っ!?」

「ユフィリア様……」

 

 突然声を出されて咄嗟に身構えてしまった。振り向けば目元が少し赤くなったユフィリア様がそこにいる。さっきの話を聞かれてしまった。誤魔化しようもないからそのまま話を続けた。

 

「原因はコレで間違いない。でも、この魔石がどういう効力を持っているのかはまだ分からないわ。下手に魔力を通して私まで同じ状態にはなりたくないし」

「何故それが原因だと思ったのですか?」

「微かだけど、アニス様の魔力が入ってる。それに手に持ってる今も私の魔力がほんの少しづつ吸われてる。それが記憶に影響したかは分からないけど、魔道具にはそんな機能はないだろうし、あからさまに原因になり得るものがこれしか無かったから、かしらね」

 

 私が肩を竦めると、ユフィリア様もその魔石を手に取った。そして、少しだけ表情が力むように見えたからすぐにそんな事はやめてと私はユフィリア様を止める。

 

「魔力を通すなんて馬鹿な事はやめて。さっきも言ってたでしょ。コレはおそらくドラゴンから取られた魔石。ほぼほぼ呪いの一種の可能性があるの。貴方までアニス様の記憶を亡くして、貴方達がお互いを知らない事になったら大事よ」

「…………はい」

 

 本当に納得のいってない顔。さっきまでの泣き顔は何処へ行ったのか。未だにユフィリア様は暗いまま。元気づける方法もまだ私には分からない。

 

「ティルティには任せてばかりですね」

「何よいきなり」

「いえ……こうしていつも問題が起こると、ティルティばかり頼って……私はいつも何も出来なくて……少し、納得がいかなくて」

「……」

 

 へぇ……この人もそういう風に考えるのね。

 

「だから、私は考えました」

「何を……?」

「アニスに、私の事を話します」

 

 それはそれは真剣な瞳で私達に伝えてきた。もちろん驚いた私とイリアは目を見開いた。

 

「な、何言ってるの! いきなりそんな事を言われたら情報過多で唖然とするだけよ!」

「ユフィリア様、もう少し落ち着いてからでも遅くはないかと……」

「いいえ、これは私の考えです。ただ、アニスには知っておいて欲しいのです。私の事を。どんな時も」

 

 信頼故の考えかしらね。微笑を浮かべたユフィリア様の顔はヤケクソになっているようには見えなかった。多分、それがユフィリア様が唯一出来るアニス様へのアプローチかしらね。しかし、それでも不安だ。いきなり話すと言っても何処まで話すつもりなのか。精霊契約者までか……それとも、アニス様の家系に養子として迎え入れられた事までか。そのどちらを話した時でも、アニス様にとっては大事だ。片や精霊契約者、片や王族としての姉妹、何それなんて唖然となって混乱するのは当たり前だ。それで余計にアニス様が不安定にならないかが一番の心配。

 

「……」

 

 なんて、視線を送るとユフィリア様はまた優しく微笑んだ。

 

「心配しないでください。ティルティの思う様な事は言いません。多分ですが」

「冗談は惚気だけにして頂戴。その事実でアニス様が狂ったら困るのは貴方よ。ユフィリア様」

「分かっています。でも、それでも、私はあの人の隣に居たい。私がそう願ったように。私がそう望んだように。記憶が無いのならば私はもう一度、最初からアニスとやり直したい。それが、今の私の願いです」

 

 瞳の奥の決意は揺るがない。この人を見て常々そう感じさせられる。アニス様への行動力はこの人が随一だ。その真剣な瞳に私は頷くしか出来なかった。

 

「分かったわ。そっちは貴方に任せる。この魔石の解析は私が何とかしてみるから。頼むわよ。ユフィリア様」

「ありがとうございます。ティルティ」

 

 …………

 

「アニス様、今お時間よろしいでしょうか?」

「ユフィリア? うん。入ってきていいよ」

 

 消えた記憶はいつの日か。

 

「すみません。こんな夜遅くに」

「ううん。私もユフィリアと話したいことがあったから」

 

 亡くした心はいつの日か。

 

「そうですか。私もアニス様にお話したい事があります」

 

 貴方の唯一になりたいと願ったはずなのに。

 

「うん。私も、ユフィリアと話がしたい」

 

 進む事を選んだはずなのに。

 私は貴方の目の前で立ち止まる。

 一人で背負った重みを和らげようとしていた私の姿を貴方は忘れてしまっている。滲んだ記憶は消え失せて、私の歩みは全て消え、貴方の隣に居たはずの私はもうそこに居ない。それをすぐに受け入れたようなどと。光を失った私は真っ暗な道を灯りもなしに進み続けるしかなかった。

 

 でも。

 

 それでも───。

 

 

 …………

 

 下弦の月が見える頃。美しい満月とは違う空に浮かぶもの。私達がすれ違う時はいつもそうでした。二人きりになった瞬間、底知れぬ予感と戸惑いが混ざって少し心が焦っている。話す事の怖さ。向き合う事の恐ろしさ。今の目の前にいる貴方が私の知っている“アニスフィア・ウィン・パレッティア”では無い事。いつも二人になった時はこんな気持ちを抱くはずがなかったのに、今は違う。今の貴方はここに居て、私の知ってる貴方はここには居ない。ほんの少しだけ張り詰めた空気が私達を囲んで経験した事の無いような夜が始まった。

 

 …………

 

「まぁ、とりあえず座りなよ。立ち話もなんだからさ」

「はい。失礼します」

 

 隣に座るまでは良かったのですが、そこからの張り詰めた空気のせいで口が開かなくなってしまった。何処まで話していいのか、私自身まだ迷っている。言葉を出すのが怖い。口が乾いて、喉から漏れそうな声が出てこない。アニスが知りたいのは私自身の情報。おそらく私の全て。それだったら構わないのですが、王女としての私と精霊契約者としての私の事を話した瞬間、どう反応するのかが、気がかりで口が動かない。勝手に人の反応を考えてしまう。悪い癖ですね。

 

「ユフィリアは……」

「っ……」

 

 耐え兼ねたのか、そこでアニスから話題を出させてしまった。

 

「ユフィリアは魔法を使えるってハルフィスから聞いた」

「……はい。使えます」

「ユフィリアは私を慕ってくれてるってガっくんから聞いた」

「……はい。お慕いしています」

 

 並べられる言葉は突きつけられてるようで体が痛かった。同意を求めてるんじゃなくて、ただ並べられている他人事みたいで。言葉が入ってこない。アニスが話す度に心がなにかに塗り替えられていく感覚が私を染める。まるで、今のアニスを受け入れようとしているような。『前のアニス』を忘れたがっているような。体が震える。私まで違う誰かに染まってしまっているのではないのかと。

 

「あと……グランツ公がね」

「っ……!」

 

 次飛んでくる言葉は何……!? 

 次に並べられる言葉は何……!? 

 言葉を交わすだけでこんなに心を身構えさせる必要があるのでしょうか。次何かアニスの言葉を聞いたら、発狂してしまいそうな予感と恐ろしさ。私がこれからどうなるのかも分からない。今その言葉を聞いたら私は───

 

「君は、私に救われた人だって、言ってた」

「っ……」

 

 その言葉を聞いた時。私の中の“アニス”は消えてしまった───。

 多分『そういうタイミング』なのだろうと思っていた。多分『そういう瞬間』なのだろうと思っていた。

 多分『そう』なんだろうって、思ってました。

 何故か、聞こえていた鼓動は消えて、冷や汗も引っ込んで、何を伝えようとしていたのかも忘れて、私は糸が切れた操り人形のように顔を伏せて、「そうですか」、と小さく呟くことしか出来なかった。

 

「それで、ユフィリアはなんの話をしに来たの?」

「私は……その……」

 

 話す気が無くなった。もう今話しても他人事のように自分との思い出を並べるアニスへ何を言ってもダメだと思ったから。『言ってた』。全て過去形の話し方になってしまって、私との思い出はどこかへ全て消えている。でも、話さないと、何も進まない。次へ進まない。元に戻らない。

 

「私の、名前を教えに来ました」

「名前……?」

 

 いたい。

 

「はい。私の名前は───」

 

 いたい。

 

「えっ……」

 

 痛い。

 

「本当に……それがユフィリアの名前なの?」

 

 見たくなかったその顔を見た瞬間、砕け散ってしまいそうな程に。

 

「はい。『今の私』の名前です」

 

 いたい。

 

「それじゃぁ……ユフィリアって……」

 

 いたい。

 

「はい。アニス様の……義理ですが姉妹という事になります」

 

 居たい。

 

「そう……なんだ」

 

 他人だと思っていた私を姉妹だと言った時に、実感が湧かないと悩む貴方の隣に。

 

「なんか……変だね……そういうの」

「そう……ですよね……」

 

 いたい。

 

