次は誰とどんなシチュでやろうか悩む日々を過ごしております。
誤字脱字はご愛敬。
クローゼットの中にある物は上着類にギター、それから段ボール数個。
この中で使えるモノは何だ?
上着は使えない、段ボールも......ならばギター? でもそれも......。
脳の神経が焼き切れる程、思考の海の中へ。
選択肢の荒波に揺れる身体。
絶望的な未来しか見えないこの状況。
虹夏の海のような蒼い顔を見ると、何か言葉を発しようと口が開く。
マズい!
先に何か言われたら、終わる。
根拠のない警鐘が鳴り響き、結論が出てない回答を無理やり喉から絞り出す。
「ギター! そう! 習ってたんです」
「......」
開こうとした口は閉じ。何も言わない。
代わりに振り向き星歌の方を見る。
「そ、そうだよ。それで休憩にしようと思ってお茶入れてたら零したんだ」
「......」
何も言わず、今度は僕の方を見る。
猜疑心を顔にハッキリと表しながら、瞳を見つめた。
息がつまる。
心臓を鷲掴みにされているような嫌な感じ。
諦観の二文字が見え隠れし始めた時、部屋の外へと出て行った。
「じゃあ、弾いて見せて」
冷たい言葉を言い残して。
「おいどうすんだコードの一つも弾けないだろ!?」
「何か......言っちゃいました」
「あー仕方ねーッ!」
抱きかかえたギターを奪い取ると爆速でチューニングしつつ、僕を二度見。
「ッ!? 首にキスマークついてるぞ」
「ええ! どうしよう」
「取り敢えずこれ着けとけ」
首から外した黒いチョーカーを僕の首に巻きながら勇み足で捲し立てるように説明し始めた。
「――いいか? 今から「何してんの?」ッ!? いや、明日香君のギターの「早く来て」......はい」
簡単なコードを教え急場をしのごうとした星歌。そんな小手先の思惑を予測していたかのように音もなく開いた扉の前に立つ虹夏が不正は許さないと言った様子で冷めた目で腕を組み、僕達が部屋から出るのをじっと待つ。
「明日香君何時から練習してたの?」
「えっと......十時くらいから......です」
星歌の時とは正反対に何時ものように明るい口調で言う。
「それは」とフォローを入れようとする姉に「お姉ちゃんは黙ってて!」とやや強めの語調で封殺。
そして、再び笑顔に。
そんな不自然で不気味な虹夏に自然と敬語になる僕。
「そっかそっか! 今日は創立記念で学校お休みだったもんね」
だから、何でそんな事知ってるんだ伊地知姉妹。
僕と星歌の間に立ち、後方から圧をかけてリビングに連行された。
「十時からって事はうーん......これくらいかな?」
「えっと......これくらいとは?」
「ん? これくらいギター上手くなってないとおかしいなってラインの事だよ?」
「ッ!」
狼狽えているのを隠す事に必死で、ギターの事が頭に入らない。
手が動かないよ、このままじゃこ、こ、ここ殺される。
見透かされてる? バレてる? ずっと笑顔だから感情掴むのは無理だし。
もし伊地知さんの思ってるようにギター弾けなかったら......兎に角、今は目の前に集中しないと。
集中しろ。
震える手で虹夏から渡されたピック握り、ギターを持つ。
想像よりも重く、ネックを持つ手が重さに負ける。
「私信じたい。本当にお姉ちゃんと明日香君が何もなかったって。明日香君の言う通りギターを習ってただけだって。............だから信じさせてね?」
先ほどとは違う、表情。
笑顔なのは変わらないが、目の奥にどこか悲しさの色が見え隠れしている。
罪悪感と緊張で汗を流しながら固まる僕を他所に、虹夏がテキパキとアンプとギターを繋ぎ、電源を入れ準備を整えた。
「はい、どうぞ」
「......」
思い出せ、星歌の演奏を。
ネックを握る手、腕を動かす動き......。
過去の記憶から星歌の演奏を思い起こし、動きを真似て鳴らしてみる。
ギーン。
こんな音じゃなかった。
頬を伝う汗が落ちる度に、魂がすり減る音色を感じる。
呼吸の感覚が長くなり、その分時間が遅くなったと錯覚しつつ惑乱する意識で今日の出来事をフラッシュバックするのだった。
星歌は最初から僕とする気はなかった。
そう言った気持ちがあったのにも関わらず、理由を付けて、我慢して、お金を渡す口実を作ったりして......。
誘ったのは僕から、今のこの状況は僕が作ったモノ。
自分自身の為に、誰かが不幸になるなんて......家族の絆に傷をつけるなんて――
絶対に嫌だ。
覚醒する視界。
ネックを握り直し、落としたピックを拾い上げる。
思い出せ。
音を感じろ。
どんな音だった?
