エチエチタイムは1~2話後になると思います。
誤字脱字はご愛敬。
PAさんと過ごした晩の次の日。
激しい運動を行った結果、全身筋肉痛で挑むスターリーのバイト。
思うように手足が動かず、ガタガタの身体で開店準備に勤しんでいる。
「♪~」
上機嫌な鼻歌を口ずさみ、モップをかける。
普段の僕なら、多分休んでいただろう。
だが、お金と言う困難を乗り越えた今の僕ならこれくらいの体調不良なんてことはない。
現に、何時もより早い時間に出勤し他の人達の分の仕事も片付けておこうと言う余裕すらあるのだ。
もう直ぐ遊里の誕生日、どんな料理にしようかな♪ あ、その前に誕生日プレゼント何が良いか聞かないとだよね。
右へ左へ、頬を緩ませ切った笑顔でモップをかけていると虹夏が聴こえてくる。
「お、明日香君今日は機嫌良いね」
「うん。ちょっとね」
「何か良いことでもあったの?」
「うん」
「そっか。じゃあ、今日も一日頑張って行こーッ!」
ニコっと笑顔で背筋を伸ばしながら、「て言うか今日は早くない?」とタイムカードをきりに行く。
「何だか勤労意欲が湧いてきちゃって。心に余裕が出来たからかな?」
「何それ。あはは」
何時もは言わない軽口を言い合う。
これは学生生活の一ページを飾るに相応しいのでは? ということは今僕は学生らしいことをしていると言っていいだろう。
つまり、今僕は青春をしている!
おお、そう思うと更に力がみなぎってきたぞ。
「何でも出来てしまう気がする」
「今日のシフト私と明日香君だけだからちょっと大変だよ」
「大丈夫。どうしてか今日は心の底からエネルギーが溢れ出してくるみたいだから」
「え? エネルギー?」
「店先の掃除してきます!!」
「明日香君!?」
モップを片付け、塵取りと箒を取り出し扉を開け階段に目を向ける。
「お疲れ様でーす」
そこには階段を下りて来るPAさんの姿が。
「ッ......お疲れ様です」
気を削がれ、茫然とする僕にゆっくりと近づき目の前で足を止め小声で言う。
「次いつします?」
「も、もうしませんッ! あれは特別、仕方なくしたんですから」
声を押し殺しながら、両手で前を覆い隠す。
一瞬の内に、昨夜のあれこれが蘇り恥ずかしさからか血流を促進し肌を赤くさせる。
そんな強ぶる僕に余裕綽々たる態度で更に一歩前に踏み出す。
つられて、身体が当たらぬように僕も後ろに下がる。
一歩前に。
下がる。
前に。
下がる。
こつん。
背中に壁の感触。
怒るわけでも、笑う訳でもない平坦な表情のに恐怖と言わぬまでも何処か不安を覚えた僕は、横をすり抜け逃げようと試みる。
「ッ!」
だが、壁に付いて手により阻まれてしまった。
何で!? 逃げれない。どうしようどうしよう……。
おどおどしながら、どうしたらいいか分からず手に持った用具を両手に抱きながら、頭一つ分背の高いPAさんを見上げた。
「その不安そうに上目遣いで私を見る表情、最高です」
妖艶な吐息を漏らしながら、顔を近づける。
視界がPAさんの顔で覆われる。
薄く口紅を塗った口が開き、真っ赤な口蓋と共にピアスの付いた長い舌が姿を現す。
そんな中、蛇に睨まれた蛙のように、動けないでいると突然救いの手が。
「何してんの?」
階段の上から降りて来たその声。
PAさんの表情は一変、残念そうな顔色で壁から手を離し、振り返る。
「店長。お疲れ様でーす」
「また今度サービスして下さいね?」小さな声でそう言うと、店長と僕を置いて店の中へと入ってしまった。
「何かされた?」
店の扉に薄ら眉間に皺を寄せ怪訝な眼差しを向けながら、僕に言う。
怖い。
このオーラ、この顔、久しぶりの不機嫌モード店長だ。
千切れる勢いで首を振る。
「だ、大丈夫です」
先ほどまでの不安が怯えに変わった。
本当に怖い。
何でこんなに怒ってるの? もしかしてサボってるって思われた?
