家が冠水寸前の中かきあげました。
何時家の中に水が入って来るか気が気じゃありません。
ま、それはおいておいて次の次くらいにエチエチタイム入ります。
誤字脱字はご愛敬。
廣井きくり、二十五歳。
糸目。
あずき色の髪の三つ編みサイドテール。
容姿は整っているが性格に若干の難あり。
これが今までの僕がきくりに対する印象だった。
「いやーごめんねー」
「いいえ」
きくりが家に到着したのは僕が帰宅してから一分経たぬ間だった。
本当に先に来てたのか。
もし僕が断ってたらどうしてたんだろう? 相変わらずの破天荒ぶりというか無神経と言うか......。
そんな感じに突然増えた同居人に微笑ましく思っていると。
「? きくりさん」
「ん? 何?」
玄関に腰を下ろしたきくりは下駄を脱ぎながら糸目を此方に向ける。
「荷物は?」
彼女の持ち物。
ギターに似た楽器の入ったケース、見られたくないのか足の間に置いたこんもりと膨らんだレジ袋、以上。
どれだけ生活がざっくばらんだったとしても、着替え等の必要最低限な生活必需品は持参する筈。
だが、きくりにはそれはない。
最初何かあったか? と思ったが直ぐにその疑問は晴れた。
「へぇ? これだけだけど」
へぇ?
「着替えは?」
「バンドマンは一張羅さえあればそれでいいのさ」と地味色のキャミソールワンピースを翻し、スカジャンを両手で広げて見せる。
「化粧品とかは?」
「女はすっぴんが一番綺麗なんだよ」
答えになってない。
「......あ! もしかして、後で郵送で送るとか?」
「あははは、何言ってんのおもしろ! 」
面白いのは貴方なんですけど。
え? マジ? 夜逃げの人ですらもっと荷物持ってるでしょ。
固まる僕を他所に「おっじゃまっしまーす」と脇を通り抜け中へと入って行こうとする彼女。
「ちょっとま――うッ!」
くさっ!
髪の毛から洗ってない犬の匂いがする。
しかも――ッ!? ふ、服からも? 匂いと匂いが合わさった汚臭のバーゲンセールが鼻を通って肺をッ。
あ、あり得ない......傍から見ても分かる程汚れてるのに、素知らぬ顔で人の家に入ろうとしている目の前の人間が。
心の中のきくり好感度チャートがグングン下がる。ナイアガラの滝のように下がるその様はリーマンショックを連想させる程。
「あっついね~」
「ヴッ!?」
「ん?」
「い、いいえ何でも」
襟元をパタパタ揺らすと、風と共に巻き上がった臭いが顔を顰めさせる。――が直ぐに顔を正す。
彼女はお客様......彼女はお客様......。
「ん? もしかして惚れたか?」
ピキッ。
「......いつ、お風呂に入りましたか?」
きくりの身体が動きを止める。
そして、踵を返し僕の方に向き直すと神妙な顔で言うのだ。
「明日香君。女の子にそんなこと聞いちゃダメだよ」
「......ごめんなさい」
そうだよね。流石に臭くても久しぶりに会った親戚に言って良い言葉じゃ――
「ちゃんと髪は水で流してるし」
水? なが、してる?
「それに服だって、知り合いに「臭い」って言われれば洗うし」
言われれば?
