※この作品はR-18です。

僕と死神と王の証   作:はつのとうこ

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四十三話

 

 

 

 

「アリア!」

 

「分かってる!!」

 

 分厚い雲が月の光を遮る暗闇で、二人の美女は一つの人外を追いかけていた。

 都心の高層ビルの壁面を駆けずり回って、黄色い雷が疾走する。

 銀の弾丸と化した音速の死神が、中空を蹴り飛ばして相手に肉薄する。

 空を飛び舞う黒い人型は、けれど人間とは決定的に違う漆黒の翼を広げていた。

 悪魔と死神。紛れもなくこれは世界の摂理を守る戦いだった。

 

「シャァッッッ!」

 

 人に紛れる必要がない。それはイコール人の言葉を話す必要がない。

 低級の悪魔とは明らかに違う強さを纏ったそれは、腕を無造作に薙いで空間ごとめちゃくちゃに吹き飛ばす。

 ギャリギャリと風を削り取る音が響き、空が割れる。

 

「ちっ……!」

 

 褐色の死神は、モロにその衝撃波を受けて付近のビルの壁に激突する。勢いそのままオフィスルームを突き抜けて、反対側へ。パソコンやらデスクやらと共に、再び中空へ投げ出される。

 悪魔は油断なく高度を上げると、次なる死神へと体の向きを変えた。

 だが、少し遅かった。

 自然界に発生してはならないレベルの電圧の塊が、悪魔の懐へと突進してきていた。

 文字通りの光速に──けれど悠々と対応する悪魔。

 

「ギャォォォッッッ!!」

 

「ぐっ、嘘でしょっ……!!?」

 

 すんでの所で首根っこを掴まれた死神は、そのままバキンと脊髄をへし折られて地面へと投げ捨てられる。

 

「げ、ぇぁ……!!?」

 

 ソニックムーブを発生して吹き飛ばされた死神の体は、派手な音と共にコンクリートの地面に現実味のないクレーターを作り上げた。

 

「ぐほぉっ……!?」

 

 肋骨や骨盤が砕けて、体外に飛び出す。速度の乗った悪魔の「投げ」は身体機能を完全に破壊するには余りある力で、着地の際に潰れた眼球は、白とピンクの塊となって地面に垂れていた。

 

「クソぉっ……!」

 

 完全に再起不能に陥ったかに見えたが、その身体を黄色い稲光りが包むと、次の瞬間には何事もなかったかのようにその場に立つ死神の姿があった。

 黄色いツインテールを振り、悪魔を睨みつけたのは雷歌だ。

 

「制服は直さないのかよ」

 

「うるっさいわね、こうやってビリビリに破けてた方が直刃様だってエロくて喜んでくれるわよ!!」

 

「……いや、そんなに血まみれなら心配されて寝かされるのがオチだぞ」

 

「嘘!? なら今すぐ脱ぎ捨てるわよこんなの!」

 

 言うや否や学校指定の制服を破り捨てる死神。暗闇に惚れ惚れするようなプロポーションの女体が晒される。

 ぷるんと震える乳房を眺めて、呆れ顔のもう一人。アリアである。

 

「ちょっと、私のおっぱい見ていいのは直刃様だけなんだから」

 

 慌てて腕で隠す美女。大きすぎる豊乳は潰れて余計にいやらしく見える。

 

「あーもう、んな事してる場合じゃねぇよ。さっさと終わらすぞ、スグハが寝ちまう」

 

「明日学校なのよね……はぁ、最悪。夏休みもっとあれば良いのに」

 

「それもうとっくに終わってるらしいぞ」

 

「シャォッ……!!」

 

 無駄話をしているところに、悪魔は急降下してくる。両手に膨大な魔力の塊を構築し、破壊的な光を撒き散らす。

 

「ヤバそ……」

 

「だな。よし、時間稼げ。一発で終わらす」

 

 銀の死神はその短髪をプラチナ色に輝かせると、身体中から白銀のオーラを立ち上らせた。

 

