「ん、んん……?」
目が覚めると、視界のほとんどが紅く染まっていた。
一瞬「どんなところで寝てるんだ僕は」と直刃は思ったが、よく見ると少し朱雀の顔が覗いている。寝ている間に多少乱れたのか、髪が彼女の顔を半分隠す形になっていたのだ。
こうして近くで見ると、本当に素晴らしい美人だった。メリハリのある顔のパーツがここしかないという位置にあって、目鼻立ちや唇がなんとも女性的で色っぽい。これでスッピンらしいので、死神とは恐ろしいものである。
気持ち良さそうに寝ている朱雀に、直刃は和やかな気持になった。
彼女を起こさないように、極力体を動かさないようにして首だけを反対方向に向けると、そこには当然のように氷室の顔がある。
睡眠の最中でも油断なく引き締まった表情をしている氷室。彼女も彼女で朱雀とは別種の、震えるような美人さんだった。
直刃は内心で苦笑しつつも、ある違和感に気がつく。
「制服、何処いったんだろ?」
直刃は何故かトランク一丁だった。お陰で左右の肩に当たる温かな丸みが直接肌に当たる。少し動かすだけでぷにょんと形を変えるそれらに、ぴくぴくと朝から元気のいい股間が反応する。
「一晩中くっついてたなら、そりゃこうなるよね……」
危険地帯から脱出するため、直刃は二人に注意を払ってゆっくりとベッドから抜け出した。このベッドは大きさもさることながら、柔軟性もひとしおだ。手をついただけでもかなり沈みんでしまう。警戒する必要があった。
とはいえ小柄な直刃である。特に二人の睡眠を邪魔することなく、するりと抜け出せてしまった。
「う、痛たた……!」
立ち上がると腰に鈍い痛みが走った。原因は心当たりがあり過ぎたので、直刃は深く考えない様にした。
それに痛みの具合を確認すると、騒ぐようなものではない。
「……うん、日常生活に支障はないね」
よほど激しく前後に腰を動かしたりしなければ。
そう内心で付け足しつつ、寝室を見回す。クローゼットなどの収納家具は一切無い。
ここを買ったばかりと氷室は言っていたが、ベッドしか家具のない部屋を見るとなんだかただのセックス専用部屋にしか思えなくなって、直刃は微妙な気持ちになった。
音を立てずに廊下に出ると、昨日見たばかりのドアの大群が並んでいた。二人の寝起きをトランクス一丁で出迎えたくはない直刃は、制服捜索のため気合いを入れて、まずは寝室の反対側にある扉に手をかけた。
広さは寝室と同じ位だが、中には家具が一つ無かった。ほとんど人の手が加えられた形跡はない。あれれと思った直刃はすぐさま隣の扉を開ける。やはり家具はない。念を入れて更に隣の部屋も開けてみるが、同じであった。
こうなるとここにある扉の中には制服は無いな。
直刃は直感で答えを導き出すと、一度喉の渇きを癒すためリビングに降りた。窓ガラスから照らされるうっすらとした太陽光は、まだそれほど夜が明けてから時間が経っていないことを示していた。
「痛っ、痛たた……」
階段を降りる動作はどうやら直刃の現在の筋肉痛に的確なようで、痛みにこらえ、多少苦戦しながらキッチンにたどり着く。蛇口をひねり、近くにワイングラスしか無かったためそれに水を注いで口に流し込んだ。
割れる。長持ちしなさそう。というか財布に絶対悪い。そういった理由で今までプラスチックの杯しか使ってこなかった直刃にしてみれば、グラスを使うのはなんだか無性に恥ずかしかった。氷室や朱雀なら、割れたのならば新しい物を買えばいいじゃないとか言い出しそうだ。歴史の授業で習った、どこかのやんごとなきご婦人が直刃の脳裏によぎる。いや、あれはもう少しニュアンスが違うか。