「あ、いや、ユフィリアの事を嫌がってる訳じゃないのよ!? ……なんか……その……急に言われると、処理しきれないっていうか……えと……」

 

 いたい。

 

「……」

 

 痛い。

 

「やっぱり、言われても実感湧かないって言うか、ちゃんと記憶取り戻すまでは少しづつでいいからユフィリアの事を教えてほし───」

 

 引き裂かれそうな程に。

 

「っ───!!!」

 

 アニスを組み伏せた私は何も答えない。

 

「……?」

 

 なんの事かと彼女も分かっていない。

 でも私は分かってる。

 本当は分かっていたんです。そんな事は。

 誰に話していいか分からなくて、ずっと一人で抱え込もうと思っていたんです。こんな事は。

 もしかして『そう』したら戻ってくるんじゃないかって思ってたんです。一人で。

 どうやってお互いの心を感じ合っていたのか。体は覚えているはずだから。そんなことをしてでも、アニスを取り戻したいって思ったんです。誰にも見せられないような顔をしている私を貴方はどう思っていますか? アニス。

 

「ね、ねぇちょっと、ユフィリア……?」

「……」

「何か言ってよ……怖いよ……ユフィリ───ぁ゙!?」

 

 密かに開発していたアニスの体。醜く汚い医療魔法の使い方を覚えてしまった私は、アニスの体へ魔力を流し込む。血行促進に似た作用を脳から強制的に起こせる魔法。名前はつけてませんが、アニスへ使おうと密かに開発していた魔法でした。これにより、擬似的にですがアニスの体の感度を上げることが出来る。

 

「な……にこれぇ……ユフィリア……!」

「アニス……っ」

 

 何処に行けば私は貴方と出会えるのか。

 何処へ向かえば私は貴方の心を読めるのか。そんな葛藤に混乱してて、何も分からなくて、捻り出した答えがこんなに汚くて、こんなに醜くて。

 

「ちょ……ヤダっ……! やめてよ! ユフィリア!」

「アニスフィア……」

「な、に……? ユフィリ……んぅ──!?」

 

 確かめ合うことがそうだと思ってしまって。

 私の知ってる貴方に戻って欲しくて焦ってしまって。

 貴方の気持ちなんて考えなくて。

 私の気持ちだけが一人歩きして。

 

「ッ……は……んぅ……や、だぁ……ユフィリアァァ…………!」

 

 この時は逆だと思っていました。私の気持ちを押し殺せばアニスは戻ってくる。だから、『こう』することがアニスの為だと思ってしまった。今考えれば身勝手だなって分かる事だったのに。今考えればそんな事しなくても良かったってわかる事なのに。

 

「わたしは……」

 

 わたしはただ───

 

「イヤっっ!!」

 

 アニスに戻ってきて欲しかっただけなのに。

 

「っ……ぁ……」

 

 押しのけられた私は呆然としたまま怯えているアニスを見つめている。

 

「ヤダよ……怖いよ……ユフィリア……」

「っ……ぁ……ぇ……ぁ……」

 

 拒否された。

 その事実だけが私の体を巡った。今までされる事のなかったものがこんなに心に響くなんて思わなかった。

 私にとってはアニスはアニス。

 アニスにとっては私は他人。

 一瞬でも考えればわかる事。穢れた自分の掌を見て、あの貴族達と同じように意地汚い自分の考えを悔いて私はベットから降りる。

 

「す……すみませんでした……私は、その、部屋に戻りますので……」

 

 弱々しく自分が本当にそんな声を出したのかどうかも分からない声量で呟いて部屋を出た。

 その日はそれ以降の記憶がありませんでした。

 

 …………

 

「で? なんで私の所なわけ?」

 

 朝目覚めて、ユフィリアの行動にどんな意味があったのか気になって、私は定期報告ついでにティルティの所へ滑り込んだ。朝方ユフィリアに会おうとしたらイリアに止められて、レイニに聞いても首を横に振るだけだった。だから、ってティルティがなんか知ってるって訳でもないけど、とりあえずティルティの所へきた。

 

「いやほら、ティルティだったらわかるかな〜って」

「アンタ私を何だと思ってんのよ」

「え……と…………経験の多い人?」

「ぶっ飛ばすわよ!?」

「わぁぁ! ごめんごめん!」

 

 眉間に青筋を浮かべたティルティにぴえんと怯えながらも私は落ち着いてと宥める。昼間っからとんでもない会話をしてるせいか後ろでイリアも呆れてる。怒り疲れたティルティがため息を吐きながら椅子に座ると、また報告を再開する。

 

「教えてもらったのは名前だけ?」

「あ、うん。それ以外は何も……」

 

 ティルティはイリアの方に視線を逸らす。イリアもユフィリアから話を聞いてたっぽいからそのまま頷いた。ティルティはまたため息を吐く。

 ため息多いねティルティ。幸せ逃げるよ? 

 

「アニス様の話が本当なら、ユフィリア様とも話がしたいわね。少し説教もしたいし」

「わ、私は大丈夫だよ? ティルティ」

「そういう問題じゃないの。貴女達二人の話なんだから」

 

 そうやって、また私とユフィリアだけを括る。ユフィリアの名前を聞いた時、私の脳裏にまた誰かが過ぎった。面影だけで誰かは分からなかったけど、グランツ公と話してる時と同じ事が起きてた。やっぱり『そう』なのかな。私にとってユフィリアは大切な助手。ってだけじゃない気がしてきた。だから、私は聞かなきゃいけない。そうでもしないと進めない。進まない。元に戻らない。私が私である為に。

 

「ティルティ」

「何よ」

 

 改まって、姿勢を正して、口を開く。

 

「私にとってユフィリアってどんな存在なの?」

 

 一瞬空気がピリついた。聞いちゃいけない質問では無いはずだけど、今の私にとってはダメなんだろう。でも、私はティルティが答えるまではここを動くつもりはなかった。

 

「その顔……私が折れるまで待つ気ね」

「当然。私が記憶喪失だっていうなら早く元に戻りたいもの」

「自分でも薄々気づいてるんじゃないの?」

「だから、確信が欲しい。第三者の意見がね」

「……」

 

 唸ってまたティルティはイリアに視線を逸らす。そして諦めたように肩を落とすと、私の目を真っ直ぐ見た。

 

「あの人と貴方は、永遠を誓った仲よ」

「え……?」

 

 そう言われた瞬間、誰かの面影がまた脳裏に過ぎった。誰か私を呼んでいる。手を差し伸べて名前を呼んでいる。

 

『ア.ス、フぃ』

 

 脳の奥で焼き付いて、瞳の中へ写り込む。

 

「っい!」

「アニス様!?」

 

 痛む頭を抑えてまた立ちくらむ。椅子から崩れ落ち浮かび上がりそうな何かを必死に掴みたがる。

 誰……? 誰なの君は……。なんで私を呼ぶの? 

 そこに居るのは誰……? 

 

「ちょ、ほんとに大丈───」

「待って……!」

 

 ティルティの手を弾いて、軋む頭を抑えつつ、見える心を捉えつつ、私は脳裏に浮かび上がりそうな誰かへ手を伸ばす。虹色みたいに綺麗な空の色。揺れる髪は美しくなびく。だが、伸ばした手も虚しく浮かんだ面影はそこで消えてしまう。

 

「っはぁ! ──はぁ……はぁ……」

「姫様……」

「アニス様……」

 

 また顔は出てこなかった。ゆっくり体を起こすと、心配そうなティルティの顔が最初に写った。私は乾いた笑いを零して立ち上がる。立ち上がると同時に吐いた息は少し重くて体も少し辛かった。でも、見えた。見たかったものが見えた。顔までは完全に見えなかったけど、ユフィリアの事を思い出そうとすると、必ず現れる影。きっと、そうだ。あれが……ユフィリアなんだ。あの影の手を掴んだ時、多分全部思い出すんだと思う。それと同時に襲ってくるこの頭痛に耐えるのはかなりしんどい。正直あんまりだけど、これで一歩近づいた事になるよね。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。二人とも。私は私なりにやってみる。だから、ユフィリアを何とかしてあげて」

「アニス様……」

「昨日……私がユフィリアを拒んだから、きっと気にしてる。でも上手く伝えられなくて……だから、お願い。記憶が亡い私よりも、ティルティ達の方がいいと思うんだ。だから……だからお願いティルティ。ユフィリアと話をして欲しい。今私が言っても混乱するだけなんだよね……きっと」

「それ、昨日のユフィリア様の行動を受け入れるって言ってるようなものだけれど?」

 

 うぐ……痛い所を突いてくるな……。でも、ティルティの言ってる事も事実。きっとユフィリアを受け入れれば私は『私』を取り戻せるはず。

 

「そ、そうだよっ! きっと、記憶を亡くす前の私はユフィリアと……えと……その……あぁいう事……してたん……だよ……ね?」

 

 めちゃくちゃ顔が熱い……。真っ赤になってるのが自分でもわかるぐらいに。目を逸らしてはいるけど、ティルティこれ絶対笑ってるよね? 

