「──初代様か、そうか」
広いリビングのソファの上で、直刃の前に座る初代死神──シロは、驚く様子もなくむしろ得心が行ったと頷いた。
ネクロに殺され、『戻ってきた直刃』は思わず聞き返す。
「分かってたんだ?」
「分かっていたも何も、神に……世界のシステムに『愛』の危険さを示したのは他でもないネクロじゃからな」
シロはなんとも言えない深いため息を吐いた。
「故に、その次の世代からは、更なる能力の制限も課せられ、彼らが真に愛する事の出来ない王を
「えっと、それってどういう事?」
直刃の問いに簡単な事だと、彼女は力なく笑った。
力のある第一世代が、たった一人の男を愛してしまったがために、以降は死神の役目を果たす事もせず、むしろ妨害すら行うようになってしまった。
そして神もまた、死神すら変貌させてしまう愛を恐れて縛りを設けた。
愛とは恐ろしいものだと、シロはため息混じりに口にした。
「……ネクロは、その、それでも神様に消されたり、とかはしなかったんだ? どうして?」
直刃は言葉にした後、少しだけ後悔した。
目の前に座る幼女の気配が、瞬間的に暗くなってしまったからだ。
人の地雷を踏んだ。
まるで思い出したくない過去を無理やり引っ張り出してしまったような、後味の悪い感触を直刃は感じた。
暫く時間を置いて、ゆっくりと答えを吐き出すシロ。
「──ワシは初代死神。全ての死神を統括する者じゃ。最近はワシを介する死神もめっきり減ったがの……その理由は、ワシが死神を管理していたからじゃ。お主の言う『消す』という仕事も、な……」
「……」
「それでも、数少ないワシの──いや、初代様の配下であった死神だけは消したくはなかった。だからこそ、ネクロにはここまでわがままを許してしまったんじゃ……」
そうして、直刃を『何度も殺した』ネクロと同じ表情を浮かべるシロ。
彼女の表情にあるのは後悔と、悲しみと、喪失感だった。
直刃は似た物を胸中に浮かべながら、「話が逸れたね」と無理やり話題を変えた。
「だから、シロ達が言う初代様について教えて欲しい。ネクロとどんな関係だったのか、どういう人だったのか。もしかしたらそこに、ネクロを説得出来る何かがあるかもしれない」
「──説得、か。まぁここまで来てしまったからには、お主にはやるだけやってみて欲しい。少し堪えるかもしれんが、あの時代を見せてやろう」
「う、うん? ……うん、よく分かんないけど、お願い」
「と、その前に……ところでじゃ、直刃、お主、自分の身体の変化には気がついているか?」
シロに促されるまま、直刃は窓ガラスに写る自分を見た。
まるで映画のCGみたく瞳が眩く発光している自分を。
「貴様、相当『ループ』したな。ワシの能力とはいえ、影響が出過ぎておる。もう後何回もループを繰り返せば、魔力の影響を受けすぎて人から外れるぞ」
真顔でそう言われて、直刃はゴクリの唾を飲み込んだ。
「……どうなっちゃうの、それって」
「人間に扱えぬ魔力を無理やり使い続ければ、存在そのものが変質してしまう。今ですら一時的に書き換えている状態じゃからな。それが続けば……死ぬ、というならば話は簡単なのだが、そうではない。簡単に言うなら、人を外れれば死なない体になる」
「え──」
じゃあ別になっても良いかも──
と思わず口をついて出そうになった直刃だが、シロの二の句で口をつぐむ事になった。
「まず人格を保てると思うな。貴様は生きることも死ぬことも出来ず、自らのうちに貯め込んだ魔力を使い続け、破壊の限りを尽くすだろう。お前の意思など関係ない……そしてそうなれば、ワシは直刃を異次元に飛ばす。お主は永遠にそこで封じられることになるじゃろう」
人から外れるとは、生と死という概念がなくなることじゃからな、とシロは付け足した。
