朝。
直刃はリビングの大きなガラスから、朝焼けの街並みを一望していた。
窓とはとても呼べないほど巨大なガラス。あの日二人と出会わなければ決してこのようなリッチな家に住むことがなかったであろう直刃。以前はこのガラスだけでもいたく感動したものだ。
しかし、これの価値はその大きさで人を感動させるものではない。一歩前に進むと、東京タワーにでも登らなければ見られない景色が、直刃の前に広がっていた。
まだ日が登ってそう時間は経っていないが、遥か下にある道路には慌ただしく小粒な車が行き交っていた。そこから目線を上げて並び立つ高層ビルを見ると、中にはこの時間から灯りがついている物もある。
直刃はこの景色が好きだった。
無論、愛する死神達と見る夜景も格別である。ここは夜景も素晴らしい。
それでも、朝早くに起きて見るこの景色も、直刃は好きだった。
理由は特にないが、落ち着く。
「……ふぅ」
ここに引っ越して、半年近くが経とうとしていた。季節は夏に移り変わっている。
このマンションを幾らで買ったのか考えたくもないし、知りたくもない。それは今でもそうだ。現在はかなりマシになったが、当初は氷室と朱雀に罪悪感しかなくて、高そうな家具など触るのが怖くて直刃はプロの暗殺者のように指紋を残すまいと奮闘していた。
慣れというのは怖いもので、今では特に物怖じしなくなった。それが同時に、この光景をプレゼントしてくれた二人への感謝にも繋がった。
ありがとう、二人共。
直刃は改めて感謝の念を抱く。
「どうかなさいましたか、主?」
「うん、ちょっとね……」
振り返ることはせず、言葉だけを投げ返す。紫羽はそれっきり何も言わず、ただ黙ってそばに控えていた。
さて、直刃がこうしてセンチメンタルな気分に浸っていたのは理由がある。
理由というよりも、現実逃避であったわけだが、いい加減目を背けるのにも限界が来ていた。直刃は背後にある惨状を思い返して、ため息をつく。
「ちょっと毎日ヤリ過ぎかな……」
後ろを見ると、紫羽を除く全員が体中に精子をこびりつかせ、ソファで折り重なるようにして倒れていた。
潰れ合う、美乳、美尻。ソファの周りに飛び散った精子と愛液。それに汗。
一体どんなプレイでこうなったのか。それは直刃自身でさえよく覚えてなかった。
しかもこの光景は今日に限った話ではない。朝起きては氷室にフェラチオ。朝食作りの最中に、キッチンで朱雀とセックス。朝食後は食後の運動とばかりに紫羽との搾乳セックス。ある程度体がべとべとになった頃合いに、体の汚れを落としながらお風呂で雷歌にパイズリ。待ち切れないと乱入してきたアリアに、号泣するまで浴槽で中出し。風呂あがりに死神全員にたっぷり精子を注ぎ込むと、時間を忘れて大乱交へとなだれ込む。
夏休みに入ってからは、毎日この調子だった。モラルも何もあったものではなく、ただただセックス。喘ぎ、射精、乳汁、唾液、愛液、おっぱい。この家はそれだけで構成された世界だった。
不満はない。そんなものあるはずがない。強いて言うなら彼女達が魅力的過ぎるのが悪い。
それでも、直刃の胸には「なんか、このままじゃ駄目な気がする……」という危機感があった。
「主、ひとまずは換気をした方がよろしいかと」
「うん、そうだね。すごい匂いだもんね……」
全裸の紫羽と協力して、まずはリビングの換気をする。
「……と、その前に紫羽さん、換気は僕がやっておくから服来てきなよ」
「服、ですか?」
彼女も例に及ばず全裸だ。体についた精子は洗い落としているものの、たっぷんたっぷん大きな乳房を揺すって歩いている。あんなもの見せられて、我慢出来るはずがなかった。
「……分かりました。主のみに働かせるのは不本意ですが、主の命なら仕方ありません」