「だから――」
僕の肩に手を乗せ、何か言おうとするその時、袋の中の何かがバランスを崩し床に転がった。
そこには、『ストロング虚無』のロング缶が数個、袋の中を覗くと更に大量のスト虚無と紙パックの『おにころ』が見える。
口を閉じるきくり、「ん、よし」と不自然に切り上げ手早く酒を袋に詰めていく。
「きくりさん」
「......」
「家賃払えなくなったからマンションから追い出されたんですよね?」
「......」
先ほどまでの饒舌きくりは何処へやら、目の前にいるのはじっと動きを止めて事が過ぎるのを待っている草食動物のよう。
「もしかしてお金ないのお酒買うからじゃないですか?」
「......」
確定。
目の前にいるのは、紛れもないダメ人間だ。
「......取り敢えず、お風呂に入って下さい。臭いので」
「うっ」
「晩御飯は用意してます。遊里と一緒に食べて下さい」
いつの間にか正座になっていたきくり。
何とか急場を凌いだと、顔を明るくなっていく。
その姿が更にダメ人間味を助長させ、きくり好感度チャートを下落させていった。
手早く家の使い方を説明し、風呂に押し込んだ。
その時。
「――遊里の教育に悪い事したら許しませんからね」
「あ、あはは明日香君も冗談言うようになったな......冗談だよね? 私そんな事する訳ないよ? ねぇ明日香君、明日香君!?」
家に居た時間は十分にものの見事に思い出を破壊された。
開店準備を済ませた店内。
箒を持ち、カウンターの椅子に腰かけ星歌に先の出来事を話した。
「――て事がありました」
「......そっか」
キーボードを打つ手を止め、引き攣った顔で一言。
「ごめんなさい。仕事の邪魔しちゃいましたね」
「いいよ。もう終わったから」
大人だ。
きくりとは大違いの安心感に思わず敬意の念を抱いてしまう。
「あの人とは大違いだ」
気持ちを垂れ流しつつ箒を元の場所に戻し、再び星歌の場所へ。
「......」
「......」
開店時間までまだ時間がある。
他の従業員が出勤するまでも少しだけ。
つまり、暫くの間僕達二人。
午前中の光景を思い出すと気恥ずかしくなり、会話が出来ない。
星歌も同じようで、意味もなく店内の見渡し頭の後ろを描いている。
「「あの」さ」
会話が重なる。
「先にどうぞ」
「......チョーカーつけててくれたんだ」
「え? ――あぁ、絆創膏で隠しても良いですけど、今日はこれでいいかなって......もしかしてダメでしたか?」
「いいよ。似合ってるし可愛いから」
「可愛い......ですか」
普通なら可愛いと言われて、ムッとしている所。どうしてか星歌に言われれば少し嬉しい。
「それで? 明日香は何言いたかったの?」
「あ! いえ。しばらく二人ですねって言おうとして――ッ!? 違いますよ! 別にやましい事したいとかではなく、唯の会話の間を埋める他愛のない言葉というかなんというか」
一人かわまわりしながら、あたふたしていると「ふっ」と星歌は笑い、椅子ごと距離を詰め。
「したいのか?」
腰から背中に手を回し、引き寄せそう囁く。
「ひぇ。そんな事では」
理性によりブレーキが作動。
上半身を後方に逸らし、両手を星歌の肩にので拒絶の姿勢を見せた。
だが、手の力は弱く、腰の手を振り払わない所を見ると、さほど嫌がっていないのが一見すると直ぐに分かる。
近づく唇と唇。
桃色の雰囲気が漂い始め、今まさにと言うその時、静謐切り裂く音が響いた。
「お疲れ様でーす」
「「ッ!!」」
両者、シュバッ! と離れ、ワザとらしくも何かをやっている様子を聞き慣れた声の主に見せ取り繕った。
「早いですね明日香君」
「お、お疲れ様ですPAさん」
「......」
「あの、何でしょうか?」
何かに気付いた様子見下ろし固まる彼女。
どうしてか気付かれてはいけない事に感づかれたような気がして緊張から来る籠った声でそう言う僕に、「ちょっと失礼しますね」と否応なしに顔を僕の首筋に近づけ、深く呼吸をした。
「ッ! ちょ、や、やめて下さい」
「――んーなるほどなるほど」
視線を店長に。
「なんだよ」
「いいえ。何でも」
そう言って、僕達の間にテーブルの椅子を置き腰を下ろす。
それから、星歌に聞こえぬように身体を密着させ耳元に手を添えボソッと。
「明日香君」
「はいっ!」
「私の誘いは断ったのに、店長とはしたんですね」
「何でそれを――ひっ!」
PAさんの白い手が僕の内股に潜り込んでくる。
「店長とはしたんだから今度は私、ですよね?」
「い、いいえもう僕は」
優しく撫で、手が往復する幅が広くなりついには股間部にあたる様に。
「今度は生活の為じゃなく、遊びの為にするなんてどうです? 気持ち良い事出来て自由に使えるお金も貰えますよ」
「や、やりま――わっ!?」
突如訪れる浮遊感。
身体が宙に浮き、椅子から隣の椅子へ移動した。
ポスンと臀部が何か柔らかいモノに当たる感触。
「からかうのやめろ」
星歌の声が振動として身体に伝わった時、初めて自身が彼女の膝上に居る事を知った。
星歌さんの膝の上にッ!