鳴らす。
今度は同じ音。
鳴らす。
違う。
鳴らす。
記憶と匂いを辿りに、鳴らし続ける。
たどたどしい右手、覚束ない左手。
何度も何度もネックを握り直し、間違えながら星歌の何倍モノ時間を使いなんとか弾き切る事に成功。
静寂が肌を刺す。
二人は何も話さず、ただ僕の顔を見ている。
姉妹揃って顔を合わせ今の心情を吐露させた。
「「すご......」」
語彙力のなさに少しの間状況を掴めづに居たが、二人の顔を見て直ぐに助かったと分かった。
「助かった......」
何とか首の皮一枚繋がった。
「本当に練習してただけなんだね......それなのに、私ったら変な勘違いして」
「あ! いや! 別に伊地知さんじゃなくても、勘違いするよ」
「そ、そうだぞ。悪いのは私だ」
しおらしい態度に僕達は悪い事をしているようで......いいや、実際限りなく倒錯的で悪い事と言えば悪い事なのだが。
暫く今にも泣き出しそうな虹夏を宥めていると、また玄関の扉が開く。
「......何この状況」
そこには、何時もとは違う私服のリョウがベースの入ったケースを背負い立っていた。
「あ、リョウ。――ッ!? 時間!」
「だから来た。時間かかりすぎ」
「あーどうしよう」
「僕達は大丈夫だから、伊地知さんは行って」
「でも......」
「元はと言えば、僕達の行動が原因何だし」
「......後でキチンと謝るからね!」
そう言って、リョウと二人外へ出て行ってしまった。
「何で弾けた?」
締まると同時につめよる星歌。
「記憶と......それと匂いを頼りに」
「匂い?」
「はい、僕って音を匂いで感じる事が出来るんです」
共感覚。
シナスタジアともよばれるそれは、感覚を他の異なる感覚で感じる事が出来る体質のようなモノ。
数字が色で見える、言葉の味が分かる、etcetc......僕の場合は音を匂いで感じる事が出来るのだ。
「何だか超能力みたいだな。......音ってどんな匂いなんだ?」
「ガソリンの匂い、土の匂い、花の匂い色々かな」
「じゃあ、バンドで演奏してる時は? 色んな匂いが一気に感じるのか?」
「ううん。歌も含めて一つの匂いになる」
首を振りそれを否定すると「そっか」と僕に抱き着いた。
「良かった。もし虹夏にバレたらと思うと」
「そう、だね......」
良かった、とはとても言えない。
危うく姉妹の仲を引き裂く所だったのだ。
それも、自分自身の行いのせいで。
虹夏に対する裏切り行為。
こんなの、最低だ。
「全部私のせいだ、だからお前は気にするな」
「ッ!? 違います!」
「違わない。大人の私が断らなかったのが悪い」
「そんなッ......言い方ずるいです」
やるせない気持ちに押しつぶされそうになりながらも、歯を食いしばって耐えた。
「卑怯汚いは大人の特権だ。子供は悪いって思ったことを心に刻んどけばそれでいい。それから、次の行動に生かせ」
「......でも――」
声を出すその瞬間、古臭い着信音が鳴り響く。
「す、すみません」
「いいよ、出て」と星歌は僕から離れ掃除を開始する。
「ありがとうございます」
開くとそこには親戚の名前が。
両親が死んでから僕達の後見人になってくれ、色々便宜を図ってくれている夫婦だ。
一人娘が飛んでもない方向に生き方を転換し悲観に暮れている中で僕達の話を聞いたらしく、最初は一緒に住もうと提案された。
夫婦曰く「あいつはノーカン、君達が初めての子供と思って育てるつもりだ」と冗談交じりに言っていた。
なんの用だろう?
