私は今日も夢を見る。冷たくて悲しい夢を。
貴方が隣に居ない孤独な夢。
貴方の背中を追い続けて、手を伸ばしても届かない。
そんな夢を。
貴方は貴方のままでいい。魔学を追求し、自身の夢を追いかける。
そして私は貴方の傍らに居る。私はそれだけで良い。
永遠を誓い、全てを捧げる。私はそれを望んでる。貴方もそれを良しとした。それだけで良いはずなのに。
その先にある私のこの夢はまだ拭いきれない何かを暗示するかのように、私からアニスをずっと遠ざける。
そんな夢を見ていた。ずっとずっと永い夢を。
「…フィ…ア様…。ユフィリア様!」
「えっ?」
呼ばれて意識を前に向けると心配そうに眉を寄せたレイニの顔があった。
あぁ、そうでした。まだ仕事の途中でしたね。らしくない。勝手に思い詰めるなんて。気がかりでならない最近の夢見の悪さに、頭がそちらを考えてしまったようですね。今日の政務もいつも通りで滞りなく進んでいたから油断してしまった。
「すみません、レイニ。別なことを考えてしまって」
「最近そのようなご様子が続いていますが…なにかありましたか?」
「いえ…ただ、ちょっと疲れてるみたいです」
取り繕った笑顔。困ったようにはにかんで。
私はまた誰かの前で偽りを被せる。それでもレイニの表情は変わらない。偽った私を見抜いたのか不機嫌そうに頬を膨らませている。ちょっと無理をしているという自覚はありますが、ライラナの事もありましたので最近は仕事に根を詰める事が多く、こんな風にスラスラと仕事が進む日が少なかった。
「もぅ、今はティルティ様もいらっしゃいますから今日の業務が終わったら診断してもらいますからね?」
「えぇ…大丈夫ですよレイニ。そこまでは…」
「女王陛下の侍女として、体調管理をお手伝いするのも私の務めです」
妙に気合いが入ったように意気込むレイニの顔を見るととても否定的な意見を出しずらく私はしょんぼりと頷く事しか出来ませんでした。
・・・・・・
私の部屋より多い禁書。所々にあるビーカーや試験管、魔道具の試作品に設計図。ここに来ると不思議な気持ちになる。玩具を貰った子供のように、浮かれてしまう気持ちがあるのが否めない。それほど私もアニス様の魔学の研究に興味を惹かれてるってことかしらね。何も執着心のない私がね。その原因とも言える人が今、私の目の前で作業中。終わるのをとりあえず待ちながら私はイリアから出された紅茶を飲む。
「全く。いつも急に呼び出すのはやめて欲しいわ。アニス様」
「悪かったって、謝ってるじゃ〜ん」
今日の要件な何なのやら。呼ばれて離宮へ着くなりアニス様はずっと作業台と睨めっこ来ている。かれこれ一時間は放ったらかしにされてる私は何をしに来たのか最早分からなくなっていた。
「そんなこと言いながらちゃんと来てくれるティルティは素直じゃないな〜」
振り向いて悪戯に片目を閉じるアニス様に諦めに似たため息を吐く。こういうあざとさは私じゃなくてユフィリア様に向けて欲しいものだわ。
「別に…暇だからよ」
ティーカップを置いて逸らすように窓を覗く。後ろでイリア素直じゃないと微笑んでいるのが分かる。
吸血鬼の女王が来てから打って変わって平和な日常が帰ってきた。まぁ、アニス様達としては全然平和ではないのでしょうけれど、後始末や今後の対策もあるだろうし、ユフィリア様は王宮と魔法省を行き来していると聞いた。その一方でアニス様の傷の方が酷かったらしいから今は離宮で療養中との事。でも、今のアニス様を見ても療養する必要なんてないと思うのだけれど。ユフィリア様が決めたって聞いた時は何も言わなかった。
「で、今日は本当に何の用なのよ。もう一時間は放ったらかしにされてるわよ私」
「ごめんごめん今終わったから。ちょっと、ティルティに見て欲しいものがあってさ」
そう言いながら、アニス様は私に右手を差し伸べてきた。
「何よ?」
「うん。見てて」
その右手で火の魔石を取り、魔力を通した。当然魔石は燃えて無くなった。熱くないのだろうか、ドラゴンに成ったからそこら辺は平気なのでしょうね。しかし、ただ火の魔石を燃やすのを見ただけで何も無い。アニス様の顔を見上げると、アニス様は頷いた。
