幾つもの並行世界から、存在の可能性を寄り集めて作られた死神の王の証の
故に、これは罠。初代死神と、あの油断ならない紫羽が用意した、私を陥れるための策だと容易に想像がついた。
さて、ここからどう出てくるか。
こちらも策は打っている。予め主を見つけられていない死神を殺し、悪魔達と取引をして多くの人間を喰らわせておいた。そうして現界させる悪魔の数を増やしたのだ。
これで、おそらく直刃の配下の死神達と初代死神は大転移に手一杯になるだろう。正直この大転移を最後に世界が終わるのだから、一切の遠慮をせず全てを行った。
これで、世界を壊す。
そして、私自身も──
「何を……!?」
目の前の少年が素っ頓狂な声を上げる。
「多次元の可能性を集めてるのね、芸が凝った贋作……初代死神が作ったのね、こんな事も出来るなんて」
私は手のひらの上で砂になった王の証を見つめる。
もしも懸念点があるとするなら──そう、いま見せつけられた初代死神の能力である。
私と同じく、第一世代の死神。元の名前はなんだったか……最後に会った時名乗っていた名前は銀だったか。今となってはどうでもいいことだろうが、私は彼女の本名すら知らない。興味などないからだ。
問題はそんな彼女の力が、私をもってしても計り知れない事だ。彼女は、いわばこの世に初めて生まれた死神だ。だからこそ、初代死神を名乗っている。
その力は、私と同じ第一世代とは思えないほど、隔絶したものだ。
私と彼女は同じ第一世代の括りではある。しかし、言ってしまうなら彼女は唯一無二の、第零世代。最もカミサマから
そんな彼女が、この幼き王様に何を施したのか、わたしには見当がつかなかった。私は未だ彼女の能力の全てを見たことがなかったからだ。
それだけが気掛かりであった。
油断のできない相手だ。
……それでも私は、そんな相手に弓引いた。
「……」
私はそれから、失望したような目線を隣の彼女に向けた。
いつも私のそばにいて、いつも私の事を見守る、過保護な
「ナナ、私はちゃんとそいつを殺せって言ったわ。殺してないって事は、そういうことよね?」
「……まずっ、直刃くん、逃げ──」
ナナが、何かに気がついたように直刃の下に駆け出す。しかし遅い。
私は彼女にだけは僅かばかりの罪悪感を覚えながら、彼女に手を掛けた。
彼女は、私のわがままのために死ぬ。そして、世界が壊れて、死神の役割も消失するだろう。そうなればきっと、もう転生なんてしないはずだ。
ごめんなさい、ナナ。
「ちょっと調子に乗り過ぎ。死ね。また来世にね」
来世なんてもう無いけれど。
そんな言葉を心の内に秘めながら、彼女の頭を消しとばす。ついでに、直刃の母親を模して作った人形の頭を。
これで残るは今代の金の王──
「──?」
気がつくと直刃がナナの手を強く引っ張って、彼女の態勢を崩していた。お陰で私の攻撃からナナはギリギリ外れていた。
変な格好で倒れたナナは、真顔になりながらもすぐさま立ち上がる。
「ありがとう、直刃くん……でも、どうやって……?」
私もナナも、狐につままれたような顔だった。
しかし当の本人である少年は変わらず、私の顔を見て──
「──坊や、その目……」
私は自身の目を疑った。
直刃の瞳が、明らかに魔力を帯びていた。まるであの初代死神のように、眩く白銀に煌めいている。
それは、人が扱って良いものではない。否、扱えるものではない。
それは、人の道を外れし、外道の証。魔力が篭っていることに他ならなかった。
「ナナさん、僕の指示に従ってください。能力の説明は要らないです、『見た』ので」
「え、あ、はい……?」
目を白黒させながらナナは頷いた。私は彼女に再度魔力の塊をぶん投げながら、直刃から目が離せなかった。
ばぢぢ、と魔力同士がぶつかり合う音がする。