壁にかけられた時計は、まだ朝の五時だ。二人のいつもの起床時間は知らないが、起床までまだ幾分かあるはずだ。早く制服を見つけなければ。
「マスター、おはようございます」
「ひ、氷室さんっ!?」
そう考えていた直刃は、声を聞いて飛び上がった。
いまだ制服を発見していない直刃は、結局トランク姿で彼女と朝の挨拶を迎えてしまったのだ。
こんな事してないでもっとよく探せばよかった。直刃は後悔したがもう遅い。仕方なく声のした隣に顔を向ける。
「おはよう、氷室さん。朝早い……」
言葉は途中で途切れた。
氷室は一糸纏わぬ全裸だった。確かにベッドでも彼女は全裸だったが、それは外国では日常的な物だと無理やり納得していた直刃は、まさかそのまま出てくると思ってもみなかったのだ。
女らしい丸みをこれでもかと見せびらかす淫らな女体に、収まりかけていた股間が再び熱を持つのを感じた。ひときわ目立つ大きな乳房に、直刃の目線は自然と釘付けになる。
思い出すだけでも、甘美な感触であった。彼女の触り心地のいい胸は、触っているだけでも射精しそうになるのだ。昨日の初体験の際には、彼女の巨乳を何度揉みほぐしたかわからない。
それにあの乳首を摘むだけで可愛らしく悲鳴をあげる氷室がたまらないのだ。
直刃は早くもメロメロだった。
「マスター……?」
動きを止めた直刃に、氷室は怪訝そうにした。しかしトランクスのもっこりとした膨らみに目が行くと、合点がいったとばかりに頷く。
「よろしければ、お使いになりますか?」
彼女は軽く足を開くと両手を秘所に動かし、クパリといやらしい花弁を開いた。リビングの照明は点いていないため辺りは薄暗いが、それでもヒクヒクと彼女の割れ目が蠢いているのが目視できた。
丁寧に処理された陰毛の下で、氷室のおまんこは直刃を誘うようにして存在していた。
直刃は氷室を押し倒したい衝動に駆られたが、かろうじて残っていた理性が腰の痛みを思い出させた。
「ごめん、その、ちょっと筋肉痛でさ……」
「そうでしたか……それは残念ですね」
その残念は、直刃にとってなのか彼女にとってなのか。とても尋ねる気にはなれなかった。
氷室はゆっくりと直刃に近づくと、彼の手をそっと手に取り、まずはグラスをシンクに置かせた。次いで流れるように彼女の胸元にその手を運ぶと、豊満な乳房の片方を握らせる。
むにゅんと、指の間から乳肉がこぼれる。ぷるぷるでむちむちの肉感に、直刃は股間をギンと固くさせた。
氷室は空いた手で直刃の股間を愛おしそうに撫でた。そして彼の耳元に顔を接近させると、魔性の文言を口から紡ぐ。
「しかしこれではマスターもお辛いでしょう。わたくしめが楽にして差し上げますわ♡」
「お、お願いします……」
あまりにもエロティックな雰囲気に、直刃が断れるはずも無かった。
ーーーーーーー
リビングのソファに連れられると、直刃は手早くトランクスを脱がされて座らされた。
一瞬朱雀が起きてこないかと不安に思ったが、目の前で跪く美女を見てそんな思考は吹き飛んだ。
素晴らしい光景だった。
ハリウッド女優でも裸足で逃げ出すような美形の顔立ち、いやらしくも端正な唇の形。それらが直刃の肉棒を前にしながら、上目遣いで主人を見上げていた。
「ではマスター、始めさせて頂きます♡」
「う、うん」
氷室は壊れ物を扱うかのように竿に指を這わせると、亀頭の先にちゅっとキスをした。
たったそれだけの動作なのに、凄まじい背徳感に直刃は雄叫びをあげそうになった。氷室のような美人に己の性器に口付けさせているという現実が、彼のペニスを更に硬くさせる。
