平日の夕方、まだ時間が早いので翔の店に客の姿は無かった。
お客の大半は仕事帰りのサラリーマンなので、夜から深夜が一番賑わう。
そこへふらっと若い女性客が入ってきた。
翔は、ちょっと訝しんだ。高校生ではなさそうだが、かなり若い。そんな若い女の子が一人でやって来るような店じゃないのだ。路地裏で目立たないので常連客か口コミでやって来る客がほとんどだ。
女性はカウンターに座って、ノンアルコールカクテルとサラダを注文した。
「今日はどなたかと待ち合わせですか?」
翔が質問すると
「待ち合わせじゃないけど、もしかしたら会えるかと思って。ここにJって呼ばれてる背の高い人来てませんか?」
「?!お客さんの個人情報は教えられないな」
「ふーん。じゃあ、待ってみるだけだけど」
(この子、Jの関係者なのか?Jに連絡した方がいいかな…)
カラン、とドアが開いて常連客の陸樹がやって来た。
「よお!翔!この時間は空いてるな!え?あれ?君、Jの妹さん?」
「陸樹さん!覚えててくれたんですね!瑠美です」
「瑠美ちゃん、今日はJと待ち合わせ?」
「いえ、ちょっと、普段の兄貴と玲音さんの様子を見てみたいと思って、来ちゃいました!」
(玲音の事疑ってるな?)
陸樹と翔はどうしたものかと顔を見合わせた。
「最近、忙しいみたいで、あんまり店で見ないけど?」
「そうなんですね。ちなみに、陸樹さんは兄貴の親友ですよね?陸樹さんから見て、兄貴と玲音さんって、結構タイプ違いますけど、仲はどんな感じですか?」
「え?仲はいいんじゃないかな?一緒に住んでるくらいだし…」
「兄貴って、割とプライバシーにうるさいタイプだから、よく他人と住む事にしたなって、不思議で。何か事情とか知ってますか?」
(めちゃ追求が厳しいな…どこまで誤魔化しゃいいんだ?)
陸樹が顔には出さずに冷や汗をかいてるところに、バンっと勢いよくドアが開いて、純が入ってきた。
「瑠美!こんなとこで何してんだよ?」
翔が連絡したのだ。
「べっつにー!兄貴が普段どんな風に暮らしてるか、ちょっと気になって見に来ただけよ!」
「はぁ?バカな事言ってないで、さっさと帰れよ!子供の来るところじゃないだろ!」
「私だって、成人ですー!」
(あー、Jのやつ、だいぶイライラしてるな)
付き合いの長い陸樹は、ブスっとしている純の顔から、相当機嫌が悪い事を察した。
場がシンと静まった時、ふいに場違いに明るい声が響いた。
「翔!何か急ぎで食べさせて!え?!純?」
「玲音?!今日はバイト掛け持ちだったろ?」
「学童クラブが早く終わったから、夕飯食べに寄ったんだよ。純は仕事中だと思って、こっちに来たんだけど。あ、あれ?!瑠美ちゃんも?こんばんは!元気?」
「玲音さん、こんばんは!元気です!」
玲音は何も事情を知らずにやって来たらしく、元気印で挨拶した。
「何で、みんな立ってるの?」
いつもと変わらない笑顔で屈託なく言われ、純の顔が一瞬ぽっとなった。さっきまでのギスギスした雰囲気から、急に普段の柔らかくて可愛い純に戻ったのを見て、陸樹は、わかりやすいなーと内心苦笑した。
結局、陸樹も含め、4人でテーブルにつき、食事をすることになった。
玲音は子供達の今日の様子などを楽しく話して聞かせ、陸樹も盛り上げ上手なので、瑠美も楽しく会話が弾み、玲音と純の関係について追求することはなかった。
玲音は介護施設のバイトのため1時間弱で、そそくさと席を立った。
純が玲音を引き止めて小声で「夜勤が続いてるだろ?無理するなよ」と心配そうに声をかけた。
玲音はニコっと笑って「大丈夫!明日の夜勤明けは休みにしたから!」と言って、純の肩をポンっと叩いて出て行った。
玲音を見送る純は、頬がゆるむのを堪えようとしてるが、幸せオーラが溢れてるのが陸樹には見え見えだった。
(2人きりなら、きっとキスしてたなww。さて、瑠美ちゃんの目にどう映ったかな?)
「私も、もう帰るね」瑠美が急に席を立った。
あっさりと何も言わずに帰ろうとする瑠美に、純は当惑気味だった。
「もう気が済んだのかよ?」
「十分、兄貴が玲音さんに"首ったけ"だってわかったから、もういいわ」
「な?!」
「自分でデレデレしてる自覚ないの?こっちが恥ずかしくなったんだけど?ごちそうさま!」
真っ赤になって、反論できない純を尻目にさっさと帰ろうとする瑠美を陸樹は追いかけた。
「待って、瑠美ちゃん!駅まで送るよ!」
「陸樹さん・・・兄貴は、玲音さんが好きなのね」
「瑠美ちゃんは、お兄さんの事、ショックだったの?」
「ショックというよりは、驚いて嫉妬した感じかな…?」
「嫉妬?」
「人見知りでマイペースな兄貴があんな風に心を許して、誰かを好きになるなんて、意外で。私だって、まだ本気で好きになった人いないのに…。幸せそうで妬ける」
「ハハ…正直だね」
「でも、将来を考えると不安よね?お父さんやお母さんが納得するかわからないし…」
「それでも、あの2人は真っ直ぐに問題に向き合って、お互いを支え合っていくと思うよ。きっと、ね」
「はー、ますます妬けるわ。陸樹さんみたいに、優しくてしっかりした人にも、そんな風に応援してもらえるなんて!私も、そんな出会いがしたいけど・・まずは留学に向けて英会話を頑張らないとなぁ」
「英会話?それくらいなら、お手伝いしようか?」
「え?いいんですか?!」
「あぁ、最近、暇してたし」
連絡先を交換して、英語だけで"疑似デート"してみようと約束する。
陸樹は、久しぶりのお出かけの約束に心が明るく踊り出すような気分を感じていた。
(最近はJとドライブに行く事も無かったからな。これって、Jに報告した方がいいかな?)
陸樹は迷ったが、黙ってる事にした。Jの機嫌を損ねたく無かったし、これはあくまで勉強のお手伝いをするだけだと自分に言い訳した。
瑠美と別れた後、足取りが軽くなっている陸樹だった。
END