純は朝から途方に暮れていた。
玲音が今まで見た事がないくらい不安そうな様子で、ずっとソワソワしている。全く落ち着きがない。何度も物を落としたり、何かにぶつかったりしている。
(おいおい、大丈夫か?)
今日は純の実家に玲音を連れて行く予定だ。
親に会った時に玲音が何を言い出すか、不安でしかない。玲音の様子は、初めて彼女の家に行って親に挨拶する彼氏でしかなく、友達の家に行くテンションではない。
さすがに、いきなり付き合ってると言い出すのは、親の反応がわからな過ぎるので、まずは一緒に暮らしてる友達として紹介する予定だった。
しかし、玲音のテンパりようだと「お付き合いしてます」とか「息子さんを僕にください」とか、想定外のことを口走るんじゃないかと心配だ。
先日、母親に友達を連れて行きたいと連絡したら、驚いていたが、喜んでるようだった。
純は学生時代にはスポーツをやっていたので、友達が少ないという事はなかったが、家に友達を連れて行った事はない。一人暮らしをするようになってからは、友達の話を親にした記憶もなかった。
とは言え、親が心配してるような素振りも特になかったのだが、どうやら心配していたらしい。
(うーん、玲音も心配だけど、母さんや父さんが友達を連れて行く事をどう思ってるのかも、ちょっと不安だ。結構、唐突だったけど疑問に思ってないのかな?)
それにしても、この状態の玲音を連れて行くのは不安過ぎる。仕方なく、純は、最終手段に出ることにした。
「こんにちは!初めまして。お邪魔しまーす!」
「は、初めまして、よ、宜しくお願いします」
元気な声で挨拶したのは陸樹。
オドオドしている玲音とは対象的だ。
結局、純は陸樹にヘルプを頼むことにした。
2人で行くというシチュエーションだから緊張するに違いない、3人なら変にかしこまらないだろうという判断だった。
突然の電話だったが、陸樹は快諾してくれた。
とりあえず、リビングで家族に紹介する。
「こっちはいつも仲良くしてる友達の陸樹、こっちが今一緒に暮らしてるルームメイトの玲音」
「陸樹です。車のディーラーをしてます。Jとは、よくドライブに行ったりしてます」陸樹は淀みなく自己紹介をした。
玲音は、明らかに緊張した面持ちだったが、なんとか口を開いた。
「玲音です。今共同生活をさせてもらってます。介護施設で働いてます。」
すると、母さんが玲音に質問した。
「玲音さん、純と一緒に暮らすの大変じゃありませんか?生活が不規則でしょう?その上、結構、ワガママで頑固なところがあるし」
「そんなことありません。マイペースなだけで、ワガママなんてこと無いです。生活が不規則なのは、最初からわかってましたし。ちゃんと、お互いの生活サイクルを確認して一緒に住むことを決めたので、問題ないです。むしろ純にはいつも支えてもらっていて、感謝してます」
いざとなると、落ち着いて話す玲音に感心していたが、最後に2人して、しまった!と思った。純の名前を呼ぶ時は「J」に戻す予定だったのに!
母さんは気が付いてないようだったが、妹に気付かれてしまった。
「玲音さんって、兄貴を純って呼ぶんだー。兄貴が家族以外に純って呼ばせる人、初めてかも」
「あら、そういえば?」
「れ、玲音は、家族同然なんだよ!」
(マズイ、玲音より、俺の方が動揺してきた…赤面してないよな?)
すかさず、陸樹が助け船を出してくれた。
「ところで、妹さんは、まだ大学生なんですか?」
「そう!来年、休学して、外国へ行ってくる予定なの!」
話がそれて、事なきを得た。やっぱり、陸樹を連れてきて正解だったと、胸をなでおろす。
みんなで一緒に昼食を食べながら、母さんの誕生日を前祝いして、最後にコーヒーを飲みながら談笑した。すると、それまで、特に話に加わってこなかった父さんが急に話始めた。
「純は、なんだか、雰囲気が変わったな」
「え?そう?」
「どこか、丸くなったっていうか、柔らかい雰囲気になったな。幸せそうで安心した」
「な、なんだよ急に?友達の前で恥ずかしいこと言うなよ」
「お前があんまり帰って来ないから、母さんが心配してたんだぞ?元気でやってるのはわかってたけど、友達がちゃんといるのかとか、恋人はできないのかとか。とりあえず、いい友達に恵まれてることがわかっただけでも、安心したよ」
母さんが横で微笑んで頷いている。
親に心配をかけてたんだなとわかり、申し訳ないという気持ちとホッとした気持ちと、更に、ここで玲音とのことを切り出すべきか迷う気持ちが入り混じって、いたたまれない感情になってくる。
思わず、玲音を見ると、玲音もこっちを見て、目が合った。やはり、複雑な顔をしている。
(どうする?!)