毎月の近況報告は終わらせた筈だし、それ以外に用があるとかかな?
「もしもし」
『もしもし。元気にしてるかな?』
スピーカーの向こうにはおじさんの声。
「はい。してますけど......」
『すまない。今日は君に少し相談があってね』
困惑げな僕を察してか、単刀直入に話を切り出す。
「そ、うだん?」
『ああ、と言うのもあのアホ娘の事だ』
「どうかしたんですか?」
『あいつ、とうとう住んでるマンションから追い出されたみたいでな。住む場所がないと私に泣きついてきた。だから、なら家に戻ってくればいいと言ったらあいつ「父さんも母さんもガミガミうるさいから嫌だよ~」とほざきよった』
「ははは」
乾いた笑いしかでない。
件の娘さんとは一度会っているが......確かにあの人なら言いかねない。
なにせ「あいつはノーカン」云々の会話を隣で「そのノーカン隣に居るんですけど!」と一升瓶片手に笑っていたんだから......。
おっと。
脳裏のあの人のイメージが強烈過ぎて、おじさんの言葉が少し飛んでしまった。
『――だが、あれでも一応私の娘だ、だから君にお願いしたい。......他の住処が決まるまで明日香君の家に泊めて上げられないだろうか?』
「泊める?」
『無論、家賃は私が出す。どうか! 流石に幾らあいつでも二十五でホームレスは気の毒すぎる!!』
「いいですよ」
外はあれでも、中は......中もあれだけど三割は良い人だ。
葬式の時は僕達を励ましてくれたし、財産だ何だと話す他の親戚達から守ってくれた。
それに引き取ろうとおじさん達に言ってくれたのはあの人なんだ。
その後の、数々の奇行染みた暴走行為を入れても、助けたいと思える。
『おお! そうか!! 良かった!!! じゃあ早速あいつに連絡するよ。合鍵渡してもいいかい?』
「はい。何時から来るんですか?」
『それが......もう向かってるよ』
「え?」
『すまない! 私は止めたんだがあいつが勝手に!』
「大丈夫ですよ。じゃあ、お待ちしてますとお伝えください――はい、はい、じゃあ」
電話を切ると、諸々の掃除を済ませ何やら知りたそうな星歌が立っていた。
「親戚のおじさんでした。暫くの間娘泊めてくれないかって」
「娘?」
訝し気な瞳。
何歳? どんな奴? 質問の弾丸が飛んでくる。
がしかし。
「ごめん。別に恋人でも家族でもないのに......」
「いいえ......」
きっと嫉妬しているのだろう。
けれど、僕達は所詮お金の関係、踏み込むべきじゃないと思ったんだきっと。
鼻白む星歌にどうしていいか分からず、敬語に戻っているのに気付かぬまま早々に切り上げた。
「今日はありがとう、それとごめん」
玄関で靴を履きながら、星歌の声を聴く。
「いいんです。......僕もたのし......かったですから」
「え? あー、そう言ってくれると......嬉しいかな?」
可愛い。
「じゃあ、僕バイト前に家に戻って挨拶してきます」
「......ああ。じゃあな」
ドアノブを捻り、開く。が、手を離し踵を返し――
「あの」
「?」
「......やっぱり、星歌さんのせいだなんて思えないです――だから!」
「ん!? ......ちゅ」
「ちゅ......これで、せめて共犯者に、して、下さい」
不意打ちに顔を赤らめる星歌。
指先で頬を掻き、恥ずかしさを紛らわせようと会話を捻じ曲げた。
「......ああそう言えば、その家に来る親戚の名前って」
外に出て、扉が閉まって行く最中同じく紅潮した顔で振り向きざまに言う。
「廣井さん。廣井きくりさんです」
「......」
扉が閉まり、部屋に静けさが戻って来る。
トボトボとリビングに戻り、火照る身体でソファに腰を下ろす。
「ひろい......ひろい......ん? ひろい? 廣井、きくり? ――ッ!!」
部屋の中に星歌の声が響き渡った。
次回『#9 それでは、また明日』見て下さい。
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