※この作品はR-18です。

僕と死神と王の証   作:はつのとうこ

14 / 65
十四話

 

 

 

 

 

「こっちかな?」

 

 直刃は、都心から少し離れたところで、細い路地裏に入った。

 ガラの悪そうな男達がたむろしている目の前を足早に通り抜け、だんだんと建造物がまばらになりつつある道の更に奥へと足を運ぶ。

 その足運びに迷いはなく、明確な目的地へと向かっていた。

 

 ここに来るまで、かなり苦労した。

 言えば止められるのは目に見えていた。だが、どうしても直刃は一人で来る必要があった。

 休日ではまず氷室と朱雀が着いてくる。平日の学校終わりも雷歌に固められて、なかなかチャンスが巡ってこなかった。

 なにより、雷歌の一件以降、直刃にはスマートフォンの所持が義務付けられていた。言うまでもなくGPS付きで、まだ世間に発表もしていないSCI(スカイ・キャッスル・インダストリー)の最新機種である。それがネックだった。

 直刃にとって、スマートフォンとは即ち経済状況に余裕のある証拠だった。母親が存命中の時は持たせてもらっていたが、母の死後、金銭的な面から直刃はすぐに解約してしまっている。つまり高校生などと遊び盛りの直刃は、今時の子達と違い連絡手段を持っていなかったのだ。

 それに加えて最新機種など、もっとも直刃と縁遠いものだ。余計に気後れしてしまった直刃だった。

 直刃はこんな高価なものは受け取れないと氷室に突き返したが、朱雀の泣き落とし作戦でまんまと一杯食わされた。

 それに、はたから見れば保護者が心配だからと息子に携帯を持たせるようなものなのである。そう氷室に諭されては、直刃も受け取らざるをえなかった。彼女達は確かに保護者なのだから。

 

 そんな厳重警戒の中、直刃は日夜その警備を抜け出す作戦を練っていた。

 

 考え抜いた結果、雷歌を出し抜く方針で作戦は固まっていった。敵の数は少ない方がいい。

 小手調べとしてまずは程度の低いいたずらを行うと、なんと雷歌は疑いもせず従ってくれた。まんまと逃げ出せたのである。

 あんな状態で放置するのは忍びなかったが、あのマンションは今のところ直刃と死神以外居住していない。特に何か事件が起きるはずもないだろうと考えていた。

 

「結構遠いな……」

 

 街からかなりの距離を歩くと、見えてきたのは古びた廃工場だった。あちこちの金属が錆びつき、人の気配はまるでない。

 おっかなびっくり中へ入ると、体育館ほどのスペースがぽっかりと空いていた。昔使われていたであろう機械類は、一つもない。あるのは屋根を支える柱と、奥に見える階段。それとその階段の上にある職員用の管理室らしき小部屋だけだ。

 多分、街の誰もが忘れてしまった工場。目的地はここで間違いなかった。

 直刃は体に気合を入れると、声を張り上げた。

 

「おーい、居るんですよねー?」

 

 工場内に、声がこだまする。人影は見当たらないが、直刃には確信があった。魔力を感じるのだ。

 じっと、時が来るまで直刃は静かに佇んでいた。

 

「――ほう、誰も連れてこなかったのか」

 

 不意に聞き覚えのある綺麗なアルトボイスが、真後ろから聞こえた。振り向くと、直刃が入ってきた入口を塞ぐようにして、一人の女性が立っている。

 

「ぅ……」

 

 息を呑むほど、美しい女だった。ミルクティー色の褐色肌と煌めく銀髪が特徴的な、女神がそこに居た。

 銀のウルフショートカットに包まれた顔立ちは、ワイルドという印象が先行するが、やはり死神ではあるだけに綺麗に整ったものだ。

 彼女は黒いジャケットを羽織り、中には白い無地のTシャツを着ている。紫羽と比べても引けを取らない砲弾のような胸が浮き出ていた。

 何故か中のTシャツは鳩尾の辺りで引きちぎられていて、うっすらと割れた腹筋とへそが剥き出しだ。

 下半身に目をやると、彼女は動きを阻害しないためか白いホットパンツを穿いていた。むっちりとした褐色の太ももが晒されていて、そのホットパンツの白とのコントラストで神々しさすら感じる見栄えだ。

 

「一人で来るとはな……紫羽にアタシの話を聞かなかったのか?」

 

「き、聞いてます……」

 