 ねぇ、これ私自爆してないかしらアタシ? 

 

「まぁ、してたんでしょうけど、何せアニス様はヘタレだったからねぇ……」

「え゙!? ちょっと待って何それどういうこと!?」

「言葉通りの意味にございます。アニス様」

「イリアまで!? 嘘でしょ!? 私が!? マジで!?」

「これは……」

「記憶を亡くそうが、亡くすまいが……」

「無自覚だった。という事ですね」

 

 二人は顔を見合せてため息を吐いた。

 ねぇぇぇぇぇ! 記憶喪失になる前の私! 

 一体何してたのぉぉぉぉ!?!? 

 

 …………

 

 なんて、会話の後に引っ張って来られた離宮。ドアの前で心配そうに立つレイニと交代して私はユフィリア様の部屋の前に立つ。

 

「ユフィリア様」

 

 ノックと一緒に呼びかける。けれど何も反応はない。イリアの話によれば部屋からは一歩も出てないらしい。レイニも度々声をかけてはいたけれど、何も返事は帰ってこないそう。嫌な予感ね。アニス様の話が本当なら、またかなり厄介な事になりそうだけれど。

 

「入るわよ」

 

 目の前で待っていても仕方ない。私は不用心に鍵もかけられてない扉を開ける。

 

「酷い顔ね」

「…………えぇ」

 

 最初に目に入ったのは、『アルカンシェル』を大事そうに抱えてベッドの端に座っているユフィリア様だった。自分のした事を悔いているのか、何かに絶望したのか、そのどちらとも取れるその顔は私が想像してた通りの顔だった。やらかしたんだわ。この人。

 

「話はアニス様から聞いたわ」

「…………えぇ」

「随分、派手にやらかしたじゃない」

「…………えぇ」

「その上、逆にアニス様から心配されてたわよ」

「…………えぇ」

 

 名残惜しそうに『アルカンシェル』を抱えたまま。

 俯いた顔は絶望したまま。

 何かを無くしたように『アルカンシェル』だけをただ必死に抱えて、まるでアニス様が消えてしまったかのように、ユフィリア様は小さく蹲っている。今のこの人に似合う言葉は『堕ちた人間』って所かしらね。

 

「アニス様は前を向いてるわよ」

「……そうですか」

「自分なりに頑張るとも言ってたわ」

「……そうですか」

「貴方はこれからどうするの」

「……」

 

 それについては答えない。仕方ないと言えば仕方ない。最愛の人が自分だけを忘れた世界なんて誰も居たくないだろうから。

 

「……りません」

「……?」

「もう……何も分かりません……あの人は、もう、アニスじゃないって……そう思ってしまったから……」

 

 こっちは真逆って訳ね。正直言ってレイプじみた事をやっておいて何を言ってるんだか。向こうから認められないのも当然ね。だから、こうして部屋に籠ってたのね。情けない。極限状態に追い込まれれば、どんな人間も取る行動。求め過ぎた結果がこれとはね。目も当てられないわ、本当に。

 

「アニス様は貴方を受け入れようとしてるわ。昨日の事の意味を知りたがってる。貴方を知りたがってる」

「……」

「例え記憶を亡くしても、あの人は貴方に帰って来るのよ。ユフィリア様」

「そんなの…………」

 

 か細い声で私を見る。その顔は少し呆れたようにやつれていて。

 

「……そんな事をしても、アニスは戻っては来ませんよ」

「っ!!」

 

 いつまでもウジウジしてるこの人の姿に流石に耐えられなかった。確かこの人の胸ぐらを掴んだのは初めてだったかしらね。多分こんなユフィリア様を見るのが初めてだったからとかそういうのじゃなくて、ただ、簡単にアニス様を諦めようとしていたこの人に憤りを感じたからだと思う。

 この人がアニス様を諦めたら。

 私がアニス様を諦めた意味が無い。

 

「あの人が記憶を亡くした事を逃げ場にするなッ! アニス様はアンタの為に今、頑張ってる! そのアンタが諦めてしまったら意味がないでしょう!?」

 

 図星だったのか、なんなのか、ユフィリア様は俯いて歯を食いしばった。

 

「もう必要ないんですよ私なんてッ! 記憶喪失なんてそう簡単に戻れるわけないじゃないですか!!」

 

 そうだ。それはそうだ。記憶喪失なんて簡単に戻れる現象じゃない。だから、その為に出来る事を今アニス様は模索してる。自分の記憶を取り戻す為に今、アニス様は足掻いてる。ユフィリア様、その涙はきっと今流すべきではないの。その涙はきっと全て元に戻った時に貴方の最愛の人におかえりって言う為にあるはずなの。だから、貴方はここに居る。アニス様はそこに居る。私とは違う。貴女達じゃないと切り開けない道なのよ。

 

「だから、一緒に考えるんじゃない。これからの事。生きる事を。だから、貴方はまだそこで絶望してはいけないのよ。ユフィリア様」

 

 鳴呼……何故私はいつもこうなのか。何故私はこの人達の後押ししか出来ないのか。それもなんて雑な後押し。本当はもっといい方法があったのかしらねアニス様。でも、きっと、貴方だったらこう言うのかしら。

 

「貴女達が選んだ道がもし失敗だったとしたら、そこでまた迷えばいいわ。私も一緒に考える。一から全部考える。貴方がアニス様の為に頑張った証は私達が覚えてる。だから私は貴女達を支えたいの。人を笑顔にする魔法を作ってくれるのでしょう。だから、まずは貴方が笑顔を取り戻しなさい。ユフィリア様」

「……アニスのような事を言うのですね」

 

 流石に寄せ過ぎたか。私にはそんな台詞は似合わない。アニス様の代わりのようなことを言いたかった。でも多分これは違う。私が言うべきセリフじゃなかった見たいね。青臭くて嫌になるわ。歯が浮きそう。気色悪い。体がゾワゾワする。

 

「とにかく、貴方のするべき事は落ち込むことじゃないのよ」

 

 言って、私は一つの箱を取り出した。

 

「これは……?」

「あの魔法石を砕いて錠剤にしたものよ。頭痛の痛み止めとして飲ませるつもりだけど、正直これでアニス様が元に戻るとは思わないわ。けど、私が考えられるのはここまで。申し訳ないと思ってるけど」

「魔石を体内に取り込ませるのですか?」

「前に言った通り、アニス様の体は今、魔力の流れが乱れてる。恐らくコレがその原因。だから、直接コレを体内に取り入れさせて、流れを変えるしかない」

「逆説として、余計に酷くなる可能性は……」

「多分ある。何とか一粒に凝縮する事には成功したけど、逆に効能が強過ぎておじゃんになる可能性もある」

「もしかして……」

「まぁ、言い方は悪いけど賭けみたいなものね。効果がなかったらまた一からやり直し」

「……」

 

 ユフィリア様の表情が曇る。言うタイミングは間違ってなかったけど内容がダメだったかしらね。でも、ユフィリア様の役目が残ってる。

 

「少しでも成功する確率を上げるためにも、貴方に協力してもらいたいの」

「協力ですか……?」

「より、この魔石を浸透させる方法よ」

「…………!」

 

 …………

 

「……」

 

 誰もいない工房で一人、窓から空を見上げてる。

 あの、ユフィリアって子は魔法が使えて、私は使えない。それなのに、あの子は私を慕ってくれている。その意味が私にはまだ分からなかった。どうしようも無いこの気持ちは行き場がなくて漂って。私を今日も惑わせる。

 

「そんなに無理矢理思い出さなきゃいけないのかな」

 

 疑問に思うのはそれだけ。記憶に残らなかったってことは別に特別な事はなかったのだろうとは思う。でも、あの子はパレッティア王国の女王もやっている。

 

「っ───!!」

 

 私の体に走る寒気。ユフィリアの顔を思い出すとどうしてもあの夜の事を思い出してしまう。ユフィリアを怖いと感じてしまったあの夜を。人に襲われる恐怖。あの時の必死な顔。強姦のそれに近かったユフィリアの顔はとても怖かった。

 

「……」

 

 でも、それと同時にどこか悲しそうだった。ほんの一瞬だけど、涙が見えた気がした。きっと、元の私に戻って欲しいっていう涙だったと思う。それに答えてあげたいけど、私には何も分からない。

 

(彼女は貴方に救われた者の一人です)

 

 グランツ公の言葉が私を過ぎる。

 救われた……か。よく分からないなぁ……なんで私に救われたんだろう。ユフィリアはなんでも出来る子で、魔法も使えて、何も欠点なんてない完璧な子のはずなのに。

 

(どうか彼女と寄り添う時間を作ってあげてください。そうすればきっと───)

 

 寄り添う時間。それを拒否した私にそんな権利があるのだろうか。

 

