お湯の温度は、と。少々熱い気もするが、割とこれくらいが好きみたいだしいいか。……ヨシ!
行燈の燃料も十分。水車周りに、ししおどしも異常ないな。……ヨシ!
オヤカタは現在珍しく、まともに浴場周りの点検をしていた。
決して狙ってやっているわけではないのだが、たいていは建姫の入浴タイミングと被ってしまい視察もそこそこに浴場から追い出されてしまったり、洗身や洗髪を頼まれてしまうことも多く、しっかりと点検することができない日々が続いてしまっていたからだ。
建姫がいなかったのは残念だったが仕方ないと、いつも以上に念入りにじっくりと時間を掛けて要所要所の点検を行っていく。
視察中に誰か入って来てくれないかな。なんてことは思っていない。
もしかしたら、うっかり浴場の入り口に点検中の札を立てかけ忘れていたかもしれないけど、わざわざ確認しに行くのも手間だ。大丈夫ということにしよう。
さて、だいたい終わったし、植え込みや松の剪定でもするか――いや、決してそこに隠れ潜むわけではない。
始めはなんとなくでやり始めたことだが、やがて少しだけ夢中になり始めたタイミングでガラガラとドアが開く音が聞こえたような気がした。
……聞こえたような気がしたが、多分気のせいだろう。
とりあえず、なんとなくしゃがみこんで木々の中に身を潜ませる。
視線を感じられるのを防ぐため頭は上げずに、そのまま相手の気配を探る。
ぺたぺたと裸足でこちらに向かってきている様な足音が聞こえてきた。
一歩一歩の足音が小さく軽そうだが、その割には楽しそうに駆け出す様な物ではなく落ち着いた歩調。
この感じは……。近づいてくる足音と気配にドキドキしながら、建姫当てゲームに興じていると、不意に足音がぴたりと止まった――気づかれたかっ!?
動揺しつつも、まだ自分に気づいていないであろうことに望みを掛けて、ただじっと息を殺し身を潜め続ける。
結果、それが功を奏した。
「……オヤカタは、どうやらいないみたいね。それなら、落ち着いて検証実験ができるわね」
どうやら点検終了後の最初の入浴者となるトータルステーションは、気づいたのではなく気配を探るために立ち止まったのだろう。
そして、ざっと周囲を一瞥して怪しい視線を感じないことに安心すると、そのまま洗い場へと向かっていく。
なにやら今回は風呂場で検証実験があると話していたが、集中して取りかかりたいようなことも言ってたし、ここは潜伏状態を維持するべきだろう。
幸運なことに洗い場の側面付近と言うほぼベストポジションに陣取ることができているのだ、機を間違えさえしなければ、いつでも実験風景を拝めるに違いない。今はじっと我慢だ。
風呂場で裸でいったいなんの検証実験を行うのだろうか。という痴的好奇心にオヤカタは胸を躍らせる。
割とすぐにその機会は訪れた。
トータルステーションは椅子に腰かけるとシャワーを浴び始める。
成長途上の幼い少女のように小柄な身体が降り注ぐシャワーの水滴を弾きキラキラと輝く。
瑞々しい肌を流れる水が、凹凸の乏しい身体のラインをなぞる様に流れ落ちて行く。
どこか神聖さすら覚える神々しい光景にオヤカタが見惚れていると、不意にシャワーの水が止まった。
整備不良ではなく、トータルステーション自身がお湯を止めたのだった。
これから身体を洗い始めるのなら、背中を洗うのを手伝いにいくべきだろうか、と一瞬立ち上がり掛けたがどうやら違う様だ。
「さて、それじゃあ早速試してみようかしら」
そういうとトータルステーションは持ち込んでいた実験器具を頭に装着し始めた。
頭部と器具の間に挟まっている髪を上に逃がしながら、収まりの良い様に位置を軽く動かしながら微調整していた。
彼女が装着している実験器具の正体をオヤカタは知っていた。
良くも悪くも有名な建姫三大発明家の内の一人によって作り出された発明品の一つ『シャンプーハット』だっ。
一人で髪を洗うのがとても簡単になるという画期的な発明品ではあったのだが、お子様用というイメージが先行してしまったせいか建姫たちの間であまり流行らなかった一品。
現在愛用して使い続けているのは台車ちゃんくらいだろうか。
おそらくトータルステーションも個人的に興味を持ち、性能テストを行うことにしたのだろう。
装着を終えると、再びシャワーからお湯を出し始めて洗髪を始めた。
「……ん。水除の傘の部分にシャワーが当たると最初はちょっとびっくりするわね。ちょうど耳の上にあるから水がぶつかる反響音が思ったより大きく響いてしまうようね」
普段からあまり感情の揺れ幅の少ない彼女だが、心なしか上機嫌になっている様に思えた。
ゴシゴシと頭を洗っている間、ほんの少しだけ口元が緩んでいる。
動かしている手もリズミカルで、身体も楽しそうに揺れている。胸は揺れてなかったが。
いや、決して平たんなわけではなく、ちゃんと膨らんではいるのだが、揺れる程のサイズではないだけだ。
そうして、オヤカタがしばらく揺れない胸を眺めていると、洗髪を終えたトータルステーションが洗い立ての濡れた髪をタオルで包みながらずっとご満悦の様子で笑みを浮かべていた。
「……なるほど。確かにこれは素晴らしい発明ね」
単純な構造でありながら実に機能性に優れている。使われている素材も理にかなっていて、シンプル故に大量生産も可能。
まだ検証すべき点や改善点はいくつかありそうだけど、少なくとも初回検証は上々の評価を与えてもいいだろう。
そう彼女は検証結果を締めくくると、シャンプーハットにわずかに残っていた泡を丁寧に洗い流していた。
「しゃんぷーはっと、だったかしら? ふふ。これさえあれば、洗髪が捗るわ」
。
そんな微笑ましい姿を見たためだろうか、ひっそりと隅の方で様子を覗っていたオヤカタは、ガサガサと大きめの音を立ててしまった。
「えっ!? お、オヤカタっ!?」
その音に即座に反応したトータルステーションにオヤカタは一瞬で見つかってしまった。
「み、見てたのねっ!?」
心なしか、以前に浴場視察で見つかった時よりも彼女の頬が赤くなっていた。
やはり実験目的とは言え、子供用のアイテムを使っているのを見られたのが恥ずかしかったのだろう。
だからこそ、オヤカタは目の前の絶景を一秒でも長く目に焼き付けようとしていた。
シャンプーハットの件にのみ意識が集中し、身体を隠す事を忘れてしまっている彼女の綺麗な裸身を。
洗髪中の間、存分に発育状態を観測させてもらった胸もだが、直前までリラックスしていたせいか、足元の意識が緩んでいたのだろう。
左右の細い足が開かれてしまっており、それ以上に危険なものが覗けてしまっていた。
「――っ!? お、オヤカターーーーっ!」
トータルステーションがその事実に気づくや否や、上げそうになった悲鳴を必死に抑え込むと怒りと羞恥心で真っ赤になった顔で彼に向って攻撃魔法を放った。
その後、彼女にめちゃくちゃ怒られたオヤカタは、風呂上がりの『缶コーヒー』と『CUPエーテル』の献上と後日、実験に協力する約束をすることで、ようやく許しを得られたのだった。