「よぉ、直刃! 久しぶりだなぁ、お前どうやってこんな美女と知り合ったんだよ!」
社長室にて待ち構えていたのは、果たして目にするのは何年振りかの父親の姿であった。
チャラついた茶髪に、革ジャンジーパンの本人曰く「最高にモテる服装」は変わらず。
最後の記憶よりも多少老けた彼──
「いやー、俺にも分けてくれよ、この秘書さんなんてばかでっけぇチチじゃねぇか。いやー、ハメたいねー! 俺様の息子をさ!!」
「……うるさい」
直刃は自分でもびっくりするくらい頭にきていた。
この父親は、本当に、なんで生きているんだろう。
早く死ねばいいのに。
「うるさいよ、早く消えてよ……!」
「ッ、マスター!?」
思わず殴りかかる。ソファに座る彼に飛び掛かると、拳を頬に叩きつけた。
突然の行動に、氷室と朱雀が騒然となる。
その動きは、ハナから会話など考えていないようなモノだった。
部屋に入って、標的を見つけたら、全力で殴る。そうコードを記載されたプログラムのように、少年は疾走する。
「がぁ、ぉ……!?」
ソファがひっくり返って、ごろごろと二人仲良く床を転がる。すかさず直刃は馬乗りになると、また顔面を殴りつけた。
直刃が初めて見せる暴力性だった。優しく大人しく、でも少しお茶目な少年だった彼が、あんなにも激情するなんて。
氷室と朱雀がぽかんとする。
「何しにっ、来たんだよっ! 帰れっ、早くっ、消えろっ──母さんの葬式にも来なかったお前が、今更僕の家族ぶるな!!」
「がっ、ぐぼっ……て、てめぇ……!!」
悲痛な叫びと共に、拳を叩きつける。生まれてこの方、人なんて殴った事もない直刃の拳からは逆に皮膚が破けて血が垂れていた。それくらい強く殴ったのだ。
激情。激怒。まさにそれだった。一体どれくらい強く人を憎めば、あんなに優しかった少年が豹変してしまうのか。
或いはどれだけ悪行を積めば、こんなにも恨まれる父親になるのだろうか。
「マスター!」
そばに控えていた朱雀が、慌てて直刃を押さえつけた。羽交い締めするように動きを止める。
訳もわからず、それでもこれ以上愛する人が傷つくのを黙って見ていることは出来なかった。
怜が、よろけながら立ち上がる。
「……クソ。てめぇ、俺が産んでやったの忘れたのか、あぁ!?」
「頼んでないし、産んだのはお前じゃない。母さんだっ! 今更何しに来たクズ人間!!」
「お前父親にそんな口聞くんじゃねぇ!!」
鼻から血を噴き出した父が、それから喧嘩蹴りの要領で羽交い締めにされている直刃の腹を蹴飛ばした。
「ぐっ、ほぉ……!?」
直刃がよろめいて倒れる。朱雀もまさか本当に蹴ってくるとは思わず、避ける動作すらしなかった。それで、つられて尻餅をつく。
かっと焔が煌めいた。
この行為を、二人の死神が見逃すはずがなかった。
「柊様、それ以上この子に暴力を振るうような事があれば、命の保証は出来ませんわ」
「……殺すよ、お前。マスターの事蹴ったわね。父親とか関係ない、魂ごと消してやる」
緋と蒼。二色の髪が輝き、直刃の前に立ち塞がるようにして二人の美女が険しい目つきをしていた。今にも殺してしまいそうな殺意を男に向けている。
男は、納得行かなそうに首を傾げた。
「あぁ? なに、社長さん、他所の家庭に口出すなって、ガキの頃習わなかったのか? 今躾タイムなんだよ、邪魔すんな」
「わたくし達の王ですわ、マスターは。決して貴方の所有物ではありません──図に乗るな人間、その心の臓まで氷漬けにされたいか?」
氷室の周囲に、パキパキと凍てつくような空気が生まれる。
とても、現実では考えられなような、異質な光景。氷室はとうに人間の皮を被っておらず、何も知らない人間であれば恐怖して逃げ出すような雰囲気を纏っていた。
それなのに怜は不敵に笑うだけ。それどころか、
「──へっ、社長さん……いや、死神さんよ。お前達本当に人間を殺しちゃって良いのかねぇ?」
さらりと死神という言葉まで使う始末。なによりも、殺されないと絶対の確信がある表情。
「なっ、どこで父さんが死神の事を……!?」
父の言葉に、我が耳を疑う直刃。
怜は至って普通の、普通の一般人の筈だ。それが何処で死神なんて存在を知り得たのか。
思わず父の目を見る。彼は相変わらずいけすかない目つきでこちらを見下ろしていた。
「なぁ、直刃。俺さ、本当のこと言うと、まだ博美の事……お前の母さんの事愛してんだわ」
「……何を言ってるの?」