「ティルティ。見て」
「だから何……ちょっ、これ!?」
言われるがまま右手を見直すとアニス様の手の甲を覆う様に少しだけドラゴンのような甲殻が出来ていた。爪も少し伸びて、それは本当にアニス様がドラゴンに成った証拠のように現れていた。少し時間が経つとそれは元に戻り、アニス様の手は普通の人間の手に戻った。
「貴方もしかして…」
「うん。多分『人として』の時間が無いって事じゃないかな。魔石関係の実験してる時に最近起き始めたんだ」
「進行としては早いわね」
「どうだろうね。魔力さえ通さなければ何も無いんだけど…」
「もしかして、無意識に背中の
「だよね〜…私もそうとしか考えられないんだよね〜」
アニス様は能天気に掌を握って開いてを繰り返す。まるで他人事のように軽く見ているようだが、アニス様が人から離れた存在になった事を改めて実感させられた。
「それ、ユフィリア様は知ってるの?」
「いや〜、まだ伝えてないんだよね〜。日常生活する分には起きない事だから…」
「早めに言っておかないと、後々面倒よ」
私の言葉にアニス様は顔を俯かせる。
「うん…その、ね。出来ればユフィには伝えたくないんだ」
「はぁ…?」
「今ユフィは王国の為に、色々頑張ってくれてるから。だから今、急にこんな事を伝えて余計な心配かけたくないっていうか…混乱させたくないから…さ」
嗚呼、そういう事か…。この二人は相変わらずお互いを庇い過ぎる。イリアの何も言わない様子を見るに恐らく本当に気づいていないか、気づいていても黙っているかの二択だ。
「今伝えなくても…あの子もどこかで気づくわよ」
アニス様はそれでもいいと首を振る。
「それまでいつも通りに過ごしたいんだ。自分でも実感してる。この変化は自分じゃ止められないかもって」
「二ヶ月でそこまでの侵食…。アニス様の予想は?」
「もって…あと一年かな?」
「魔力さえ使わなければいいのでしょう?」
「ううん。魔力を使わなくても体の中から変わっていってる。そう感じるの」
「人としての限界……ね」
諦めで力が抜けたように私とアニス様は椅子に座り込む。イリアも受け入れたように目を閉じていた。
「どうにか出来ないの?それ」
「分からないよ…そのために色々自分で研究してるのさ。でも……」
「すればする程進行する…って言うわけね」
「そういうこと。だから手詰まりでさ」
「それで私が呼ばれたのね」
あのライラナを倒す程の力を手に入れたアニス様の先にあるものが、まさか人間を止めることとはね。しかも物理的に。止めようにもこんな事は私にも専門外だし、研究なんてした事ない。ましてやアニス様の人体実験。魔道具を使う様な優しい実験じゃない。アニス様そのものを変えてしまう程の大事だ。それでも、ここでしんみりしている暇はない。
「分かったわ。私なりにやってみる。アニス様がまとめた資料貰えるかしら?」
「ほんとに!?ありがとうティルティ!」
知っていても知っていなくても、この子はユフィリア様には言おうとしないでしょうね。心配をかけたくない一心で。なら私も今はアニス様の方に従おう。二人の関係を壊さないように。
・・・・・・
本日の業務を終えて直ぐにレイニには離宮へ帰されて、扉の前でノックをしようとした手が止まった。二人の会話を盗み聞くようなことをしてしまった私に突きつけられた『アニスの残りの時間』を私は聞いてしまった。前からアニスの様子がおかしいとは思っていた、妙によそよそしかったり、妙に優しかったり、工房に篭もりきりだったり、気づく場所はいつでもあった。なのに私は、何も気づかなかった。アニスがいなくなるという事に。
「あと…一年…?───っ!」
ノックをしようとした扉が開く。
「あれ、ユフィ?どうしたの?」
「っあ…いえ…その…、ごめんなさい間違えましたっ!」
「え?え?何!?私の工房を何と勘違いしたの!?」
・・・・・・
逃げる様にその場から立ち去って、私は自室へ閉じこもる。ベッドへ体を倒して枕に顔を埋める。雑な現実逃避と耳塞ぎ。さっきの会話が信じられなくて私は閉じこもる事しか出来なかった。
「っ……!」
あと一年…あと一年でアニスが居なくなる…?