 危険なはぐれだと、紫羽にだけでなく他の三人からも口をすっぱくして言われた。

 彼女――アリア・ウォーレンブルグに近寄ってはならないと。

 

「なら、ここに用はないはずだ。それともアレか、あいつらに飽きたのか? だったら愚かにも程がある。アタシを飼い慣らせるとでも?」

 

「は、話を聞いてくださいアリアさん……いや、光速のシコリ手さん」

 

 アリアは苦虫を噛み潰したかのような顔をして、「黙れ」と直刃を一喝した。

 

「はン、紫羽から聞いたんだろ? アイツあんなに頭のキレそうな顔してて、ネーミングセンスの無さは絶望的だからな……」

 

 自分の眷属を貶められて、言い返したい気持ちもあった。しかし、頭に浮かんだ「地獄ピストン」や「紫羽おっぱいエキス」という単語は、彼女の言葉を的確に肯定していた。

 やっぱり、そういうキャラなんだ。

 愛する変態メイドに新しい設定が追加されて、複雑な気分だった。

 

「まぁいい──それで、話ってなんだよ?」

 

「……な、仲間になってもらえませんか?」

 

 ストレートに、ここに来た要件を伝える。隠しても仕方ない事だった。

 直刃は近頃懸念していることがあった。氷室と朱雀である。

 二人は悪魔狩り担当だ。直刃の護衛である雷歌と紫羽は、本当に時々しか狩りに出向かない。それは本人達も了承しているので、文句をつけるつもりはない。

 しかし、二人がたまに夜遅くに帰宅する事がある。その時、彼女達は決まって体中に痛々しい傷をこさえていた。どうも最近悪魔の数が増えているらしいのだ。

 直刃はそれが嫌だった。二人は大したことはないと言っているが、美しい彼女達が傷ついている姿は見ていられないし、愛する眷属達が自分のために戦力を削っているのも我慢できなかった。

 代わってあげたいと何度も思った。だが、直刃が代わりに戦うことはもちろんできない。悪魔はすさまじく強大で、人間では到底太刀打ち出来ないのだ。

 そこで、直刃が考えついたのが、単純に戦力の増強である。

 はぐれである、アリアを配下に。それが最善策だと思った。

 

「……だから、僕と一緒に来てください」

 

 全てを打ち明けると、アリアはふんと鼻を鳴らした。

 

「……敬語、鬱陶しいからやめろ」

 

「え……?」

 

「敬語だよ。やめろっつってんの。あとさんも禁止な。くすぐったくて仕方ねぇ」

 

 あれ、脈ありなんじゃないかな。

 あっさりと向こうから歩み寄ってきてくれたのが、拍子抜けだった。

 

「わ、わかったよ、アリア」

 

「おう。んで、見返りはなんだ?」

 

 見返り。アウトローじみた彼女からすれば、当然の言葉だった。

 この程度は直刃も予想していたので、自分が払える唯一の報酬を伝えた。

 多少頬を染めながら。

 

「せ、セックスで満足させてあげられると、思う……」

 

 なに馬鹿なこと言ってんだと、白い目で睨まれた。ここで引いてもこれ以上は無いので、直刃も引き下がれない。

 これが直刃の払える唯一にして最高の対価なのだ。

 

「……なぁ、アタシの勘違いじゃなけりゃ、お前魔力充填の話じゃなくて、単純に性的に喜ばせられるって言ってんだよな?」

 

「そ、そうだよ」

 

「…………くふっ、ふははははっ、お前まじかよっ!!」

 

 沈黙の後、腹を抱えて大爆笑するアリアを、直刃は黙って見つめた。

 どんなに馬鹿だと思われても構わなかった。これも全ては愛する眷属のためなのだ。 

 

「ひーっ! あっははははははははっ!!」

 

 その場に崩れ落ちて、過呼吸になりながら笑い転げるアリア。

 なんだろう。あながち愉快な人なんじゃないだろうか。

 そう思って目を合わせると、アリアの瞳の内側が見えて、怯えた声が出た。

 

「ひっ……!?」

 

 笑ってなんかいなかった。その双眸は憤怒と悲哀が入り混じった、ドロドロとした金色の瞳だった。

 

「ははははははっっ!!」

 

「ぐっ、あっ!!?」

 