声が震える。
これ以上怒らせるような事を言わないで欲しかった。
さもないと本当に、二人に命じてこの男を殺してしまいそうだ。
そんな直刃の心情を嘲笑うかのように、父は言葉を続けた。
「だってアイツのまんこ、すっげぇ俺様と相性良かったんだぜ……大学の時からハメまくって、ガバマンになっても良いくらいなのに、ずぅーっとスケベにちんぽにしゃぶりついてくるんだよなぁ、あのまんこ」
「……お前、黙れよ」
「それにちょっと甘い声出すだけで、言った分だけ金くれるんだぜ、はは! あんなに俺に貢いでくれたのは、博美くらいさ!! 他のタダマン共はカスみてぇな金額しか寄越さなかったよ!! それに比べて──」
「黙れって言っただろ、お前ぇっ……!!」
直刃は立ち上がると、氷室と朱雀の間を縫って再び殴りかかった。
「「マスター!?」」
二人が制止し、手を伸ばす。直刃は脇目も降らず、一直線に最短で駆け抜ける。
「お前っ……!」
そうして、飛びかかった。喧嘩のけの字も知らない直刃が、全てを掛けて全力で殴りかかる。
奥歯を噛み締めて、怒りにその身を任せる。
──ああ、どうしてこんなにイラつく人間なんだろう。誰かに、僕を怒らせて来いとでも言われたのだろうか。今すぐ顔が変形するまでボコボコにしてやりたい。
しかし、怒りは父に届く事はなかった。
「な、に……?」
直刃の拳は、ピタリと真横から伸びてきた手に掴まれる。
「──んー、坊や。あんまりお父さんの事殴っちゃだめよ♡」
横から、聞き覚えのある声が響いた。ゾクリとする冷たい声音。
「ネクロ……!?」
思わず声の主に目を向けると、そこにいつしか目にした痴女が立っていた。
極上のグラマラスボディに、妖しく光る紫色の眼。
どろりとした黒い長髪に、乳首と女性器しか隠れていないような際どいスリングショットビキニ。
先日会話した、あのネクロが、臨戦態勢でそこにいた。
「離してっ……!」
掴まれた手を振り払うと、警戒して後ろに下がる。後ろの二人にも緊張が走っていた。いつからそこに。何をしに。どうして。
逆にネクロは直刃達の事を相手にしてなかった。怜の身体にしなだれかかると、むっちりした豊乳をすりすりと押し当てて猫撫で声を出す。
「ほら、怜さん♡ あの坊やに伝えなきゃいけない事があるでしょう?♡♡♡」
「あ、ああ、そうだな……!」
男は先程までの怒りは何処へやら、鼻の下を伸ばしたような顔つきでネクロの腰に腕を回した。極限まで括れた腰を撫でながら、「直刃」と声をかけてくる。
「俺はよ、この美人さんからぜーんぶ聞いたんだ。お前が社長さんみたいな美女にちやほやされてんのは、死神の証って奴のおかげなんだろ?」
「……だから、何?」
「その証って奴を……なんだ、おい。お前、そんな目で親のこと見やがって調子に──」
直刃は尚も怒りの眼差しを向けながら、続きを促す。ネクロが一体何を考えているのか分からなくて、直刃は動けなくなっていた。
それは相手も同じで、とても父親を見るような目つきではない直刃の表情に噴火寸前だ。
「あーん、怜さーん♡♡ 私早くこんなとこから出て、ベッドの上でゆっくりしたいなー、なんて♡♡」
ところが、ネクロがそれを止める。むにむにとはたからみても柔らかそうな乳球をスケベに押し付けて、あざとく怜の胸板に指でハートマークなんかを描いたりする。
「──ん、あ、ああ。そうだな」
すっかり毒気を抜かれた怜は、頷くと足早に社長室の出口に向かった。
去り際に、耳を疑う言葉を残して。
「その死神の証ってやつがあれば、博美を生き返らせる事ができるんだろ? お前、それを自分のためだけに使いやがって、最低だぜ」
「ッ、あんただって、随分楽しそ──え?」
勢いで言葉を返すが、直刃はすぐに彼の言葉を反芻して固まった。
「ばっか、この美人さんとは、所謂ビジネスパートナーってヤツさ、はは……またな!」
社長室から笑い声を上げて父親が出て行く。
一方の直刃は、彼の残した言葉の事で頭が一杯だった。
生き返らせる。
あの男は確かにそう言った。
「母さんを……生き返らせる……?」
馬鹿な。
そんな事が、可能なのか。
ーーーーーーー
「──いやいやいや、無いからな? 死神の証にそんな機能無いぞ。わしが断言してやる」
あの後、直刃はまだ仕事の残っている二人を残して一人家に帰ると、シロに電話をかけた。