そんな事は有り得ない。有り得るはずがない。それだけのに年月で消えるなら私もとっくに居なくなっている。精霊契約者と刻印を持った者の違い。そして私が忘れていた。アニスが人ならざる者へと変わっていた事を。刻印を受け入れて、竜の力を手に入れていた事を。
精霊契約者になってから、命が永くなった。それは龍の力を手に入れる前のアニスとは異なる時間。異なる摂理、異なる世界、でも竜の力を手に入れてから私と同じになったと思ったのに。これが…精霊契約者と刻印を持つ者の相違。同じ時間を手に入れたと勝手に勘違いして、私は浮かれていた。
何も見ず、何も聞かず、目の前の現実から目を逸らしながら、私はアニスと共に過ごす事を謳歌していた。
「っ……っ……」
この零れる涙はなんなのでしょうか。
私には分かりませんでした。
・・・・・・
「ユ…ユフィ…」
「何、どうしたのよ」
あっという間に見えなくなったユフィと呆然とそこに立ちつくす私。気になって見に来たティルティが呆れ顔を覗かせる。状況を察したのはティルティはため息を吐く。
「さっきの話、聞かれたんじゃないでしょうね?」
「……」
あの慌てようはきっとそうだと首を縦に振る。
「多分聞かれた。結構動揺してたように見えたもん」
「こんな形で聞かれるとはね」
ため息を吐きながらティルティは壁に背を預ける。呆れたように上を仰ぐと私の方を向く。
「いいの?行かなくて」
「あっ……うんっ…!」
急いで私はユフィの元へ走った。
・・・・・・
アニス様がユフィリア様を追いかけて出ていったすぐ、イリアもレイニと共にユフィリア様を探しに行って工房に1人取り残された私はアニス様の資料を見ながら解決策を模索していた。
「精霊達がなんだか騒がしいわね」
工房の窓から珍しい声が聞こえた。美しい金色の髪と何処が不思議な雰囲気の少女が楽しそうな顔をして窓に座っている。
随分と珍しい顔がそこにいた。
「狙った様に来たわね」
「別に。精霊が騒がしくなっていたから気になってきてみただけよ」
硬い靴を鳴らしながら、リュミは私の見ている資料を覗く。少し眺めると目を細めて椅子に座った。
「貴方、この事知ってたの?」
「人ならざる力を持った者の末路なんて誰でも予想出来るわ。ユフィリアだってきっと心の何処かではわかっていたでしょうけど、きっと、目を逸らしていたのよ」
「時間の問題だったって?」
「そうかもしれないわね」
掌の精霊を愛でながら彼女はまた空を見る。その顔は分かっているようで、分かっていないようで、何処か上の空だ。
『人ならざる力』。
それはアニス様の刻印。
それはユフィリア様の精霊契約。
そしてそれは使えない人にとっての『魔法』。
それを酷使すればいずれは力に飲み込まれる。それは誰しもがわかることでは無い。力を持つものしか分からない。私は呪いを集める者。人から離れた事はない。
「どうするのよ。あれじゃ二人共バラバラになるわよ」
私が言うとリュミはふっ、と頬を緩めて空を見上げた。
「ずっと目を逸らしていた事実が目の前に来ただけよ。だから大丈夫。きっと立ち直るわ」
「意外と厳しいのね」
「あの子達も、もう大人なのよ。二人はそれにまだ気づいていないだけなの」
「まさか、貴方がそんなことを言うとはね」
「私だって永く生きてる。ユフィリアがこのままだったらこれからどうなるのかもわかるわ。体験して欲しくはないけどね」
ふわりと髪をなびかせて、空を見上げるリュミの顔はどこか悲しげだった。
・・・・・・
「ユフィ……」
ユフィを追いかけているはずの廊下の途中で立ち止まる。ずっと言わなかったから、ずっと伝えていなかったからユフィはあんなに動揺してた。それはきっと私のせい。私が心配させないとした思いが裏目に出てしまったのだ。何も変わっていない自分の掌を見る。それはドラゴンのように変化している訳でも無く、今にも消えそうになっている訳でもない、ただの自分の掌。
「私は…君だった。だから今度は私が君みたいになるのかな?ライラナ」
ライラナとの戦いで手に入れたドラゴンの力。それは少なからずも私の未来を狂わせる。夢を追えるようになったけど、今度は未来を狂わせる。望まない未来へと、もっと見えなくなった未来へと。
