旅を初めて丁度一週間経った頃。
特に問題もなく順調に次の街へ近づいているはずだった。
だが今日は少し様子が違った、今は山道を下っている途中なのだが、
「魔物に遭遇しませんね」
「うん」
前回魔物に遭遇してからもうかなりの距離を歩いている、だと言うのにパッタリ魔物の姿が見えなくなった事に違和感を覚えていた。
「たまたまってのも考えにくいかな?」
「まだなんとも言えませんが、何かあるかもかもしれません」
もう日も沈んで暗くなり始めている時間だ。
とっとと今日の寝床を探してフィロとスキンシップを取りたいところだが、そんな状況ではないかもしれない。
妙な状況に気を引き締めつつ、しばらく歩いていくと人の姿が見えた。
結構な数の馬車も見える、十台近くあるだろうか。
「『リフタ』の騎士団みたいですね」
「うん、例の魔物の討伐隊かな」
リフタというのは俺達が出会った街だ。
俺がリフタに滞在していた頃、魔物に襲われボロボロになって街までたどり着いた中規模パーティ。その魔物を警戒したせいで街から行商人が出て行かなくなり、フィロが俺を連れて旅をするきっかけになったわけだが。
今見えているのはその魔物の討伐隊だろう。
まだ帰還の準備をしていないところを見ると、討伐は終わっていないようだ。
「状況を聞いてみましょう」
俺達は騎士団の元へ向かい一人の騎士に話しかけた。
「すみません、少しお話を伺ってもよろしいですか?」
「ん……?なんだ?パーティから逸れたのか?」
二人しか居ない俺達を見て、パーティから逸れたものと思ったようだ。
元から二人なので逸れたわけではない、そう説明すると『何言ってるんだ?』と訝しまれてしまった。
やはり二人旅なんて通常ではまずあり得ないのだ。
警戒されてしまったようなので、フィロが自己紹介をする。
「突然すみません、私は魔法使いのフィロと申します、皆さんはリフタの騎士団ですよね?魔物の討伐を手伝いに来たのですが」
そう言ってギルドカードを見せる。
カードを見た騎士が顔を上げた。
「……もしや賢者様、ですか?」
「そう呼んでくださる方々もいます」
フィロの姿を見て、本当か?と言う顔をする騎士。見た目のせいかまだ信じきれていない様子だった。
周りにいた騎士も賢者と聞いて少しざわついていた。
するとその中に「あれが串刺し姫か」と言う声が聞こえた。
フィロにも聞こえたようで、「別に姫ではないんですが……」とつぶやいている、どうやら“串刺し”の部分より姫と呼ばれる方が気になるらしい。
串刺し姫、これはフィロの二つ名なわけだが、賢者という二つ名と比べるとずいぶん物騒な名前だ。
だがここ数日、彼女と旅をしてその理由がよく分かった。
そう、フィロが好んで使うロックランスのせいだ。
先日コカトリスとの戦闘の際もそうだったが、彼女の戦い方にはパターンがある。まず相手の身動きを妨害し、動きが止まったところに急所を狙ってトドメを刺す。
その一連の流れの中でロックランスがよく使われるのだ。
フィロは中型以上の魔物に対しては、ほぼこの魔法を使う、そのため戦闘後には串刺しになった魔物が何体も並ぶ光景を良く目の当たりにするわけだ。
本人曰く、そういう趣味がある訳じゃないらしい。
『扱い易いんです』との事だ。
「あの、こちらは?」
騎士が俺の方を見て尋ねてくる。
「自分はリリオンといいます」
「おぉ、お名前は伺っております、先日リフタでも治癒に助力いただいたと」
「はい」
騎士の言う先日とはリフタにいた時のことだろう。
ボロボロになりながら街ににたどり着いた中規模パーティ。その中には大怪我を負っていた者も多く、治癒に必要な魔力が足りなくなった、その際俺は魔力を提供したのだった。
「なるほど、賢者様のお共の方だったのですね」
その頃はまだフィロと会っていなかったが訂正するほどのことでもないのでスルーした。
「賢者様方に協力していただけるなら我々も心強い、少々お待ちください」
そう言って奥に行く騎士、するとフィロがこっちを見た。
「治癒って、リリー魔法は使えないんじゃ?」
「あーうん、俺は使ってないよ、治癒ができる人に魔力を分けたんだ。人より魔力が多いみたいだから、少しは役に立てるかと思って」
「なるほど」
俺は人より魔力が多い、それもかなり。
ジェイ達と旅をしていた頃に分かった事だが、自分でもどれくらいあるかは分かっていない。
多いと判明した頃も、わざわざ魔法を無駄打ちしてもらってまで確かめなかったし、その後も自分が魔法を使えないのもあって確かめることはしなかった。
この旅でもフィロは戦闘でほとんど消耗することが無く、俺が魔力を分けるような状況にならなかったため、言う機会もなかった。
別に隠していたわけではないのだが、ふーん? という顔をされてしまった。
