原作よりも甘々な二次創作です。
愛結がカミングアウトの結果、周囲からも家族からも拒絶され家を出ることになったこともあって、優佳理とあゆは、二人の交際を周囲には伝えないことにした。
しかし関係が深まるにつれ、知らず知らず近くなった距離は、二人がただならぬ関係であることを、自然と物語るようになった。
そうなるまでには、優佳理の内面の変化があった。
元より好ましく思っていたあゆのことが、このところ可愛く見えて仕方がない。その感情は日に日に強くなっていく。
「はあ、嫁が可愛いすぎてつらい」
両手を目に当てて、深いため息をついたところに、あゆが昼食を運んでくる。
「もう、なに言ってるんですか 」
優佳理が顔を上げると、恥ずかしそうに照れているあゆがいる。可愛い。周りの空気もあゆ自身も、なんだかキラキラ輝いていてまぶしい。
いやいや好きすぎるだろ、と自分にツッコミを入れてから、問いかける。
「すごく、おいしそうね。今日のお昼は何かしら?」
「はい。簡単なものを、とのことだったので、アクアパッツァにしました」
あゆの料理の腕はめきめき向上し、レパートリーも絶賛拡大中である。優佳理にもっとおいしいもの、凝ったものを食べさせたいと、あゆは日々研鑽を怠らないのだが、料理書よりも私を見て欲しい、料理は今のレベルで十二分だから、そちらに時間を割くよりも、ぶっちゃけ自分とイチャイチャして欲しい、というのが優佳理の偽らざる気持ちだった。
そんな想いは、自ずとあゆにも伝わるので、軽食メニューがこのところ中心となっている。勿論、簡単なメニューであっても、あゆは手間と研鑽を惜しむ子ではない。味にしろ盛り付けにしろ、必ず優佳理を喜ばせ楽しませるよう工夫を加えてくる。その努力が優佳理にはまぶしく、好ましく、愛らしい。自然と顔がほころんでしまう。ほんとに、この子は一体どこまで私を夢中にさせればきがすむんだか。
「今日はバルコニーで食べましょう」
とアカリは声を掛けた。
「はい」
「あ、そっちじゃなくて、こちら側に置いて」
優佳理は隣同士となるよう、二人の料理を並べるようにと指示する。
「え、向かい側じゃなくて?」
「……あゆ、最近ちょっといじわるじゃない?」
「そんなことないですよ」
音符がつきそうな弾んだ声で、あゆは応じる。お皿で両手がふさがってなかったら、ぷうと頬を膨らませた優佳理の頭をなでなでしたい気分だった。
(どちらというと、最近優佳理さんが甘えたさんなんだけど。)
テーブルの幅さえも離れていたくないと、この人は言っているのだ。いろいろなものを抱えて、複雑で難しいこの人が、真っ直ぐに自分を求めてくれることが、あゆには何よりもうれしかった。
そんなわけで、このところ、優佳理とあゆの距離はとても近い。
二人きりでいるときは、片方が用事で手が離せないとき以外、部屋の中でも手をつないだり、肩を寄せ合ったりしている。でなければ、後ろから抱きしめたり、向かい合って抱きしめ合う。そうして何分もそのまま過ごしたりするのが、何より楽しい。
「そろそろ夕飯の支度を始めますね」
とあゆが立ち上がろうとすると、優佳理は手を放すのを嫌がり、いやいやするみたいに、悲しそうな目で下からあゆを見上げる。
「もう、あと5分だけですよ」
とあゆが仕方なく答えると、ぱあっと花が咲いたような笑顔を見せ、優佳理はあゆに抱きついてくる。
あゆは優佳理の髪を撫でながら、言い聞かせるようにささやく。
「私はどこにも行きません。優佳理さんが許してくれる限り、ずっとそばにいます」
その言葉に、アカリはハッとして、あゆを見上げる。
「……いつだったか、さっきみたいにバルコニーであゆとご飯を食べたときにね、思ったことがあるわ。ああ、あゆとお酒を飲むには、3年も待たなきゃいけないのか、って」
「私がここに来た頃ですか?」
「うん。おかしいね。まだ、つきあってもなかったのに、あゆが、3年後もここに居てくれるって、当たり前に前提にしてたのよ」
「優佳理さん……」
「告白されたとき、好きかどうか分からない、って言ったけど、私も怖かったのよ。もしも告白を受け入れなかったら、あゆはきっと、いっぱい傷ついて、私の前から姿を消してしまうだろうって。そうなったら私は自分を許せないし、私の知らないところであゆが一人泣いてるなんてゾッとするわ。何よりあゆが居なくなるなんて耐えられない。だから、つまり、何が言いたいかというと……すごく幸せにしたいので、ここにいてください」
優佳理はしどろもどろになって、最期は敬語になり、言い終えた後、ぎゅっと目をつぶってしまった。
あゆは、そんな優佳理の気持ちが愛おしく、その頭をかき抱いて言う。