「……」
ジワジワと募る不安と底から滾る
「っ…!」
ぐっ、と堪えるように胸元で手を握る。苦しくなった訳でもないし、痛くなった訳でもない。ただそうしないと不安を堪えられなかった。
「───!?」
窓に写った自分を覗くと、そこには一体のドラゴンが居た。
「あ…れ?」
瞬きをするとそこには自分がいた。刻印の魔力がそう見せているのか。残された時間も少ない事を告げているのか。私にはまだ分からなかった。ただ少なくとも、この力を手に入れた事を祝福されている雰囲気では無い。
「残された時間…か」
人から『何か』に変わる前に、私は私に出来る事をしたい。そうすればユフィより先に居なくなったって、ユフィは私を忘れずに済むのだから。
今の私に出来る事を、ただ見つけたかっただけなのに。
「アニス様!」
「アニスフィア様!」
と、そこで現れたのはイリアとレイニ。二人もユフィを探してくれてたみたいだね。
「ごめんなさいアニス様。ユフィリア様が何処にもいらっしゃらなくて…」
レイニは肩で息をしている。それほど慌てて探してくれたみたい。周りを探していないとなると、自室かな。
「うん。ありがとう。後は大丈夫。ユフィの部屋に行ってみるから。ティルティも家に返してあげて」
「かしこまりました」
イリアがお辞儀をするのを見届けると、私はユフィの部屋へ向かった。
・・・・・・
暗い場所で蹲る。それはきっと私らしくない事をしているのだと自覚はしていました。アニスに残された時間は少ない。私はアニスに全てを捧げると誓いました。でも、同じ時間を生きられるようになったのに、人としての時間が残されていないのなら前と同じに戻ってしまっただけ。
私は、アニスがアニスでいられる場所を作りたい。
いつの間にかそう願うようになっていた。あの人はずっと取り残されてきた。魔法が使える世界で魔法が使えない人として、取り残される側の人だった。でももう今は違う。人を超え、魔法を超え、誰かに与える側の立場になった。未だに与えられ続ける私とは違う。アニスはもう一人で生きていける立派な王となる資格を得ている。
「もう私なんか居なくても…」
『居なくなってしまっても良いと言うのですか?』
「ッ!?」
背後から聞こえてきたもう二度と聞くはずのない声に驚いて私は振り返る。そこに居たのは光へ還したはずの吸血鬼の女王だった。
「何故ッ…」
幻覚なのか、なんなのか、アルカンシェルを構える気すら起きなかった。その歪んだ三日月は私の事を見据えている。
『貴方が私を呼んだのでしょう?』
蠢くように首を傾げてその笑顔は余計に歪む。
私が呼んだ…?ならこれは本当に幻覚なのでしょうか。確かに魔力も感じられないし、生気も感じられない。ただ見えていてそこに居るだけの存在。そう感じとれる。私は無意識に幻覚を呼び起こしたとでも言うのだろうか、こんな生者の生き血を啜る醜い存在を。
また───
『私が醜い存在?まさか、とっても不思議ですね』
ぞるん。蠢き這いずる彼女の体。
『それは、大切な人の体液を啜って、魔力を貰って生きている───』
「ッ!?」
『そんな貴方も醜い私と同じではありませんか?』
「っ黙れ!!」
大声で振り払う。それでも彼女は動じない。
違う違う違う。私は貴方とは違う。誰かを傷つけなりしない。自分の為に生きたりしない。人の道を踏み外しても、私は私の心を持っている。
疑心暗鬼で頭を抱えて崩れ落ちた私を彼女は蠢くように覗き込む。
『あぁ、あぁ、可哀想に。可哀想に。何も無いのでしょう?あの子だけが心残りで他には何も無いのでしょう?他に縋るものも知らないのでしょう?』
おどけて、踊って、バレリーナのように彼女は私の周りを回り出す。歪んだ三日月のような笑顔は私の心をイラつかせる。
『まぁ、当然でしょう』
コツコツ。彼女は私の目の前で止まる。
『貴方は元々誰かに頼るような【人】では無い。ちゃんと独りで解決出来るように仕込まれてきた。生きてきた。それでももう貴方は独りじゃなくなってしまった。運命を共にする存在を手に入れること。貴方はその考えを持っていなかった。アニスの為に。アニスの為に。と、もがいて生きている。その結果が【コレ】ですよ。ユフィリア』
その結果…?