すると、玲音が小さく深呼吸をして、口を開いた。
「僕と純は、知り合ってまだ長くはありませんが、最近、一緒に生活するようになって、お互いに支え合って生きています。純は、僕にとって、なくてはならないパートナーです。まだまだ、お互いに未熟で迷惑をかけ合うこともあるかもしれませんが、これからも協力していきたいと思ってます。ご家族の皆さんに心配をかけないように頑張りますので、長い目で見守ってもらえないでしょうか」
聞きようによっては、プロポーズのようで、ハラハラしたが、両親は玲音が若者にしては珍しく真面目でしっかりしている、と思ったようだった。飄々とした天然の純とは違う玲音の真っ直ぐで真剣な言葉が嬉しかったようで、母さんにいたっては、「純を宜しくお願いします」と言い出したので、恥ずかしくなってしまった。
玲音も、何とかオブラートに包む表現で想いを伝えられたことで安堵の表情を浮かべていた。陸樹も、横でホッとした様子をみせている。
ただ、妹だけは、若干、納得がいってないような顔をしているような気がした。
帰り際、妹に聞いてみた。
「何か言いたそうだな?」
「んー、玲音さんって本当にただのルームメイトなの?何か兄貴と陸樹さんは親友って感じだけど、玲音さんはちょっと違う感じがするんだけど…」
「違うって?どこが?」
「兄貴の様子がだよ!何かいつもと違う感じ。見たことない感じがする」
「そうか?」
「妙に色っぽい!」
妹にハッキリ言われて、思わず、うっとなったが、「気のせいだろ」と返した。
あまり納得はしていない様子だったが、それ以上追求しても無駄だと思ったらしく、引き下がってくれた。
「ま、何でもいいけどね!兄貴の人生なんだし。好きにすれば!ただ、たまには母さんに近況報告しなさいよ!あれでも、気にかけてるんだから!」
「あぁ、わかってるよ。ちゃんと、これからは連絡取るようにする」
もちろん、両親にも、3人でしっかり挨拶をして、なんとか最初の実家訪問は無事に終わった。
陸樹の車の中で、玲音はぐったりしていた。
「つ、疲れたー!」
「玲音、お疲れ!陸樹も、今日は本当に助かったよ!ありがとな、恩にきるよ!」
「あぁ、なんとかなってよかったよ。玲音もやるな!最初はマジでどうなるかと思ったけどww」
陸樹とマンションで別れ、部屋に入るとようやく肩の荷がおりた気がした。
玲音はすぐさまベッドに身を投げた。
「人生で一番緊張した…」
「最後、付き合ってるってカミングアウトするのかと思ったよ」
「いつかは言わなきゃいけないけど、やっぱり今じゃないと思ったんだよ。今は、2人で頑張ってるから心配いりませんっていうことだけ伝えたいと思って、言葉を選ぶのが難しかったけど」
「あぁ、真っ直ぐな気持ちが伝わってきたよ。玲音らしいと思った!」
たまらず、玲音に抱きついてキスをした。
すると、玲音が純を抱き締め返しながら、口を開いた。
「純、終わったと思ってるみたいだけど、次は純の番って、わかってる?」
「へ?」
「俺の両親は、下町育ちで古いタイプだから、純のご両親よりハードル高いと思うよ?」
「え?!」
「昔気質で情に厚いけど、男は男らしくって感じなんだよなー。心は広い方だと思うけど…」
「・・・マジか…」
玲音のお兄さんには、告白してたからすっかり油断してた。それでも、玲音の顔に深刻さは無くて、どこかで両親を信頼してるんじゃないかと感じられた。眉尻を下げて、困った顔で笑う玲音を見てると、不思議と笑顔になって不安が消えていく。
「愛してるよ」2人の声が重なって、静かにキスを交わした。
END