「私なんかのどこが、とおもっちゃいますけど……。でも、わたしも世界で一番幸せにしたい人を、幸せにしたいので、そばにいさせて下さいね」
「可愛くて一途で、私のことが大好きで、おまけに料理もエッチも上手な彼女なんて、普通に最高だと思うけど? もっと自信を持って、と言いたいところだけれど、それ以上可愛くなられたら、私の心臓が持たないので自重して」
「ええっ?自重とは?」
自分の魅力に無自覚なのは、この子の魅力の一部だけど、考えようによっては危なかっしくて仕方がない。家出して上京したとき、何も知らずJKビジネス行くとか言ってたというし。うちに連れてきてくれて本当によかった。そんなぐるぐるした思考をまとめて、優佳理は言う。
「知らない人について言ったらダメよ」
「ええっ?ついていきませんよ」
「ダメだからね」
「ふふふ。分かりました」
「どうして、アタマをなでるのかな?」
「なんだかそうしたくて」
「いいけど。あゆに撫でられるの、気持ちいいから」
優佳理は愛結によりかかったり、時には愛結を膝に乗せて、食事を取るようになった。愛結の方も、小さく切り分けた食事をヒカルの口に運んだり、果物などは口でつまんだものをそのまま相手のくちに運んで食べさせたりする。
おふざけでやってみたら、料理のおいしさプラスあゆの感触が相まって、優佳理の多幸感メーターが振り切れてしまい、要するにハマッてしまったのだ。
近い。声も顔も体も全部が近い。むしろそれがいい。
「さすがに食べにくくないですか?」
くっつくことには反対しないあゆも、そう意見してみた。
「あのね、あゆ。食事が単なる栄養摂取とは違うことは、分かるわね。栄養だけなら点滴でもすればいいんだし」
「ああ、はい。楽しく食べるのも大切だと思います」
「そうよ、それ。古代ギリシャでは、親しい人と寝そべっておしゃべりしながら会食したそうよ」
「それも楽しそう。でも、のどにつまりそうですね」
「それでいろいろ工夫してみて、この食べ方が今のところ一番楽しいことを発見したのよ」
「優佳理さん、楽しいですか?」
「ええ、とっても」
「よかったあ」
あゆは花が咲いたように、柔らかく笑う。優佳理の膝の上にいたから至近距離でその威力をくらってしまう。うちの嫁、可愛すぎるだろ。
「でも重くないですか。最近、私ちょっと太ったみたいで」
「全然。ぷにぷにして気持ちいいから、むしろご褒美」
「うう、太股のお肉が」
「お互い毎晩見て触ってるんだから、今さらでは?」
「あんまり恥ずかしいこと、言わないでください」
あゆは優佳理の膝の上で真っ赤になってジタバタする。それを逃がさないと抱きとめる優佳理。そのままの勢いで、あゆの唇にキスを落とす。
「デザートはまだかしら?」
「もう、真っ昼間ですよ」
と言いながら、あゆは優佳理の首に巻き付くように腕を回し、その要望に動作で応えた。
担当編集者の京(みやこ)が打ち合わせを兼ねて、あゆの様子を見ようと、久しぶりに優佳理の家にやってきた。
「なんか最近、変じゃない、あなた?」
「ナンノコトデスカ?ヘンジャナイデスヨ」
「なんでカタコトになってるの? あゆとは仲良くやれてる?」
「モチノロンデスよ」
「まあ、見れば分かるけど」
「ええ、分かるの、京ちゃん?」
びっくりした声を上げるあゆの反応に、むしろこちらがびっくりするよ。さっきまで机に下で手を握り合って、コーヒーを持ってくるためにキッチンを向かうあなたを、留学でもするからしばらく会えないと恋人に言われた同じみたいに、寂しげな目で見送ってたよ、この先生。
「まあ、最近は締切前に入稿してくれるから、編集者的には問題はないんだけど」
京子が優佳理の家に来る回数が減ったのは、まさにこれが要因だった。
締切前に逃亡旅行の常連者だった優佳理が、このところ、なんと律儀に締切を守っている。時には締切前に原稿を送ってくるのだ。
「モノカキトシテ、トウゼンノコトデスヨ」
その当然のことからできるようになったのが、優佳理の場合、驚くべきことである。
この「奇跡」が生まれたのは、単純な話だった。
〆切を破れば、以前のように担当編集者が居座ることになり、その分愛結と二人っきりになれる時間が減ってしまうからだ。
あゆと付き合い出した当初、優佳理は締切に関して、付き合う前のダメ人間のままだった。
乗り込んで来た編集者に叱咤され、超理論な言い訳をまくしたて、結局仕事部屋にこもって脱稿まで部屋を出られない。その全てが、あゆとのふれ合う時間を減少を意味した。
それを痛感したのは、仕事部屋に消えようとする間際であゆに呼び止めたときだ。あゆは、優佳理の服の袖をぎゅっと掴みながら、子犬のような濡れた目で寂しげに見つめ
「あの、頑張って下さい。……待ってますから」
とだけ言って、優佳理を仕事部屋に送り出した。