氷室はペニスを優しく扱きながら、キスの雨を亀頭に降らせる。艶やかな唇が先端に触れるたび、ピクンピクンとペニスが大きく振動した。
直刃は不思議な感覚に陥る。一方的に奉仕される感覚は、素晴らしいものだった。しかし同時に彼女に何かしてあげたい思いが湧いてくる。
「氷室さん、おっぱい触っていいかな?」
少し考えた結果、直刃はこんな事を口にした。彼女は一度頭を上げ、ニコリと笑って「もちろんです」と答えた。
ソファに座りながら、直刃は上体を丸めた。彼女の頭を抱え込むようにして、柔らかな果実に触れる。やはり手には収まりきらない大きさの乳房がギュッと掴まれて、指の間から柔らかな脂肪が逃げようとした。
ほうと直刃は息を漏らした。先ほどよりもわずかにペニスを扱く動きが早くなる。加えてグラビアアイドル顔負けの巨乳を握り締めるという行為は、直刃の気持ちを大きく昂らせた。
これをただの脂肪の塊と呼ぶ人間もいるが、直刃には信じられなかった。これは紛れも無く、禁断の果実だ。
「ん、気持ちいいですわ、マスター……れろぉ、じゅるるっ……♡♡」
「う、うわわ……!」
そしてそれは唐突にやってきた。亀頭全体にぬちゃりと唾液が付着すると、まるで掃除機にでも突っ込んだかのようにペニスが吸引される。
今までのものとは明らかに異質な快楽に、直刃は乳肉にしがみついて必死に耐えた。柔乳がいやらしく潰れて、手のひらに幸せを与えてくる。
気を抜けばすぐに射精してしまいそうだった。
「じゅるっ、じゅるるっっ……!」
氷室の頭が素早く前後する。唾液とカウパーの混ざりあった水音が直刃の耳に反響し、その音を聞いているだけで興奮がより大きくなった。
彼女のフェラチオは、凄まじいの一言だった。股間が燃え盛ったかのように熱くなる。舌が絡みつくようにペニス全体を舐め回し、喉の奥底では壁が擬似的な子宮口の役目を果たすかのように亀頭をつついてくる。もはや第二の膣といっても過言ではない。
「なっ、なにこれっ……!!」
いや、違う。膣内と決定的に違う。氷室の口内は、彼女の頭の位置や舌の位置によって、ペニスに与えられる快感が全然違うのだ。
それら全てに優劣があるのかと言えば、そうでもない。まるで直刃の気持ちを読んでいるかのように、その都度その都度刺激して欲しいペニスの部位を的確に見抜き、最適解を導き出してペニスを頬張る毎に舌の形を変えるのだ。
驚くべきはその早さだろう。一往復ごとに種類の変わる快楽に、直刃は巨大な乳房を弄ぶ暇もなくただ握り締める。
「うっ……!!?」
自然と腰が浮きそうになった。遅れて筋肉痛を思い出し、後に来る痛みに身を固まらせた。だが腰が動く前に氷室が両手で抑えてくれる。
「あ、ありがとう、氷室さん……」
「ふぁい……♡」
口に含んだまま彼女は応じてくれた。
しかしこのまま続けるのはマズイと判断したのか、氷室はペースを一気に上げた。今までですら悶絶することしか出来なかったのに、それ以上にめまぐるしく変化する彼女の口内に、直刃はあっさりと果てた。
「うっ、うぅ……!!」
「んぐぅ……♡♡」
どびゅっ、びゅっ、びゅるるるっ。
たっぷりと白濁液が排出され、氷室の口から精子が大量に漏れ出す。氷室はごくごくと音を立ててそれらを飲み込んでいく。どうやら彼女は飲み干すつもりのようだ。
直刃は止めさせようと思ったが、体に力が入らず、脱力したままそれを眺めるしかなかった。
「んく、んく……じゅろ、ずぞ……♡♡」
湯水のように湧き出た精子も尽き、遂に氷室はペニスを口から取り出した。ピンと反り返ったペニスは、当たり前のように硬さを失っていない。