『あの人と共に時間を生きたいと、そう願ってしまった』
唖然とする私の目の前に顔を出し、彼女は歪んだ笑顔を向ける。
『人とは違う理となった貴方は、その理の中にあの人を連れ込んだ。だからアニスはドラゴンへ近づいた。竜の心臓を手に入れた』
「え……」
私が、アニス…を…?
『貴方があの人を人の道から踏み外させた』
違う…!
『貴方がアニスを変えさせた』
違う…
『貴方が弱いから』
違…
『貴方がアニスを殺しているのですよ』
私が──────。
「ユフィ!!」
「ッ!?!?」
突然名を呼ばれたと思ったら、私に誰かが抱き着いてきた。ベッドの上へ倒れて視界が部屋の風景に戻った。目障りな存在は何処かへ消えて、私を幻覚から引き戻してくれた人が心配そうにこちらを見ていた。
・・・・・・
返事がなかったから、勝手に入ってしまった。でもそこから目に入ったのはこの世の終わりのようなユフィの顔だった。もう少し遅れていたらユフィが消えてしまうんじゃないかって思って、ユフィを繋ぎ止めたくて体が、気が付いてたらユフィに向かっていた。
「ア…ニス…?」
「ユフィ…大丈夫だよ…」
縋るようにユフィの頭を撫でながら、私は必死に抱き締める。私まで泣きそうになってきた。声が震えている。あまりにも心配させすぎた。自分の事を隠し過ぎた。隠しきれなくてユフィに聞かれて、ここまで追い込んでしまった。その事だけは事実だ。何も変わらない。
「何も…大丈夫ではないですよ…アニス」
「っ…」
やっぱり聞こえてたんだ。あの話。そうだよね。そうじゃなきゃこんな風にはならないよね。
「あと一年で貴方は居なくなる。そんなの…っ…取り残された私はどうなるのですか……」
「それは…」
一つ。また一つと、ユフィの瞳から零れていく涙。それは今までずっと黙っていた私への罰。
打ち明けるのが怖かった。言葉にしたら本当になんだって自覚しないといけなかったから。1番大切な人にだけは最後に伝えたかった。だって、そうすれば、自分もユフィも傷を負うのは少しだけだから。そう思ってた。でも違った。ユフィには、最初に伝えるべきだったんだ。最初に伝えて、一緒に考えて、一緒に生きるべきだった。また一人で抱えてしまった悪い癖だ。でも、それでも、先の無くなった私だからこそ、出来る事が無いのかと探していた。
「……私はね、ユフィ。この命が無駄になるのが怖いんだ。このまま生きていたら、多分私は、ユフィよりずっと早く居なくなる。だから少しでも、この世界に貢献したい。この世界で何かを残したいんだ」
「そんなっ…貴方はもう十分に残しているではありませんか…魔学もっ…魔道具もっ…!」
「私だけじゃない。私と同じように魔法を使えない人にだって送りたいんだ。どれだけ自分の命を削る事になったとしても、私は私の夢を、革命を起こしたい。それも、私の夢の一つだよ。ユフィ」
ユフィは泣き顔のまま信じられないと首を横に振る。
「貴方はっ…また…そうやって!」
「っ…!」
そうして強い言葉と共に私はユフィに体勢を変えられた。今度はユフィが上になる。
「そうやって…私の心を、バラバラにするっ…!貴方をどれだけ想っても、貴方をどれだけ求めても、貴方はすぐにまた前へ進んでいくっ…でも、それで良いはずなのに…!それを私も望んでいるはずなのに…!なのに…っ、私はっ…何処にも行かないで欲しいと…望んでいるのですっ…」
訴えてくるその顔は、いつもよりも怖くて辛そうで。でも、私にはもう時間が無いって分かっているから自分からは「諦めて」としか言えなかった。私だってまだ生きていたい。人として、今のままユフィの隣で生きていたい。確かに今何を言ってもユフィにとっては逆効果かもしれない。心配させたくないとわがままを通した結果がこれなのだから。