そうこうしてると奥に行った騎士が人を連れて戻ってくる。
控えめではあるが装飾された鎧を身につけた男だ、指揮官か何かだろうか。
「こちら賢者様とお付きの方です」
俺達は軽くお辞儀をした。
「ほぅ、本当にお二人で旅を……あぁすみません、自分はこの討伐隊の指揮をとっております、『ユジウス』です。ご助力いただけると窺ったのですが」
ユジウスと名乗った男はやはり指揮官のようだ。
「はい、よろしければ状況をお聞かせください」
ユジウスの話によると、魔物の正体はスライムだという。
スライムは魔物の中でもかなり特殊な存在で、危険度でも最上位に位置するほど厄介な魔物だ。
粘液状の体は打撃も斬撃も効かないうえ、魔法への耐性も高い、そしてコアを破壊しない限り倒すことはできない。
さらにスライムの生態は多様で、個々で様々な特性を持っているため、どんな行動をしてくるか判断しにくいのだ。
ユジウスに連れられ、スライムの見える場所に案内される。
そいつは大きな洞穴の入り口にいた。
一目見てまず思った、デカい。
地面にベタっと広がり、月明かりに照らされて青く透き通った液状の体見える、その中央辺りが大きく盛り上がっている、高さだけでも五メートルはあるだろうか、幅はもっとある。
そしてその中に赤黒いモヤモヤしたものが見える、そこにコアがあるのだろう。
単眼鏡を覗いてみるとその赤黒い部分から魔物の足のようなものが生えてるのが見えた、レッドボアの足だ、ところどころ骨が見えている、消化しているようだった。
これほど大きいスライムとなると討伐隊に相当な被害が出るかもしれない、特に打撃や斬撃主体の前衛は、ただの盾にしかならない。
でもフィロなら、と思って見てみると、スライムをじっと見つめていた。
「……」
「大丈夫そう?」
「えぇ、大丈夫だと思います。ユジウスさん、討伐隊はどう動く算段だったのでしょうか」
「我々は一度援軍を呼ぶつもりでした」
ここに居る部隊だけでは厳しいと判断したようだ。
「援軍を呼んだとしても、あそこまで大型だと前衛部隊にかなり被害が出るのでは?」
「騎士である以上、皆も覚悟の上です」
「私に任せていただければ被害が出ずに済むかもしれません、いかがでしょうか」
「……全て賢者様に任せろと?」
「犠牲は少なく済むほうがよいかと思うのですが」
「あー、いや……ですが我々騎士も、その……」
何かを言い淀むユジウス、自分達にも騎士としての立場がある、とかだろうか。
まあ討伐任務で敵を前にして、何もせずに人に任せて帰還しました、なんて報告は出来ないだろう。
こういう時は出来る人に任せるのも手だと思うが、俺みたいに賢者ちゃんにお任せ、なんて簡単に言えないわけだ。
「では今回前衛の方々は控えていただき、魔法部隊と共闘する形でいかがでしょうか、魔力抑制が使える方はいますか?」
「ええ、おります」
「では私が先頭に立つので魔法部隊の方は後ろから攻撃しつつ、敵の攻撃がこちらに届きそうな場合は結界で支援をお願いします」
「分かりました…….」
「もし私が突破されそうになったら被害が出る前に撤退を」
それは突破される可能性があるってことなのだろうか。
「では各部隊と連絡をとりますので、お待ちください」
そう言ってユジウスはテントの方へ向かった。
フィロの顔を伺うと、さっきと同じようにジッとスライムを見つめていた。
何となく話しかけにくい雰囲気のように感じて俺は黙っていた。
その後ユジウスは二つの魔法小隊を引き連れてきた。
「第一小隊隊長ウェインです!」
「第二小隊隊長セリアです!」
小隊長の二人が挨拶をする。
「先ほどの賢者様との打ち合わせは二人に話してあります」
「分かりました、皆さんよろしくお願いします。リリーは待機している皆さんと一緒にいて下さい」
「……」
どうもソワソワする、フィロは大丈夫と言っていたが本当だろうか。
とはいえ俺が勝手に動いたところでどこまで役に立てるか。
「あの、フィロ」
「どうしました?」
「俺もついて行っちゃまずいですか?」
「え……?んー……」
分かってはいたが渋られた。
「近接戦はするつもり無いんですよね?」
「ええ、無駄に被害が増えるだけでしょうから」
「基本魔法しか使わないって事だよね」
「はい」
「なら俺でも役に立つかもしれません、さっきも言ったけど俺、魔力だけは多いほうだから」
「……そう、ですか?確かに使える魔力は多いに越したことはありませんが……」
「もし仮にフィロがまずい状況になるとしたら魔力不足で、て事ですよね?」
「まあ、そうなると思います」
「ならやっぱり連れていってください」
「……」
迷うフィロ、やはりあのスライムはやばいのかもしれない、自信があるなら俺一人連れて行ったところで大して問題ないはずではないか?