「ん、じゅぷ、ぷはっ……♡ マスター、まだお続けになりますか?♡」
「い、いや、これ以上したら我慢出来なくなっちゃうからいいよ」
「左様ですか♡ ではお掃除だけさせてもらいます──んれぉ、ちゅぷ──♡♡」
そう言うと氷室は再びペニスを舐めだした。
「ま、待って、そんなにされちゃうと――」
ーーーーーーー
あの後直刃は、結局欲望に負けて四度も氷室の口に射精した。「このままお続けになるなら、一度会社に連絡させてください」という彼女の言葉が無かったら、直刃は後数回は精子を発射していただろう。それだけ初体験のフェラチオは心地よいものだったのだ。
外を見るとかなり明るくなっていた。時計を見ると、短針は八を指している。どうやら三時間も舐めさせ続けていたようだ。直刃は氷室に謝ろうかとも考えたが、喜々として亀頭に顔を寄せていた彼女を思い出して、代わりの話題を出した。
「えーと……そうだ。氷室さん、僕の制服しらない?」
「ああ、でしたらこちらに」
氷室は階段の脇にある扉に向かった。歩く度にふるふると揺れる胸をチラ見しながら、直刃も後を追う。
こちらの廊下は、上に比べると簡素なものだった。右手には玄関、左手には一つ部屋があるだけで、二階のように冗談みたいに長い廊下は続いていない。
「そういえば、腰はもう大丈夫なの?」
「はい。以前にも述べたように、我々死神の体は人間より丈夫ですから」
「……人間だったら、マトモに歩けるまでもっと時間が掛かったってこと?」
「ふふ、初夜であれほど激しく抱かれれば、並の人間なら一週間は歩行困難でしょうね」
「ご、ごめんなさい」
「ああ、いえ、責めてはいませんわ。それだけ我々と人間とに違いがあることをお伝えしたかっただけです」
「なるほどね」
氷室は左手にある部屋の扉に手をかけた。直刃が中を覗いてみると、広々とした空間の端に小さなハンガーラックが三つほど並んでいる。そのうち二つには見覚えのある赤と青のスーツが一着ずつ。最後の一つには直刃の制服が掛けられていた。
「勝手かと思いましたが、制服にシワが出来ないようお休み中のマスターにお脱ぎになって頂きましたわ。申し訳ありません」
「謝らないでよ。むしろありがとう、そこまで考えてくれてたんだね」
直刃の高校の制服は、今時珍しい学ランタイプだ。氷室の気遣いがなければ、悲惨な結果になっていただろう。直刃は氷室が実は気の回る女性なのだと、今更のように理解した。
「ここは、その、洋服を仕舞っておく部屋なの?」
「いえ、そうではないのですが、まだ部屋割りなども決まっていませんし、一時的にここに置いてあるだけです」
「部屋割り……そっか、これから三人で住むんだもんね」
「はい」
直刃はいい加減肌寒く感じたので、ハンガーラックから制服をとった。すると氷室も、隣に掛けてある青いスーツを手に取る。
あまりにも堂々しくしていたので忘れていたが、彼女は全裸だった。そのまま着替えようとする氷室に、直刃は大慌てで声を上げる。
「ごめん、今出るから!」
「マスター、わたくしは気にしませんわ♡」
「そ、そう? あ、でもダメだ。また勃っちゃうかもしれない」
「確かに、そうですわね……でしたらわたくしが出ます」
「氷室さんに玄関で着替えさせるなんて、嫌だよ。僕リビングにいるね」
「あ、お待ちくださいマスター!」
堂々巡りになる予感がした直刃は、制止を無視して部屋を飛び出した。
リビングに入って制服を着ながら、ふと壁の時計を見る。なんだかかなりゆっくりしているようにも思えるが、氷室は会社に間に合うのだろうか。