どうしよう、店長に嫌われたら。
「......」
「ひっ......」
瞳に潤いが増していき、瞼に涙が溜まる一歩手前。
無意識に身体を縮め、小さい身体を更に小さくしていると、徐に手に持ったレジ袋から何時ものパックのジュースにストローを指し、チューっと一口。
「あーん」
そう言ってストローを此方に向けて来た。
意味が分からないまま、指示に従って小さく口を開けると。
「あげる」
「あ、りがとうごひゃいます」
ん?
怒ってない?
頭上に疑問符が浮かぶ。
訳が分からなず茫然としている僕の頭をサスサスと数回撫でると、そのまま店の中へと入って行ってしまった。
「............へぇ?」
間抜けな声が漏れる。
怒ってないの? でも、あの顔は絶対に怒ってたし、え? どうなってるんだ?
チュー。
星歌から貰ったジュースを勢いよく飲み干すと、パックを畳み込み、ポケットにツッコむ。
PAさんの襲来で先ほどの快哉は何処へやら、一瞬にして疲れがドッと背中に覆いかぶさり箒を掃くのすら億劫になってしまった。
「伊地知さんにやるって言っちゃったし......」
やるしかないか~。
結局、開店ギリギリまで終わらず完了した時には満身創痍の様相を呈していた。
「はぁはぁはぁはぁ......」
開店してまだ一時間しかたってないのにもうしんどい。
頑張り過ぎた。
自分がマラソンで調子に乗って最初に体力を使い切る人間だという事をすっかり忘れてた。
しんどい。
帰りたい。
「ありゃりゃ」
入場口に居る筈の虹夏が、「やっぱりね」とドリンクカウンターに来た。
「だ、大丈夫です。大丈夫」
「全然大丈夫そうに見えないよ。入口はお姉ちゃんに変わって貰ったから――」
口端を僅かに上げながら、折り畳みの椅子を取り出し組み立てると僕の前に。
「これに座ってていいから少しの間休んでて」
「え? そんなの悪いです!」
正直言って、もう視線は椅子に釘付け。気を抜けば座りそうな勢いだが、虹夏の手前悪いと理性がブレーキをかけた。
遠慮していると、今度は一段階声を大きく。
「ダメ! ここに座って!」
「ッ!」
と有無を言わせぬ様子で椅子を指さす。
身体を震わせ、一瞬頭が真っ白になる。
今まで見たことのない虹夏の顔。
顔を見れば怒っているのが分かる。
今日は星歌といい、虹夏といい何でこんなに怒られるんだ。
「うぅ......すみません」
己の不甲斐なさにしょぼんと身体を小さく、椅子に座る。
それから、これ以上怖くて虹夏の顔を見れずにいると、僕の視線に入る様に膝を折り、僕を見る虹夏。
「聞いて明日香君。別に明日香君が嫌いだから怒ってるじゃないんだよ? それは分かってる?」
「は、はい」
「いっつも頑張ってるの私知ってるし、お姉ちゃんだって店ではああだけど家では「働き者だ~働き者だ~」て褒めてるんだよ? でもね、明日香君は機械じゃなくて人間なんだからちゃんと休まないと身体壊れちゃう。折角頑張ってるのに、体調崩しちゃもったいないよ?」
「はい......」
「よし! じゃあこれでこの話は終わり。十分、二十分そこで休んでてね。ドリンクは私がするから」
パンっと一度手を叩き、立ち上がると直ぐにそのまま接客を開始した虹夏。
良い事があって調子乗って、怒られて挙句の果てに同年代の女の子に叱られる。
自分が情けなくて泣きそう。
思えば伊地知姉妹には世話になってばっかり。
星歌は言わずもがな、虹夏にもスターリーで働き出す時に仕事を教えて貰ったり、失敗した時にフォローしてもらったり......。
虹夏の言葉を反芻していると、ジワリと目に潤いが増していくのが分かる。
泣くな、泣くな、泣くなッ。
ここで泣いたら、本当にダメな人間になってしまう。
最後の意地で、両手で膝を握りしめながら必死で耐えた。
「だから寄越せって!」
意識が引き戻される。
どれだけ、時間たったんだろう。と言うかこの声は――
視線を、カウンターの方に向けるとそこには虹夏がお客さんに何やら言われていた。
「あ、あのですから家は居酒屋じゃないので「意味分かんねこと言ってないでとっとと酒出せって」ッ! だ、だから」
見るからに酔っている男はカウンターをバンバン叩きながら、今にも掴みかかる勢いで虹夏を睨みつけた。
ライブで音楽が大きく、客の視線がステージに向いている為騒ぎにはなっていないようだが、怒号が此方まで響いてくる。
顔に入れ墨入ってるッ!
