※この作品はR-18です。

僕と死神と王の証   作:はつのとうこ

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五十五話

 

 

 

 

「……ババア、本当にお前コッチで良いのかよ」

 

 寒空の下、雲行きの怪しい深夜三時過ぎ。

 いつものホットパンツ姿で幾分寒そうなアリアは、ビルの屋上から油断なく辺りを見回しながら隣で腕を組む初代死神に問いかけた。

 

「スグハが心配だ。今からでも向こうに……」

 

 その姿はかつての一匹狼とは程遠く、今や完全に愛する主人を待つ死神そのものだった。

 周りに死神達が同意するように視線を一点に集めた。

 殺意に似た空気が、ひりついた雰囲気を作り出す。

 

「んくく、全く揃いも揃ってショタコンばっかで参るのぅ……」

 

 普段の愛くるしい幼女姿ではなく『土御門銀』の姿となった初代死神──シロは、絢爛な着物を風で揺らしながらアリアの問いに薄く微笑む。

 

「──何度も言うがの、今のワシは名実共に停『時』の神である。誰も今のワシには勝てんよ。それが例え遠く離れた戦場だろうと、な」

 

 驕りとも油断とも取れる言動だが、彼女の力を間近で何度も見たことのあるアリアは何も言わず、小さく鼻を鳴らした。

 この世に初めて誕生した死神は、それほどまでに絶対的な能力を持ち合わせているのだ。

 

「とはいえ相手も同じ第一世代……初代死神、ネクロが何をするか分からない以上、油断ならない相手ですわ」

 

「マスター、無事に生きててくださいね……」

 

「初代死神、直刃様が危なくなったらさっさと教えなさい。すぐに飛んでいく」

 

 一方の氷室、朱雀、雷歌は、世代が若いこともあり初代死神の本域を見たものは誰も居なかった。加えて、何より愛する主人も別の場所で戦いを強いられているのだ。故に何処か不安そうで、決戦直前ということもありあまり気乗りしていない。

 それに加えて、大転移の経験は皆あるものの、今回はいつもと様子が違うことを感じ取っているのだろう。それぞれかららしくない緊張が見て取れた。

 

「──静かに。転移が始まります。集中しなさい」

 

 浮つく第三世代達を嗜めるのは、唯一普段と変化の見られない紫羽だった。

 彼女はその圧倒的な爆乳をメイド服の中にしまい込みながら、左右の手には二メートル近くある日本刀を手にしていた。夜を知らないビル街の明かりに照らされて、ゾッとするような刃物の輝きが反射する。

 

「今回の大転移はかなりの数が予想されます。第三世代の貴方達は決して離れないこと。それと、お互いのフォローを」

 

「分かっているわ」

 

 代表して氷室が頷くと、紫羽は「結構」と頷き返した。

 

「アリア、貴方もです。遊撃役は構いませんが、援護の範囲外に出ないこと」

 

「ババアがいるんだ、多少無茶しても問題ない。好きにさせてもらう──分かった、分かった、そう睨むな。ジョーダンだよ」

 

 紫羽に険しい目線を向けられると、彼女は肩をすくめて大仰に頷いた。「怪我なんてしたらスグハに怒られるからな」とぼやきつつ、真っ直ぐ空を見上げる。

 

 

 

『やぁ、お出迎えとは嬉しいね』

 

 

 

 タイミングを見計らったかのように、六人の頭上の大きな雲が、真っ二つに引きちぎれた。

 黒々とした巨大な手が何もない虚空から空高くから出現すると、布を引き裂くかの如く雲を散らしてみせる。

 

「──来たぞ、お主ら。小僧も踏ん張っとるのじゃ、さっさと片付けようぞ」

 

 やがて、空が割れた。

 液晶が割れたような細かいひび割れが、幾重にも重なる。

 底冷えするような獣の声が、大気を揺るがす。

 

『『『『ぐぅ、おおおおおおおおっっっ──!!!』』』』

 

 パキリと、硝子(がらす)が割れる音がする。

 そして、空が割れた先に、黒々しくも紅い、別世界の空があった。

 

 たった今、別世界である辺獄と、この世は繋がってしまった。

 

 天空に裂け目が幾つも同時に発生した。軽く街一つ飲み込むような、巨大過ぎる規模だった。

 

『さて……死神の話によると、今回はかなり数を減らしているようじゃないか。私達も辺獄(リンボ)には飽き飽きしていてね、暴れさせてもらうよ』

 