「冗談、そっちが時間稼ぎしなさいよ!」

 

「なら一緒にやるか」

 

「は!? 何言ってんの!!?」

 

「忘れたのか、これはコンビネーションの練習だぜ?」

 

「い、言ってる意味が分からないんだけど……」

 

「だから二人で時間稼いで、二人でぶっ放すんだよ。お互い半分ずつだ」

 

「ギャィァァァァァァャ!!」

 

 禍々しく歪んだ光線が幾重にも枝分かれして降り注ぐ。地表に到達した光線の一本一本が炸裂し、付近を地獄に変換する。

 焦土と化した地面に、二人の姿は無かった。

 

「もうっ、二人で時間稼ぎって意味わかんない!!」

 

 悪魔の攻撃をくぐり抜けて、土煙に紛れた雷撃が走り回る。

 

「結局私が時間稼いでるじゃないのっ、よっ!!」

 

 音の速さを置いてけぼりにして、走行する女性の形をした光。ネオンの跡をなぞって、バチバチと空気の弾ける音が追いかける。

 悪魔の背後を取った雷歌は、空に魔法陣を描いて跳躍。赤黒い光が混じった右脚を、相手の後頭部に振り抜く。

 

「キャシャァァァッ!」

 

 超常的な反射神経で振り向く悪魔。右腕でその蹴りを防ぐと、再び彼女の首に手を伸ばす。

 

「二度も喰らうかっての!!」

 

 素早く走った雷撃が、悪魔の両腕を消し飛ばす。

 

「どうよっ……!!」

 

 悪魔の身体を流れた電撃は、そのまま焼き尽くさんと激しく明滅する。

 

「ギュルォォォォォォッ!!!!」

 

「へっ……!?」

 

 だが、雷歌のにやけた顔は一瞬と持たなかった。

 悪魔はパカンと口を開き、その中からつい先ほど見せた光線の塊を吐き出そうとしていた。

 慌てて魔力を目の前に集中させるが、どう見ても防御は間に合いそうにない。

 魔力量的にも、そろそろ危険域に入りそうだ。これ以上のダメージは避けなければ。

 

「マズッ……」

 

「ほい、交代」

 

「なっ、嘘っ……!?」

 

「ギャシャォァァァァァァ!!!」

 

 分厚い雲を穿つ光線が空に届いた。

 すんでの所で身体を引っ張られた雷歌は、バランスを崩しながら付近に着地する。

 その身に、彼女から流し込まれた銀の魔力を宿して。

 

「引き継ぎよろしく」

 

 悪魔に突進するアリアを尻目に、雷歌は自身の手の中にある違和感だらけの他人の魔力を弄くり回す。

 

「もうっ、何このガバガバ魔力!! ふざけんな私の方が仕事量多いじゃんっ!!!」

 

 唾を飛ばしながら、魔法陣を何重にも重ねて背後に浮かべる。

 アリアの方はというと、果敢に悪魔へと攻め込み、身体に順調に傷跡を増やしている。雷歌よりは幾分かマシに戦えているが、それでも敗北は時間の問題だろう。

 いやに焦る。雷歌は直感している、コイツは二人で倒す悪魔ではないと。

 『第二世代』が二人か三人は必要な相手だろう。少なくともアリア一人では荷が重いし、そもそも雷歌は自身が足手まといだと正しく把握していた。

 だから、歯を食いしばって、ひたすらに魔術式を構築していた。

 なによりも力のない自分が、あの悪魔を打倒するために。

 

「くそっ、まだ死ぬんじゃないわよ……!」

 

 死神の回復力には限界がある。すなわち魔力の枯渇だ。

 主人のおかげで潤沢に使えるとはいえ、所詮死神達は充電式。電池が切れれば人間となんら変わりはない。

 それは魔力無しではあっさり死ぬ事を意味する。

 それまでに完成させないと。

 

「畜生っ、他人の魔力なんか触った事ないっつーの……!!」

 