「あの子は……他人に頼れないのかな……?」

 

 それだけだったら、別にいい。他の人を頼ればいいだけのこと。でももっと違う。きっと別な理由なんだ。私と永遠を誓った人。なら……私の『前世の記憶』の事も知ってるのかな。失敗したな。そこまで聞かなかったや。でも、聞いた所で、私は元に戻らない。ユフィリアがそんなに私と深い関係なら私が忘れるわけないのに。なんでなんだろう。皆、決まってあの子の事を教えるのを躊躇ってる気がする。やっぱり遠回しに自分で思い出させようとしてるのかな。いや……それしかないか……。

 

『アニス様〜? いる〜?』

「っ!」

 

 と、そこでティルティの声。どうやら、ユフィリアとの話が終わったらしい。

 

「は〜い」

「あぁ、なんだそこに居たのね」

「考え事してたんですぅ〜。で、そっちはどうだったの?」

「ん〜……まぁ、普通に落ち込んでたわね。謝りに行けなんて言ってはないから安心なさい」

「……そう……なんだ。わかった。ありがとう。ティルティ」

 

 まだ落ち込んでるんだ。今日中に話すのは無理かな……。ていうか私から話しかけに行っても大丈夫なのかな……。ちょっと心配だな。ユフィリア。

 と、私が俯こうとするとティルティが袋を取り出した。

 

「あぁ。それとアニス様。これ薬ね」

「えぇ!? 処方すんの!?」

「事前の痛み止めよ。さっき頭痛起こしてたでしょ?」

「うん……まぁ……」

「頭痛を感じながら、無理矢理記憶を呼び起こそうとするのは想定済みよ。そんな事しないでゆっくり思い出せばいいわ。貴方とあの人は私が教えた通りの関係なんだから」

 

 言って、手渡された袋を漁ると、錠剤が一粒だけ。

 

「え? 一個しかないけど?」

「アンタが引っ張ってくるから一個しか持って来れなかったのよ。後で追加分持ってくるから。今はそれ飲んで今すぐ!」

「うぇぇぇ……は〜い」

 

 ティルティの顔面の圧が強まったのを見ながら、私は肩を落としつつ錠剤を飲み込んだ。

 

「よく水無しで飲めるわね」

「ん」

 

 だって錠剤だもん。粉薬だったら嫌だから多分半ギレだったけど。

 

「ねぇ、ユフィリアとは……私から話をしても大丈夫?」

「え?」

 

 その事が意外だったのか、ティルティは目を丸くした。けれどすぐに視線を斜めに逸らしまた目線を私に戻すと小さく頷いた。

 

「まぁ、大丈夫じゃないかしら。向こうのそれなりに反省してるみたいだし、話に聞いたような事はされないと思う」

「うん。そっか、なら私からもう一回話してみる」

「……」

「な、なにさ」

 

 取り繕った顔がバレたのか、ティルティは私に向ける目を細めた。

 うぅ……こういうときばっかりティルティって鋭いんだよなぁ……長年の付き合いだからってのはあるけど隠し事はティルティの前ではダメなんだなぁ……ちくしょうっ。

 

「別に無理はしなくてもいいのよ。アニス様」

 

 思ってた事とは裏腹に優しい口調で語りかけてきた。この声は心配してる時の声色。無理してるって思われるのかな。別にそういう訳じゃないんだけど。でも、無理はしてないから、私は首を横に振る。

 

「別に無理なんてしてないよ。私がそうしたいだけだから」

「……はぁ、そうね。貴方はそういう人だったわ。なら止めない。でも嫌な時はちゃんと嫌って言うのよ」

「うん。ありがとう。ティルティ」

 

 …………

 

 そしてその夜。私はユフィリアの部屋へ向かった。

 

「……」

 

 けれど、扉の前で止まってしまった。こんな夜中に女の子部屋に入るって大丈夫かな〜……。いやでも、ユフィリアも前に同じ事してきたし……大丈夫……か? 。

 ッえぇい!! 女は度胸!! 母上の教え!! 

 そして、心境とは裏腹に扉を優しくノックする。

 

「ユフィリア? 起きてる?」

『はい。どうぞ』

「うん。入る……よ?」

 

 そう言って、私は扉を開ける。

 

 下弦の月が見える頃。

 美しい満月とは違うもの。

 自分に対して、ユフィリアに対して、私はまだ戸惑っている。知らない方がいいのかもしれない。忘れたままの方がいのかもしれない。それでも私は進んでいく。『本当の自分』を取り戻したいから。私達が向かい合った時ほんの少しだけ張り詰めた空気が私達を囲んで経験した事の無いような夜が始まった。

 

 …………

 

 窓から見える三日月にデジャブを感じながら私はユフィリアの目の前に立つ。少し困った顔をした君はまだ私に対して戸惑っている。

 記憶を亡くした私が嫌なのかもしれない。

 記憶を亡くした私を拒みたいのかもしれない。

 でも、私は君へ歩み寄る。全てを知りたくて。

 全部思い出したくて。亡くした君との思い出を。

 

 …………

 

「え……と……ごめんねっ! こんな時間に……」

「いえ……私もまだ……目が冴えていましたので……」

 

 気まずい雰囲気が私達を囲む。うぅ……失敗した……当たって砕けろがもう砕けました母上。やっぱり私には無理ですよ……いや母上には何も相談なんてしてないけど……。

 

「と、とりあえず、どうぞお座り下さい。紅茶か何かお入れしますから」

「あ、うん。ありがとう」

 

 微妙な距離感を感じる。ユフィリアも遠慮がちな気がしてならない。こっちから出向いてくるなんて思ってもなかったろうから、少しソワソワして落ち着かない。それは、ユフィリアも、私も。

 

「……」

「……」

 

 カチャカチャと食器が動く音だけが部屋に響く。その背中はとても話しかけづらくて、見つめていられなくて、逆にこっちも後ろめたさを感じてしまう。それを無くしたいはずなのに。それを気にしなくていいと伝えに来たはずなのに。私はまだ、ユフィリアに歩み寄ることが出来なかった。

 

「ぁ……」

 

 ユフィリアが使っているポット。アレも私があげたのだろうか。本当に何も覚えていない。何も覚えていなくて、とても悔しい。それ以上に、ユフィリアは悲しい気持ちのはずなのに。

 

「どうぞ、アニス様」

「あ、うん。ありがとう」

 

 受け取ったカップに映る自分は焦っているように見えた。飲んだ紅茶の味も分からないくらいに。それはきっと『私』が『私』を求めているから。記憶を取り戻したいと求めているから。それでも言葉が見つからない。私はまだユフィリアに対して戸惑っているから。

 

「っ……ユフィリアっ……!」

「っ……あのアニス様っ!」

 

 それは全く同時だった。思い悩んでいたのはユフィリアも同じ。この時にようやくそれが分かった。ティルティが言ってた事は本当だったんだ。ユフィリアも気に病んでたんだね。

 突飛なことで驚いて顔を見合わせると、ユフィリアが俯く。

 

「ぁ……っ、すみません。アニス様からどうぞ……」

「……」

 

 いつまでも煮え切らないその態度。

 君の目の前で足踏みする私。

 それがもう嫌になって、無理矢理にでも君に進みたくて、体の底から怒りに似た感情が湧き上がって私を染める。あぁ……ウジウジしてるのは本当にらしくないね。私も、君も。本当なら私はもっと進んでいて、君は私のそばに居て、こんな距離で相手の心だけを伺い合うような仲じゃないんだよね。

 

「ユフィリア」

「なんでしょうか……アニス様」

 

 この子は今。私が名前を呼ぶ度に顔を逸らす。逸らした顔は見えなくて、誰も居ないかのように振舞って、誰かから一生懸命逃げてるみたいで、イラついた。私にアソコまでしておいて逃げるのは流石に酷い。受け入れようとしたのがバカみたいだ。ヤり逃げなんて私は許さない。

 

「ユフィリアは、私をどう思ってるの?」

「なんの……話ですか?」

「私にあんな事をしておいて、自分から引きこもるなんて酷いよ」

「っ……それは……」

 

 俯きがちの彼女が余計に顔を隠す。何を悟られたくないのか。何かを誤魔化しているのか。そんな事はどうでもいい。そういう事をしたかったんじゃないのは分かってる。だから。

 

「話して欲しいんだ。君に。あの時何を思って、考えてたのか」

「ぇ……」

 

 予想と違った声を出したからか、ユフィリアはこちらを向いて目を丸くした。私は叱りに来たんじゃない。怒りに来たんじゃない。知りに来たんだ。事実と亡くした記憶を。それの近道がもし、コレだっていうのなら。私はそれを受け入れる。君の事を思っていた私に戻る為に。

 紅茶のティーカップを置いて、ユフィリアのカップも取り上げて、私はユフィリアの膝に跨った。

 