断られたらこっそりついて行こう、そう思っていると、
「分かりました、そこまで言うなら……でもほんとに危ない時は即撤退ですよ? いいですね?」
「はい」
少々無理やりではあるが同行出来ることになった。
そして各部隊を連れてスライムの元へ向かう。
辺りはもうすっかり暗くなっていた、少し迂回して気づかれないように茂みの中を歩いていく。
フィロが動きを止めると、各隊にこれから戦闘をはじめる旨を伝えた。
「皆さん、私の攻撃を合図に各自魔法を」
全体に伝わったのを確認し、茂みから飛び出した。
そして杖を前に掲げて魔法を放つ。
「アイスウィンド!」
フィロの氷魔法をきっかけに後方の部隊もそれに合わせて茂みから飛び出し氷魔法をしかける。
冷気で相手を凍らせる魔法、だがスライムの体はいくら魔法を受けても何も変化がない。
かなり氷への耐性が高いようだ、それなら他の魔法でと言いたいところだがスライム相手だとそれも難しいだろう。
魔法耐性の高いあの巨大な体を炎魔法で蒸発させるには効率が悪すぎるし、土や水、風魔法は効かないものばかり。
となると氷でなんとかするしかないのか。
フィロが魔法を止めると後方部隊も手を止めた。
対して今度はスライムが動き出す、こちらの位置に気付いたようだ。
スライムの周囲に青く燃え盛る炎の玉がいくつも浮き上がる。
そしてその炎の球がいっぺんに飛んできた。
すると俺達の目の前に分厚い巨大な光る壁が現れる。
炎の玉はその壁にぶち当たると、急速に小さくなってかき消えていった。
結界だ、味方全員を守れるほどでかい、しかもかなり強力そうな結界。
フィロが使ったのかと思ったが詠唱が聞こえなかった、誰だろう、とそんなことを思っていると、
「スカディストーム!」
フィロが聞いたことのない魔法を唱えた。
すると今まで魔法が効かなかったスライムの体に変化があった、表面がパキパキと凍り始めたのだ、徐々に内側まで凍っていく。
ここぞとばかりに後方部隊もそれに続いて魔法を放つ、その間もスライムは魔法で反撃してきていたが、こちらは結界が全て防いでいく。
フィロの状況はどうなんだろう、今のところ全員無傷で余裕そうではあるが。
さっきから他の魔法部隊の何人かがこっちをチラチラ見ている、何しについてきたんだろうとでも思っているのだろう。
その視線をスルーしながらフィロとスライムの様子に注視する。
するとスライムはこちらに魔法が効かないのが分かったのか魔法をとめた、と思った瞬間、凍りついていた体に亀裂が入り、そのまま砕けた、そして砕けたところから液状のスライムがこちらに向かって勢いよく伸びてくる。
だがフィロもさっきの魔法を使い続けている。
伸びてきたスライムがまた凍りついたと思うと亀裂が入って砕け、また中から伸びてくる。
凍る体を砕きながらどんどんこちらに向かってくる、フィロも魔法を止めない。
もうすぐそこまで迫ってきている。
下がらなくていいのか!?と思い彼女を抱えて後ろに逃げようと思ったその時、スライムの動きが止まった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
しんと静まり返る中、フィロが杖を下ろすと結界も消えた。