「うん、そうしてくれると嬉しいな」
リビングの階段を上がり、紫羽は自分の部屋に向かった。
そんな紫羽の後ろ姿を見て、直刃は己の肉棒に血が集まっていくのを自覚した。
細くくびれたウエスト。絶妙な大きさのお尻。後ろ姿でもばっちり横から顔を覗かせている爆乳。はっきりいって、エロスの塊だった。
直刃は部屋の壁に設置された空調のコントローラーを弄りながら、自分も服を着る前に、一度紫羽に抜いてもらう必要があるなと思った。
「……あー、僕、やばいなー」
思わず独り言を呟く直刃であった。
―――――――
「お待たせしました、マスター」
車から降りた朱雀は、こころなしか得意げだ。今日も紅のスーツ姿がばっちりと決まっていて、朱雀の美しい顔立ちや紅髪に惚れ惚れする。巨乳を強調するようにわざとパツパツになった胸元や、スラリとしたくびれはいつもどおり垂涎もののナイスバディだ。
自慢げな彼女を直刃は微笑ましく思って苦笑する。しかしそれを咎める事はしなかった。
朱雀の背後には、彼女の紅髪に勝るとも劣らない美しさの紅いスーパーカーがあった。横から見ると新幹線のようなその車体は、近頃はセレブ生活にも慣れてきた直刃であっても専門外過ぎて、これがどのようなものなのか分からなかった。
断言できるのは、安くないことだ。それだけははっきりと分かる。
「朱雀さん、ちょっとその車見ても良い?」
朱雀は「どうぞどうぞ」とほくほく顔で頷いた。直刃はまたも苦笑しながら、車――フェラーリの周りをグルリと一周してみる。見れば見るほど、高級感が溢れ出ている車である。
直刃は一度この車を見たことがあったのだが、アレは朱雀や氷室と出会って間もない時期で、フェラーリに関しても高そうな車という印象しか抱けず、それ以上に高級車が手の届くところにある現実がとても恐ろしかった。落ち着いて見る余裕など全く無かったのだ。
そんな訳で、微笑ましそうな目で朱雀に見られているのが少し恥ずかしいが、ここは遠慮なくじっくりと観察させてもらう事にした。
彼女によると、千馬力はゆうに出るという。正直そう言われても大して想像は出来ないのだが、素人目に見てもこれが凄まじく早いことは分かる。一般の道では全速力で走らせることなど不可能だろうが、一度くらいは見てみたいものである。
「ふふ、マスターも男の子らしいところがあるんですね、安心しました」
朱雀の言葉には、からかうような意図はまるで感じられなかった。だからこそ意味が分からなくて、直刃は首を傾げた。
どういう意味かと尋ねると、朱雀はなんとも微妙な顔をしながら、直刃はあまり高校生らしくないと言った。
「どうして?」
「マスターって、こういう物を見ても喜ぶよりも先に申し訳なそうな顔をするじゃないですか。歴代のマスターなんてそんな表情一度だってしたことなかったし、私としてはむしろマスターにこそ今みたいに喜んで欲しい訳ですよ」
なるほど、そう言われるとその通りかもしれない。
しかし逆に言えば、やはり直刃は彼女達の生活に慣れたということなのだろう。直刃は、これからはもっと感情を表していこうと心に決めた。
ありがとうと口にして、朱雀を抱きしめる。
「ま、マスター……?」
「大好きだよ、朱雀さん」
ギョッとしていた朱雀だが、暫くするとよしよしと直刃の頭を撫でた。朱雀もまた、「大好きですよ♡」と直刃の耳元で愛を囁いた。
「……さて、行きますかマスター」
「うん、そうだね」
本日は朱雀と二人っきりでデートである。お買い物と称すると朱雀が悲しい顔をするので、細心の注意を払って口からお買い物と出さないようにする。そう、これはデートだ。
他の四人は、用事があるそうでどこかに出かけた。氷室によると四人は初代死神に会うらしい。プライベートに触れてしまうのもどうかと思った上に、連日連夜犯し続けた負い目から詳しくは聞かなかった。