客側からは死角になっている場所に座っている為、僕がいる事に気付いていないようだ。
このままここで大人しくしていれば、自分は大丈夫だろう。
そんな最低の考えが脳裏を過ぎる。
虹夏を見捨てれば、何もない。
「聞いてんのか! おい!」
「ひっ」
カウンターを叩く音に合わせて身体が震えた。
胸の奥で跳ねる感情が、視線を揺らし鼓動を早くする。
何事にも消極的な自分、PAさんの時だって半ば流される形でことに至った。
何も自分で決めれないダメな僕。
そんな自分が嫌で、誰もやったことのなさそうなライブハウスで働くことにした。
これじゃダメだって、もっと強くならなくちゃって、必死で変わろうとした。
でも、怖くて動けないのは何も変わっていないってことだ。
ごめんなさい。
すみません。
許してください。
心の中で謝り続け胸が苦しくなり、虹夏の方を見る。
年上の男を相手に、狼狽えていながらも憮然とした態度で接しているが、少しずつその顔から表情が笑顔が消えていき、代わりに恐怖の色が見え始めた。
「あ、あの」
「あ゛ぁ!? 何だテメェ!」
「明日香君!?」
あれ? 身体が勝手に......。
虹夏と男の間に入り、見上げる。
PAさんの時とは違う。生存本能から来る最も原始的な恐怖が、身体中の筋肉を硬直させ、思考を停止させる。
「い、伊地知さん。こ、ここ、ここいいからもう」
「え? でも」
「本当に! 大丈夫だから」
上擦った情けない声。
それに、不安げな顔で「分かった」と去って行く虹夏を横目に目の前の恐怖と対峙する。
「もうお前でいいや。早く酒出せってほら」
「そ、そ、それは出来ま、せん」
「俺のこと舐めてんのかお前」
胸倉を掴まれ、強い力で前に引き寄せられる。
カウンターに置いていた小物が倒れ、男の顔が目の前に。
「ッ!?」
「よく見たら結構可愛いじゃん。なぁ、ロイン教えてよ。それで、今日は勘弁してやるからさ」
「あ、あの」
声が出ない。身体が動かない。
「てか彼女になってよ。俺んちでいいことしようぜ」
「え゛!?」
湿った視線が僕の胸元に向き、胸倉を掴む手とは違う手がはだけた胸元から中へ入ろうと伸びる。
「返事は?」
「じ、自分おとおととととと」
「ッチ! テメェぶん殴られてぇの――」
殴られる!!
咄嗟に目を閉じ、両手を顔の前に衝撃に備える。
――鈍い音。
......痛くない?