肌の感触が伝わって、心が乱される。
「えー店長も明日香君で
あ、これちょっとイラついてるな。
肩の上から伸びてきた手が更に身体を密着させると。
「私は良いんだよ。
言いつつも僕の首筋に鼻を埋め匂いを楽しみ、今度は肩にアゴを置き誇らしげな顔でPAさんを見る。
その行動は首筋に視線を誘導するのが目的のようで、メッセージに気付いたPAさんは顔こそ変化はないが、傍の人間が分かる程の、不機嫌オーラを漏らしていた。
「......」
「......」
なになになに!
何が起こってるの!
不穏な雰囲気を放つ両者の間に挟まれた自分は、額からへんな汗が噴き出し始め、明らかに星歌との事がバレてる事に戦慄を覚え、状況を打開しようとない知恵を絞り、逡巡を繰り返す。
「お疲れ様でーす」
そうこうしている内に今度はバンドの人達が入って来た。
「ほら、PAの仕事だぞ」
「......まぁ、今は良いです。明日香君。また後でお話しましょうね?」
「あ、はい」
「ふっ、勝った」と小さな声が耳元にから聞こえた。
それは誰に? という問いは投げまい。態々、争いの火種を投げ込む事はない。
「僕もそろそろ仕事に戻ります」
「まだいい」
「まだいいって、これじゃあ目立っちゃいますって。んー! あの、星歌さん!?」
降りようとしても、片手が腰に巻き付きそれを阻止。
腕細いのに何て力だ。
「給料払ってるのは私。つまり、出勤から退勤の間は私のモノだ」
「えぇ......」
そんな無茶苦茶な。
あれやこれやと試してみたが、結局開店まで星歌の膝の上で過ごすハメになった。
今日は新人バンドが多い事もあって、客足は疎ら。
したがって仕事量も少なく、楽な一日だった。
が、忘れてはならないのは僕は朝から
本業が楽でも副業で体力気力の大半を消耗し、そこにダメ人間の襲来も重なって心身ともに疲弊している状態。
「私明日香君とお話したいんですけど」
「奇遇だな、私もだ」
「店長さっきいっぱい話してたじゃないですか」
まだやってる。
何時になったら終わるんだろう。
仕事前、中、後と火花を散らせる二人を見ながら、申し訳ないと思いつつ気配を極限まで薄め事をやり過ごそうと努めるている最中。
売上清算をしている時もバチバチ。
ゴミ出しから戻ってもバチバチ。掃除を済ませて仕事終了と思ってもバチバチ。
絶対に捕まったら面倒くさいやつだ。
「......お疲れ様でーす」
か細い声は勿論二人の耳には届いていない。
「店長は――」
「お前だって――」
よし、聞こえていないな、逃げよう。
足早に戦地から撤退。
階段を上がり、また前のように後ろからPAさんが追いかけてきてないか確かめつつ早歩きで進む。
十中八九自身の事が原因。
しかし、今日は、今日だけは何もする気力はないのだ。
申し訳ないが、今回は逃げの一手を決め込ませてもらう。
ごめんなさい。
心の中で謝罪を済ませ、うだうだ考えながら歩いていると曲がり角から現れた影が。
「ッ!?」
「きゃっ」
二人は体当たりをする形で後ろに倒れ、手を地面に付く。
「ご、ごめんなさい!」
「いたたた......ん? 明日香君?」
「伊地知さん?」
自身に非がある事を自覚している僕は反射的に謝ると、そこには腰を摩っている虹夏がいた。
そう言えば今日は山田さんとどこかに行ってたっけ。
「よいしょっと......明日香君は今から帰り?」
「うん。伊地知さんは?」
「今日はリョウのライブ見に行ってたんだ」
「ああ、だからケース背負ってたんですね」
脳内で何故かリョウときくりの姿が重なってしまい、気疲れを起こす。
立ち上がる事無く、尻もちを付いた状態でいると「ほら」と虹夏から手が指しの出られ、無意識的に手を握り立ち上がった。
「......じゃ、じゃあまた」
挨拶済ませたし、いいよね?
