風呂からあがると、妹がソファで寝息を立てていた
「しゅり、おい…しゅり。寝るなら部屋に…」
呼びかけても返事はなく、仕方なく肩を揺すっても「むにゃ」っと、拙い反応が返ってきただけで、どうにも起きる気配がない
妹一筋
妹の被っていたTシャツに、デカデカとプリントされた文字が目にとまる
誕生日プレゼントだと、冗談交じりに渡されたダサいTシャツ
大きい男物のそのTシャツは、小柄な妹にはオーバーサイズに過ぎた
パジャマにするには丁度よかったんだろうけど、元々がブカブカ過ぎるTシャツは、妹の身体を隠しきれず、ズレ上がって、ズリ落ちて、所々で際どい場所が見えそうになり、目のやり場に困らされた
「ったく」
手のかかる妹だ。寝ていても置きていても、俺を困らせてくれる
なんだかんだ手を焼かされて、それが可愛くも思ってしまう
抱いた感情は、飼い猫に対するそれにも近い様でいて、まるで似つかなかった
起こさないように
眠る妹を抱き上げて、お姫様抱っこの要領で細い体を持ち上げた
軽いな
久しぶりに抱き上げた妹の軽さは、思った以上に年月を感じさせた
一緒になって走り回っていた時は、まだ俺の方が少し高い程度だったのに
俺の背が伸びすぎたのか、妹の発育が悪かったのか
いつしか背丈は開く一方で、今ではもう横に並んだ妹の頭を見下ろせそうな程に差は付いてしまっていた
やはりもっと食わせるべきか
主食はトースト一枚か、シリアルに牛乳に、ヨーグルトがあれば良い方で
体重の事も気にかかろうと口には出さないでいたけれど、平均的な女子連中の体つきよりも貧相に見えると、流石に心配にもなってきた
抱き上げた拍子に、ふわりと揺れる妹の髪
ハリボテの華やかさを漂わせる男物のシャンプーが、俺と同じ匂いをさせていた
「おそろいだね」とか、言うんだろうか?
懐いてくれるのは嬉しいが、俺もコイツもいい年だ、そろそろ距離感を考える必要はある
曰く、この年になって、妹と一緒になんて出かけないし、まして手なんか繋がない。酷い所は、会話もない兄妹もいるらしい
映画、旅行、カラオケ、ショッピング。誘う相手はいつも俺で、それを当たり前に思ってもいたけれど、妹に友人の影が見えないのだけは気にかかる
「コイツにも、彼氏とかできんのかな」
さっきは冗談で流してしまったけれど、それを想像するのは簡単だった
妹を紹介してくれと言われたのだって、一度や二度じゃない
根負けして友人の一人を紹介したときなんか、露骨に嫌そうな顔をしていたのを覚えている
「おにぃだって、私が知らん女いきなり連れてきたらイヤでしょ?」
他に好きな人でもいたのかと、申し訳なく思えば、返ってきたのは至極もっともな返答だった
友達が少なく見えたのはそのせいか
俺が男連中に言い寄られていたように、妹もそうだったとしたら
その時の、随分と辟易とした口調に垣間見えていたのは、確かな気苦労だったんだろう
「しゅり、ほら部屋着いたぞ…ダメか」
塞がった両手の代わりに、ドアノブに肘を引っ掛け、どうにかこうにか扉を開く
久しぶりに入った妹の部屋は、記憶にあった頃とは似ても似つかず
少しとっちらかっていて、お世辞にも男子連中が夢に見るような少女らしさには程遠い
「物置かよ…」
机の上には、俺の部屋から持ってった漫画に、教科書とがせめぎ合い
ベッドの隅には、見向きもされなくなったぬいぐるみが放ったらかされている
ゴミが、というよりは全体的に雑然としていた
私物が少ないおかげもあるが、これで収集癖でもあったら、間違いなくゴミ箱にも等しい有様だったろう
「こいつでも、いちおう興味はあるのか」
壁に貼られたポスターは剥がれかけていて、描かれていたイケメンも何処か寂しそうだった
こういうのがタイプなんかな?
優しげな笑顔を浮かべながらも、その体型は随分とガッチリしていた
筋肉&筋肉な出で立ちは力強く、とても強そうには見える
クマみたいなっていうか?
それに比べたら以前に紹介した友人は猫科に過ぎた、豹か虎か、チーターか。せめてライオンくらいあれば目に止まったかもしれないが、いかんせん厚みが足りなく思う
ゆっくりと、妹の身体をベッドに下ろす
相変わらず起きる様子もなく、規則正しい寝息に小さな胸を膨らませていた
妹一筋
デカデカとプリントされた文字が、妹の身体に沿って崩れて見える
なんだかんだと、そこはやっぱり女の子で、小さいながらもそれと分かる膨らみに、吸い込まれそうになった視線を慌てて振り払う
こんなの、俺に渡してどうするつもりだったのか
妹からの好意が過剰に思うことはある
思春期の一環か、反抗期の延長だったのか
一時期、呼び捨てにされていた時は、内心ドキっとさせられていた
唐突に置かれた距離。一歩離れてみる妹は、贔屓目に見ても可愛らしく、思わず異性として見てしまいそうだった
それでもまあ、可愛い妹の反抗期かと思えば微笑ましくもあり
それを逆手に猫っ可愛がりで迎えてやると、「おにぃ」といつの間にか砕けていった呼び方に酷く安心させられていた
そう、安心してしまっていた
何故だかは分からない。それを考えるのすら心理的にブレーキがかかってしまう
気づいてはいけない感情から目を背けるのに、やはり兄という立場は必要だったのは確かだ
「こいつに彼氏が出来たら…か」
少し寂しいと、俺は答えたのだったか
反抗期の時と変わらない、そこは妹の成長を喜ぶ所だろうにな
コイツが、いきなり知らん男を連れてきて、彼氏ですって言い出したら
俺は、そいつと仲良く出来るのだろうか?
剥がれかけたポスターを直しながら、そいつは一体どんな男なんだろうと想像する
やっぱり筋肉か
男がおっぱいに目を惹かれるように、分かりやすい男性の象徴はそうなるのだろうか?
ポスターのイケメンと自分を比べながら、ふと横を見れば机の上に置かれていた鏡に、俺の姿が映っていた
太い腕、膨らんだ胸筋、隠れたTシャツの下の腹筋はしっかりと割れている
まあ、あの友人にくらべれば幾らかクマに近いだろう
それも当然か。小さい頃に妹が好きだった、ヒーロー番組の一人の真似を始めたのが最初なのだから、そりゃ妹好みにはなっているはずだった
強くて、優しくて、味方がピンチになれば身を挺して庇い、5人を相手にも一歩も引かず、どんな攻撃にもひるまず前進する。一番人気の赤い奴ではなく、なぜかひたすらにラスボスを応援し続けていた妹の姿に、いつしか俺の中にも理想の男性として刻まれていた背中だった
「こう…だったかな? ふぅ…変身っ」
昔はよく真似したポーズ。忘れてしまったかと思えば、以外と身体はよく覚えているようで、掛け声とともに無意識に動いた身体は、正確にその動きを刻んでくれた