例えば一人の人間に対し、『運命の相手』という、自分が残りの人生全てをかけて愛してしまうような、一人の異性が地球上のどこかにいる。そう仮定しよう。
さらに加えて、その運命の相手と結ばれるのが、その人間にとって最も幸せになれる人生だと、そう仮定しよう。
この場合、その人間は最も幸せになるためには、何をすればいいのか。
答えはシンプルで、見つけなければならないのだ。
何を。
運命の相手を。
どうやって。
単純である――総当たりだ。
性格や、ルックスや、或いは所謂魂の波長といった、あらゆる要素のすべてが合致する異性。運命の相手。しかしその異性の情報は何一つ持っていない。どこに住んでいるのかも、どんな名前なのかも、どんな顔なのかもわからない。ただどこかにいるという情報しか持っていないのだ。
しかも、一目見ればわかるなどという生易しいものではない。ある程度の時間を共に過ごすことで、初めて運命の相手と認識できるようになるのだ。
そんな相手を闇雲に探し続ける。つまりこれはギャンブルである。当たりの付いた一つのクジを、一心不乱に引き続けるのだ。
出会い方など些細な事。とにかく多くの人間と知り合うこと。それが運命の相手を見つける方法である。
そして延々とクジを引き続ける、つまり知らない人とコンタクトを取り続ければ、いずれは運命の相手に辿り着ける。そう、幸せになれるのだ。
だが、これには一つ問題がある。時間というものを考慮していないのだ。
人間が一生のうちに知り合う人の数など、たかが知れている。有名人であり名前や顔だけなら誰しもが知っているという人も、一体地球上で何人の人間と親密な関係だろうか。世界のすべての人々を理解するなど、世界を征服しても不可能だ。時を止めて世界中の人間と一人ずつ面接するか、もしくは人口の絶対数を減らす位の事をしなければ決して出来ないだろう。
そしてそうなってくると、運命の相手に遭遇する難易度はさらに跳ね上がる。なぜなら人間の一生など百年あるかないかだ。加えて言うなら向こうも人間。二人とも健康に生き続けても寿命で出会う前に死を迎えてしまう事は当然起こりうるだろう。
仮に、世界の人口を約70億とし、一日一人、見知らぬ誰かと知り合うとしよう。そうすると、およそ二千年必要になる。
相手は異性の前提なので、さらに半分と仮定したとしても千年。
千年。
それは人間ではない別の生物にならなければ、到底生きていけない長さの時間である。
ーーーーーーー
時刻はとうに日をまたぎ、すっかり寝静まった寝室。直刃は理由もなく、ふと目を覚ました。
一日中氷室と紫羽と肉欲の日々を送っていたからか体中がけだるい。数えるのが馬鹿らしくなるほど射精し、胃がたぷたぷになるほど紫羽の乳汁を飲み、氷室の顎が外れそうになるほどペニスを舐めさせ続けた。今日中で色々なものを全てを出し尽くしてしまった気分だ。
とはいえ、起きてしまったものは仕方ない。目が覚めたとはいえ、眠気が消えたわけでもないのでまぶたを閉じればすぐにでも眠れそうだ。それでも、なんだか喉が乾いてしかたないうえに、実はトイレにも行きたい気がする。
自分が今目覚めた理由を適当にこじつけて、直刃は起き上がることにした。自らの体に覆いかぶさった柔らかい女体を優しく動かしてベッドから立ち上がる。
「ふぁぁぁ……」
覚醒しきらない意識。ふらふらと不安定に歩きなながら、扉へと向かう。寝ぼけ眼をこすりながら寝室を出ようとすると、ベッドの上で上体だけを軽く起こした紫羽と目があった。「ついていきましょうか?」という目線の問いに首を横に振って返答すると、寝室の扉を閉めた。
廊下を歩きながら、随分死神達との関係も変わったなとぼんやり思う。以前の彼女達はマスターを守らなければならないと意気込み、僕がやるよといっても「いやいやここは私達が!」と何もさせてもらえず厳重警備だった。間違っても今のようにアイコンタクトだけで独自行動はできなかっただろう。
死神達との生活が始まった当初は価値観の違いに驚いていたし、それは今でもよくある。どうなることやらとここに来た時は憂鬱に思っていたが、慣れてしまうとこんなものらしい。これからの人生は死神達に気を使い続けなければならないのかと考えていたが、全くの杞憂だったようだ。
価値観とは、決して同一に出来ずとも相手に合わせるという事は出来るのだ。