ましてや彼女は社長だ。直刃は不安になった。しばらくしてリビングにスーツ姿の氷室が入ってくると、すぐにその事について聞いてみた。
「マスター、お気を遣わせてしまって……」
「いや、いいよ。それより時間、大丈夫なの?」
「ええ、後三十分はマスターのお傍に居られるかと」
「あれ、結構余裕あるんだね。重役出勤って奴?」
「ふふ、たまたまですわ」
とにかく彼女が遅れる心配がないと聞いて、直刃は安堵の息を吐いた。
直刃がソファに座ると、追従していた氷室が傍らに立つ。
「マスター、本日は一度ご自宅にお戻りください。引越し業者は手配済みですが、『大事なもの』はご自分の手で管理した方がよろしいかと」
「うん、分かった」
「朱雀に休みを取らせていますので、何かあれば彼女に」
「了解。そういえば朱雀さんまだ起きてこないのかな?」
心配になって階段を見上げるが、彼女が降りてくる気配はない。
氷室は直刃に頭を下げた。
「申し訳ありません。朱雀は休日と聞くと、とことん寝るタイプの人間でして……」
人間っていうか、死神だよね。直刃は密かに突っ込んだが、口には出さなかった。
「すぐに起こして参ります」と氷室が寝室に向かいそうになるのを、「朱雀さんも疲れてるんだろうし、休みの日ぐらい……」と直刃が引き止める。しかし氷室はなおも朱雀を叩き起そうしていたので、直刃は強引に話を変えた。
「ちょ、朝食はどうするの?」
「……そうですね。わたくしは会社へ行きがけに何処かで済ませようと思っていますわ。マスターはお休みの日は何時頃にご朝食を?」
「うーん、食べる日は大体十時前後かな。あんまり早いと、次の日までもたないし」
「食べる日? ……いえ、分かりました。では時間になったら朱雀に申し付けてください。まだ寝ているようなら無理やり叩き起こしてください、朱雀が悪いので何も気になさらないで結構ですわ」
「うん。分かったよ」
ーーーーーーー
「ごめんなさい、マスター。次からは私がちゃんと用意しますから」
「あはは、楽しみにしてるね」
朱雀の言葉に、直刃はにこやかに頷いた。
氷室を見送ったあと、何分か経ってから朱雀はやっとリビングに現れた。案の定全裸で階段を降りてくる彼女に対し、「対エッチなお姉さん用格闘術」と称して直刃はスーツの着替えと朝食の焼きたてパンのコンボをお見舞いしたのであった。
「マスター、氷室は何か言ってましたか?」
「僕の家に行くっていう話と、朱雀さんが休日はよく寝るって話をしたよ」
「むぐぐ……」
「ふふ、冗談だよ。とにかく僕としては一回家に帰りたいのが一つと、後はここから学校までの道も確認したいかな……てかここ何処か分からないし……あ、それとも、僕はこれからは学校にも通わない方がいいのかな?」
「いえいえ、氷室の一生を捧げるとかいう言葉を間に受けちゃいけませんよ。比喩です、比喩。基本的には、私達がマスターの行動を縛ることなんてありません」
思いがけない朱雀の言葉に、直刃は首をひねる。
「そうなの?」
「はい、昨日も言いましたけど、逆にマスターが私達に何でも命令してください」
「そ、そんな事言われても……」
「欲しいものでもいいし、やりたい事でもいいし、後は……そうそう、マスターでしたら、こう、なんとなくムラッときたら、なんとなく私達押し倒して、なんとなくズボッとなんてのも全然アリですよ♪」
「それは流石に……嫌じゃないの?」
「そんな訳ないじゃないですか。マスターだったらいつでもバッチコイって感じですね♡」
「バッチコイって……」
