――直刃様、ごめんなさい。
結局、自分はなにも成長していなかった。
朦朧とした意識の中、愛する主が初代死神に連れ去られる光景を目の当たりにする。
いくら相手が王殺しと言えど、一撃でこうまで実力差がはっきりとすれば、直刃を守るなんておこがましいにもほどがあった。
守ると誓った。今度こそ、直刃を無傷で。そう誓ったはずだった。
結果はこうだ。
もっと力があれば。そう思わずにはいられない。そうすれば王殺しにだって、初代死神にだって勝てるかもしれない。
いや、勝てなくてもいい。ただ直刃を守れればそれで――
「何寝てんだよ」
明滅した意識の中、根性で瞼を持ち上げる。見下ろすようにして立っていたのはアリアだった。
怒りがこみ上げてくる。それは果たして自分の不甲斐なさに対するものか、それとも目の前で主の危機にも関わらず悠々と振る舞うはぐれに対してか。
――馬鹿野郎。こんなところで油売ってないで初代死神から直刃様を助けろ。
ぶん殴ってやろうと思ったが未だ王殺しに身体を弄られた状態が抜けず、指先一つ動けなかった。
それにどうせ、彼女が初代死神と戦った所で、直刃を助ける事など出来ないだろう。それが容易に想像できる事が、一層の無力感を感じさせた。
「ネクロ相手に良くやったぜ、お前」
アリアは気休めと同時にしゃがみこむと、雷歌の身体を肩に担いだ。
良くやった。見てもいないのに何故そんな事が言える。
守りきらなければ意味がない。それはこいつも分かっているはずなのに何を言ってるんだ。
悔しくて泣きそうだった。圧倒的だった。どうしようもない力量の差だった。
「生きておるのか?」
「ああ、ネクロも手を抜いたみたいだ。本気だったらそもそも五体満足な訳がない」
気絶した直刃の身体を傍らに浮かせながら、初代死神はつまらなそうに鼻で笑った。
「ネクロか……今代はお前の件もあるからの。もしやと思ったがやはり無理だったな」
「あいつを仲間に? 冗談にしても笑えねぇな。いつ寝首をかかれるか分からん」
そもそも、アンタが直刃をここまで追い詰めたんだとアリアは小さな死神を睨む。
「くくく、まさかお前にそんな目で睨まれる日が来るとはな。狂犬は変わったな。お前こそ今代をいつ殺すかと冷や冷やモノだったのだがな」
「アタシは何があってもスグハを守る。スグハを殺したら、あんたを殺す」
「ふん、そうか……」
馬鹿にしたような笑みを浮かべ、白い幼女の姿は来た時と同じように掻き消えた。
アリアはクソババアと一人毒づくと、雷歌を担いだまま歩き始めた。
結局、直刃は初代死神の手に渡った。
こうなってしまえば、後は直刃が試験をパスする事を祈るしかない。やっぱり何も出来ない自分に、腹が立つどこよか呆れ返ってしまう。
本当に、何も成長していない――
「ちく、しょう……」
何が直刃様だ。何が守りますだ。間抜けにも程がある。
そんな雷歌にアリアは優しく語りかける。
「まぁ今回は直刃の前に出れただけ良しとしようぜ? 大丈夫、次は守れるさ」
「――何……? あんた、っ、見て、たの……?」
「ん、まあな……」
「……クソ、アホはぐれがっ……見てたんなら、助けなさいよ、馬鹿……」
「くくく、いや手を出すとお前に怒られそうな気がしてな」
思わず魔力を迸らせた。何を言ってるんだ、こいつ。
「――私のプライドなんてクソ喰らえよ!! そんなものより直刃様よ!! 命をかけて全てをかけて!!! 私なんてどうなっても良いし世界がどうなったって構わないわ!!!!」
肩に乗せられた状態から身体を稲妻に変えると、アリアから飛び離れる。
そうして五メートルは距離が開いただろうか。止まることさえままならず、雷歌は自身の能力に振り回され、吹き飛んだ。
王殺しの能力は尚も継続しているようだ。着地すら出来ずにごろごろと無様に転がる。
制服がびりびりと破ける音がした。気にせずツインテールを黄色に発光させて立ち上がる。
体が、光に包まれた。
「アリア、あんたも直刃様を大切に思うなら、そんなどうでも良い事にこだわらないで!! どんな手を使っても、例え私を殺しても直刃様の命を保証しなさい!!!」
バチバチと動かない体に電気を這わせ、無理やり脚を前に出す。光速の速さで、倒れ込むようにアリアに駆け寄り、ジャケットの首元を引っ張る。
こうして近くで見ると、一層頭に血がのぼる。何故自分を哀れむような目で見ているのか。そんな暇は自分達には無いというのに。