ゆっくり目を開くと男は消えていた。
いいや、より具体的に言うなら、横に吹っ飛んだと表現する方が正しい。
「ウチの従業員に何してんだお前」
そこには虹夏と名状しがたい怒りの表情を浮べた星歌が。
「虹夏警察に電話」
「う、うん」
「いってぇ......客に手上げて――グゥッ!」
「......」
「イッ! ウッ! ガァッ!」
星歌を見て下卑た態度を見せるが、般若と化した彼女にはそんな事は眼中になく、下衆なセリフを吐きながら立ち上がろうとする男を蹴り上げ倒し、殴り、倒し。
人が出しちゃいけない音が聞こえる。
このままじゃ店長さんニュースに載っちゃうんじゃ。
顔写真と共に殺人で捕まった星歌の名前を呼ぶアナウンサーの声が脳裏を過ぎる。
まずい止めないと。
はだけた服装をそのまま、警察に電話する虹夏の横を通り、暴力の雨を降らせる星歌の所へ。
「て、店長さんもう良いですから、死んじゃいますからこの人!!」
腕を抱き、男から引き離そうと試みる。
しかし、見た目のわりに力が強く男の胸倉を掴み、拳が赤くなるまで殴打を繰り返す星歌。
「店長さん! 店長さん!! 後は警察に任せましょう!」
やっとの思い出引き剥がし、ボロボロで動けなくなっている男を睨みつけている星歌に戦慄を覚えつつも警察が来るまで身体全体で動きを止め続けた。
その後、警察が来るまで床に突っ伏し、連行されてる時も大人しく星歌の顔を見ないように終始うつむき気味に出て行った。
「明日香君大丈夫だった?」
「あ、はい何とか。店長さんが助けてくれましたから」
「そ」
何とか終わった。
こここここ怖かったッ......。
心に未だ居座り続ける恐怖。
震える身体を何とか筋肉に力を入れながら抑えつけ、テーブルにつき星歌と話している。
「怖かったでしょ? ごめん直ぐ気付けなくて」
「ゼンゼンッ!、全然怖くなかったです」
「......」
バンッ!
「ひぃッ!!」
強がりを吐いた後一拍おいて、星歌が拳をテーブルに叩きつけた。
ビクリと肩を上げ、怯えた顔で彼女を見る。
「――ごめん。でも、やっぱり怖かったんだね」
なに今の表情。
一瞬、頬を赤らめたような。
僕の顔を見て? え? どういうこと?
バイブレーション状態で謝罪を受けていると、奥から虹夏の棘のある声が近づいてきた。
「ちょっとお姉ちゃん!」
「いや、明日香君の見てたらつい」
「ついじゃないでしょ。もうほんと怖かったんだから!!」
「ご、ごめん」
「明日香君に謝って!」
本気で怒っている虹夏に狼狽し、直ぐに僕の方を向き直す。
「うっ。――ごめんなさい」
「ううう。だ、だ、大丈夫です」
てててて店長さんの顔が見れない!
「もーお姉ちゃんのせいで完全に上がっちゃってるじゃん! ――収まるまで外に居て! 掃除でもしてて」
「わ、分かったからそんなに怒んなよ」
頭をかきながら、チラチラと僕の顔を見ながら扉を開け外へ出て行ってしまう。
「もう! ――ごめんね。それからありがと」
あばばばと内なる恐怖と必死に戦っていると、星歌が座っていた椅子に座りそう言う。
「え?」
「私の事助けてくれたよね」
「ああ、いやそのあれは」
何で早く助けなかったのって怒られる? それとも泣き出す? 今泣かれたら絶対もらい泣きしてしまう。
あああ、ネガティブな思考が溢れて止まらない......。
「最初にお姉ちゃんに紹介された時、小っちゃい子だな小学生かな? て思ったの」
「しょっ!?」
ショック。
傷口に塩を塗られた気分。
「仕事の覚えはそこそこ、でも力ないし、直ぐ緊張して動けなくなるしで正直、少し頼りないな~って思ってたんだよね」
グサリッ!
「う゛っ!」
虹夏の言葉身体に染み込み、恐怖が掻き消される程のショックでテーブルに突っ伏す。
「でもね、今日は少し見直しちゃった」
「え?」
顔を上げ、虹夏の方を見ると。
「割って入って来ると思わなかったもん。誰も助けてくれる人いなかったから、私ほんと怖かった」
瞳がテーブルの上に置いた手から僕へ。
「だから、見直した――かっこよかったよ」
頬を赤らめた彼女の姿が見た時心の中で何かが変わった。
言葉には出来ない、何か。
確実に良い方に変化した何か。
人はこれを成長と呼ぶのだろう。
そして、同時に――
「――」
虹夏の顔を見ていると胸の奥がチクりとした。
「ゆーは誕生日プレゼント何がいい?」
「んー......これ!」
「何々......最新ゲーム機PG5......ろッ!? 六万百七十円!?!?」
誕生日まで後五日。
次回『#5 堂々巡りの夜』見て下さい......。
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