「ァ……アニス様っ、これは……」

「今から私の事はアニス、って呼んで。君の事はユフィ、って呼ぶから」

「っ……!?」

「“そう”してたんだよね? 私達って、そう呼び合える仲だったのよね?」

 

 本当はこんな事をするのも怖い。もし受け入れられなかったらどうしようって思ってる。だって私だって怖がったんだから、誰だってそうだ。それでも、今は違うって思いたい。君と同じ事をすればおあいこだよねって思ってる。

 

「ァ……二ス──んっ!?」

 

 今度のキスは私から。ティルティに教えてもらった私達の関係。ただの助手では無いのは分かっていた。だから、もっと違う関係なんだろうと思っていた。でも聞いたそれは私の想像を超えていた。

 

「っは……アニ、ス……無理は……しなくていいんですよ?」

「む、無理はしてないっ……その、違うの。ちゃんと、思い出したいの。『私』とユフィの事を。私達の関係を」

 

 彼女に跨って、体を震えさせて、何を言っているんだか。とは思う。だって実際、ユフィも焦ってるし。でも、確かめたい。ユフィリアが『私』にユフィと呼ばせてくれる理由を。この気持ちがちゃんと記憶を無くす前の『私』と同じなのか。『今の私』が持っていい感情なのか。その事を、確かめたい。

 

「『私』はユフィが好き。でも、この“好き”は『今の私』が持ってるもの。『前の私』が持ってる“好き”とは違う。だから……なのに……」

 

 私の瞳から何かが溢れてくる。止まらない。せっかく伝えられたのに。せっかく気づけたのに。違う『私』がそこにいて、『今の私』はそこに居ない。涙が零れる度に、何かが剥がれ落ちていくような。そんな感覚。

 

「違う……ちがうの……『私』もユフィが好きなの。でも、本当は……ほんとうは……」

「アニス……」

「私は、『本当のアニス』じゃないのっ……ユフィが知ってる『アニスフィア』じゃないっ……だから……これは……」

 

 情けなく。子供のように泣いている。

『今の私』が持った二度目の『初めての好き』。

 どうしようもない位、ユフィリアの事が好きになっていた。それは記憶を無くす前も今も変わらない。私は、この子に繋がっていられるんだ。

 

「ひっ……っ……『私』だってユフィが好き。好きなの。だから……ちゃんとユフィと向き合いたかった……! でも……っ……怖くてぇ……っ……」

 

 怖いんじゃない。私は逃げていた。ううん。怖いっていうのも入ってたかも。でもユフィから逃げていた。またその感覚が怖くなってユフィを拒んでしまうんじゃないかって思った。でも、そうならないようにどうすればいいか考えてずっと考えて、そうしたらユフィの事しか考えられなくなって、ずっとユフィを想っていた。

 

「アニス、ごめんなさい。私のせいで……」

 

 優しく抱き寄せて、頭を撫でてくれる。ユフィの手はとても暖かくて、心地よくて、私はそれだけで幸せを感じられる。それだけでも私は安心を感じられる。

 でも……でも違う。『私』は『私』を理解してない。

 

「大丈夫。だから……『私』は戻りたい。ユフィの知ってる『アニスフィア』に」

「それって───」

「ユフィのしたい事……全部、受け……入れるから。『私』の事、『ユフィの知ってるアニスフィア』にして?」

 

 …………

 

 一瞬、何を言われたのかユフィリアにも理解出来なかった。アニスフィアの顔はとてつもなく真っ赤で、鼓動は激しくなっていて、そこに居るアニスフィアはとても『女』に見えて仕方なかった。言いたいことは大体察した。あの時のユフィリアを受け入れようとしているようだ。だが、それは本来のアニスフィアにもあまりなかったこと。自分から誘ってくる事なんて無かったから、逆にユフィリアも遠慮がちになってしまう。

 

「本当に……いいんですか?」

 

 ユフィリアが聞くと、アニスフィアは顔を赤く染めて下を向く。

 

「聞き返されると……その……意思が弱ると言いますか……その……えと……」

 

 下を向いたと思いきや、今度は顔を左右に揺らす。目も一生懸命に泳がせている。顔に油汗を滲ませて体も微妙に震えている。なんだか、本当に最初の夜に戻った様に、ユフィリアは頬を緩ませる。

 

「ちょっと……笑わないでよ……」

「すみません。本当に初めてした時のようでしたので……つい」

 

 むぅ……、納得がいかないとアニスフィアは頬を膨らませる。その表情もまた、いつものアニスフィアのようでユフィリアは嬉しくなった。

 ほんの少しづつでもアニスフィアが戻ってきているような感覚で。なぜだか懐かしさを感じる。元に戻す為の二人の時間のはずなのに。

 

「それでは、アニス。貴方を抱いて良いのですね?」

「っ……うん。ユフィ、の……好きに……して?」

「はい」

「んッ───」

 

 そこから、ゆっくりと唇を重ねて、ユフィリアの膝に跨っているアニスフィアを下にする。キスは何度もしたはずなのに、行為は何度もしてるはずなのに、今のアニスフィアは初々しい。前に初めてシた時も、アニスフィアはずっと縮こまっていた。恥ずかしさか年上の威厳を崩されたからか、ユフィリアにとっはその時のアニスフィアは何にも勝る甘美な味だった。

 

「っ……んっ……」

 

 怖がらせないよう、傷をつけないよう、ゆっくりと確かめるように、唇をアニスフィアの肌に這わせていく。首筋をなぞって、耳を食み、息遣いや蕩けた声を聞いて、アニスフィアの反応を読んでいく。

 

「ッ……はぁ……ん……ユフィ……」

 

 無意識に抱きしめられたユフィリアは胸の高鳴りを感じつつ、許しを貰ったユフィリアはアニスフィアの首筋に今度は舌を這わせる。

 

「んっ! ……っ……ふっ……」

 

 一瞬体が跳ねるが、後は我慢するかのように体を強ばらせてユフィリアにしがみつく。記憶が亡くなる前はこれも散々したはずなのに、アニスフィアは初めてされたような素振りを見せる。好きな人から体を舐められている感覚とは不思議なもので、夜と魔力が相まって嫌な感じではなく、生温くて熱い、不思議な感覚。這う舌を感じる度に声が不思議と漏れてしまう。くすぐったくて、気持ちいい。少し必死なユフィリアの息遣いも伝わってアニスフィアの体は少しづつデキ上がっていく。

 

「───アニス」

「ユフィ……んんっ!」

 

 その蕩けた顔をもっと犯したいと、ユフィリアはアニスフィアの唇を塞ぐ。少し強引に舌で口をこじ開けて、口内を舐る。された事のない感触にアニスフィアは度々ビクビクと体を弾ませる。意地汚くアニスフィアを啜るユフィリアの顔は段々と夜の顔になる。

 優しくしよう。怖がらせないようにしよう。傷つけないようにしよう。泣かせないようにしよう。

 グルグル、グルグル、さっきまで考えていた事が溶けていく。いつも長い深めのキスは、普段ならここら辺で怒られる。だが、今のアニスフィアは受け入れようと必死でユフィリアを離してくれない。

 そろそろ息も持たないと、食らいついていた唇を離すとお互いの唾液で糸ができている。

 

「っはぁ……はぁ……すご……こんな事してるんだ……私達……」

 

 微熱で垂れた瞳に、紅潮した柔らかな頬、呼吸で上下に揺れる胸、その艶やかな唇でさえも、上から見下ろすアニスフィアはいつもより格別な景色だった。ユフィリアにとってはもう慣れている事。『今のアニスフィア』にとっては初めての事。ユフィリアがしてる事全てが初めての体験。だからなるべく優しくしたいのだが、何せ久しぶりのアニスフィアを堪能しているので、もう既にユフィリアはタガが外れそうになっている。

 

「体……触ります、ね?」

「……うんっ」

 

 さっき首筋を舐めたのに、何故か許可を取るユフィリア。アニスフィアも手の甲と口を塞ぎながら頷いた。

 

「っ───」

 

 服を剥ぎ、その大きな胸を露わにするとそこに浮かんでいる小さな突起が二つ。綺麗な桃色の片方を摘むと、もう片方は口へ含んだ。

 

「んっ……!」

 

 乳首を口へ含んだ瞬間、アニスフィアは驚いて体を弾ませる。舌と指でこねくり回された乳首の刺激が体を通る度にアニスフィアは声を漏らす。ユフィリアもアニスフィアの胸の甘さに瞳がゆっくり垂れていく。こんなにも甘いものだっただろうか、舐めれば舐める程、ユフィリアの体はアニスフィアを欲する。離乳した筈だが、アニスフィアの胸はいつ堪能しても堪え難い。いつまでも堪能していたいものなのだ。試しにぢゅる、と汚く啜る音を立てると、アニスフィアは恥ずかしそうに顔を隠す。こういう所は記憶を亡くす前と一緒らしい。