「ユフィ…」
泣いてすがる子供のように私の胸に顔を埋めるユフィを私は受け止めることしか出来なかった。
「どうすれば。許してくれる?」
その時の私にはこれしか言えなかった。そうでもしないと、ずっとこのままユフィは涙を流し続けるから。でも、どうすればいいのかを聞くと少しだけユフィの体に力が入った気がした。
「だったら、アニスが今も生きてること。感じさせてください」
私を見つめるその顔はとても不安そうで、握った手は少し震えてて、力が入ってる。
「もちろん」
声も、体も、心さえも、震えてる。私が自分の夢に進む事がユフィにとっては逆の意味になっている。そこまで私を想うのはユフィが私を愛しているから。その気持ちを壊したくなかったのは私がユフィを愛しているから。お互いすれ違って、ようやく今一つになった。
私達は足元を見ない。前を向いて進むと決めたからだ。でも、今回みたいに誰かが蹲っているのを見逃しそうになる事もある。だから、そうならないようにお互いで練習していく。もしそうなっても独りにならないように。俯いた顔を掌で掬い上げて私達は、互いを重ねていく。
・・・・・・
「っは…んっ……んぅ…」
押し付けられるように、けれど、確かめるようにユフィリアはアニスフィアの唇を貪るように奪い続ける。息が切れそうになっても許して貰えない。必死に獲物に食らいつく獣のようにユフィリアはアニスを求める。酸欠で思考が鈍る。アニスもユフィリアも。舌を吸われてるのか吸っているのか分からなくなってきた。目を閉じれば必死なユフィリアの体温が伝わってきて、それを受け入れるアニスフィアがいる。
「っ…っっ、っぷは…はぁ…はぁ…はぁ…」
やたらと粘り気のある音と共にようやく離れると体全体で息をするようにアニスフィアとユフィリアは呼吸を整える。ほんのり赤に染まったアニスフィアの肌が見えてユフィリアは愛おしそうに、でも、悲しそうにそれを見つめる。
「ユフィ…?」
アニスフィアが心配そうにユフィリアの頬へ手を添える。大事そうにその手に自分の手を重ねてゆっくりとアニスフィアへ覆い被さる。
「明日にでも消えてしまうのかも知れません。だから……」
求める理由はなんであれ、アニスフィアはユフィリアの願いを叶えるのを優先する。そんな、玩具を取り上げられた子供のような泣き顔のユフィリアを見てアニスフィアは優しく微笑んだ。
「うん。だから、ユフィのしたい事…していいよ。そしてちゃんと感じてよ私の事」
迎え入れるのに理由なんて要らないはずなのに。こうして体温を重ねるのは普通のはずなのに。今はどうしても何処かへ消えてしまいそうなアニスフィアを繋ぎ止めようとする。
「あっ…ん…」
首筋に舌が這う。吸われる感覚はもう慣れたと思ったが意外とそうでは無いようだ。サれる時のアニスフィアにはまだ羞恥の心が浮き上がる。
「ちょ…とそんなに念入りに舐めなくても…」
「いやです。私のシたいことをしていいと言ったのはアニスなんですよ」
「う…」
今更思い出すと恥ずかしくなる。その場の勢いというのは恐ろしいものだ。しかし、こうして丹念に責められるとアニスフィアの体も我慢が効かなくなる。他の所が疼いてくるのも当然の事だった。
「その…他の所も触って欲しいな〜って…」
「他の所とは何処ですか?今日はアニスから言わないと触れません」
「……」
少し不機嫌そうに頬を膨らませたユフィリアごそこに居た。その顔には逆らえない。可愛いし、愛おしい。でも、言葉にする事はそれはそれで恥ずかしいのでユフィリアの手を取ってアニスフィアは自分の胸に乗せる。