勝手な想像だが、多分その初代死神という人は死神達の上司なんだろう。氷室達は悪魔の事やら直刃の事について報告しにいったに違いない。朱雀も行く必要がありそうだが、直刃を一人しないためにも家に残ったのであろう。
本音を言うならば朱雀には自分に縛られずプライベートな時間を過ごして欲しかったが、そんな事を言っても朱雀が傍に居続ける事は目に見えていた。それに直刃としても朱雀と共にいるのはとても癒される。
ならばと考え、出かける事を提案したのだ。
「ささっ、マスター♪」
朱雀がドアを引いて車内に招き入れる。
何度目か分からない苦笑をしながら乗ろうとすると、車内からグイと身体を引っ張られて誰かの膝の上に座らされた。両手で体を抱きしめられて、直刃の背中と尻にはむっちりとした乳房と太ももが押し付けられる。
「待ってたぜ、スグハ」
「あれ、アリア?」
直刃は驚いた。アリアがここに居るなんて想像もしていなかった。
「ふふ……んー、すーぐーはー……すりすり……♡♡」
「あはは……もう、くすぐったいよ……」
アリアはその端正な顔をニヤリとさせて、直刃の頬に自らの頬をスリスリする。胸元にちらりと除くチョコレート色の豊乳を、黒いジャケット越しに更に押し付けてくる。
輝く短い銀髪がくすぐったいが、それすら愛おしく感じてしまう。この場合は愛する人というより、愛犬に抱くような感情ではあったが。
「ちょっ、どうしてアリアがここにっ!?」
朱雀も運転席に乗る途中で気がついたようで、慌ててアリアに詰め寄る。朱雀すら気がついて居なかったとなると、一体どうやって彼女はここに居たのだろうか。
「いや、めんどくさくなったから行かなかった」
ケラケラと笑うアリアに、朱雀はため息を吐いた。
直刃も直刃で、初代死神に怒られないのだろうかと少し怖くなった。
「……まぁ、雷歌よりマシかな」
しばらくすると、そう言って朱雀は車を発進させた。どうして元はぐれよりも雷歌を警戒するのか分からないが、兎に角彼女はこのまま目的地に定めたショッピングモールに向かうようである。彼女に異論がないのであれば、直刃はとやかく言わない。デート相手が一人増えただけだ。
初代死神は気になるが、今考える事ではない。今日はデートなのだ。直刃は気持ちを切り替えると、アリアの女体の柔らかさを味わいながら、車内を見回した。
高級車だ。目新しさの欠片もない町並みよりも、よほど興味がある。
中は意外なほど広い。それはこうしてアリアの膝に座っているにもかかわらず窮屈さを感じていないことからも分かる。振り返ると後ろにも十分なスペースがあり、朱雀に尋ねるとなんでも背もたれは九十度リクライニングできるとか。
詳しい話を聞いてみると、どうやらこの車自体が特注品らしい。歴代のマスターの経験から、こういった物を準備しておくと喜ばれることは学んでいたようだ。魔力充填以外でセックスを望んでくる面倒くさいマスターには、このような玩具を与えて気を逸らしていたのだとか。
慌てて直刃は違うと否定してくる朱雀だが、直刃もそれはわかっていたので気にしないでいいと返した。
「……あれ、でも結局なんでリクライニングまで特注なの?」
「それは、その……前のマスターが、車の中での行為が好きなマスターだったもので……」
今回のマスターがそのような人物であった場合を見越して、事前に備えていたということだろう。
「大変だな、お前らも」
他人事のようなアリアに、朱雀は再びため息を吐いた。
「気楽でいいわね、アリアは……」
「まーな。出会ったマスターが良かったからな」
そうしてアリアは直刃の頬にキスをした。