 

「ふふっ……」

 

 でも、それが欲しかった。上目で伺った顔は本当に真っ赤で恥ずかしそうで愛らしい。アニスフィアは音を立てたのがわざとと分かったのか、少し眉間に皺を寄せる。

 

「ユフィ……恥ずかしいからやめてよ……」

「でも、良かったでしょう?」

「今のはほんとに恥ずかし……ひゃっ」

 

 ん? 、と乳首を少し捻るとアニスフィアは小さく喘ぐ。その声も恥ずかしいから自分で口を塞ぐ。睨まれてはいるが、愛らしさが勝っているので怖くない。むしろ、涙目だからもっとイジメたくなってしまう。ユフィリアの顔は雌を食らう獣の顔となり、再びアニスフィアの胸へ喰らいつく。

 

「ひぃぁっ!? ……やっ……そんな、強く吸わないでぇっ……!」

 

 汚く啜り、こねくり回し、舐め上げる。

 

「っ……! んんっ……ぁ……っい……! ふっ……っあ……あぁっ!」

 

 胸からやってくる快感が止めどなくアニスフィアを襲う。刺激されてるせいか自然と体が浮いていく。恥ずかしいはずなのに、ユフィリアの方へ体が浮いていく。まるで魔法でも使われたように浮き上がった体はユフィリアのテクニックに溶かされていく。乳房を揉み上げて、わざと音を立てるように啜られて、少し噛まれて、片方は抓られて、ユフィリアは『知っている』。アニスフィアが『どう』すれば喜ぶのかを。それは記憶を亡くしても無くさなくても同じらしい。ゆっくり焦らしていけばいずれは勝手にアニスがユフィリアへ懇願する。今はそんなふうにねだっては来ないが、体は覚えているらしい。

 

「ユフィ……! なんか、へんっ! おっぱいなんかへんんんっ!」

 

 今はアニスフィアにとっては未知の体験。顔を見せたくないのか、もうどうしようと無いから顔を隠しているのか分からないが、アニスフィアの絶頂まではもう少し。

 

「んぁぁっ! やだゃだっ! なんかくるっ……! ゾワゾワするっ……!!」

 

 そのセリフと共に、ユフィリアはアニスの乳首を強く抓るとアニスフィアは体を大きく弾ませる。

 

「ひっ───! っっ〜〜〜〜!!!」

 

 ぎゅぅぅぅ、と体を縮めて体を仰け反らせる。何かを堪えるように歯を食いしばって、アニスフィアは胸で達してしまった。

 

「っはぁ……はぁ……はあ…………うそ……胸だけで……私……」

 

 虚ろになりつつある瞳でユフィリアを見上げる。信じられないとちょっと自分を疑ったが、ユフィリアのヤリ方に慣れてしまっている体は紛れもなく本物の感覚だった。

 

「まだイケますよね? アニス?」

 

 薄紫の艶やかな視線がアニスフィアの体を突き抜ける。視線に当てられる度に背筋に寒気に似た快感が走る。これ以上をサれると考えるとアニスフィアは若干涙目になりながらも、小さく頷いた。

 

「眠れない夜にシテあげますね」

「お手柔らかに……ね?」

 

 そこから、ユフィリアは理性を崩さないようにゆっくりとアニスフィアに覆い被さる。

 

「んん……ちゅ……んむっ……っはぁ……」

 

 キスを落とされる度に漏れる声と時々出るリップ音がアニスフィアにとっては恥ずかしい。それでも、目の前にいる薄紫の瞳が自分を捉えている限り何の抵抗も許されない。視線が刺さって気持ちいい。軋むベッドの音も、擦れるシーツの音も、恥ずかしいのに気持ちいい。二人の空間を作っているもの全てがアニスフィアにとって、快楽の原料となる。

 

「アニス……足、開けてください」

「ん……」

 

 確かめるように触れられる自分の肌とそれを見るユフィリア。その顔がとても妖艶に見えて胸が高鳴る。

 

「ぁ……」

 

 アニスフィアの太ももにユフィリアの唇が触れる。その度に、アニスフィアは感じとる。違和感のような、安心感のようなもの。自分はこんなふうに溶かされる事を知っている。覚えている。体が、心が、確かめ合ったことを知っている。その時に自分の上にいる人にはモヤがかかって見えない。でも安心する。虚ろな目で見るその先にいるユフィリアの顔に安心を覚える。

 

「ひぁっ……!?」

 

 ぼんやりと甘さを感じていたら自分の秘裂から刺激が飛んできた。どうやら、ユフィリアが口を付けたらしい。恥ずかしくて手で退けそうになったが、受け入れると誓ったのでその気持ちをしっかり留める。

 

「んっ……っ……ふっ……んんんっ……!」

 

 入口をゆっくり上下に舐られて、腰が少しづつ浮いてくる。逃げたがっているはずなのに体がユフィリアの唇の方へ浮いていく。

 

「相変わらず、ココは弱いですね」

「そ、そう……なの?」

「はい。あとは、こんな所も弱いんですよ?」

「なに、どこ……? ───んぃ!?」

 

 ぐりん、と臍に指を入れられた。ただそれだけなのに、体が跳ね上がる程刺激が強くやってきた。ユフィリアはその反応を見て少し口を三日月に歪める。

 

「あぁ、やっぱりコッチがイイですか?」

「ま、待って……! なにこれこんなの知らな……いぃ!?」

 

 臍に口を押し付けられて中を舌でほじられる。ゾワゾワと背筋からやって来る快感と秘裂の入口を撫でている指が相まって、アニスフィアにとってかなり刺激の強い快感が全身を駆け巡る。

 

「っあ!? ……まっ、なにこれぇっ……! こわ……こわいぃ……! ユフィ……! こわいよぉ……!」

「そのまま、感じててください。アニス」

 

 底知れぬ快感の大きさにアニスフィアの目の前は光が弾けて、体が強ばる。臍を舐められ、秘裂を撫でられ、体が今にも散ってしまいそうな程の快感。

 

「んぃぃい!?」

 

 それでもいっぱいいっぱいなのに、今度は更に膣の中に指が入ってきた。ついに体が綺麗なアーチを描いで仰け反って、アニスフィアは何が何だか分からなくなってきた。膣の中を引っ掻かれる刺激と臍の中を蠢く舌が終わらない快感を与え続けてくる。

 

「……」

「んぐっ……っい……あ゙ッ───!?」

 

 ユフィリアはその様子を見ると、アニスフィアの体に魔力を通す。前と同じ医療魔法を応用した体の感度を上げる魔法。けれど今回は別な目的もある。ティルティから言われた事の実行だ。アニスフィアに飲ませた魔石の錠剤。アレを体に浸透させるのを早める為の行為でもあるこの時間はユフィリアにとっては自分の知ってるアニスフィアを早く取り戻す為でもあった。

 臍から口を離して、自分が与えている快感に溶けているアニスフィアを見る。その顔はだらしないもので口から涎を垂らして、どこに行けばいいか分からない手を動かしながら、快楽に溺れている。そんなアニスフィアにそっとキスを落とす。安心したいのか、必死にしがみついてくるアニスフィアをユフィリアは愛らしく思う。

 

「んんんっ!?」

 

 それでもユフィリアは万一にも悟られないように膣を掻く指の動きを止めない。膣の中にある突起のような感触アニスフィアの弱いところの一つ。ソコを弄る度にアニスフィアは哭く。

 

「ひにゃぁっ! やっ……! なにっ……!? まってまってまって! そんなところっ……ぉっ……知らないぃぃ……!」

 

 ぐちゅぐちゅ、と掻き回される膣と自分も知らない場所を責め立てられてアニスフィアは訳が分からなくなっている。ユフィリアはそんな事もお構い無しに責めをやめない。

 

「ゔぁっ……! あぁっ……! なんかっ……なんかへんん……!!」

 

 イヤイヤと首を横に振るもユフィリアは蕩けた顔でアニスを見つめる。まるで愛おしいものを見つめる顔で。アニスフィアはこんなに涙と涎でぐちゃぐちゃなのに、目を逸らさずにしっかりと見つめている。

 

「ユフィ……! なんかっ、なんかくるっ……!」

「はい、アニスっ……そのままッ……!」

 

 体を抱き寄せられて、膣を掻く指がより激しくなる。膣中を抉られるように指が蠢いて、またアニスの頭の中に光が弾ける。

 

「ゆ、ふぃ……っ! また───! また、ィっっく───!」

「アニス……どうぞ、私が見ていますからっ……!」

「ユフィ……! ユフィ……!」

 

 必死でアニスフィアがしがみついてくる。快感で頭も体も追いついていない。だらしなく勝手に動く腰がユフィリアの指を求めて浮き上がる。目の焦点が合わないままユフィリアを絞め殺すように抱き着いて、快感の最果てを待つ。アニスフィアの呼吸が荒くなるのに合わせるようにユフィリアの呼吸も荒くなる。何を必死になるのか、アニスフィアの絶頂する顔が見たくて仕方ない。