「ここ…とか?」
やっぱり自分からは少し恥ずかしい。ふてぶてしくなったとは言え、それでもまだ二人きりの場所で求めるのが精一杯だ。
「あ…んっ…」
服の中に入ってくる手がくすぐったい。
首筋を舐められるのがくすぐったい。
確かめるように揉まれる胸が気持ちいい。
自分から触らせる感覚はどうも慣れていなくて、普段よりも感じ方が変わってきてしまう。普段よりもいやらしく、気持ちいい。舐める時になる音が鮮明に聞こえてきて息と体が熱くなる。
「っは…アニス…」
舌から涎を垂らしたユフィリアが艶のある女に見える。溶かされる感覚を味わいながらユフィリアに見惚れていると胸の突起が摘ままれる。
「ひぅっ」
「ココだけで…いいんですか?」
そんな訳ない。全部触って欲しい。
熱に浮かされてアニスフィアは吐息混じりに懇願する。
「もっと…気持ち良いトコロ…触って」
その吐息に当てられて、ユフィリアの体に快感が走る。普段あまり見られないアニスフィアのオネダリに自然と小さく舌なめずり。言葉は要らないと唇を塞いで、アニスフィアの秘裂の入口に指を添える。
「あっ…!んっ…んんっ…!」
ユフィリアは生きている事を感じたいと言った。
だからアニスフィアはそれを今叶えている。
何度も何度もしてきた事。お互いの魔力を分け合い。お互いの存在を確かめ合う行為。異常なまでなスキンシップ。でも、それは二人なりの愛情表現。
今のユフィリアに足りないもの。
今のユフィリアが感じていたいもの。
「お、くっ…指…っ来てるぅ…!」
そんな余計な事を考える暇もなくアニスフィアにやってくる刺激は増えていく。ユフィリアはこうする事でアニスフィアをもっと深く感じられる。自分がアニスフィアを犯している事に安心する。少し歪んでいるだろう。少しおかしいだろう。でも、今そうでもしないと自分まで消えてしまいそうになっていた。だから。
「あぁっ…!それぇ、すきぃ…!おく、ぐりぐりされるのすきぃ…!すきぃぃ…!」
一段と奥に指を押し込むとアニスフィアは余裕が無さそうに喘ぎ悶える。最後に好きと言い放つのは、自分の事なのかそれとも自分のテクニックの事なのか。今のユフィリアにはどうでもよかった。今そこにアニスフィアが居る事が、生きている事が、重要だからだ。
「ユフィ…い、くっ…ィくっ!っ、っっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
胸の突起と同時に腟内を責め立てるとアニスフィアは盛大にイキ果てた。体が反り返る程に強い快感が来たらしい。
「アニス…」
アニスフィアの腟内から指を抜くと、小さく悶えてアニスフィアはユフィリアを迎え入れる。
「ユフィ…好きだよ」
「はい…私もです。アニス」
・・・・・・
それから三十分程休息を取り、アニスフィアが落ち着いた所でユフィリアは隣に寝そべった。
「大丈夫ですか?アニス」
「うん。大分落ち着いたかも…」
ユフィリアはアニスフィアの髪を撫でると、その感触に安心を覚えたのかゆっくり微笑んだ。
「私は、忘れませんよ。アニス。例え貴方が本当に消えてしまっても、貴方との思い出は───」
「本当に大袈裟だなぁユフィは。私だって、この命は諦めないよ。だって、ユフィと居られる時間が一緒になったのにその時間を手放すなんて有り得ないよ」
「アニス…」
「ユフィは私を忘れないようにしてくれるんだよね。私だって、忘れさせてやるもんか。夢を叶えるまで居なくなったりしないよ。私はね」
「……」