カッとなって勢いよく頭突きをお見舞いすると、アリアはなんてことないようにそれを無言で喰らってくれた。
満足するまで好きにしろ。言葉は無くとも、そう言われている気がした。
思いっきりぶん殴ってやろうと思ったが、それがどれだけ不毛な事なのかすぐに理解した。一体自分は何をやっているのかと雷歌は自分でも訳がわからなかった。
「……私より力があるんだから。お願い、お願いよ、直刃様を、守って。足りないの、私じゃ――」
気づけば泣いていた。嗚咽を殺し切れず、雷歌は声を途切れ途切れにして泣いていた。
アリアは口を閉ざし、黙って言葉を待っていた。
「私は、弱い。悪魔にも、他の死神にも、勝てない……。
やっぱり、直刃様に相応しくない……」
「……」
「――でも、やだよ、諦めたくない。泣いて、逃げて、何も変わらなかった。直刃様はそんな私に変わらず、優しく手を差し伸べてくれた。私は、どうしても、役に立ちたい……」
今度は弱々しく、コツンと力なく頭突き。するとようやくアリアが口を開いた。
「アタシもそうだ。あいつの力になりたい。あいつの横に居たい。もっとセックスしたい。そんな事ばかり考えてる」
「でも駄目だった」と、アリアは悲しい顔で笑った。
「そう考えてるだけじゃ駄目なんだ。それじゃスグハ守れない。想いだけじゃ何も解決しない。アタシも失敗して、学んだ」
「……想いだけじゃ、駄目?」
「そうだ。今までアタシは死神の本質を理解してなかった。いや、王に仕える意味を見出せなかった」
「意味なんて、無い。直刃様だから、私達はこんなに必死に……」
「その通りだ。そして全員同じ気持ちだからこそ出来る事はある。今度は一人ずつバラバラにじゃない。二人で、みんなで、スグハを守るんだ」
「みんなで……」
「アタシ達は五人もいる。悪魔の強さもいつもより早くレベルが上がってきてる。難しいけど、頼るって事を覚えなきゃ駄目だ」
直刃を守るにはそうするしかない。
アリアが提案してたのは至極簡単で、みんなで力を合わせようという話だった。
それは当たり前のようで、長年死神の王に仕えている雷歌ですら飲み込むのに時間を要した。
死神とは、数が多いからといって戦力が単純に増加するものではない。戦闘でも、それ以外でも、一人で万事に対応出来るよう作られている。
故に味方の死神が増えるメリットは役割分担が出来るようになるだけだった。処理能力の加算、除算の割り振り出来る余裕が増えるだけであった。決して、乗算ではなかったのだ。
アリアは、直刃に出会うまではぐれを貫いていた孤高の死神は、共に戦おうとしていた。
互いに背を向けて、各々の敵に立ち向かうのではなく、肩を並べ、息を合わせ、共に相手を打倒すべきと、そう言っているのだ。
そんな事が出来るのか。本当に、ここまで一人で戦ってきた死神達が一つになれるだろうか。
「なれる。いや、なるしかないんだ。アタシ達は二人ともしくじった。もう失敗したくないし、する気もない――」
――だから、みんなで守るんだ。失いたくない、大切な人を。
その言葉を最後に、雷歌の意識はぷつりと途切れてしまった。
ーーーーーーー
目が覚めた時、最後の記憶とあまりにかけ離れた場所だった場合、ものすごく焦る。
「え、何処……?」
時代劇に出てくるような和室。そのど真ん中に布団が敷いてあり、目がさめると直刃はそこに横になっていた。
ほのかに畳の匂いがした。直刃は生まれて初めて和室に戸惑いながら、同時にここは何処だと冷や汗を背中に浮かべていた。
上体を起こし、何か手がかりになるものはないかと改めて見回すが、左右には障子、背後は押入れ。前方の床の間には全く訳のわからない「幼女最高」の掛け軸。これでどう現状を把握しろと言うのか。
時計も無ければ、カレンダーも無い。完全に何処かわからない。
「そうだ、携帯……」
上体を起こし、ズボンのポケットから取り出す。
「け、圏外……」
氷室から貰った最新型のスマホだが、何故だかここは圏外で、その上日付と時間がありえないことになっていた。
「ろくじゅう、にがつ? うわF時って何時だよ……」
まだ貰って半年も経っていないが壊れてしまったようだ。氷室になんて言えばいいのだろうか、今から気が滅入る。
そんな事を考えながら立ち上がると、とりあえず左手側の障子に手をかけた。ひとまずここが何処なのか把握しなければならなかった。