彼女等により近づけた事を嬉しく思いながらリビングの階段を降りると、直刃は遅れて違和感に気がついた。
「あれ、誰か居る?」
リビングには電気が点いていた。それは氷室と紫羽以外の死神が帰宅していることを意味していた。
寝ぼけていたとはいえ廊下からでもリビングに電気がついているかは一目で分かる。気が付かなかった自分が悪いのだが、人が居ないと確信していた場所に人の気配があり、特に悪いこともしていないのだが少々焦った直刃。慌てて階段の上からリビングを見渡す。
中央のソファで優雅にワイングラスを傾けていたのは、やはりというかよくよく考えれば彼女しかいないだろうというか――つまり朱雀だった。
「朱雀さん……」
風呂上がりなのか彼女はバスタオルを体に巻き付け、体をほんのりと上気させていた。いつもの雰囲気とはガラリと様相を変えた色香を撒き散らす朱雀は、直刃が目を覚ますには余りあるインパクトだった。
乳白色のむっちりとハリのある脚を組み換え、トクトクとボトルから二杯目のワインを注ぐ。なんだかこうやって見ていると一つ一つの動作が妖艶に見えて、直刃はドキドキと脈拍を加速させていた。
いわゆるギャップというモノなのだろうか。普段はあけすけもなく下ネタをぶっ放す彼女がこうしてセレブにワインなんて嗜んでいると、なんだか彼女の意外な一面を見たような、そんな気がするのだ。
「美人は特だよー、ぐへへー」という、妙に実感のこもったこのみの言葉が脳裏に浮かんだ。そのとおりである。普段どんなに痴女であろうとも、静かにしているだけでこれほど印象が変わるとは。
綺麗だ。月並みな一言ではあるが、それ以上には表せないほど彼女は美しかった。
「あれ、もしかして起こしちゃいました!?」
暫く朱雀を眺めていると、やがて直刃の視線に気がついたのか彼女は慌てて立ち上がった。遅れて裸体を包んでいたタオルがパサリと床に落ちる。
ぽろりと大きな乳房がこぼれ、それを気にした様子もなくわたわたと慌てふためく彼女。直刃は内心でいろいろ台無しだなぁ、とため息を吐きながら、「朱雀さんのせいじゃないよ」と言って、微笑んで階段を降りた。
「そ、そうですか……?」
「うん、ホントだよ。ちょっと喉が乾いちゃってさ、それで目が覚めたんだ」
直刃を訝しげに見つめていた朱雀だったが、その言葉を信じる事にしたのか脱力したようにソファに座り込んだ。
いやいやタオルはどうしたんだと突っ込みたくなったが、彼女にそういった事を指摘するのも今更な気がして何も言わなかった。真っ裸はこちらも言えた義理ではないのだ。
直刃は苦笑しながら、階段を降りきってキッチンにたどり着く。グラスを取り出して蛇口を捻り、水を飲み干した。
「ふぅ……」
冷たい液体が、喉を下って体に染みる。
更にもう一度グラスに水を注ぐと、直刃は冷蔵庫から片手で持てるサイズのお皿をもう一方の手に取り朱雀のもとへと向かった。
ラップに包まれたこの皿は、直刃が氷室と朱雀のために用意してあるおつまみだ。アーモンドやくるみといったカリッとした食感のものをオリーブオイルで炒めて塩で味付けしただけのシンプルなものだ。
氷室と朱雀はよく仕事から帰ってくるとこうしてお酒を呑んでいる事が多い。直刃はそれを見て出来心でこのおつまみを作ってみた所大変好評だったのでこうして常備している。直刃がこの家で担う数少ない仕事の一つだ。
余談だが、アリアも呑む人間だと聞いたので多めに作っている――が、彼女は飲むよりも最近はもっぱらこっちのおつまみを食す方がメインになりつつあるので、別に彼女用のおつまみを用意していたりする。そっちも概ね好評だ。
「はい、朱雀さん」
「ありがとうございます、マスター♪」
ニコリと優しい笑みを浮かべた朱雀は、お返しにと直刃の頬に軽くキスをした。
「ちゅ……ん……♡♡」
満更でもない直刃は、頬を緩めながら自分のグラスとおつまみをテーブルに置く。
「いただきまーす!」
嬉しそうにラップの包みを開ける彼女を尻目に、直刃は床に落ちた白いバスタオルを拾い上げながら朱雀と同じソファにそっと座った。
「あれ、寝ないんですか?」
口を半開きにして固まった朱雀。てっきり直刃は水を飲んだらすぐに寝ると思っていたらしく、キョトンとした顔していた。
「うん、さっきので目が覚めちゃった」
「さっきの、ですか?」