どうやらスライムの体のほとんどが凍ったようだ。洞穴からここまで氷の破片で道ができているようだった。
そして目の前の氷の塊の中に赤黒いモヤモヤが見える。
それに向かってもう一度杖を掲げ、魔法を唱えた。
「ロックランス」
使い慣れた魔法。
地面から岩の槍がその赤黒い部分目掛けて突き出した。
凍りついたスライムの体を岩の槍が貫通する。
飛び出した槍の先端には赤い球体が突き刺さっていた、あれがコアだろう。
間髪入れずにフィロが次の魔法を放つ
「ストーンバレット」
十センチほどの流線形の石が生成され、ものすごい速さで射出される。
コアに命中してバガン!と音を立てて砕け散った。
破壊されたコアを見て、フィロが口を開く。
「皆さん、もう一つコアがあるかもしれません、氷の中を調べてみてください」
通常スライムのコアは一つしか無い、だが例外がある、繁殖期のスライムだ。
スライムは数十年に一度、繁殖期に入る。
繁殖期といっても、スライムにオスとメスがいるわけではなく、コアが細胞分裂するように二つに分かれるのだ。
その際に大量の養分を必要とするため、周囲の生物を捕食し尽くして巨大化する、そして元のコアから小さなコアが分裂する。
フィロはこのスライムが繁殖期と見て、すでにコアが分裂しているかもしれないと言ったのだった。
そしてそれはすぐに見つかった、「あったぞ!」という声が上がり、見にいくと氷の中に小さな赤い球体があった、分裂したコアだ。
「破壊してしまっても?」
見つけた騎士が言った。
「はい、ですが気をつけてください、まだ生きてるはずなので魔法を使ってくるかもしれません」
「分かりました、誰か結界を頼む」
そう言って別の騎士が結界を展開しようとする、するとフィロが「私たちではなくコアを『マジックリストレイン』で覆ってみて下さい」と言った。
マジックリストレインは魔力抑制とも呼ばれる結界魔法だ。名前の通り結界の中では魔力が抑制され弱化する、結界が相手の魔法より強力なものであれば、その魔法は発動すら出来なくなるだろう。
これは対魔法使い用の戦術でもある。
結界を使おうとした騎士は「なるほど」と言って氷の中のコアを覆うように結界をはった。
魔法が弱化する結界で覆ってる以上、魔法で破壊するより武器で破壊する方がいいだろうと思い、俺は短剣を差し出した。
「使ってください」
「ありがとうございます」
俺がやっても良かったが、手柄を横取りするようで気が引けたので発見者の騎士に短剣を渡す。
騎士は炎魔法で刃を熱してから氷にグッと突き立てた、じわじわと突き刺さっていきコアまで到達すると力を込めて一気に突き抜いた。
バキッと音を立てて氷にヒビが入り、中の小さいコアは真っ二つになった。
「これで大丈夫だと思いますが、念のため他にもコアがないか見てみましょう」
フィロの言葉に俺や騎士たちが動き、コアがないことが確認された。
こうして魔物の討伐は終わった。
結局俺はちょっと無理を言って付いてきたものの、短剣を貸しただけで何もせずじまいだった。
周りから、何でついてきたんだろうと思われている気もするが気にしちゃいけない。フィロが強かったのだ、俺が心配する必要はなかった。それだけのことだ、うん。
でも本当にフィロがピンチだったら俺だって少しは役に立ったんだ、本当だぞ?