 倒れた体勢から信じられない速度で距離を一気に詰めると、アリアは直刃の足首をぐっと掴んだ。万力のような強さで握られながら、片手一本で直刃の体が宙に浮く。

 視界がガラリと変わった。

 それは単に上下が反転しただけではなく、景色すらも変わったのだ。この一瞬で、直刃は外――工場の屋上まで移動していた。

 逆さまになりながら上を見上げると、コンクリートの地面が見えた。頭から落とされれば、無事では済まないような高さだ。

 

「……結局、テメェもいつもと変わんねぇんだ。ったく、どうしてアタシらはマスターに恵まれないんだか」

 

 直刃は恐怖で声も出ない。かすれた空気をはき出すだけで精一杯だ。

 

「殺したらアタシが困るとでも思うなよ。アタシは王だろうとなんだろうと、殺るときは殺るぞ」

 

「ひぅっ……」

 

 殺気とも呼べる威圧感が肌に突き刺さってくる。直刃は死が目前まで迫っている事を実感した。

 もう二度と眷属達に会えなくなる。

 じんわりと、涙が浮かんできた。

 

「さてさて、小さきマスター様──もう一度最初から始めようか」

 

「ぅぅ、は、はいぃ……」

 

 小馬鹿にしたようなアリアだが、目は全く笑っていない。

 ガチガチと、歯が震えて音を立てる。

 自由な片足を、すがるようにもう片方の足を掴むアリアの手に触れ合わせた。少しでも多くの体の部位を、間接的にでも地面と接していたかった。

 地に足がついていないのだ。踏ん張ることもできず、常に浮遊感と不安感が直刃を襲う。いつ落とされてもおかしくない。

 それでも、直刃は勇気を振り絞って、アリアとの会話を続けた。

 

「な、仲間に、なっ、てください!」

 

「おう。アタシはその代わりに何をもらえるんだ、教えてくれよスグハ?」

 

「ぼ、ぼくと……せっく、す、です」

 

「よほどテメェのナニに自信があるようだが、紫羽達におっきいおっきいと褒められて天狗になってるなら、それは単純にアイツらがお前を気落ちさせまいと嘘八百を並べてるだけだ。アタシらのマスターは小さい事で有名だからな」

 

「ひっ、ぅぅぅ……」

 

「しかも、だ。氷室だ朱雀だと喚いていたが、お前は結局のところ、新しい性欲処理道具が欲しかっただけなんだろ?」

 

「ち、ちがい、ます、っ……」

 

「はン、どうだかな」

 

 一瞬、手を緩められて空気が冷たくなった。もうダメだと思った。

 

「ぅっ……」

 

 甘かった。

 この人は、ハナからマスターと会話する気なんてない。

 あの仄暗い瞳を見れば、そんなことすぐに分かった。彼女は猛獣だ。人の言葉を話す、獰猛な獣である。

 

「あ、アリアさん、おろ、下ろしてくださいぃ……」

 

「あ? なんだって?」

 

 死が近い。

 怖い。怖い。死ぬ。いやだ。死にたくない。

 本能的な恐怖から、アドレナリンが脳内を駆け巡る。視野が極端に狭くなり、直刃の思考は生存という二文字に染まる。

 後がどうなろうと知ったことではない。直刃は今を生き延びたかった。

 

「お、下ろしてよっ、アリアぁっ!!!!」

 

 自分でもびっくりするような大きさの声が出た。

 実際にここで手を離されても困るのだが、何を思ったかアリアは屋上にゆっくりと下ろしてくれた。

 やっと地面に。安堵からか尻餅をついて、美しい銀髪の美女を見上げる。

 

「えっ、ぁ……?」

 

「まぁ、根性はそれなりにあるみたいだな」

 

「そ、それ、だけで、ですか……?」

 

 到底納得出来るような答えではなかった。この程度で大人しくなってくれるなら、あんな瞳はしないだろう。

 

「敬語はやめろって言ったろ」

 

「え? あ、ご、ごめんなさい……」

 

「おいこら落とすぞ小僧」

 

「ごめん!!」

 

 妙に満足気に頷くアリア。その顔から思考は読み取れず、直刃は困惑するしかなかった。

 しばらくすると、アリアは顔を歪ませながら、ぼりぼりと頭皮を掻いた。

 

「──自分でもよくわかんねぇんだよ。ただ、お前を殺したら後悔する気がしたんだ」

 

「こ、後悔?」

 

「ああ。だから試すことにした」

 

「……た、試すって、何を?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前がアタシを満足させられるかだよ──♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。