はて、と首を傾げる朱雀にバスタオルを手渡す。バスタオルを体に巻いている姿が色っぽかったんだと素直に告げると、彼女は目を輝かせた。
「た、勃っちゃいましたか!? ならやむおえませんねマスター、股間のイチモツを拝借……♡」
「うーん、減点。朱雀さん、減点ね」
「え!? なんですかその制度!!? 聞いてないんですけど!!!」
「いや、なんとなくなんだけどさ」
「さっきみたいな感じでもっとエッチに誘ってよ」と言うと、朱雀は「ぐほっ」と変な声を上げて肩を落とした。その様子がもはやギャグに近かったので直刃は笑いを堪えるのに必死だった。
「わ、笑うなんて酷いですよマスター……」
「ふふ、ごめんごめん」
お詫びにと頭を撫でると、「もう、今回だけですからね」とたったそれだけで元気になる朱雀。彼女は手に持ったバスタオルをソファの端に置くと、自らのグラスの三杯目のワインを注ぎ、ニンマリとした顔でグラスを口に運んだ。
朱雀との会話は基本的に毎回こんな雰囲気なので、二人とも慣れたモノだった。それに互いにこの関係が心地よくもあり、直刃としても朱雀とのこうした応酬は嫌いではなかった。
「んっ……」
「……」
しばらくの間、直刃は朱雀が気持ちよくワインを流し込む様を、愛おしそうに眺めていた。
やはりこうしてグラスを傾けている彼女を見ると、なんとも様になっているというか、非常に絵になる。見惚れるのも致し方ないと自分を強引に納得させ、しばらく彼女を見つめていた。
死神の非凡な美しさは、それだけで芸術品と遜色ない。アートの造詣など皆無の直刃でも、こうして目を奪われてしまう。これ自体は慣れる慣れないの問題ではなかった。
「マスターも飲みます?」
舐める様に見つめていると、朱雀はワインボトルを直刃に寄せてきた。そんなつもりではないと、急いで首を振る。
「飲まないよ。ていうか、朱雀さん度々勧めてくるけど、何かあるの?」
「いえ、特には。ただマスターと一緒に飲みたいなーと思いまして」
「そう……じゃああと五年待ってよ。そしたら一緒に飲もうね」
「はい、楽しみに待ってます♪」
そう言うと、互いに笑いあってグラスをコツンとぶつけた。今は水だが、いずれは彼女と同じように赤いお酒で乾杯したいものだ。
「……」
寝起きだからか、やけに水道水が冷たく感じた。
直刃はそれを知覚しつつも、考えていることは実は全く違っていた。
五年。という言葉が、頭の中で呪いのように駆け巡っていた。
直刃としても軽く放った言葉ではあるし重く受け止めて欲しくはなかったが、なんだか不思議と思考回路に差を感じた。彼女が特に気にした様子もなかったのが、何故だか心のどこかに引っかかったのだ。
考えすぎなのは分かっているが、さりとてこの違和感は以前から感じていた。
考えてもみれば彼女達にとって五年など、大した時間でもないのだろう。四桁単位の年数で生きているということは、その分時間が過ぎるという事象に人間以上に慣れているはずだ。そんな彼女が軽々しく言う五年と、自分が言う五年では意味合いが違うのではないだろうか。
直刃は今年で十六歳となる。五年はそれの三分の一だ。短かったかもしれないし、それなりに長かったかもしれない。はっきりと言えるのは、決して軽いものでは無かったということだ。
恐らく、絶対的に時間への価値観が違う。こればっかりは人間と死神――種族が違う以上、そう簡単に共有出来るものでもないだろう。
その時間感覚の違いに疎外感に近い物を感じた直刃は、おそらく彼女もそんなに深い事を考えて言った訳ではないと理解していたけれども、寂しさからか朱雀の温もりを欲した。
「あれ、どうかしましたか?」
「ううん、別に」
自分の言動とは裏腹に、直刃は朱雀の手からワイングラスを取り上げると、その細い指と自身の指を絡ませた。
誰が言ったか、恋人繋ぎ。安心感とも全能感とも取れる、一種の麻薬的な暖かさを右手に感じながら、直刃はただその感触は噛みしめるように味わった。
「マスター……?」
当然、直刃がどんな思考をしているのか把握出来ていない朱雀は、戸惑うばかりだった。ちょっぴり悪い事をしているなと思ったが、しかし直刃はそのまま口を閉ざして朱雀の温もりを堪能し続けていた。
心の内から湧き上がってくる喜びに、しかし形容し難い不安が勝る。直刃は自分でも分からないうちに体を彼女に寄せ、朱雀の胸に顔を埋めた。