彼女とて暇では無いらしいが、電話越しに上手く説明できないと告げると一秒も待たずリビングに瞬間移動してきた。相変わらず凄い能力だった。
「でも、父さんは言ってた。死神の証さえあれば、母さんを生き返らせる事が出来るって」
「何を馬鹿な。いいか、直刃、確かに証には、こう、秘められたパワーというか……神秘的なお守りというか……とにかくそういうのはあるが、それはつまるところ所有者の精液を魔力に変換、ないし死神に吸収させるというだけのものじゃ。人間を生き返らすなぞ、不可能もいいとこじゃ」
白い幼女は対面に座ると、「全く馬鹿馬鹿しい」と首を左右に振りながら直刃を諭すように告げた。
「でも……でも、父さんの隣には……ネクロが居たんだ……」
「ぐ……むぅ……」
シロが言葉を飲んだ。
「……それに関しては、確かにキナ臭い。ああ、全くもって同意するが、しかし人間を、生き返らせる……?」
直刃は、そこが引っかかっていた。
配下よりも、この目の前に居る初代死神よりも、死神や悪魔についての説明を一番詳しくしてくれたのは他ならぬ彼女だ。
彼女であれば、シロが知らない事を知っていてもおかしくないのではなかろうか。聞けば随分と古参のようだし。
つまりネクロの言う事を聞けば、母さんを──
「ふぅ……直刃よ。何度も言うようじゃが、人間を生き返らせる機能なんて証にはない。奴の──ネクロのハッタリ、或いは策略と見るのが道理であろうよ」
「でも、あの場で僕を殺せたはずなんだ……そもそも彼女の家に行った時だって……」
「お主、ネクロの家に行ったのか……!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げて、シロがひっくり返った。
恐れ知らずも良いところだと、頬を引きつらせた幼女がから笑いをした。
「ぶ、無事だからいいものを、直刃……それは自ら敵地に飛び込むようなものじゃぞ……」
「敵地……」
シロの言葉は、一方的にネクロを敵とみなしている。確かに彼女の目的は直刃を殺害する事らしいが……それにしてはネクロの行動は回りくどい。
殺すならとっくに殺しているだろう。何せ単身で彼女の家に向かったのだ。しかし現実は、仲間にする事こそは出来なかったものの悪魔と死神の関係性について詳しくレクチャーしてくれただけだ。
何かあるはずだ。直刃を殺す以上に、彼女が果たしたい目的が。
そこで、ふと彼女の存在を思い出した。
「そうだ、シロ。ナナさんって知ってる?」
「藪から棒になんじゃ? ナナ……誰ぞ?」
「え、あれ、知らない?」
「知らぬ。知らぬが……その反応からして死神じゃな? はぐれか? 会うたのか」
「えっと、うん」
直刃はネクロの自宅で出会った死神の説明をした。
すると彼女は自身の小さな顎に指をあてて、考え込む仕草をした。むむ、と細い首を傾げる。
「ナナ……ナナか。うーむ……唯七か?」
「ゆい、しち……? 誰それ?」
シロは首を振った。確証はないらしい。
「ま、名を偽っているということは第一世代か第二世代であろうよ。なら、其奴も何か目的があって直刃の配下になっておらん事になる」
「……シロ、前から思ってたけど、専門用語を使うときは説明してよ。僕、ネクロさんに何にも教えられてないのかって馬鹿にされたよ?」
「え、あ、すまん」
素で謝る幼女に、「ちゃんと説明してよね」と直刃は呆れ顔だ。
「説明……説明のぅ……」
そうは言うものの、シロは微妙な表情だ。死神の王に説明するというのは、彼女達からしてみるとおかしな話らしい。
「えーと、直刃? ここまで巻き込んでおいてなんじゃが、直刃が知る必要は全くないと思うぞ」
「いやいや、僕ネクロに聞いたよ。悪魔って元人間なんでしょ? そういうのひっくるめてもっと早く知りたかったよ。今までずっと悪い奴だと思って早くやられないかなーって言ってたよ」
シロは尚も納得いっていない様子。
「それだって、知る必要ないじゃろ? お主の配下達だって、頑張って悪魔倒してきてねと言われた方がやる気も出るはずじゃ。なるべく悪魔に優しくしてあげてねと言われたところで結局殺すわけで、氷室達も困惑するだけじゃろ?」
「えぇ……?」
「……うーむ?」
直刃もシロも、そろって首を傾げた。どうにも話が噛み合わなかった。