障子をスライドさせると、まばゆい日光に目を細める。見ればそこは庭園となっていて、小さな池が日光をキラリと反射していた。
自身の記憶にかすりもしない光景に口を半開きにして、直刃は硬直した。
一つだけわかるのは、この家がかなりの大きさだと言う事。中庭とも言うべきものが家の中に存在することを慮ると、江戸時代から続く名家ですなどと説明されそうだ。
「それとも、氷室さん達の別荘……な訳ないか……」
最後の記憶は初代死神が人の悪い笑みを浮かべている姿だ。あの状態からまさか体調が悪いからと試験から逃れられるとは思えない。
考えられる中では初代死神の家とした方が色々と説明がつく。もしかするとここで試験をするのかもしれない。死神の王に相応しいかどうか見極める試験を。
落ち込んでいく気分にため息を一つ。ぱんぱんと頰を軽く叩き、素足での探索を開始する。
中庭を迂回して、長い廊下を突っ切る。木造の匂いは直刃にとって見れば新鮮で、何故だかなんとなく懐かしい気分になりながら、片っ端から障子の中の部屋を覗いていく。
こんなに広いのに人の気配がまるでない。夜中なら肝試しにすらなりそうな和風の屋敷を、直刃は心細く感じながら探索する。
やがて突き当たりにぶつかると、来た道を振り返ってさてどうするかと立ち止まった。
もしかして、人は住んでいないのだろうか。そんな想像が頭に浮かぶほど静かで、ある種神秘的な雰囲気の屋敷だった。
「とりあえず一通り回ってみるか……」
直刃はそう考えると、屋敷の中を一周する事にした。若干早足で一部屋ずつ中を見ながら、廊下に沿って屋敷内を巡る。
そうして十分程度右往左往しただろうか。うんざりするほどの「幼女最高」の掛け軸を目にした直刃は、最初の中庭にて休憩がてら腰掛けていた。
色々と見て回った結果、まずこの家にはまるで生活感がない。それは単に人の荷物が無い等のレベルではなく、台所やお風呂、トイレすら確認出来ず、ハッキリ言ってしまえば常人には住めない構造になっている。
そしてもう一つ。これは一番驚いたのだが、なんとこの家には玄関がない。何処をどう進んでも、脳内の地図には玄関を書き加える事は不可能だった。
ならばここは何処で、どうやって入った。また、どうやって出ればいい。
直刃は若干パニックになりながら、そろそろ喉の渇きを癒すため本格的に池の水を狙っていた。
まるで人が住むことを想定していない家だった。衣食住ではなく、住む事さえ可能ならそれで問題ないと言うような、そんな家だった。
まるで死神のために作られたような。
「にゃーお」
頭の中でそんな思考を続けていると、突如目の前の中庭に黒猫が出没した。
まさかそんな。いつから此処に。
降って湧いたと思うのも無理はないほど、不自然な出現だった。
「にゃーお」
再び黒猫が鳴く。
中庭の中心からピョンと飛び上がると、直刃の真横に着地する。
すりすりと身体を寄せてくる黒猫をあやしつつ、こいつは最初から居たのかと一人首をかしげる。
顎の下を人差し指で撫でると猫は気持ちよさそうに目を細めた。ごろごろと喉を鳴らし、ふさふさの体毛が直刃に触れる。
可愛い。すごく癒される。
直刃はしばらく黒猫と戯れた。というよりもこれしかする事がなかった。
そうして五分も経っただろうか。
「クロだと普通で面白くないね。何がいい?」
すっかり愛着が湧いてしまった直刃は黒猫を抱きしめながら頬ずりを繰り返していた。艶のいい猫の毛が心地よい。
「タマ、ブチ……うーん、これじゃ紫羽さんの事言えないな……」
自身のネーミングセンスの無さに傷つきながら、頭の中でどんな名前が良いだろうと必死に考える。人様の家の中に居た猫とはいえ、名無しでは呼びにくい上になんだか寂しかったのだ。
「うーん、迷うなぁ……」
『いやいやいや、和みすぎじゃろ』
「うわっ……だ、だれ……?」
声のした方を見ると池の真ん中に白い猫が居た。まさかあそこから声が聞こえたのだろうか。
そんな事があるのか。猫が人の言葉を話すなんて。
『色々用意してきたんじゃがのぅ……はぁ、もうよい。ついてこい』
白猫は不服そうに一鳴きすると、さも当然のように人語を口にしつつ歩き出した。中庭から家に上がると直刃の横を通り過ぎて廊下を進んでいく。
直刃は黒猫と顔を見合わせると、大人しく従う事した。猫の正体についてはうっすら気がついていた。
「こんなとこあったっけ……?」