ぷにゅんともぽふんとも取れる柔らかな感触を顔に受けながら、気がつけば直刃は涙を目に浮かべていた。
「……!?」
思ったよりも自分の気分が落ち込んでいる事に焦る直刃であったが、こうなってしまうのには理由があった。
――マスターが、ずっとマスターだったらいいのに……
あの日、朱雀に言われた言葉。それを聞いてから直刃は度々苦悩していた。
時間への価値観だけではない。そもそも生物として、二人――いや、人間と死神達は違いすぎた。同じ時間を過ごす
直刃はそれが嫌だった。忘れてほしくないし、もっと言うなら離れたくない。そして何より、自分が死ぬ事で彼女達を不幸に陥れたくはないのだ。
だが悲しいかな。歴代と未来のマスターを含め、数あるマスターの中の一人でしかない直刃。特に何を成し遂げたわけでもない、ただ一人の人間である直刃では、その無常ともとれる死神達の生き方にあまりに無力だった。
悲しいほどに、どうする事も出来ない。喉が潰れるほど神に叫んでも、頭の血管が全てブチ切れるほど祈っても、願いが叶う事はないのだ。
死神達と、共に。これかも永遠に傍に。家族として、ずっと一緒に。彼女達を幸せにする。
それが直刃の切なる願いだ。
しかし、いくら力があって、おまけに財力もある死神達であっても、そればかりはマスターの言葉といえども叶えられないだろう。直刃は紛れもなくただの人間で、そして命ある人間にはやがて終わりが来る。直刃は母を失い、それを学んだ。
つまりどうしたって、この不安が解消されることはないのだ。
「す、ざくさん……」
一体自分は何をしているんだ。こんなことをするために彼女の隣に座ったのではない。
何度も我に返りそうになるが、もはや感情の渦は押しとどめられるようなレベルではなかった。
「大丈夫ですよ、マスター……」
急に何かを察したように、朱雀は優しく直刃の頭を撫でた。彼女側としても突然こんなことをされては困惑して、そう行動するしかないだろう。
直刃はありがたく思いながら、もう少しこのままでいさせてくれと、手を繋いでいないほうの片手で朱雀の体をぎゅっと抱いた。いつかは離れなくてはならないとしても、今はまだその時ではないと自分に言い聞かせる。
こんなことをしている暇はない。早く涙を止めないと。どうせ、何をすれば解消するのかなどと考えても答えなどないのだ。仕事帰りにこんなことをされても、朱雀も困っているに決まっている。
本当にこんなつもりではなかった。仕事帰りの疲れを癒してあげようと、或いはセックスしたいといわれるなら応じようと、ただそう思って隣に座っただけなのだ。なのに、なのに――
「マスター、私ずっと考えてたんです。どうしたらマスターがずっと私のマスターになれるのかって」
「……!?」
呼吸が止まった。
心臓を鷲掴みにされたような驚愕と恐怖。
とても冷静ではいられなかった。それは直刃が考えていることとまるで同一のものだったから。
どうすれば、柊直刃が永遠にマスターのままでいられるのか。
まるで心を見透かされているかのようなその言葉に、返答も出来ず、なぜ考えている事が分かったのかと朱雀の瞳に訴えかける。
同時にグイと顔を近づけて、言葉の一つ一つを聞き逃さないようにと神経を張り詰める。
それは、縋りつく行為に等しかった。この際、自分の考えが何故発覚したのかなど完全にどうでもいい。彼女の口からその問題について言及してくるのであれば、つまりそれは一種の解決策とも呼べるモノを用意してくれたに違いないのだから。
聞くのが怖い気もするが、それ以上に何か一つでも情報を逃して、皆と離れ離れになってしまう方がもっと怖い。彼女達の為にも。
固唾を呑んで朱雀の次の言葉を待つ。
「簡単な事だったんですよ、マスター。マスターは一人だけなんだから、寧ろ他のマスターが私のマスターになる事なんて、出来っこないんですよ」
朱雀は得意顔で笑った。
当然、直刃は意味が分からず、口から気の抜けた声が出た。
「……は?」
「だからですね、マスター。マスターは一人だけなんです♪」
「う、うん……?」
「あ、あれ? 伝わってません……?」
「うん……」
ありゃりゃと頭を掻く彼女に、まじめに話を聞こうとしている自分が馬鹿なのかと思い始めた。まぁ当初の目的である涙の停止は彼女のおかげで成功しつつある。拍子抜けではあるが、それで良しとしよう。