どうも彼女は痴女っ気があるなと、直刃は朱雀を見てちょっぴり失礼な事を考えていた。実際、彼女の言動は痴女のそれであり、案外的を射ているのではないだろうか。
そんな事が直刃の顔に出ていたのか、朱雀が珍しく真剣な表情になる。
「マスター、勘違いしてるみたいですけど、私別に早く襲えって言ってるんじゃないですからね?」
直刃は否定する彼女を見て、反射的に「嘘だぁ」と返した。
「もちろん抱いて欲しいのも私の本心ですけど。ただどっちかって言うと、マスターに甘えて欲しいだけなんです」
「甘えて欲しい?」
「そそ。これからは我慢しないで生きてくださいって事です」
朱雀の何気ないセリフに、直刃は押し黙る。
これからは。
そう言われると、今までの自分がまるっきり馬鹿に思えてくる。苦しかったのも確かだが、全てを我慢して生きてきたつもりはない。
直刃は頭に血が上っていくのを自覚した。とはいえ、ここで怒鳴ってもまた昨日のように「辛かったよね……」に一直線なのは目に見えていた。直刃は彼女に悪意があったのではないと、心を落ち着けた。
そもそも、彼女を一方的に悪にするのはおかしい。彼女は上から見下ろすのではなく、寄り添って手を差し伸べてくれたのだ。言わずもがなそれも同情には変わりないのだが、健気に尽くそうとし、処女まで捧げてくれた彼女にそうそう悪い感情は抱けない。
『意固地になっちゃダメ。逆の立場で考えなさい、直刃』
ふと、幼い頃の自分を慰める母の言葉を思い出した。その言葉を聞いたのは、まだ直刃が幼稚園に入るか入らないかだった。意固地になるなやら逆の立場で考えろなどとあの年の子供には難しい話だろうと、直刃は年を重ねると度々考えていた。
母の話はとにかく、そう、逆の立場で考えるのだ。
逆の立場で。
つまり朱雀が主で、直刃が下僕だと考えるのだ。朱雀は下僕である直刃に対し、何も命令してこない。しかし彼女には密かに欲しいものがあったとする。それは朱雀に命令されれば、直刃にとって赤子の手を捻るよりも簡単に入手出来るが、何故か彼女は頑なに命令を下さない。
「うん……当然それじゃ、もどかしいよね」
「え、なんですか?」
「ううん、こっちの話」
沢山甘えて欲しい。我慢しないでいい。
過去の自分を否定されたと被害者ヅラするのではなく、奉仕してあげたいのに何も出来ないと嘆く朱雀の叫びと受け取れば、直刃の気持ちも幾分か楽になった。
そうと分かれば、目一杯朱雀に甘えてやりたかった。しかし母を失って三年。周囲の大人達には随分と甘えてきたつもりだったが、こういった甘え方になるとてんで分からないし、なにより思い出せなかった。
「朱雀さん……手、繋いでもいい?」
「え、あ、はい。いいですけど……?」
おずおずと差し出される手を、そっと握る。柔らかくて触り心地のいい、温かい女性の手だ。
「朱雀さん、ごめんね。今はこれくらいしか甘えられないんだ。でもさ、そのうちもっと甘えられると思うから。甘えられるように努力するから」
手を繋いだまま、朱雀の瞳をじっと見つめる。
「……分かりました。そうですよね、マスターもいきなりで困っちゃいましたよね」
「うん、ごめんね」
「じゃあ、私ももっと甘えてもらえるように、努力します」
二人は顔を見合わせたまま、笑いあった。
「ちなみにマスター、まずは手始めにこの手を私のおっぱいにですね──♡」
「揉まないから。自分で言うのもなんだけど、今結構いい感じだったよね? やっぱり痴女なの?」
「ああっ、酷い! しかも今やっぱりって言いましたよね!? そんな事考えながら私と会話してたんですか!!?」
「今のは、朱雀さんが悪いんだよ」