 いつの間にかアリア達の目の前には、黒い翼の生えた男が浮いていた。

 銀の髪に、紅い瞳。白い肌。

 まるで映画の吸血鬼のような風態の男だった。

 そんな男が、背後に大小様々な人外達を引き連れて、宙に浮いていた。

 

「──ネクロめ。この大転移で終わらせるために死神を殺して回りおったな。どうりで最近顔を見ないやつが増えた訳じゃ」

 

 男の言葉に苦虫を噛むような表情を浮かべるシロ。その両隣に、魔力で瞳を輝かせたアリアと紫羽が並び立つ。

 

「居ないものは仕方ない。やるぞ」

 

「──主にこれ以上死神の肉便器を差し出せないことは業腹ですが、今はそれどころではありません。シロ様、行きますよ」

 

 二人から闘志が漲ってくる。

 シロは「全くだ」と頷いた。

 

「お主に名を呼ばれるのは久しいな、紫羽。して……うむ、その通りじゃ──さて、後ろの三人も、用意は出来ておるな?」

 

 視線を向けると、三人は口を引き攣らせながら頷いた。震えているのは、恐らく目の前にいる悪魔が彼女達よりも魔力量が多く、圧倒的な力量差を感じているからだろう。

 あの歴戦の死神達が、身体を震わせる。それくらい、隔絶した差が彼女達と目の前の悪魔にはあった。

 確かにコレ相手は第三世代達には荷が勝ちすぎる。が、この戦いにおいて彼女達の仕事は、当初第三世代が設計された通り、まだ育ち切っていない雑魚どもの範囲殲滅だとシロは考えていた。

 だからシロは「恐れることはないぞ」と微笑むと、目の前の空気を優しく撫でた。

 

 彼女の、初代死神の瞳が、眩く白銀に輝いた。

 

「──ワシはチートじゃからな。大物は任せておけ、勝てる戦じゃぞ」

 

『……な……に……?』

 

 次の瞬間、宙に浮いていた男の身体が消滅した。

 音もなく、痕跡もなく。ただそこに居なかった事にされたかのように、空間に、上書きされて消えた。

 まるで透明な絵の具で塗り潰されたみたいだった。能力を知っていてもなお、第三世代の三人は目の前で行われた異次元の『処理』に絶句した。

 

「──空間を司るワシがいる以上、現世に存在する全てはワシの手のひらの上じゃ……無双しすぎてつまらんぞ、くははは!!」

 

 シロの高笑いと共に、空が大きく割れた。

 大量の悪魔が、狭間から降り注いできた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

「ここかな……」

 

 貨物が並ぶ倉庫群の港に、直刃は足を踏み入れた。ドラマや映画なんかでしか見ないコンテナ群の中を歩いてきた直刃は、やっと目的地に着いたかなと辺りを見回す。

 無論、勝負はここからだ。

 直刃は自らの緊張を保ちながら、瞳を闇夜に煌めかせて、先へと進む。

 暗闇の中、人気がないにも関わらず不自然に照明で明るい場所を目指すと、直ぐに人影が目に入った。

 

「……」

 

 先客は二人。

 一人はネクロ。暗闇に漆黒の長髪を垂らし、何もかも際どい装いで仁王立ちしている。

 もう一人は誰だか分からなかった。大きなマントみたいな布切れを纏い、それが身体全体を覆っている。人相も、身体つきもまるで読み取れない。

 直刃は少しだけ考えた。誰だろう、と。

 しかし結局、やるべきことは一つしかない。父──柊怜(ひいらぎれい)の姿だけが見えないのが少し不思議に思ったが直刃だが、人間の彼に今更何を出来るわけでもないと首を振り、ネクロとの対話に集中する。

 

「遅かったわね、坊や♡ 配下達を説得してよく一人で来れたわね……♡」

 

 ネクロは初めて会った時のような、乳輪も陰唇も丸見えのような黒いスリングショットを身につけていた。死神特有のいやらし過ぎる巨乳とむちむちのヒップ。触り心地の良さそうな素肌を惜しげもなく晒していた。

 特徴的な黒髪をドロリと腰まで垂らしていて、真夜中の暗さで彼女の姿を見れば漆黒そのものだろう。まさに死神の名前に相応しい。

 直刃は彼女と目を合わせる。彼女の瞳は不気味に輝き、どんよりと紫を黒く染め直したような色をしていた。

 死神。

 やはり、彼女を見て真っ先に浮かぶ言葉だった。

 