そんな事を考えた直後、朱雀は突然握り合っていた自分達の手を胸に寄せると、直刃の手に自らの巨乳を握らせた。
柔らかな感触。いつもの弾力。直刃が愛してやまない朱雀の、甘美な肉体。
反射的に乳房を揉みながら、突然の事に頭が疑問で一杯になる。
朱雀は直刃の顔を見て微笑み、そして口を開いた。
「わかります、マスター? ドキドキしてますよね、胸の心臓。私、単純なんで、こうやって大好きなマスターにおっぱい触られるだけでも嬉しくなっちゃうし、乳首なんて突っつかれたらもう大洪水なんですよ……なんでだと思います?」
「……え、えーと……なんでなの?」
「それはですね、私が今も日に日にマスターの事を好きになっていってるからです。毎日同じ家に住んでいても、上限なんて日ごとに飛び越えていって、もう死んじゃうくらいに幸せなんです♪」
「えっと……僕も好きだよ?」
「いえいえ、嬉しいですけど、私が言いたいのはそうじゃないんです。いいですか? こんな気持ちになる人が、これまでも、そしてこれからも、絶対に現れるはずがないんです。だって――」
――私が愛するマスターはただ一人で。そのマスターはもう柊直刃っていう大好きな人で決まっちゃってるんです。
「……だから、僕がずっと朱雀さんのマスター?」
「そうです♪ 私が次のマスターに仕えても、心から従えているマスターはマスターだけ。つまり、マスターがずっとマスターって事です」
「…………」
今度こそ伝わっただろうと、朱雀は満足そうに笑った。
直刃はそんなよう彼女を見て、「そうだね」と静かに笑い返した。
朱雀の答えは、思っていた答えとは違った。失望が直刃を包む。
悪くない答えではあったが、しかし――
例えば、一人の死神に対して、運命の相手という一人の人間がいると仮定しよう。
加えて、その運命の相手と愛し合う事が、その死神にとって最上の幸せであると、そう仮定しよう。
この場合、どうすれば死神は最も幸せになれるだろうか。
決まっている。運命の相手を見つけるのだ。
だが、死神とは王を守り、悪魔を狩る存在である。当然、普通の人間などと恋愛をしている暇などない。故に、相手にできるのはマスターのみ。つまり、人間と比べてクジを引く回数が極端に少ないのだ。
一世紀に一度、マスターが寿命で代替わりするその時。それが数少ない死神のクジを引くチャンスである。
途方も無い時間がかかるだろう。だがなにせ無限にクジを引ける。運命の相手が絶対に存在する以上、いずれ巡り会えるだろう。そして、幸せな日々を送るのだろう。
それは紛れもなく大切で、充実した日々。しかし望むものはその程度ではない。
その程度ではないのだ。
よって、ここで更に条件を付け足す。
死神が、ごく普通の人間と同じように、運命の相手と一生を共にしたとして。その後は、どうなるのだろうか。
運命の相手が天寿を全うし、一人残った死神はどうなるのか。
運命の相手の死によって転生し、次のマスターに仕える死神は、果たして幸せなのか。
母を亡くした直刃は知っている。
思い出だけでは涙を抑えられないことを。
直刃は自身の体験から知っている。
どんなに会いたくても、その温もりに触れられない苦しさを。
思い出だけでは何も解決しないのだ。
そう、思い出だけでは何も解決しない。
大好きな人に会えない辛さは、人一倍知っている直刃だから言える。この苦しみの終わりのなさを。
そして彼女達は死んでも、「次」がある。本当の意味でも終わりがない。
だから、このままでは駄目なのだ。このままでは、朱雀を悲しませてしまう。
「朱雀さん、横になってよ」
「え、あ、はい……?」
「もう、察してよ。そんなに可愛い事言われたら、僕だって反撃したくなるでしょ?」
「あん♡ マスターのおちんちん、カチカチですね♡♡♡♡」
「覚悟してね。今日はたっぷり中に出すからね」
「あはっ♡ 子宮がウズウズしてますぅ、早くおちんちんくださぃ♡♡♡♡」
朱雀の答えは悪くはなかった。胸がジンとしたし、今までの涙とは違う温かい涙も流れ出てしまった。
だがそれでは駄目だ。朱雀が幸せになれない。
直刃の胸の内にはある決意が生まれた。
朱雀を幸せにしてみせると。死神達を、余す事なく幸せにしてみせると。
「約束だよ、朱雀さん。僕は永遠にマスターになってみせる」