白猫の進む道はただ直進だ。その進路を譲るように襖はひとりでに開き、土壁は小さくバキバキと音を鳴らして二つに割れる。
白猫の後を追いながら、表面上には出さないものの、直刃は大変な所に来てしまったと凄まじく焦っていた。妖怪屋敷と称しても間違いではない光景が続くからだ。
これからどうなってしまうのか。戦々恐々の直刃だった。
『あまり驚いていないようじゃな。歴代の金の王はどいつも腰を抜かしておったがの』
「いえ、そんな。十分びっくりしてます。みんなの魔術を見る前なら、僕もひっくり返ってると思います」
『魔術などと……お主に見せたのは死神と証明するための魔力の塊程度がせいぜいだろう。間違っても実戦レベルの……』
「……」
白猫――いや、初代死神と思わしき猫はくどくどと解説していた。
確かに氷室と朱雀には出会って間もない頃にそんな物も見せられた記憶があるが、直刃は実際に彼女達の戦闘を見物した事もある。魔術がどういったものかも、ふんわりとだが理解している。
『そもそも魔術とは人の身で理解することは叶わぬ。人間の知性はそのレベルまで達するよう作られていない……』
機関銃のように言葉を続ける彼女に口を挟もうとも思ったが、ややこしくなりそうなので黙っておくことにした。この歳で両親を亡くした高校生なりの処世術である。自分より喋るタイプの人間にはなまじ話を中断しない方が良い。友華やこのみがそのタイプである。
要するに適当に相槌を打っておくのが正解なのだ。
『聞いておるのか?』
「はい、聞いてます」
時折こうして水を向けられるが、それさえ凌げば彼女は一方的に話し続けてくれた。
いつの間にか側を歩いていた黒猫は姿を消していた。
初代死神と二人っきり。氷室や朱雀、死神のみんながいないのはひどく心細いが、ここが踏ん張りどころである事も理解していた。
――試験さえパスすれば、また死神達と暮らせる。
直刃はただそれを目指して、闘志を燃やしていた。
『よし、ここで待て』
そう言うと白猫は突き当たりの襖に消えていった。自動で閉まるそれにビクつき、叫びそうになる直刃。必死に堪えるが間髪入れずにその襖が開け放たれて今度こそ驚きの声を上げた。
「うわっ……!?」
「来い、坊主……♡」
グイっと胸ぐらを掴み上げられたかのような力を受けると、意味不明な引力に引っ張られて直刃は前方に浮遊した。
とても抵抗など出来ない。そのまま吸い込まれるように白猫が入った部屋に飛び込む。
「ちょっ、とっ……!!?」
中は何畳などととても数え切れないほどの広さの和室。映画でしか見た事もないような広さの、全く現実味のない部屋だった。
まるで体育館。そう思わせるようなスペースのその中心に、彼女はいた。
この部屋にも当然驚いた直刃だったが、その彼女の姿が目に入った瞬間、思考は「は?」という疑問で埋め尽くされた。
「くくっ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているな」
身体を引っ張っていた力が急激に弱くなった。直刃は訳もわからずゴロンゴロンと畳を転がり、そして彼女の足元で仰向けに倒れ込んだ。
直刃の視界には顔立ちの美々しさ故か全く腹が立たないドヤ顔の初代死神。白い髪、白い眼、わずかに朱が混じった色香に満ちた唇。
そして、きめ細やかで誰にも触れられた事の無いような白い肌、お茶碗ほども膨らんでいないだろうおっぱい、その先に実ったさくらんぼ。ぴっちりと閉じた恥丘。
「な、なん、で……?」
そう、初代死神は生まれたての姿だった。
初代死神はペロリと唇を舐めると、くすりと笑った。心底意味がわらからないといった表情の直刃に、まだ高校一年生の彼に、――とてつもなく股間を湿らせて。
「さて、もうわしも辛抱たまらん♡ 試験を始めるぞ、直刃♡♡ 五人も陥落させたその魔羅、干からびるまで搾り取られると覚悟しろ?♡♡♡♡」
遅まきながら直刃は理解した。初代死神が何度も脅しのように口にしてきた試験の正体に。
それは、つまるところいつもと同じ。直刃にとってはすっかり日常の一部となったあれ。
今から直刃は、彼女とセックスをする。それが試験なのだろう。
「さっそく頂くぞ……♡♡♡♡」
ねっとりとした声と共に、彼女は直刃の顔に跨ってきた。既に準備万端の秘裂を鼻に押し付けてくると、股間のペニスが取り出される感覚が訪れた。
直刃は半勃ちの男根をしゃぶられながら、鼻息を荒くしていった。