「みんな渋々だったけどね」

 

 直刃は思い出す。大転移を目前にしたある日、彼女から送られてきたメールを。

 会って取引がしたい。要約すればそんな内容だった。

 死神の王の殺害が目的である彼女が、取引。不穏にも程がある内容だった。

 しかし直刃は、こうして今彼女の眼前にて(まみ)えていた。

 紫羽やシロに相談し、様々な準備をして、直刃はこの取引に応じたのだ。

 自らの、目的を果たすために。

 

「渋々だろうとなんだろうと、坊やが命じれば従うなら貴方は立派に王よ。やっぱり坊や、アタリなのね……♡」

 

 ネクロは嬉しいのか悲しいのか分からない顔で微笑んだ。

 優しげな雰囲気を見せる美女だが、それもほんの一瞬だった。

 

「──さて、本題に入りましょうか。証は持ってきたのね?」

 

 空気が変わる。

 ネクロの瞳がアメジストのような深い色味の発光を始める。

 

「……!」

 

 直刃の全身が総毛立った。

 目の前の死神が発する殺気に対して、身体が危険信号を発していた。

 自然と身体が冷や汗を垂らす。

 怖くて怖くてたまらなくなる。

 

「く、っ……!」

 

 しかし、それを無視して、直刃は見せつけるようにして首元にぶら下げた死神の証を取り出す。

 幼き頃、兄のように慕っていた彼を殺して手に入れた、血塗られた金の十字架を、直刃は突き出すようにしてネクロへと向けた。

 

「これ、でしょ。持ってきたよ」

 

「ふふふ──」

 

 「結構」とネクロは上品に頷くと、隣に立つ正体不明のフードに手を掛けた。

 

「感動のご対面♡」

 

 ゆっくりと手品でもするみたいに、ネクロはそのフードを下ろした。

 

「……!」

 

 声を出さなかったのは、奇跡だった。

 或いは驚きすぎて声が出なかったのか。

 どちらにせよ、直刃は驚愕のあまり目を見開いた。

 

 中から現れたのは──三年前に亡くなった、直刃の母親である博美だった。

 直刃と似た髪質で、苦労で塗り固めたような嘘笑いが得意な疲れた美人。

 女手一つで直刃を育て、そして、疲れ切って逝ってしまった──直刃の最愛の母だった。

 

「……母さん」

 

 思わずじわりと目頭が熱くなる。彼女は死んだ時のままだった。

 棺の中で生気の失った表情の彼女を思い出す。

 胸が締め付けられる。冷たくて思い出したくない記憶が、掘り起こされる。

 あの時、もし親友である友華とこのみが居なかったら直刃は迷うことなく母の後を追っていただろう。それくらい、とっても辛くて悲しい記憶だった。

 

「母さん……!」

 

 思わず駆け寄ろうとして、直刃は彼女の違和感に気がつく。

 彼女は、比喩ではなく、死んだ時のままだったのだ。

 

「……生き、て……ない?」

 

 彼女は身動(みじろ)ぎ一つしていなかった。人形のように呼吸すらせず、死体が目を開いて立っている状態だ。

 これでは、死んだままだ。

 火葬する前に最後に見た、あの時の様子と何一つ変わらない。

 じわじわと言い表せないような苦しみが胸の内から迫り上がってくる。

 母が死んだ時の記憶が、形となって記憶を浮き彫りにしていく。

 

「ふーっ……」

 

 深呼吸をして、直刃は今一度覚悟を取り戻そうと、大切な今の家族を思い出した。

 氷室、朱雀、紫羽、雷歌、そしてアリア。

 彼女達のために、直刃は全てを賭けて戦うつもりだった。

 何もかも、どうなってもいいから、目的を果たす。

 そのためにここに来たんだ。

 

 直刃は冷静になれと自らに言い聞かせて、ネクロを睨み付ける。

 

「んー、良い反応ね♡ それを見たかったのよ♡ 一応説明しておくと、まだ坊やのお母さんはあの世よ。これは身体だけ……♡」

 

 ネクロは楽しそうに笑うと、背後に手招きするような仕草を取る。

 暗闇から現れたのは、白い巫女装束に身を包んだナナだった。

 真っ白な布地と、真っ赤な袴。それに人ならざる発色の、美しい緑翠色の髪。神秘的とも言っても良い身なりだが、いかんせん彼女の身体の凹凸がはっきりしすぎていて淫らな雰囲気を醸し出していた。

 

「や、直刃くん。お待たせ」

 