直刃としては、別段殺されている悪魔達に気を遣っている訳ではなく、愛する彼女達がどういう理由で何をしているのか知りたかっただけだ。それを理解する事で彼女達の会話も理解できるようになるし、何より除け者にされている現状をどうにかしたい。悪魔を倒す事に関しては、世界のバランスを保つためで人が生き返るには必要な行為と言われればそれは黙って頷く。結局は赤の他人だ。どうでもいい。
対してシロは、そんな事を教えても仕方ないと言う。余計な知識は、余計な考えを生むと。彼女はそう言っている。
その通りかもしれないが、しかし余計かどうかは自分で決めたい。
直刃は、シロに細い目を向けた。
「……まあいいや。それで、そのだいいち世代? とかって何?」
「ん? ああ、それか。いや、それこそ大した事はなくてな、単純に生まれた時間だ」
「年齢、って事?」
シロは可愛らしく頷いた。
「まだ、人間が文明をまともに築くか築かないかという頃から存在する死神を──つまりわしなんかがそうじゃが、第一世代と呼ぶ」
「おばあちゃんなんだ」
「これ、滅多な事を言うでないわ。こんなに可愛い婆はおらんじゃろ♡」
「続けて」
「……冷たいのう」
がっくりとシロが肩を落として、それから続く第二世代の説明を行った。
第二世代は、曰く悪魔が人に紛れるようになった時代。それに対抗するように投下された対少数に特化した死神達。紫羽、アリアがこれに該当するらしい。
「ふーん……氷室さん達は?」
「第三世代じゃの。もっとも若い世代じゃ。その分忠誠心も強い」
「……何? 今の言い方だと、歳を取るごとに忠誠心なくなってくの?」
「……ノーコメントじゃ」
それについてはシロも頭を抱えているらしく、珍しく弱腰でいじけるようにそう言った。いらん事を言った、という顔をしている。隠し事の多い死神だ。
「あー、それは良いとして……直刃、他に聞きたい事はあるか?」
「うん。なんで偽名は第一世代か第二世代なの? 氷室さん達の世代は?」
「それこそ、忠誠心が強いからじゃな。他は色々経験して、荒んでいる者も多い」
「アリアとか、ネクロ……?」
「ま、一概にそれだけではないがの。或いは朱雀のような第三世代も時にははぐれになる事もあるからな」
「……そう」
ひとまず直刃はそれで納得することにした。これ以上尋ねたところでお互いに困るだけな気がした。
「直刃」
シロもそう思ったのか、いったんここまでにしようと頷いた。
それから、美しい瞳で、直刃を見つめた。
「わしのことは信じなくても良い。しかし、お主の配下の者達は信じよ。奴らは他ならぬ、お主のために日々戦っておる」
「……うん、分かった」
シロは直刃の返答を聞くと、満足そうに頷いた。
それから「では」と言って姿が消えてしまう。つい今まで目の前で話していた幼女は、影も形もなく消え去ってしまった。
相変わらず、非現実的な光景であった。あれが、死神を統括する存在。
いざとなれば、ネクロ同様直刃の事を瞬時に殺せるのだろう。そう思うと、やはり勢いに任せて喧嘩するべきじゃない。
「ん……?」
タイミングを見計らったように、机に置いていたスマホが振動する。
「メール?」
直刃は、届いたメールを確認した。
そして息を飲んだ──
「どういうこと……?」
「主、どうかしましたか?」
主人の苦い声を聞いて、部屋の隅で命令を待っていた紫羽が動いた。
「紫羽さん……」
どうすればいいのか分からない。もうどうしていいのか分からない。
少年は、迷子のような顔で、愛するメイドにそっとメールの文面を手渡した。助けを乞う、弱々しい少年だった。
紫羽は優しく受け取ると、能面のような無表情で一読する。
彼女が結論を出すのはすぐだった。
「──まずは、話を聞いてみてからでも良いのでは?」
「……」
直刃は何も答えない。いや、答えられない。
自分でも何が最善かわからないのだ。
紫羽が、言葉を重ねる。
「主。何も主に悪魔と生身で戦えとは申していません。いざとなれば紫羽が矢面に立ちます──しかし何より、主が『手に入れたいモノ』があるのならば行くべきかと、紫羽は考えます」
「……紫羽さん、もしかして僕の考え読めたりするの?」
「ええ──読めますとも。ふふふ」
紫羽は目を伏せて悪そうな微笑を浮かべると、それから何もかもお見通しと言わんばかりに直刃の股間を撫でた。
「紫羽はただ、全てが済んだ後の事を考えているだけです。さぞ、たっぷりと……♡♡」
「あ、あはは、ほんとに変わらないね紫羽さんは……紫羽さんが言うなら、じゃあ、とりあえず言う通りにしてみようか──」