「羨ましい、こんなに素晴らしいマスター他には居ないわよ……はぁ、マスターがずっとマスターだったら良いのに……」
何気ない一言であったのだろうが、思いのほかその一言は直刃の胸に響いた。彼女達は直刃が死んだ後も、新しいマスターに仕えて戦い続けるのだろう。
それはとても悲しくて、残酷な事ではないだろうか。それとも彼女達は、いずれ自分の事も忘れて生きて――転生して生き続けていくのだろうか。
直刃は胸に言いようのないモヤモヤした物を抱えながら、朱雀の言葉に頷いた。
「そうだね……僕もずっと朱雀さん達のマスターでいたいよ……」
―――――――
ショッピングモールNANA。
この近辺に住んでいる人々なら一度は買い物に来たことがあるだろう大規模商業施設である。直刃自身も、このみや友華に連れられて何度か利用したことがある。ただ食品はたいして安くないので、直刃は自ら足を踏み入れたことは無かった。
とはいえ、こうして女性とデートする分には優良スポットだろう。当然デートの経験などない直刃は、様子見も兼ねてここに行こうかと朱雀を誘った。
彼女達であれば直刃が気を遣う必要もなく何でも喜んでくれそうではあるが、それはそれで面白くない。直刃はいつも尽くしてくれている彼女達に、何か恩返しのようなものがしたかったのだ。
「ついたみたいだね……運転お疲れ様、朱雀さん」
「いえいえ、これくらいの距離なら運転のうちに入りませんよ♪」
じゃあお礼のキスはいらないねと言うと、朱雀は慌てて「すっごく疲れました!」とすがりついてきた。
直刃はくすりと笑って後でたっぷりしてあげると耳元で囁くと、辺りを見回す。平日ではあるが夏休みということもあり客足は多そうだ。大きなエントランスの両端にあるエスカレーターは、子供連れの家族に埋め尽くされていた。
モールの地図は無いのかと探しながら、ブラブラと二人を連れて歩き始める。もちろん手は恋人繋ぎで、朱雀とアリアはにぎにぎと嬉しそうに手に力を込めてきた。可愛らしい恋人達である。直刃も自然とにやけた。
「……にしても、なんでこんなところに?」
少し歩くと、アリアは聞いてきた。アリアは家に帰ったら、てっきりお楽しみ中だと思っていた二人がいなくて少し焦ったらしい。日々の生活を考えれば、そう予想するのも仕方がないのかもしれない。
「私はそれでも構わなかったんだけどね、マスターがデートしようって誘ってくれたから……♡」
「ほーん……なんだよ、直刃としてもまだまだヤリたりないんじゃねえのかよ?」
直刃はポリポリと頬を掻いた。アリアが言っているのは今朝の話だ。柴羽に乳房でペニスを扱いてもらっていると、目が覚めた他の死神は何故起こしてくれなかったのかと拗ねてしまったのだ。
「いや、その、最近、エッチしすぎだなと思って……」
何を今更と、アリアに半眼で睨まれる。このままではダメだと思った直刃は、更に言葉を重ねた。
「それに、僕はみんなとエッチするのも好きだけど、それだけが好きな理由じゃない。一人の女性として、みんなを愛してるんだ。だから、その……」
喋っている間に小っ恥ずかしくなってきた直刃だったが、後半は朱雀に喋らせてもらえなかった。感極まったかのように直刃に抱きつくと、スーツ越しの巨乳を胸板に押し付けながら直刃の唇に唇を重ねてきた。
「ますたぁっ、ちゅ、んっ、んんぅ……♡♡」
思わず思考が蕩けて朱雀と腰を振りたくなった直刃だが、すぐに周りの目が気になってそれどころではなくなった。
朱雀を落ち着かせるように背を撫でながら、辺りを確認する。当然のように周囲の人間には注目されていた。
よくよく考えて見れば、二人とも腰を抜かすような美女である。ただでさえ人目を引くのに、その上大胆にもこんな場所でディープキスをしていては騒ぎになるのも当たり前だった。