 額に大粒の汗を浮かべて、険しい顔で戦況を睨む。自分がなすべき事を理解して尚、仲間が無残にもぶん殴られている様を見るのは気分が悪い。

 目に見える劣勢とは、こうも歯がゆいモノか。

 拷問に近い時間を耐え難いほど長く過ごす。体感時間はあまりにも長く、それはアリアとて同じであった。

 

「ごぼぁぁっ……!!」

 

「っ、アリアっ!!!?」

 

 見ればアリアの身体に再生した真っ黒な拳が突き刺さっていた。下顎から背骨の辺りを斜めに貫通し、冗談のような体勢で身体をピクつかせている。

 

「アリアぁっ!! 何死んでんのよ、ほらさっさと戦えぇっ!!」

 

 ふと直刃の顔が浮かんだ。

 雷歌は愛する主人の顔を思い浮かべ、果たしてアリアが死んでも笑顔でいてくれるだろうかと刹那に考える。

 無理だ、あの優しい少年が、今のままでいられる筈がない。

 でもどうすれば。

 今すぐ助けなければ手遅れに。

 術式はまだ完成しない。

 答えは自ずと浮かんでいた。

 自分の手には他人のものとはいえパワーの源がある。そして自身の体はそれを使う装置だ。

 バランスやらなんやらを考えてアリアの魔力を構築し直していた雷歌だが、それでは間に合わない。

 ならばどうするか。

 

「このまま使うしかない……っ!」

 

 判断は一瞬。雷歌は胸元に銀色の輝きを叩き込む。

 

「ごっ、っあぅっ……!!!?」

 

 そんな甘い考えはすぐに否定される。

 全身の血管に硫酸でも流し込まれたかと思うほど、『合わない』。

 これでは魔力ではなく毒だ。諸刃の剣にすらならない。

 使う云々ではない。使うなど不可能、死神の体はそんな風に出来ていないらしい。

 目を見開き、アリアを見る。

 それでも。それでもやらなければならない。

 

「やってやる……!」

 

 もはや魔術として使うのは諦めた。

 これごとぶつける。

 この銀の魔力の塊を、更に自分のありったけの魔力を凝縮して詰め込んで、アイツにぶつける。

 幸運な事に、速さだけは誰にも負けない自信がある。近づくのは容易だ。

 そして、

 

「思いっきりぶっ放してやる!」

 

 宣言すると共に雷歌は空を駆けた。閃光を伴って雷鳴のように疾走する。世界すら置き去りにして、瞬時に距離を詰めた雷歌は、何もかも忘れて一心に右腕を突き出した。

 

「吹っ飛べクソ悪魔ぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 銀と黄の魔力の塊が、腕を伝って悪魔に触れた。

 そして、雷歌の右腕が吹き飛んだ。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 直刃はリビングに入ると、鞄を置いて二階へと向かった。

 少し長い廊下を進み、ちょうど四番目に位置する部屋へとノックする。

 

「僕だよ」

 

「良いぞ、入ってこい」

 

 美しいアルトボイスに言われるがまま、中へと足を踏み入れる。

 少し体が緊張しているのは、いまだ昨日の彼女の姿が頭から離れないからだ。

 

「……」

 

 部屋の中は質素なものだった。クローゼットとベットのみ。他はフローリングもむき出しで、恐らく引っ越してきた時から何一つ変わっていないのだろう。

 直刃はおっかなびっくりでベットに目を向ける。

 

「雷歌……」

 

 目を閉じて、死んだように眠る彼女。いつもの明るい元気など、嘘のようだ。

 ベットに腰掛けていたアリアが、肩をすくめて立ち上がった。

 

「とりあえず落ち着いてはいるが、二、三日は目を覚まさないと思うぜ」

 

「……腕は?」

 