ナナが同じく魔力をぶつけてきた。
彼女と私の出力差であるならばこちらが負けるはずはない。余裕はまだある。いつでも仕留められる。
けれど油断ならなくなった少年の存在が、私に全力を出すことを許さない。ナナに集中すれば、彼に不意を打たれるかもしれないという明確な危機感を感じさせる。そんな何かが、今の直刃にあった。
彼と目が合う。
依然としてその眼を輝かせながら、こちらをじっと見つめていた。
何をしたの、この子は。
「よそ見、してる、じゃん……!」
「──っ、はぁっ!」
いつの間にか先ほどの攻撃を弾いたナナが第二射を放ってきていた。
慌てて対応しようと魔術を展開し、ナナに目を向ける。
──いない。
「せぁっ……!」
「──ぐ」
たった一瞬見失っただけで、私は先手を取られた。わかりやすい攻撃の隙を逃すほど歴戦の死神は甘くなかった。
視界外からの掌底は死神の膂力もあって私を後退させるには十分の威力を持っている。思わずたたらを踏む私に、ナナは追撃の構えを見せる。
「──死沼ッ」
大人しく殴られ続ける義理はない。即座に足元に私の能力を込めた死の沼を形成する。
これで追ってこれない──と思ったらナナは迷わずその沼に足を踏み入れると、続く反対側の脚で私を蹴り飛ばした。
「ぐ、ぁっ──!?」
私はコンテナ群まで軽々吹っ飛ばされる。
「……ぁ、げほっ……クソ、もう、
私は喉奥から迫り上がる嘔吐感と血液を一緒に吐き出しながら、前を向く。
片脚の膝下までを失ったナナは、なんでもないようにその消え去った脚を復元していた。緑色の魔力のオーラが立ち上りながら、新品の脚が生えてくる。
思わず眉を顰めた。私が言えた義理でもないのだろうが、なんともずるい能力だ。
正面切ってからでは相性が悪い。なんせ相手はあの通り即時復活を盾に捨て身で攻撃を行える。そうなるとこちらに彼女を止める術はない。やるなら一息に不意をついて殺さなければ。
まともにやりあってはダメだ。彼女を後手に回らせる必要がある。
私は狙いをナナから直刃に変えた。そうするしかなかった。
「──!」
立ち上がり、棒立ちの直刃に向かって魔力を解き放つ。触れたモノを死に至らしめる最悪の能力を符呪し、八つの漆黒の弾丸を撃ち出した。
暗闇の中、ドス黒い軌跡を描いて殺戮が飛翔する。
自分で撃っておいてなんだが、一発も当たる気がしなかった。
事実として、結果彼には一発も命中しなかった。
「ナナさん、僕は大丈夫だから、攻撃して」
「馬鹿な……」
私の攻撃全てを、直刃はなんでもないように避けた。身を捩り、半歩身体を退かせて、首をゆるりと傾けて。未来でも見えているかの如く無駄のない動きで全てを回避する。
ありえない。
とても人間が視認できるような速度ではないのだ。並の生物なら恐らく撃たれた事すら気が付かずに絶命するような攻撃だ。
それを直刃は、なんの迷いもなく避けてみせた。
何が、彼を守って──
「よいっ、しょっ……!」
「──!!!!!」
呆けていた私に、一気に距離を詰めてきたナナが全体重を乗せてドロップキックを放ってくる。回避しきれず顔面を両手で守ると、遅れて胴体に正拳突きが突き刺さった。
ぶっ、と口から血が漏れる。臓器がぺしゃんこになったような衝撃と共に、背骨がギシギシと悲鳴を上げた。
なんでこの子、ヒーラーのくせに接近戦強いのかしら。
ふと他人事のようにそう思った。
「せぇぁっ……!」
「ぐっ、ぁぁっ……!?」
それから私は、いいようにしてやられた。
ナナを自由にしないためには、直刃を人質にとって彼女の動きを制限する必要があった。
けれど私が繰り出す全てを、直刃は予期していたようにあっさりと回避し、そしてナナに攻撃を続行させる。
私はなす術もなかった。