どうしよう。早くこの場から逃げ出したい。
しかし朱雀は直刃の頭をガッチリとホールドしていて、振りほどけない。火が付いたように舌を絡ませてくる。ここまで熱烈にされては、直刃の股間も段々と熱を帯びてきてしまう。
危機感を感じた直刃は、咄嗟に朱雀のワイシャツの中へと片手を突っ込んだ。ブラジャーをしていない彼女に多少戦慄したものの今はそれどころではない。直刃は手探りでビンビンに突起した乳首を探り当てると、指の腹で思いっきり押しつぶす。
「ひゃうっ♡♡♡」
少し気が引けたが、これしか手は思いつかなかった。
ようやく朱雀の拘束から脱出した直刃は、二人の手を引いて足早にその場から立ち去る。
周囲からビシビシと視線を感じる。嫉妬や恨めしいといった感情が直刃に襲いかかり、また愛する死神達には憧れや羨望といった類の感情が数えるのも億劫になるほど集中していた。
顔が赤くなるのを感じる。羞恥を味わうのは久しぶりだった。ああ、恥ずかしい。
なぜ助けてくれなかったのかと歩きながらアリアを睨むと、ニタニタとした顔で笑われた。なるほど、今後こういった場面で彼女を頼るのはやめておこう。
帰ったら覚えておいてねと小声で言うと、アリアは満面の笑みで「おう」と答えた。
「はぁ……」
ため息をつく。
その後直刃はなんとかベンチを見つけると、朱雀を座らせる。泣いている訳ではないが、時間が必要なのは確実な様子だった。
「……大丈夫、朱雀さん?」
「は、はい、大丈夫です……あの、マスター、そこまで気を遣われなくても……」
そうは言われても、原因の何割かは自分なのである。気にするなというほうが無理だ。
同時に、少し直刃自身も一息つきたかったので朱雀の隣に腰掛ける。
アリアはというと、辺りを物珍しげに眺めていた。あまりこの手の建造物には入ったことがないのだろうか。とりあえず放っておくことにした。
「……」
爛れた生活が続いていたのですっかり忘れていたが、しつこいようだが彼女達は超が付くほどの美人である。注目を集めるのは必然であった。今も凄まじく見られている。なんだか妙な気分だ。
考えてみれば雷歌などがいい例だ。つまり直刃は、あの国民的アイドルと同レベルを五人、今現在は二人も従えていることになる。自分の容姿が釣り合っているかそうでないかは別にしても、こうして町中で関心を得るのは仕方ないだろう。
問題は予想以上に注目されてしまった事だが、しかしこれから先もこうなのだとしたら慣れるしかない。こればっかりはどうにもならないのだ。
直刃は気を引き締めて、デートを続けることにした。
「すいません、マスター。調子に乗りました……」
「いや、怒ってないからいいよ、朱雀さん。それよりどこ行こうか?」
朱雀の頭を撫でながら、割りとノープランだった事を後悔した。このみにでも良いデートスポットを聞いておけば良かった。
ここに来たのは初めてではないとはいえ、だからといって女子高生の様な頻度で通い詰めているわけでもないのだ。何処にどういった物があるのかなどと、皆目検討がつかなかった。そういえば地図を探すのを忘れていた。
何気なく辺りを見回してみると、どうやらここら一帯は洋服店が並んでいるようである。ファッションという柄でもない直刃は、絶望的な気分になった。
こんな時、上手い具合のコーディネートで彼女達に洋服をプレゼント出来たらどんなに良い事か。いや、それだと気障すぎるかもしれない。僕にはどうあがいても合わないな。
そんな事を考えながらふと朱雀を見ると、彼女は相変わらずの紅いスーツ姿でニコニコとしていた。思い返してみると、彼女の私服姿を見たことがない。あるのはスーツ姿と下着姿、それに全裸だけだ。
「朱雀さんは、スーツ以外持ってないの?」
「ええ、まあ……」