 重い空気を感じさせない声音は、直刃の心に幾分か安らぎを与えた。

 

「ナナさん……」

 

 ふりふりと手を振り、博美の隣に立つナナ。この場にいるということは、やはり彼女の力は必要不可欠なんだろう。

 直刃はそれを見て頷くと、ネクロに視線を向けた。

 

 

「──じゃあ、約束通り母さんを生き返らせてくれるの?」

 

 

 その問いに、ネクロは笑みを深める。

 

 

「──その証を渡してくれたらね♡」

 

 

 その答えは、この世の終わりを示していた。

 彼女に証を渡せばどうなるか、直刃はシロから念入りに説明されていた。

 ネクロは第一世代。シロとほぼ変わりない時代に生まれた死神であり、それは世界の法則(ルール)を書き換えられる程の実力者である事を意味していた。

 そんな彼女が死神の王の証を手にすれば、証のシステムに不具合を起こすことなど容易らしい。現にシロ自身、やれない事はないと証を見てそう言っていたのだから。

 不具合、とシロは含みを持たせて言っていたが、直刃が考えた通りもっと簡潔に表すならば、彼女に証を破壊されれば直刃達は魔力の補給が出来なくなる。それは世界の調節弁として存在する死神達が無力となる事を意味していて、同時に悪魔達が必要以上に多くの人間を殺してしまう事を意味していた。

 つまり、あの世とこの世の魂のバランスが崩れる。

 

「……」

 

 それだけはならない。

 氷室や、朱雀。それに紫羽、雷歌……そしてアリアすら、何千年もの間、悪魔を倒し続けて、世界を守り続けてきたのだ。その積み重ねた歴史を無為にする訳にはいかない。

 そして何より、愛する彼女達との生活をこのまま続けたいのだ。

 直刃はそんな覚悟を決めていた。

 

 だから、ここでネクロを打倒する。どんな手を使っても。

 

「……はい、渡すよ」

 

 直刃は首からチェーンを外すと、ネクロに向かって金色の十字架を差し出した。

 心臓がいやにうるさかった。今まで何度か氷室達と共に悪魔退治見学に赴いた事はあったが、こうして一人で敵と立ち向かった事はなかった。

 背中に冷たい汗が流れて、手が震える。

 自分でも目に見えて分かるくらい緊張していた。

 

「……ふーん、そう」

 

 ネクロは先程のハイテンションを何処へやったのか、底冷えするような低い声を出した。

 彼女の家で死神や悪魔について説明してくれた、あの時のダウナーな彼女。あの時の彼女が素なのだろう。甘ったるい声で振る舞う彼女は、仮面に過ぎない。

 

「……ネクロ」

 

 直刃は考える。この人は一体何のためにこんな事をするのかと。

 彼女は何のために世界を破壊して、全てを滅ぼそうとしているのかと。

 直刃はネクロのことを、何も知らなかった。

 少しだけ、そのことが残念だった。

 

「じゃあ、貰うわね」

 

 ネクロは証に手を伸ばすと、乱雑に直刃の手からもぎ取った。

 そして手にした証をじっくりと眺めると、

 

「アイツや紫羽が居てこれだけという事はないでしょうけど……良いわ、乗ってあげる。楽しませなさい、坊や」

 

 その手にある黄金を、握り潰した。

 

 ばきり。

 

 薄い硝子が割れた音がなった。それが幾重にも重なって、凄まじい音圧が発生する。

 

「何を……!?」

 

 直刃が目を見開く。

 早い。そんなに早くバレるものなのか。

 

「多次元の可能性を集めてるのね、芸が凝った贋作……初代死神が作ったのね、こんな事も出来るなんて」

 

 ネクロは手のひらに残る黄金の砂を払い捨てながら、興味深そうに呟いた。

 それから鋭い視線をナナに送った。

 その瞳には、灼熱の怒りが満ちていた。

 

「ナナ、私はちゃんとそいつを殺せって言ったわ。殺してないって事は、そういうことよね?」

 

「……まずっ、直刃くん、逃げ──」

 

「ちょっと調子に乗り過ぎ。死ね。また来世にね」

 

 ナナが全てを言い切る前に、ネクロが素早く右手を振り抜いた。

 ドロリと粘性を帯びたドス黒い何かが刃のように空中を走ると──博美とナナ、二人の首から上が消し飛んだ。

 ほんの一秒にも満たない出来事だった。

 二人はあっけなく斬り殺された。

 直刃はただ、それを見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

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