周りの騎士達にそんな伝わるはずもない思念を送りながらフィロを見てみると、この戦いの立役者だというのにあまり表情は弾んでいないようだった。
俺の視線に気づくと「戻りましょうか」と言って微笑んだ、だがその表情はいつもより硬く見えた。
彼女の様子は少し気になったが、騎士達が砕けたコアを回収し、全員その場から撤収した。
野営のテントに戻った俺達は軽く報告に付き合い、そのまま今夜は討伐隊の馬車で寝泊まりさせてもらう事になった。
「フィロ、お疲れ様でした」
「はい、リリーもお疲れ様でした」
「俺は結局何もしなかったよ、フィロは疲れてませんか? 聞いた事ない魔法も使ってたみたいですが」
「……はい、余裕です」
一瞬の間があった、なんだろう。
「そうですか、本当に強いですね」
「………」
フィロは特に返事せず馬車の窓から外を見回していた、そしてこちらを見て何か言おうとしているような、そんな反応をした。
やはり様子がおかしい。
「……」
「……」
無言のまま何か迷っているようだった。
「フィロ?」
「……」
名前を呼んでもチラッと俺の顔を見て、また迷うような素振りをする、そしてまた馬車の外を確認する。
「何か気になることでもあるんですか?」
そう聞くとこちらを向いて話しにくそうに口を開いた。
「リリー、今から少し小声で話てもいいですか?」
やはり言いにくいことがあるようだ、俺がうん、とうなずくと、
「あの、実は…….」
「うん」
「嘘なんです……」
「えと、嘘、というと?」
「……さっき余裕と言いましたが、あれは嘘です」
「それは、魔力に余裕がないって事?」
「はい……その、結界で全員守らなきゃいけなくて、それに相手の耐性が想像以上に高くて……すみません、言い訳みたいですよね、こんなの」
あのでかい結界はフィロが使ったものだったようだ。
結界や治癒魔法は基本、他の魔法より魔力の消費が激しくなる事が多い。
攻撃魔法一発に魔力を消費するより、結界を維持するために魔力を消費し続ける方が大変なのだ。
フィロは味方全員を守るためにでかくて強力な結界を維持しつつ、高い耐性を持つスライム相手に謎の氷魔法を使い続けた、そのせいで魔力が尽きたようだ。
守ってもらった俺達にだって責任はある、それなのに謝るフィロ。
「いや、本当にやばい相手だったんでしょう?」
「はい……魔物一体相手にここまで消耗したのは初めてです……」
自分の実力に自信があった分ショックを受けているようだった。
「そっか……でもなんでそんな嘘を?」
「それは……さっき近くに人がいたので」
「人に聞かれたくなかったと?」
「はい」
「バレるとまずい事だったの?」
「まずいかどうかは分かりません、私はここにいる人達のことをよく知らないので」
バレるとまずいか分からない、けど聞かれたくない?
いまいちフィロの言いたいことが分からなかった。
「えっとごめん、どう言う事?」
「あの、んー……そうですね、私達は討伐隊から見ると部外者です、突然現れて討伐隊の目標だった魔物を倒してここにいますよね?」
「うん」
「その部外者である私の指示で前衛の方達にはなにもさせませんでした、そんな人間に指示をされた前衛部隊はどう思ったでしょうか。それに指示を出す事自体、指揮官の立場を奪うような真似だったとも思います」
「そう、なるのかな?」
「はい、私は彼らの面子を潰したかもしれません、そのせいで恨まれる可能性がある、そう思ってます。
いつもならこんなやり方せずにもう少しうまく立ち回るんですが、あのスライム相手に下手な戦いは出来ないと思って……」
「そっか……でも余裕って言ったのは?」
「それは、万が一恨みを買っていたとしたら、私に余裕が無い今、襲われると危険だから……」
だからそれを悟られないように嘘をついた、と言うことか。
それは分かったが、
「襲われるって…….騎士の中にそんな事する人居るかな」
「さっきも言いましたが私は彼らのことをよく知りません、知らないならそういう人がいる前提で動きます。
世の中には合理性のかけらも無く他人を理不尽に貶める人だっているんです」
理不尽。
確かにこの討伐戦ではフィロが指揮をとったようなものだ、前衛を控えさせたのもフィロだ、討伐隊のメンバーは突然現れた人間に指示をされ、ろくに仕事もさせてもらえなかった。
街に帰還した際には報告もするはずだ、騎士団の内部情勢は分からないが、リフタの騎士団はみんな仲良し、なんて事もないだろう。
仮に前衛部隊を良く思っていない人物がいた場合、今回前衛は役立たずだった、後にそこを突かれかねない、となるとその指示を出したフィロは前衛部隊にとって面白くない存在だ。
だから殺されるかも、なんてのは飛躍しすぎだと思うが、いま本当に襲われてしまったら危険なのも確かだ。
とはいえこれは全部仮の話だ、警戒しすぎでは? そう思った。
俺が「うーん」と唸っているとフィロは話を続けた。
「たぶん私は一度、人の面子を潰したせいで殺されかけました」
「そうなの……?」
「推測ですけどね……被害妄想と言われたらそれまでですが、殺されかけたのは事実ですし、それ以外に心当たりもないんです」