朱雀はたははと笑いながら頷いた。どうやら本当にスーツ以外の服を持っていないようである。
「マスターがお望みとあらば私は着替えますし、私ではなくマスター自身のお洋服がご所望とあれば、即座に買いに行きます、ってな具合ですね」
朱雀は事も無げにそう言った。直刃は思わず顔を顰めた。
求めていた答えではなかった。直刃は他に私服は無いのかと尋ねただけだ。しかし返ってきた答えは、どう聞いても命令がなければ死神は自分の服を持ってはいけないというものだった。
歴代マスターには、そうしてずっと扱われてきたのだろう。ここにきて死神と人間の違いを改めて痛感させられる。
比較的そういった死神のルールにも緩い方の朱雀でさえ、これに関しては疑問すら抱いてなさそうだ。常にマスター優先。それ以外は全部後。なんとも、マスターの都合のいいようになっているではないか。
こうなると、他の死神達も服装については気にしてもいないのだろう。アリアだけは自分の服ぐらい自分で決めるといった感じではあるが、彼女ははぐれだ。同一に考える事は出来ない。
氷室達はおそらく汎用性の高さ故にスーツや制服で普段を過ごしているに違いない。柴羽はやや判断に困るが、彼女も多分似たようなものだろう。
「ッ……」
半年も一緒に過ごしていたのに、性欲ばかりに身を任せてばかりで全く気が付かなかった自分に腹が立つ。
直刃としては、そんなルールに縛られず、自由に生きてほしかった。例えば欲しいものが出来たとしたら、自分に確認など取る必要はない。お金だって彼女達が稼いだものだ。その使いみちに直刃――マスターがケチをつけるのは、筋が通っていないだろう。
とは言ったものの、彼女達はそんなマスター至上主義で長年仕えて来たのだ。今更女性らしく生きろと言われてもなかなか難しいだろう。さて、どうしたものか。
いっそのこと、残念なファッションセンスを発揮してでも彼女達に服を与えるべきだろうか。根底から死神の意識改革は出来ずとも、愛する人達が同じ服を延々と着回す現状は打破出来るはずだ。
考えてみると、それはとても良い手の気がした。
「朱雀さん、あそこ行こうか」
直刃が指した方向には、女性用の服が大量に並んでいた。
「……あれ、マスターって、もしかしてスーツ嫌いでした?」
「そんな事ないよ。朱雀さんのスーツ、よく似合ってると思う。それにエッチだし」
それとは別だよ、と直刃は朱雀の手を引いて立ち上がった。もう一方の手でアリアを掴もうとすると、彼女の方から掴んできた。
思わずアリアの顔を見上げると、なんだかとても難しい顔をしていた。
「スグハ、悩み事か? 思ったことがあるなら素直に言ったほうが良いぞ。下手に我慢されると、コイツ等は逆に気を遣うからな」
驚いたことに、彼女は直刃の思考をある程度読んだらしい。それが死神ならではの魔術的なものなのか、長寿であるがための対人経験の豊富さからきているのかは分からないが、どうやら直刃が考え過ぎないように助言してくれたようだ。
素直に頷きたいところではあるが、そんなに簡単な話ではない。
「……今までそれが正しいと思って皆はマスターに従えてきたんだ。それを真っ向から否定するなんて僕には出来ない」
アリアはガシガシと頭を掻いた後、乱雑に直刃の頭を撫でた。
「ガキがそんな事まで考える必要はねーよ」
「そうかな?」
「ああ、大人になろうとすんな」
「……」
直刃は何も言い返せなかった。
「あれ、なんですかこの空気? マスター、どうしました?」
「……なんでもないよ、行こうか朱雀さん。お洋服プレゼントしてあげる」
「ええっ、そんなマスターが!?」
「嫌かな?」
「い、いえっ、とっても嬉しいです!!」
「ふふ、それは良かった。ほら、アリアもおいでよ」
「おう」