恋人の不知火を他人に抱かせる話 作:阿部
演習には僕も立ち会うことにしていた。相手が成長してくれればそれでいい、なんてスタンスを取るには僕も不知火も前線に近すぎるのである。胸を貸すような戦いからでも何かしら得るものはあるはずだ。だいぶ色ボケしている自覚はあるが、これでも僕は提督なのだ。
「どうでしたか、司令」
1戦を終えた不知火にタオルを差し出すと、彼女はそう問い掛けてきた。その肩の向こうでは、完敗を喫した駆逐艦娘3人が額がくっつかんばかりの姿勢で反省会をしている。
「大体はいいんじゃないかな。でもあの旗艦の子を大破させた砲撃は、もうワンテンポ引き付ければ撃沈判定までいけたと思う」
「やはり司令もそう思われますか」
「向こうは装填中だったから、急がなくてよかったんじゃないかな」
「そうですね。精進します」
「うん。あ、不知火、まだ濡れてるところがあるよ」
「どこでしょう?」
「もっと上。ああ、違う違う、そこの横の方」
「…………あの、司令。拭いてもらっても構いませんか?」
「ぼ、僕が?」
「はい…………」
「わ、わかった。うん」
僕はタオルを受けとると、自分にできる限りの優しさで不知火の顔を拭いてあげた。不知火は気持ち良さそうに目をとじて、されるがままになっている。
スワッピングを始めてから、不知火はこうやって甘えるようになった。今までは二人きりの時はともかく、人目があるところでこんなことはしなかったし、させてくれなかった。
視線を感じて目をやると、反省会をしていたはずの艦娘たちががっつりこちらを見ていた。目が合った瞬間にばっと逸らされ、また元の姿勢に戻り討論を始めた。ただし、時折黄色い悲鳴が飛んでいる。君たち反省会してないだろ。
「やあ。お見事だったな」
振り返ると、先輩と陽炎さんが並んで立っていた。
「陽炎、どうでしたか?」
「んー?砲撃するのが速い」
「うぐっ」
「あと判断がワンテンポ遅い。義弟くんに指示されるのに慣れすぎかな」
「うぐぐ」
「視野を広く取った瞬間から細部の対応が露骨に悪くなるから、相手方に指揮官がいたら結構苦戦したかもね」
「……指揮官ありはズルいでしょう。それこそ、司令の指示を仰げるのなら不知火は圧勝できます」
「それじゃ義弟くんにおんぶにだっこでしょー?」
「…………精進します」
「よろしい。
「うん?」
「だから、不知火に言うことは?」
「ふむ」
先輩は言葉を選ぶように顎を撫でた。
「遠慮なく仰っていただいて構いません。不知火のためになることですから」
それを気を遣われていると見たのか、不知火が言葉を加える。そこまで促された先輩は、ふむ、それじゃあ、と前置きして
「前から思っていたが、不知火くんいいお尻の形をして痛っっっった!!!」
晴れ渡った青空のもと清々しい打擲音が広がった。しかも2発。陽炎さんのチョップと不知火のローキックである。特にローキックの方は効いたのか、先輩は脛を抑えながら蹲った。僕としては苦笑いするしかない。
「ちょっとした冗談だろうに……」
「面白くないのよ」
「つまらないわね」
「いやしかし実際、なあ?」
とここで先輩が僕に話を振ってきた。お前わかってるよな?という視線から送られる体育会系にありがちな理不尽な上下関係の波動に、抗いきれない僕もやはり海軍という体育会系の体質に染まりきっている訳である。駆逐艦娘たちがわくわくとこちらを見ている。いつになったら反省会するんだよ。
「あーその、僕も不知火の、その、お尻は、綺麗だと思う、よ?」
いくらなんでも素面で言える台詞ではないのでかみかみになってしまったが、そんな僕のぎこちない言葉にも不知火はちょっと頬を染めて「……ありがとうございます」と返してくれた。
「かわいい」
「……調子に乗らないでください」
「かわいい」
「うっ……」
「かわいい」
「……」
「かわいい」
「し、司令、もうその辺りで」
「かわいい」
「う~…………」
かわいかった。このかわいさを見た後だと横でキャーキャー言ってる駆逐艦娘たちにも優しくなれる気がした。反省会、しようね?