とてつもなく、今すぐ抱きしめたい、ベッドに運んで押し倒したい、という衝動に駆られたが、アカリは断腸の思いで我慢した。
あゆがこんなにけなげに耐えているのに、それはあかんやろ、と。
「うん、がんばる。めちゃくちゃ頑張る」
「はい。お夜食、好きなものいっぱいにしますね」
「ねえ、デザートは?」
「っ、それはお仕事が、終わってからです」
あゆは濡れた目のまま、微笑んで優佳理を送りだす。なんて、けなげでできた嫁なんだろう。嫁が可愛い。嫁が可愛い。
優佳理は言葉とおり、めちゃくちゃ頑張った。
嫁が可愛い、嫁が可愛い、と呪文のようにつぶやきながら。
「あゆ!」甘えた声で優佳理は叫んだ。
「はい、なんですか、優佳理さん?」と優佳理を膝枕したあゆは、頭を撫でながら返事をする。
「頑張った。私、すごく頑張ったわ」
「ええ。京ちゃんも『まさか今日中に終わるとは』とびっくりしてました」
「ご褒美があってしかるべきだと思わない?むぐ!」
あゆの顔が覆い被さり、キスで優佳理の口をふさぐ。
「これは前払いです」
顔が赤く火照らせて、あゆは言う。
「私も待ってましたから」
「ええ、あゆもいい子で我慢してたから、ご褒美を貰うべきだわ」
「ください」
あゆの声がぐっと湿度を増して聞こえる。
その湿度の中に引き込まれる。視界が、音が、匂いが、世界が、あゆでいっぱいになる。
(デザートどころかフルコースだったわね)
何回戦かの後、いつもなら疲れて眠ってしまう優佳理は、〆切後の高揚感からか、寝付けずにいた。
ベッドの隣では、あゆが可愛い寝息を立てて眠っている。幸せがすぐ手の届くところにある幸せ。
「ああ、〆切のない世界に行きたい」
そうつぶやいて、優佳理は一瞬、作家をやめようかと、あゆの髪を撫でながら、ベッドの中で思案する。
物書き以外に自分にできる仕事があるかというと、思い浮かばない。
いっそ、働かないという選択肢はどうか。生活は今ある資産をなんとかすれば、やっていけるだろう。
そして作家をやめても、あゆはきっと自分のそばに居てくれる。でも。
「まあ、ないわね」
今の考えをあゆに伝えたら、一生懸命に考えて
「でも優佳理さん、ほんとは作家をやめたくないんじゃないですか?」と言い当ててしまうだろう。
それでもやめれば、あゆはその事実を自分のせいだと思ってしまうだろう。それは絶対にダメだ。
「いや、でも、〆切のない国なら、いけるんじゃないかしら」
それも誰にも頼らず、自分の努力だけで。
〆切さえ守れば、ヒカルと愛結の家を訪れる者はほとんどなく、二人は思う存分イチャイチャすることができる。
それからデートしたり旅行に行くのも自由自在。何しろ、あゆと行きたいところは山ほどある。
優佳理は、自分の袖をつかんで、我慢して、仕事部屋へ送り出すあゆの顔を思い浮かべた。
「まったく、泣き顔まで可愛いんだから、反則たわ」
嫁が可愛い。けれど、だからといって我慢させる顔を見たいというのは悪趣味だろう。
何より、あゆの笑顔がみたい。それも、彼女がこれから出会うはずのたくさんの幸福それぞれに合った、いろんな種類の笑顔が。それが、一緒に居てくれるといったあゆに、優佳理が返せるもの、返すべきものだろう。
だから、あの顔は胸の中の、大切なものを入れておく金庫の中に、しまっておく。また、さぼりたくなったら、逃げたしたくなったら、あの顔を思いだそう。胸が締め付けられるような、美しい泣き顔を。
二人でいろんなことを見て、いろんなことをして、もっと違ったこの子の顔が見たい。どれもとびきり可愛くて、胸がいっぱいになるはずだ。
「……おはようございます。あれ、優佳理さん、、ずっと起きてたんですか?」
あゆが目をこすりながら、顔を上げる。それだけで世界に灯りが灯った気がする。
優佳理が先に目覚めた訳ではないことを、あゆは事もなげに言い当てる。ほんと、あたまが上がらないわ。
「ええ。〆切終わったし、あゆとあれもしたい、あそこにも行きたいと、いろいろ考えてたら、楽しみで眠れなくて」
「もう、眠らないと障りますよ。身体を大切にして欲しいんですけど。……ずっと一緒に居てくれるんじゃないんですか?」
可愛くて拗ねたあゆの頬に、アカリは不思議な引力によって引き寄せられる。そしてキス。
「うん、あゆの言うとおりだわ。……ねえ、眠らせてくれる?」
仕方ない人だなあ、とあゆは笑う。
それから、恥ずかしそうに、潤んだ目をすこしそらしながらで、自分の大きな胸を露わにする。
「アカリさん、その、どうぞ」
コケティッシュな表情と行動に、撃たれたような衝撃を受けながら、アカリは抗いがたい力で引き寄せられる。この子は、ほんとに、もう!
〆切の後にも先にも、百合は捗る。