 

「アニスッ……アニスッ……!」

「やぁっ……ゆびぃっ……凄いぃ……! 中、ぐちゃぐちゃにされてるのにッ……! わた、ひ……! ィく……! ユフィ……いくっ……!」

「ッ───!!」

 

 その時と見たユフィリアはアニスの啼き声を塞ぐ様にアニスフィアの唇を噛み付くように吸い付いた。それと同時に指を奥まで差し込んでアニスフィアを最果てへ送り込んだ。

 

「ッ───!! ッッッ──!!! んぅ……! んっ……! んんんっ……!!!」

「っぷはぁ! ……はぁ……はぁ……」

 

 白目ギリギリの所で意識を取り戻したアニスフィアは縋り付くようにユフィリアへ擦り着いた。

 

「ユフィ……ごめんね……ユフィ……」

「はい……っはぁ……私もごめんなさい。アニス」

 

 何がごめんなさいなのかも分からずに、お互いを確かめ合うように言葉を交わして抱きしめ合う。その温もりも何も変わらない。アニスフィアとユフィリアのもの。

 

「まだ、体ふわふわするから……ぎゅってしてて……」

「えぇ、勿論です。絶対に離しませんから……」

 

 その言葉を聞くとアニスフィアは何か安心したように目を閉じて夢へ落ちていった。

 

 …………

 

「で? 昨日はお楽しみだったわけね」

「う、うるさい! いいんだよ! そういうことは言わなくて!」

 

 翌日、念の為にとティルティを呼んでアニスの体調を調べてもらいました。魔石の錠剤の浸透の確認もついでに行う為に。今朝は起きるなり私を見て顔を真っ赤にしたアニスを見れたので問題は無いとは思いますがね。

 

「ん。何も異常は無いわ。もういいわよ。アニス様」

「そっか、ありがとう。ティルティ」

 

 診察を終えたティルティは立ち上がり道具をまとめ始める。アニスも背伸びをすると軽々と立ち上がった。

 

「んじゃ、ユフィ。私は工房に行ってるね」

「はい。分かりました」

 

 アニスの背中を見送って、ティルティへ視線を戻すと彼女は呆れたようにため息を吐く。

 

「薬の浸透は上手くいってる。後は効果が出るまで待つしかないわ」

「即効性というわけにはいかないのですね」

「そりゃあね。アニス様が使ってた魔薬とは違うものだから。精霊契約者の事は? 話したの?」

「いえ、流石にそこまでは」

「そう。ならゆっくり明らかにしていけばいいわ。でも……」

「でも?」

「多分直ぐに効果は現れると思うわ」

 

 微かに笑って私にそう返す。私もティルティを信じて同じように微かに笑って返しました。

 

「はい。そうですね」

 

 私が頷くと、アニスは急いで戻ってきました。

 

「二人とも! 今日の夜は予定空けといてね!」

 

 唐突な事に私達は目を丸くしてしまう。

 

「はぁ? なら要件を言いなさいよ」

「そうです。そうでないと予定の組み立てが……」

「花火やるよ! 花火!」

「はぁ?」

「はぁ……」

 

 アニスの笑顔とは裏腹に私達は困ったように顔を見合せました。

 

 …………

 

「あ、きたきた。二人ともー! こっちだよ〜!」

 

 そしてその日の業務が終わった夜。時間にして午後八時。ティルティと一緒に離宮の庭へ出るとアニスが向こうで手を振っている。私とティルティはまた顔を見合わせて、アニスの所へ歩み寄る。アニスの隣には筒が何本か立てられている。

 

「アニス……これは?」

「ん〜? 式典用の花火をちょっと弄ったヤツ」

「え〜、絶対やかましいヤツじゃない。私は後ろで見てるから、アニス様達だけでやんなさいよ」

「ちょっと〜、皆でやるから楽しいんでしょ〜?」

「そんなこと言うくらいなら、ユフィリア様との思い出作りにしなさい」

 

 その黒髪を揺らしながら、ティルティはイリア達が紅茶を用意しているテーブルへ戻っていく。アニスは少し不機嫌そうに頬を膨らませましたが、直ぐに元通りの笑顔になり私の手を引く。

 

「なら、二人でやろう!」

 

 その手は何も変わらない。いつも通りのアニスで。

 

「はい。そうですね」

 

 その笑顔は何も変わらない。いつも通りの私で。

 

「そういえば、アニス。これは少し弄ったと言っていましたが……」

「あぁ、うん! 式典用の花火に魔石を混ぜて空に上げた時綺麗に咲くようにしたんだ。まだ試してないけどね」

「試してないんですね……」

 

 猪突猛進な所は相変わらずで、その奇天烈さも残っていて、お互いを確かめ合った昨日からアニス事を受け入れ始めてきた私は、またここからやり直せると何処かで考えていたのかもしれませんね。

 

「行くよ〜」

 

 導火線に火をつけて、アニスと私は少し筒から離れる。そして、放たれた光の玉は星空へ飛び、美しい光の花を咲かせました。夜空を飲み込んでしまいそうなその花を見て私はその美しさに唖然としてしまいました。

 

「綺麗…………ですね」

「うん。すっごく綺麗。成功してよかった〜」

 

 朗らかに笑う貴方の顔はいつも通りで何も変わっていないように見えて、その違和感にすら安心を覚える。

 

「ねぇ、ユフィ」

「はい、なんですか?」

「私がまた君との思い出を作り直したいって言ったら、隣に居てくれる?」

 

 私の方は振り向かず、ただ空を見上げてアニスは問う。そんなの、答えるまでもありません。貴方がそう望むのなら私は貴方と共に歩く。そのために私はここに居る。貴方が居る場所が、私の居る場所。今も昔も。これからも。だから───。

 

「えぇ、もちろんです。きっと。ずっと。一緒に考えます。記憶を取り戻す方法も、貴方との新しい思い出の作り方も。全部」

 

 私も振り向かず、アニスへ答える。それが今の私に出来ること。今の貴方が望む事。なら、それを叶えてあげるというのが私の仕事。夜空へ舞う花火が様々な色を咲かせる。その花を瞳を輝かせて見上げる貴方は、とても子供らしくて、貴方らしい。いつの間にか繋いでいた手は何も変わらない。貴方のまま。しみじみ感じるように少し手に力を入れて、夜空に咲く花火を私達はいつまでも見つめていました。

 

「そっか……じゃあユフィ最初の思い出。いい?」

「はい。なんでもどうぞ」

 

 言ってアニスは私の目の前に立ち両手を広げる。

 

「ユフィの魔法! 見せて!」

「魔法……ですか?」

「そう! 私まだユフィの魔法を見せてもらってないから、だから見たい! ユフィの魔法!」

 

 夜空の花火に負けない程眩しい笑顔。それはいつも私を照らしていたもの。アニスはまだ帰ってこなくても、私の目の前に居る。きっと、私の前に戻ってきてくれる。

 

「分かりました」

 

 そう願った私の魔法を掌に込めて空へ放ちました。

 小さく登る光の灯火はさっきまでの花火が夜を濃くしていたから、アニスの花火よりは小さく見えてしまうかもしれません。それでもいいんです。

 

「精霊よ───」

 

 私が両手を広げると、登った灯火が大きく花開く。火の魔法、光の魔法を組み合わせそれらしく見せることは出来る。想像したのは炎を大きく花開かせる事。めくれた花弁の様に開いた炎は空へ舞う。瞬く間に炎は流星の様に降り注ぎ、蒼穹を染める。アニスに負けないくらいとびきり大きくしたつもりですが、アニスの瞳にはどう写っているのでしょうね。

 

「わぁ……!」

 

 無邪気な顔で私の打ち上げた花火を見る貴方はもう『私の知ってるアニスフィア』です。だからそれでもいいんです。

 貴方がそこに居てくれる。

 貴方はその私を見てくれる。

 こんな私が、こんな世界で、そんな貴方をこんなに好きになって仕方ないんです。どんな貴方も愛します。どんな貴方も求めます。これがもし悪夢だとしても、目覚めた時はきっと世界が、空が、より綺麗に映るのでしょう。

 

「これが……ユフィの魔法っ……」

 

 隣にいる貴方から向けられた笑顔はいつものように、眩しくて、暖かくて、心地よくて。私まで笑顔になってしまう。その無邪気な面影に何度救われたことか。私の打ち上げた花火が咲く夜空。それは私達の始まりの場所。蒼穹。空。蒼空。それは貴方の名前を呼べる場所。

 この始まりの場所で貴方の名前を呼べたなら私はそれ以上にない幸福を得られる。

 

「まずは思い出一つ。ですね、アニス」

「うん……すごい……本当に……ユフィの魔法は綺麗だね……」

 