「そっか……でもそれなら今すぐここから離れた方が安心なんじゃ……て、それだと魔物に襲われるかもしれないのか」
「はい、今ここを離れても自分達を守り切れる自信がありません、ここにいるしかありません」
普段であれば、フィロは圧倒的な力を持っている、俺と会った時も『わたし強いですから』なんて言ったくらいだ。
だがその力は全て魔法によるものだ、今はその魔法がほとんど使えない、身を守る術を持たない女の子なのだ。
警戒しすぎだなんて思ったが、ずっと不安だったのかもしれない。
フィロの言いたい事もなんとなく理解した、そして解決策も分かったと思う。
「フィロ、たぶん平気ですよ」
「平気……?」
「今はフィロの魔力が少なくなってるのが問題なんですよね?」
「まあ、そうですね…….」
「なら俺のを吸えばいいです」
「…………あの、私これでもかなり魔力多いんですよ?」
俺の魔力を吸ったくらいじゃ足りないとでも言いたいのだろう。
「意味がないとまでは言いませんが、正直、普通の魔法使い二、三人分くらいの魔力では心許ないと言いますか……」
「それよりは多いよ、とりあえず吸ってみてよ」
「…………じゃあ」
渋々という感じで俺に触れる、そして「ドレイン」と唱えると魔力が吸われる感覚がした。
「うぉ……」
ものすごい勢いで魔力が持っていかれる。
「………………」
「………………」
通常ならとっくに回復しきっていてもおかしくないところなのだがフィロはまだ終わらない。
一人にここまで吸われたのは初めてだった、でも俺の魔力は尽きる気配がない。
「え…………あの、リリー?……」
戸惑うフィロ、そのまましばらく魔力を吸われていると、やっとその感覚が止まった。
「………」
キョトンとした顔でこちらを見ている。
戸惑いの表情の中になぜか少し攻撃的なものも含まれているように感じて、目が合わせられなかった。
そうして俺が視線を泳がせていると、
「なんで……」
そんなことを言ってきた。
「なんで、というと……?」
「回復しました……全部……」
「…………うん」
なんて返事をしたらいいか分からなかった。
「いやっ、全部回復したんです!……あのっ、なんで!?」
問い詰めるようにグイッと迫ってくる、かなり顔が近い。
「いやほらっ、魔力多いって言ったじゃないですか……」
「私だって多いですもん!」
相当自信があったようだ、張り合うように言われた。
分かる、フィロの魔力量は異常と言ってもいいくらいだ。
それは分かる、分かるんだけど顔が近い。決してイヤなわけじゃないが少し怖い。
ちょっとドキドキしているのは怖いからだろう。可愛い子に迫られているせいじゃないはずだ。
いや、やっぱりそのせいかもしれない。
もう自分でも分からない。
「あの、フィロ? 小声で話すんじゃ……」
「それはもういいです! それよりリリーの魔力です!」
「お、おちついて、ね? もう遅い時間ですし、おっきい声出しちゃうとほら、寝てる人もいるかもしれませんから……」
「でもっ……!」
そう言ってフィロを宥める。
「………」
まだ何か納得いかなそうな顔をしている。
「………とりあえず、ここを出ましょう」
「今から、ですか?」
「はい……もうここに居る理由はありませんし」
ここに居る理由がないから、というよりここから離れたいんだろうなと思った。
「分かった、行こっか」
そうして俺たちは一度ユジウスの元へ挨拶をしにいった。
「え?もう行かれるのですか?」
「はい、私達二人で馬車を借りているのも申し訳ないですし」
「それは気にされなくとも……ですが、あの、大丈夫ですか? なにやら声が聞こえたようですが」
やはりさっきの俺達の、というかフィロの声が聞こえていたようだ。
俺は『ほら』というように肘で軽く彼女をつついた。
「は、はい、少々驚くことがありまして、騒いでしまってすみません、こちらは何も問題ありませんから、お気になさらず」
そう言いながら何故か俺の足をペタッと踏んできた。
なんで俺が踏まれないといけないのか。これは理不尽ではないか。
そう思って抗議の視線を送る。
「では私達はこれで失礼します」
無視された。
微笑みながらそう言うフィロ。
「そうですか……ご協力いただき誠に感謝いたします、なんの礼も出来ず申し訳ありません……」
「いえ、こちらこそ突然現れた私達を受け入れていただいたわけですし、ありがとうございました」
挨拶を済ませ、ユジウスの元を立ち去りながら「なんで足踏むんですか」ともう一度抗議する。
だがフイッとそっぽを向くフィロ。
すると後ろから、「フフッ、仲がよろしいのですね」なんて言われてしまった。
それがなんとも気恥ずかしくて、二人であわあわしながら、ユジウス率いる討伐隊と別れたのだった。
何はともあれフィロの不安も解消したはずだ、寝る前に軽く夜食でも作ろうか、そんな事を考えてフィロとお喋りをした。
野営の灯りが遠くなる。
満月が綺麗に出ている夜だった。俺達はランタンも使わず、月の明かりを頼りに夜の道を歩いて行った。