用意していた数体の悪魔も、当然死神であるナナにはなんの効果もなかった。その間に直刃を攻撃できればよかったのだが、それすらも直刃は上手く捌いてみせた。
とにかく全てにおいて私は先読みされた。
薄らとカラクリに気がついた時には、私は既に戦える状態ではなかった。
「……初代死神、まさか人間に自分の能力を使うなんて」
私は尻餅をつきながら、文字通り瞳を輝かせた少年を見上げた。
彼の変貌の理由は至極単純だ。予想がつかないと言った初代死神が、本当に私の予想の範疇を超えていただけ。
魔術を人間に施すのとは根本的に違う。私達死神それぞれが保有する能力は、その全てが存在の性質そのものを変えてしまうものだ。本来であれば、それを形のない魔力に符呪し、能力を行使する。
けれどそれを人間に行うというのは、一時的ではあるのかもしれないが、人の道を外れるという事だ。人から、人外へと変わってしまうという事なのだ。
人ではなくなる。それは言葉にすれば簡単だが、想像を絶するデメリットが存在する。何せ、『死にたくても、死なない』のだから。
「もうやめよう、ネクロ」
「……黙れ」
尽きかけた魔力を直刃にぶつける。彼は避ける素振りすら見せず、その魔力の塊が一秒と形を保てず崩れ去るのを黙って待っていた。
彼には、何もかもお見通しなのだ。初代死神の能力で、時を超えて見てきたのだろう。
だからあの女は嫌いだ。平然と圧倒的な力でこの世界のルールを破るから。
『ねぇ、ネクロは何故一人で戦っているの?』
「……!」
直刃はその瞳で真っ直ぐと私を射抜くと、聞き覚えのセリフを吐いた。
ぼんやりとした記憶の片隅で、優しげな笑みを浮かべた一人の少年が、私を同じように見つめていた。
私は一瞬、理解できなくて惚けた。
けれど目の前の少年が本当にその言葉を発したのだと理解した瞬間、私の中の感情が、一気に振り切れる。
「──お前、お前お前お前お前ッ!!! それ以上、それ以上『初代様』を愚弄してみろ!! 許さない、許さないッ!!」
『そんなに意地にならないでよ。僕達と一緒に戦おう?』
「黙れ黙れ黙れッ、私と、私の大切な主の美しい記憶を穢すなッ! 初代様を──」
直刃の……いや、私の愛する初代様の言葉が頭の中に優しく響く。
もう、何千年と昔の事。私の唯一の宝物。主との、日々の記憶。
優しい少年と、私の、何事もない日々の生活。
あれ以上何も要らなかった。何も求めなかった。だって、私はあの瞬間、確かに生きていたのだから。
幸せを、他の誰でもない愛する人から教えられたのだ。
愛とは何か。愛するとは何か。
その全てを、初代死神の王は教えてくれた。
ああ、なのに──なのになのになのに。
どうして、もう、あの人の顔すら思い出せないのだろう。
あの人を失ってから幾千年経った頃からか。
私は、自身の中であの人の存在が薄らぐのを感じた。
思い出せない。思い出せないのだ。
主と過ごしたその全てを、私は鮮明に覚えていたはずなのに。
いつの間にか、一つ、また一つと主と過ごしたその記憶が、薄れて、消えていく。
悲しかった。
苦しかった。
もう嫌だった。
死にたい。
私をこの無限から、出してくれ。
早くあの人に会いに行きたい。
そうして更に、何千年と経った。
私はついに、主の顔を思い出せなくなった。
そんなはずはないと、何度も自分の記憶の海を探した。
あれだけ愛していたあの御方の、目鼻立ちや外見……それに、もはや話し方やどう呼び合っていたのかさえ、私は忘れていた。
私は、本当の意味で愛する人を失った。
……だから、私はついに、この世界を壊すことに決めた。
主のいない世界など、無くなれば良いのだ。
消えろ、消えろ。
私は、世界を──
「──僕なら、君の前から居なくならない」
「──ッ」
気がつくと、直刃は私の目線に合わせてしゃがみ込んでいた。