 …………

 

 本当に綺麗。ユフィリアの魔法。こうやって、色んな人に魔法は誰でも触れていいものだって伝えたい。それはきっとユフィも分かってること。記憶を亡くす前の私も願っていたと思う。だから、明日へ、未来へ、届くようにと私はその花火を見て願う。いつか全部の、ユフィの記憶が戻るまで私は『今の私』で歩き続ける。

 そう願っていると、花火の一欠片が私の手元へ降り注ぐ。

 

「アニス、それは光魔法なので手に取っても大丈夫ですよ」

「ほんとに!」

 

 私には精霊は見えない。でも、もし精霊が見えるのだとしたらこんなふうに綺麗な光みたいできっと降り注いできてくれるのかな。そして、私はユフィに見せてもらった魔法をそれを掌ですくう様に受け止める。

 

「え……?」

 

 ───瞬間、脳裏に浮かぶ誰かの顔。

 誰かが私を呼んでいる。

 思い出してと呼んでいる。

 差し伸べられた今まで見えなかった掌が見える。

 不思議とその掌に私は手を伸ばす。

 何も分からずその手に触れた時───

『私は君を思い出した』。

 

「アニス? どうかされましたか?」

「…………ユフィ(……)?」

「え……?」

 

『私はなんでここにいる?』。

 その事だけで頭がいっぱいになった。私は確か、他国から依頼された魔道具を作っていたはずだ。『カメラ』のシャッターを切った所から記憶が無い。なんで私はユフィと花火を見てるの? なんで皆そんな信じられなさそうな顔をしてるの? この違和感を感じてるのは私だけ? 

 

「ユフィ……なんで私はここに居るの? 魔道具、作ってたよね?」

「アニ……ス、記憶が……戻ったのですか?」

「え? 記憶? なになに? 何の話?」

「っ……っぅ……」

 

 ユフィが泣きそうな顔をしている、というかほぼ泣いている。涙を流しながら私を確かめるように掴みかかって今にも襲いかかってきそうな勢いで。

 

「ユ、フィ……? 『私』だよ?」

「っ……っ……あ゙ぁ゙〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 そう言ったらユフィは泣き出した。私にしがみついて聞いた事のないような大声で。私には何が何だかさっぱりだ。それでも、ユフィが泣いているという事実が私の身に何かが起こっていたことをと物語っていた。

 

 …………

 

「はぁぁ!? 記憶喪失ぅ!? ユフィの事だけ!?」

「そうよ。原理は分からないにしろ、その事だけは事実よ」

 

 ユフィの大泣きの声を聞いて駆けつけてきたイリア達と一緒に離宮の中へ戻った後のこと。ティルティも居たから、何か知っているのだろうと事情を聞いていた。どうやら私は魔道具の『カメラ』のシャッターを切った時に気絶して記憶を亡くしていたらしい。しかもユフィの事だけピンポイントに。そんな事もあるんだねーって済ませられる問題ではなかったらしく皆に迷惑をかけてしまったみたいで。

 

「ホントにもうこっちは大慌てよ。ユフィリア様も泣いちゃうし」

「えぇ……」

 

 自分にはその記憶を亡くしていた時の記憶が無いので、その状況が一つも理解出来なかった。でも、何も言わないでずっと私の腕にしがみついているユフィを見るにティルティの言う事は本当のようだ。

 

「ユフィ……? 怒ってる?」

「っ……」

 

 ユフィは何も言わずに私の腕に頭を擦り付ける。それはそれで可愛いからいいんだけど、しがみついてる腕がちょびっと痛くなってきた。時々鼻すする音するし、とんでもない状況だったらしい。あのユフィがこうなったんだから。

 ……っていや! そんなことより! 

 

「ティルティ! 私の魔道具は!?」

「え? あぁ、影響あるかもってことで、私が保管してるわ。今日はもう遅いから明日取りに来なさい」

「え……じゃあ魔道具作っててこうなったんだから……」

「当然魔道具は解体してるわよ」

 

 ですよね〜……。ホロリと一粒の涙が零れる。後ちょっとで完成だったんだけどなぁ……仕方ないか……。

 

「それよりも、あの魔石。なんなのよ一体」

「ふぇ? 魔石……? あぁ! 『カメラ』に仕込んでた魔石ね! あれはね〜、実はドラゴンから取ってた魔石で…………あ」

 

 意気揚々と説明しようとした私に皆が睨みをきかせる。

 やっべ、あの魔石ユフィ達にも秘密にしてたんだった。見事に自爆した私は今度は冷や汗をかき始める。話の流れ的に多分記憶喪失になった原因がその魔石なんだと思う。だって、ティルティの目が本気だもん! マジでキレてる顔だもん! ごめんって! 確かにドラゴンの脳から取れた魔石だって事は秘密にしてたのは私が悪いけど! でも、まさか記憶に関係するような効果を持ってるなんて思わなくてっていうか研究が進んでなくて! 

 なんて、言い訳をしようとしても皆は私へ怒りの視線を向けたままで、ティルティの口がゆっくりと三日月に変わる。

 

「アニス様。まだまだ隠してる事がありそうね?」

「あ、はは……」

 

 その笑顔に青筋を浮かべたティルティと乾いた笑いを漏らす私。その後のティルティの説教は母上並に怖かったのを私は覚えてる。

 

 …………

 

 それから程なくして。それはそれは多大な迷惑を掛けた私は、王宮の人々に謝りに行った。グランツ公からガっくん達まで、皆も私の為に色々気をつけてくれていたらしい。ユフィが情緒不安定にならないように。私が記憶を取り戻しても混乱しないように。皆それぞれできることをしてくれてたみたい。その甲斐あってか、私が作っていた『カメラ』の機能を搭載した魔道具『魔映機』が完成した。正式名称は『魔石搭載簡易記録型撮影光学機器』ってすっごい長くなったから、短く呼べるようにそう名付けた。一番の難題だったフィルムの件は光魔法で、シャッターの間に取り付けた紙へ焼き入れる方式へ変更。色はまだつかないけど、その内改良して色も再現出来るようにするつもり。完成した『魔映機』は依頼されていた国へ献上して、国での発表も大成功。パレッティア王国との和平も結べて、今回の魔道具の依頼は終了した。

 そして、今はその帰り道……

 

「ねぇ〜ユフィ。まだ怒ってる?」

「別に怒ってません」

 

 なんて言いながら、ユフィはふん、と顔を背けて目を合わせてくれない。最近ずっとこの調子。悲しいな〜。まぁ、確かに私が悪かったけどさ。もうそろそろ許して欲しいかな。ユフィ。

 

「本当……どうにかなってしまいそうだったんですから……」

「ユフィ……」

 

 呟いた一言の重さが私にも伝わってきた。ユフィのことだけを忘れてしまった私は一体どんなだっただろう。こうして隣に居ることも嫌がってたのかな。その時の記憶がないから分からない。ティルティにはユフィは少し腐ってしまったのは聞いた。私が私じゃなくなったみたいって、それをなんとか乗り越えて新しい私を受け入れようとしたら私は戻ったらしい。ユフィの事を忘れるなんて私としてはありえないことだけど、起きてしまったものは変えられない。ユフィは確か精霊契約者になってから日記つけてるって言ってたよね。それなら……

 

 パシャ! 

 

「え?」

「うん、いい絵が撮れたね〜。やっぱりユフィは美人さんだね〜」

「あ、アニス! 何故私を撮ったのですか! それにその魔道具は……!?」

「えっへへ〜、実は小型試作品を勝手に作ってたのですよ。皆に内緒で」

「また内緒で……全く貴方という人は……! 今すぐそれを寄越しなさい! 私の事は撮らなくていいんですよ!」

「なぁにを仰いますやら! その憂いた顔も大切な人生の一ページなのだよ、ユフィ君?」

「適当な事を言って誤魔化さないでください! ちょ、ほんとに!」

「あっはっはっは!」

 

 それなら、私は君を忘れない為にこうして私の記録を作るよ。そうすれば私が居なくなっても君が居なくなっても記憶がそこにある。生きていた証がある。馬車でゴタゴタと暴れる私達へ、イリアは呆れた視線を、レイニは困ったような笑顔を向ける。怒ってるけど表情が柔らかいユフィはきっと私を許してくれた。

 

 ねぇ、ユフィ。もし君が私と同じ様になった時、私はどうすると思う? きっと君みたいに新しいユフィを受け入れようとするのかな。それとも腐っちゃうのかな? 

 まだ私には分からない。それでもきっと私はそこに居る。君の隣で空を見上げて。……って今はそんな事を考えるのはおかしいね。でも、私は君と進めるのなら何処へだって、何だって、どんな事だってするよ。だから忘れないよ。もう二度と。君との思い出を。だって───

 今私の瞳に映る空(きみ)が笑っているから。

 

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