 その問いに、アリアは黙って首を振った。

 直刃はつい今朝方の事を思い出す。

 リビングに現れた二人は、まさに満身創痍の様相だった。

 特に、アリアに背負われていた雷歌は酷かった。全身は裂傷だらけで、しかも信じられない事に右腕が無くなっていた。

 悪魔を狩りに行っていた。それは直刃だって知っている。

 けれどあの状態は、見るに耐えなかった。

 アリアが仲間になってから、こういった事は滅多になかった。直刃は心の何処かで、もう安心と思ってしまっていた。

 そんな慢心を捻り潰すかのような惨劇は、直刃を酷く苦しめた。

 今日一日、直刃は思いつめた様子で過ごしていた。

 

「大丈夫だよね……?」

 

 ベットに近づくと、規則正しい呼吸を繰り返す雷歌を嫌でも目にする事になった。

 彼女の額に手を当て、どうにもしてあげられない無力感に打ちのめされる。

 

「スグハ」

 

「あ、うん」

 

 促されるままに部屋から出ると、ぐっとアリアに手を引かれた。

 そのまま廊下の突き当たりまで歩き、階段を登る。

 ガチャリとアリアが扉を開けると、残暑の残る生暖かい風が入り込んできた。

 手すりに背中を預けるアリア。直刃はそんな彼女の様子を見守った。

 

「──特訓だ」

 

「……特訓?」

 

 アリアが鼻で笑った。

 「自分でも柄じゃないって分かってるさ」と黄昏色の空を見上げ、瞼を閉じた。

 

「ババアから大転移の話は聞いたろ。アレは本来なら王の力を借りなくても、死神達の力だけで凌ぐもんなんだ。実際、今までそうだった」

 

「でも、シロは僕も戦えって……?」

 

 言葉通りに受け取っていた直刃は、アリアの言葉に疑問符を浮かべる。自分なりに初代死神の話は噛み砕いて飲み込んだつもりだったが、どうも簡単な話ではないようだ。

 

「……まぁ、今のままだと悔しいがお前にも前に出てもらう必要があるかもな」

 

「えっと……うん……?」

 

 話の流れが読めず、困惑する直刃。

 アリアは難しい顔で、そんな愛しい主を見つめていた。

 

「そんな子犬みたいな顔すんなよ──まぁ、要するにだ。悪魔ってのは大転移の時期が近づくにつれて強くなる、そういうシステムなんだ。これにも理由があるんだが、ややこしくなるから今は置いとく」

 

 一拍置いて、アリアは続ける。

 

「で、今回はやけにその強くなるスピードが早い……多分、アタシでも相手にならない奴もリンボの中にいるだろうさ」

 

「そんな……」

 

「だから、特訓って訳だ。個々人の力はもう限界まで出し尽くしてる、それで無理だってんなら共闘するしかないのさ」

 

「……」

 

「ずーっと今までワンマンチームでやって来てた。揃いも揃ってなまじ力が通用してきたもんだから、互いに助け合って戦うって事が出来ない……アタシは元々一人だったから、関係ないけどな」

 

「関係なくはないよ。アリアも、僕の大事な死神なんだから」

 

「……いや、そういう話じゃ……ま、いいか」

 

 鼻の頭をかいてお手本のように照れるアリア。

 

「それで、雷歌の右腕は……?」

 

「……あいつが目を覚ませばすぐ治す筈だ。魔力は必要かもしれないが」

 

 アリアの視線に、うんと頷き返す。

 彼女達死神に魔力をあげるのは直刃の仕事である。愛する人が片腕を失ってまで戦っているのだ、自分だってそのために全力を尽くす。

 ……同時に自分も気持ちよくなってしまう辺りが、少し負い目を感じる訳だが。

 沈黙が二人を包んだ。

 アリアは直刃の手を握りしめると、やがて微笑を浮かべた。

 

「さぁ、氷室達も帰ってきたみたいだ、下に行こうぜ」

 

「え、何それ、なんで分かるの?」

 

「さぁな……ちゅっ♡」

 

 直刃に軽い口づけをすると、アリアは屋上から降りていった。

 残った直刃は、ぽりぽりと頬を掻くとその後を追った。

 大転移の恐怖を、胸のうちに抱きながら。

 

 

 

 

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