私は、彼の白銀に輝く瞳を真正面から見つめ返す。
震えた声で、「……馬鹿にするな」と返すのがやっとだった。
「うん、馬鹿にしてないよ。嘘じゃないよ、これからも君のそばに居続ける、何があっても」
「そんなはずはない、お前も、ナナも、みんな、みんな私の前から消える……もういい、疲れた──思い出せもしない大切な人を愛するのに──ただ私の中に残った愛の残滓に振り回されるのに……もう沢山だ、みんな死んでしまえ」
私は自分でも何を言ってるのかよくわからないまま、口から勝手に出てくる言葉をぶつけた。
違う。
そんな事はない。
誰もお前やナナの事なんて考えていない。
私はただ、主に会いたいだけなんだ。
疲れてなんて……
「うん、大丈夫だよ、ネクロ。大丈夫。君は何も間違ってない……僕にも少しだけ君が想っている事が分かるよ──大切な人が居なくなって、それでも自分だけ生きていくのって大変だよね」
「──」
それは、紛れもない彼の母親の事を言っているのだろう。
違う、馬鹿め、そんなものとは比べ物に──と反射的に言いかけた私だが、彼の少しだけ悲しそうな顔をみて、何も言えなくなった。
何も違わないのだろう。
愛する人を、彼も失ったのだ。
たった一人、かけがえのない人を。
私は理屈ではなく、感情で、彼に共感してしまった。
「でもね、ネクロ。僕は母さんから、沢山のことを教わったんだ。沢山の幸せを貰ったんだ。そしてその全てが今でも僕として生きている」
「……」
「分かるかな、ネクロ。君も、沢山のことを君の王から貰ったんじゃない?」
「……で、でも、もう私は、あのお方の顔すら──」
流したくもない涙が、目から溢れ出た。
ぶわりと、心の中で行き場を失った私の感情が、目元からとめどなく溢れて、私は嗚咽を漏らした。
情けない。
何をしているんだ私は。
こんな少年に。
「確かに、僕だってさっき君に母さんの顔を見せてもらうまで、記憶の中の母さんはぼんやりしてきてたよ。時間が経てば、もっと忘れちゃうかも」
「じゃぁ、わ、私はもう、主を忘れて生きていかなければならないの……? いや、嫌よ……私は……主さま、忘れたくない……初代様、いや、いやぁぁぁ……!」
直刃は、左右に首を振った。
「でもね、その人から貰った想いだけは消えないはずだよ……僕は、母さんと確かに幸せな時間を過ごしたんだ。愛するという事を、身をもって教えてくれたんだ。ネクロ、例え君が満足に思い出せなくなっても、その人と共に過ごした大切な時間の想いは、想い出は、忘れる事は出来ない」
「……」
直刃は──今代の死神の王は、それからゆっくりと微笑んだ。
「君の愛を否定しないで良いんだ。君が大切な人から教わった全てを、無理に消そうとしないでいいんだ。君の想いを、一人で受け入れる必要はないんだ。ネクロ、君は分かち合う大切さを、その人からきちんと教わったはずだよ」
「──ネクロ……私ね、ずっと貴方の事が心配だったの」
静かに佇んでいたナナが、ゆっくりと私に寄り添ってくる。
「あの人を失った貴方に、私が出来る事なんて何もないかも知れない。でもね、せめて、貴方と一緒に泣く事だけは出来る……だから、私は、親友を一人にしたくない一心で、一緒に泣きたい想いだけで、こうして何千年も貴方共にいたのよ」
私はポロポロと目元から雫をこぼしながら、鼻で笑った。
「随分と……恩着せがましいわね、ナナ……」
「ふふ……もう、こんな時でもそんな態度なの」
二人で目を合わせて、くすくすと笑い合う。
「ナナ、私ね……少し泣くわ」
「ええ、存分に泣きなさい。貴方の悲しみを、苦しみを、怒りを、私はこの悠久の時を経て、一緒に見てきたのだから……今更それくらい何よ」
私の唯一の親友は、にっこりと笑った。