今日はもうご飯食べてからお風呂に入って寝た......あ、ご飯きくりさんに食べられて僕の分ないんだった。
踵を返し、夕飯の事を考えながら足を一歩踏み出す。
「待って!」
が待ったがかかった。
「どうしたの?」
「えっとね、えーと......もう帰っちゃう感じ?」
「ううん。夕ご飯ないから買って帰ろうかなって」
「ッ!? ちょ、ちょっと待ってて! 直ぐ戻るから!」
と、今度は虹夏が身体を反転させ距離を開け、スマホを取り出しどこかに電話をかけ始めた。
『もしもしお姉ちゃん。ごめん今日の晩御飯家にあるもので済ませてね。それじゃ』
『虹夏今ど――』
小声かつ早口。
相手と会話をすると言うより、一方的に吐き捨てた感じの通話。
「――ぐ、偶然私も晩御飯の事考えてたんだ」
「? そうなんだ」
「そうそう。だから今からどこかに食べに行かない?」
「今から? でも、この時間だと食べ終わる頃には補導されるかもしれないし」
「大丈夫! もう一瞬だから、かき込むから」
「そこまでしなくてもいいけど」
行け行けドンドンの虹夏に気圧される僕。
最終的には拝み手+頭を下げる彼女に負け、提案を乗る事にした。
イヤって訳じゃないしね。
「よしッ!!」
僕が頷いた瞬間、文字通り舞い上がる虹夏。
「ッ!?」
「......オホンッ! じゃ、いこっか」
「う、うん」
トレイに載った、ハンバーガーとポテトの山、それとジュース。
得てして訪れた初めての体験に、疲れを忘れ興奮している自分。
早速、とハンバーガーに手を伸ばすその時。
「明日香君」
手を止め、虹夏を見やる。
これは、真剣な感じの話だ。
察知した僕は、グッとこらえ伸ばした腕を引っ込め膝に乗せた。
「この前は本当にごめんなさい」
「大丈夫。大丈夫だから顔上げて!」
それかー!
かしこまった態度で頭を下げられたら、ハンバーガーどころではない。
それが昼の事なら尚更。
僕としては一刻も早く記憶から消して欲しいのだが、虹夏からしてみれば最低な疑惑を吹っ掛けたと罪悪感で塗れているのだろう。
立場が逆なら自分は虹夏と同じことをすると思う。
「ううん。私、最低だよ。......こんなんじゃ誕生日パーティーにも行けない」
「気にしてないから、そんなに落ち込まないで? ね?」
「ダメだよ。今回は本当にダメな事したから。ちゃんとけじめつけたいの」
言いと言っても頑として謝罪を述べ続ける虹夏。
どうしよう......僕が良いって言ってもこのままだろうし。
うんうんと悩み、腹を鳴らす。
「――伊地知さん。初めて会った時の事覚えてる?」
「......うん」
唐突な話の切り出しに口から漏れるような返事をする虹夏。
「僕、自分を変えたくてスターリーでバイトしようと思ったんだ」
「え?」
「でも面接の日、怖くて扉を開けられなかった」
『君が明日香君? 私は――』
思い起こすあの日の事。
人、建物、雰囲気全てが怖くて動けなかった僕の背中を押してくれた虹夏の顔。
虹夏は何の気なしにした事だから覚えていないだろう。
だけど、僕の中ではかけがえのない大切な一幕なのだ。
「お父さんとお母さんが死んでから、良い事なんて一つもなかったけど。......スターリーに出会えて、伊地知さんに出会えて本当に良かったと思ってるんだ。だから、こんな事で嫌いになったりなんかしないよ」
「......」
「あ、ごめん。勝手な事言って」
「ううん。嬉しいよ!」
大きな音を立てながら立ち上がるが、ハッと元に戻り再び椅子に付く虹夏。
それに、ビクリと身体を震わせた僕。
思いのほか大きな声が出たからか、薄っすらと肌を赤くさせながらも言葉を紡いだ。
「ご、ごめん。でも、そう言ってくれて凄く嬉しい。――......明日香君がそう言ってくれるのなら、私ももう一回明日香君の
彼女の顔には先ほどまでの曇天は見えず、代わりに何時も通りの明るい太陽のような笑顔が輝いていた。
そんななか僕は。
言えない! 本当は伊地知さんの推理が当たってたなんて!!