ユフィリアは何かを口にする前に少し目を伏せて、アニスフィアの手を握る。
「その言葉、信じてよろしいですか?」
「もちろん。信じて欲しい。ユフィにだけは」
二人は確かめ合うように互いの唇を重ね合う。
・・・・・・
「と、まぁ、このくらいかしらね。私の考えは」
「ありがとう。ティルティ。参考にするよ」
その日から1週間。お互いの気持ちを再確認した私達はティルティを離宮へ招き、アニスの症状の考察を聞いていました。
今回のアニスの症状。ドラゴンへの変化の進行、止め方に関しての考察。この症状によく似た魔物がいるようで、それは『狼男』。これは普段は人間で満月の夜や興奮状態になると、人から狼男へ変身するという魔物。ですが、その変身する場合にも魔力を必ず消費する。魔力が足らなければ変身すら出来ずただの人間のままでいるそうです。その説を利用して、アニスから魔力を頂く私がアニスから余計な魔力を吸い出して、ドラゴンへ変化する為に必要な魔力を削ぎ落とす。という、方法で様子を見るという事になりました。
たった、1週間でこれだけの考察が出来るティルティには頭が上がりませんでした。私もアニスも二人でお礼を繰り返すばかりでした。
「本当にありがとうございます。ティルティ。やはり貴方は本当に頼りになりますね」
「私に似合わない事言わないでユフィリア様。勝手に好きでやってるだけだから。………で?なんなのその惚気っぷりは」
「へ?」
目の前のティルティは、ずっと手絡めてを繋いでいる私達を見て、何故か不機嫌そうな顔でこちらを見つめていました。私とアニスは顔を見合わせると昨日の事を思い出してしまって、少し恥ずかしくなりお互いに顔を背けてしまいました。
「あぁそういう。なら私の心配は無駄だったって訳ね」
「ティルティ様。紅茶のお代わりは如何ですか?」
「えぇ、貰うわ」
「お砂糖は…」
「要らない。目の前の糖分で充分よ」
「かしこまりました」
イリアから紅茶を受け取り一口含むとティルティはまたため息を吐きました。
「全く。心配して急いでみれば…すぐにいつもの調子に戻ってるんだから。まぁ、この一週間、症状は出なかったみたいだし、心配なんてもう要らないわね」
「本当にありがとう。ティルティ。でも経過観察は続けていくよ。何が起きるか分からないからね」
「ちゃんと、定期的に報告してくれると嬉しいわ。そんな呪いも滅多にお目にかかれないからね」
「りょ〜かい」
と、そこで離宮の客間の扉が開きました。
「アニス様、お待たせしました」
「お!待ってたよ〜レイニ」
と、そこでレイニがお茶請けを持ってきてくれました。王宮の料理人が作ったという、試作のケーキ。是非とも私達に味見をして欲しいと頼んできた所にアニスは二つ返事で請け負ったようですね。
「ティルティにも味見して欲しくてさ。ほらほら好きなのとって!」
「私が食べれるヤツあるんでしょうね」
「あるって、心配しないの〜」
アニス。貴方の笑顔を見ていると、時々不思議に思うんです。今までの出来事が全部夢だったんじゃないかって。何処へ向かうかも分からないこの命を救ってくれた貴方という存在が夢だったんじゃないかって。
でも、もうその心配は要らない。
「ほら、ユフィも一緒に!」
「はい!」
私はもう夢を見ない。
永い偽りの夢はもう見ない。
瞳を開ければそこには貴方が眠っていて。
当たり前にそこに居る。それは私の生きている証。
だから、今日も私は生きる。
過去を抱いて繋ぐ今を、貴方と共に。
例え、貴方が砕け散って消えたとしても。
例え、私の心が砕け散って消えたとしても。
私は作りたい。貴方と共に。
貴方が目指したあの