「いやー良いわねこういうの。初々しいというかなんというか」
「……俺はローに一発貰ったんだが」
「そりゃ他人に言われるのと恋人に言われるのじゃ事情が違うでしょうよ。不知火は、恋人である義弟くんに言われることが嬉しいのよ」
「……陽炎のお尻も良い形してると思うぞ」
「はっ倒すわよ」
「納得いかん…………」
そんなこんなで話をしているうちに反省会も一通り終わったらしく、駆逐艦娘たちが不知火の周りに集まってきた。それぞれの良かったところや反省点などを指摘しあうのである。僕も意見を求められることがあるので、教えられることはできるだけわかりやすく教えようと頭を捻っている。
「それで、不知火先輩とはどういう感じで出会ってどっちから告白したんですかっ!?」
もちろん教えなかった。なんの反省会してたんだよ。
解散し、それぞれの部屋で夜まで休息する。ちなみに僕と不知火は別の部屋だ。いくら恋人同士と言ってもプライベートでのことで、海軍公認の元で行う共同演習で妙齢の男女が同室というのは外聞が悪すぎたのだ。スワッピングの後は僕の部屋で朝まで睦合っている訳だからあんまり意味は感じないけれど、建前は大事なのである。
何度か経験しても、この時間のそわそわする気持ちは慣れない。食事が始まってしまうとあとは流れに身を任せるだけなのである意味楽なんだけど、こういう時間は何をしたらいいのかわからなくなってしまう。
とりあえず窓拭きをしながら陽炎さんの言葉を思い出す。今までと趣向を変えるとは、実際にはどういうことだろうか。NTR物の定番だとプレイ中に電話とか、あるいは恋人の目の前で、というやつだったりとか。
僕は未だ、不知火と先輩が
「司令、そろそろ時間ですが…………なにをやっているのですか?」
「えっと……窓拭き?」
たったそれだけの会話で大体のことを察したらしい不知火が、呆れたように頭に手を当てた。
「……そういう姿を見ると本当に楽しみにされているんだな、と思います」
「そ、そうかな?普段通りじゃない?」
「遠足前の小学生みたいな顔をしていますよ」
不知火は遠足を体験したことはありませんが、などと悲しいことを付け加えている。
「今度鎮守府のみんなで出掛けようか、遠征や周辺の偵察をまとめて終わらせてから。もちろん全員一緒は無理だから何グループかに分けることになるけど」
「任務の割り振りやスケジュール調整がかなりの作業になりますが」
「頑張るよ」
むん、と力こぶを作る動きをする。おどけた動作だけど、僕は結構本気だった。我が鎮守府の子たちのためならば骨身を惜しまないぐらいの覚悟は当然持っている。
不知火が微笑を浮かべながら目の前まで歩みを進めて、優しく僕を見上げた。
「どうかした?」
「司令のような方を、司令として仰げたことはとても幸せだと思いまして」
「ありがとう。でも僕が頑張れるのは不知火たちが頑張ってくれてるからだよ」
「ふふっ、では不知火ももっと頑張らなくてはいけませんね?」
と、ここで終わっていればとてもいい雰囲気の会話だったのだが、お楽しみを前にした僕の頭はほどよくピンクに染まっていたようで。
不知火が僕のために頑張ってくれる、という言葉から不埒な連想をしてしまったりもするわけで。
そして当然、妙に勘の鋭いところがある不知火には察知される訳である。
「そういう意味で言ったのではありませんけど……まあいいです。行きましょうか」
「いやあのこれは不可抗力というか」
「別に怒っているわけではありませんよ」
そう言った不知火が優しさ7割呆れ3割の表情にいたずらっけを滲ませて、
「司令がお望みのようですし、
なんて笑うものだから、僕は前屈みになりながらその背を追うことしかできなくなったりするのである。