ごめんなさいごめんなさいごめんなさ――ん?
「友達?」
「え? 私達、友達だよね?」
「僕が友達でもいいんですか?」
真剣な面持ちでそう言うと「当たり前じゃん」と一蹴。
友達......青春ぽいッ!
なら、こうして友達と買い食いするのも高校生っぽいし、今日は色々と初めてがいっぱいだ。
「友達......へへ、伊地知さんで二人目......」
「二人? 一人目はリョウ?」
キモイ心の声を垂れ流していると、虹夏がポテトを摘まみながら疑問を投げかけて来る。
「ううん。クラスの同級生」
「へー......その子って女の子?」
あれ? 流れが。
ハンバーガに伸ばした手がまた止まる。
「うん。そうだけど」
「ふーん。仲いいんだ」
「な、仲いいと言うか、それはまぁ友達だから」
「......」
返事に気に喰わなかったのかトレイを引かれ、ハンバーガーが遠のいた。
「ハンバーガー......」
じっとこちらを見つめ、睨めるとまではいかないまでも怪訝な視線を見せて来る。
何で、なにか悪い事した?
「で、でも、学校以外で遊びにとか言ったことないし、こういう所にも一緒に来た事......ない」
ススッ。
あ、トレイが近づいてくる。
「こうして一緒にご飯食べれるのも嬉しいし」
「そう!? 良かった!」
本当のところ、件の友達に何度か食事に誘われた事がある。
が、訳あってずっと断ってた。
だって――。
『タランチュラと金玉食べに行こう』
せめて食べれるものなら、僕だって断らない。
でも、流石に昆虫と睾丸は勘弁して欲しいと何度も断るのは申し訳ないと思いつつ、「絶対に無理」と首を横に振る。
あんな初めては絶対に嫌だな。
そう思っていると、無事トレイが戻って来て、初めてのハンバーガーにありつく事が出来た。
「じゃあね」
「うん」
未知の味を堪能し、軽く会話に華を咲かせた後店を出る。
別々の道。
さよならを言い合い、家の方向へと足を向けた。
「明日香君!」
「?」
三歩進んだ時、後ろから虹夏の声が。
「私達友達だよね?」
「え、うん」
「じゃ、じゃあさ。私達、名前で呼び合わない?」
唐突な提案に悩む。
イヤな訳じゃない、ただ気恥ずかしいのだ。
「......」
けれど、ここで嫌だなんて言える状況でもないし......。
「ダメ、かな?」
「に、に、に、虹夏ちゃん......」
恥ずかし気に視線を外しそう言うと、虹夏の顔がパッと華やいだ。
「うん! じゃ、また明日!」
「ま、また明日」
大きく手を振り、駆け足で去る虹夏の背中を見つめながら火照る身体を冷ます。
「今日は初めてがいっぱいだ」
一人呟いた言葉は、自身の耳へと入り脳で反響。
自分の言葉を噛みしめ、反芻していると途端に嬉しくなり、帰る足が軽くなった。
「♪~」
「おかえり~! 明日香君!」
「おかえり~!」
「......」
リビングから這いずるように身体を出し、上機嫌に言い放つきくり。
同じように、真似をする遊里。
時刻は十一時。
遊里はとっくに寝ている時間の筈。
「ご飯美味しかったよ!」
その悪い事をしたと微塵も感じてなさそうな屈託のない笑顔を見ていると、自然と青筋が浮かび上がる。
はぁぁ............ホント、今日は初めてがいっぱいだ。
「コラッ!!!!」
真夜中の森沢家に怒りの声が響き渡った。
次回『#10 フラワーズ』見て下さい!!!
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