「気をつけることだ、直刃。だからこそワシはこの力を今までの信用ならない王には与えなかった。理由は今言ったな、信用ならなかったからじゃ。しかしお前ならばとワシは託したのだ」
「……うん」
シロはよろしいと頷くと、直刃の手を握った。
「では、見に行くとするかの。ちなみに一瞬じゃから気持ち悪くなるじゃろうが、気にするな」
「気にするかしないかって選べないと思うけど……え、このまま行くの?」
「百聞は一見にあーだこーだじゃ。お前の意識を過去に連れて行く、気をしっかりしておくのじゃぞ」
直刃は、シロに連れられるまま、はるか昔の、文明と呼ぶ事すら危ぶまれる時代に、意識を飛ばされた。
不思議な感覚だった。
寝ている感覚に近く、意識は不明瞭だ。
しかし何故か頭の中に綺麗な景色が写り込んでくる。映画を夢の中で見ているような、そんな感覚だった。
遠のく意識の中、そこで直刃は人類で初めて生まれた死神の王を目にした。
そして、最も古い『はぐれの死神』との遭遇の瞬間を目にした。
『ねぇ、ネクロは何故一人で戦っているの?』
『……貴方には関係ないわ、消えなさい』
『そんなに意地にならないでよ。僕達と一緒に戦おう?』
『嫌よ──ちょっと、そんな顔で見ないで頂戴……あぁ、もう、分かったわ……一度だけよ』
『やった! みんな、ネクロも手伝ってくれるって!』
『ちょ、ちょっと、そんな大声で……もう……』
直刃は、不思議な意識のみの状態で、一人の王と、一人の死神の人生を、続け様に目の当たりにした。
『ネクロ、いいかい。多分君にもそのうち後輩とかが出来ると思うけど、優しくしなきゃダメだよ?』
『死神なんて殺そうと思っても殺せない奴ばかりよ。気をつかうだけ無駄じゃないかしら』
『そういう事じゃないんだよ。思いやりって奴だよ……はい、じゃあ僕との約束ね』
『……分かったわよ』
一人の人間の生と死を。
『ネクロ、これ、贈りもの』
『……こんな骨で作られた髪留めなんて、要らないわよ』
『良いから、つけてみてよ。お願い』
『はいはい……これでどうかしら?』
『……綺麗だよ、ネクロ。愛してる』
『──私もよ』
『……え、ネクロ、今何て』
『もう二度と言わないわ……ふふ』
『えー、ケチー!』
一人の死神の、幸せと、孤独の始まりを。
『げほっ、げほ……』
『ちょっと、大丈夫?』
『──うん、ネクロがせっかく作ってくれたご飯だからね。ちゃんと食べるよ』
『……そんなもの、いつでも作るわよ。だから、私を置いていっちゃダメよ』
『──うん』
『ねぇ、考え直してはくれないのかしら、貴方さえ頷いてくれれば』
『──ネクロ』
『……っ』
直刃は、その全てを見届けた。
やがて、場面が暗転する。
『──もう、初代様は十分にお役目を果たした。ワシらは次の王に従えるのじゃ』
人の一生を終えて、初代死神の王は死んだ。
初代死神の王の棺の前で、シロとネクロは無表情のまま空を見つめていた。
シロの言葉に、ネクロは首を振る。
『黙りなさい、私の王はあの人だけよ。あの人以外の配下になるなんて、あり得ない……さようなら、初代死神。少しだけ、貴方といるのも楽しかったわ……』
ネクロは、たったそれだけ言うと、シロの前から姿を消す。
後に残されたシロは、たった一人。その棺を眺めながら、その場に立ち尽くしていた。
それが、初代死神の王に関する最後の記憶だった。
「シロ……」
終幕。
それが、ネクロと初代死神の王と……そして、シロの関係性。
胸が締め付けられるような、終わり方だった。
直刃はシロにかける言葉が見つからず、そうこうしている間に現代に戻される。
意識が、肉体に戻ってくる。
シロは「これが奴とまともに交わした最後の会話じゃな」と寂しそうに笑った。
直刃は、ようやく終わった歴史の追体験に頭をふらつかせながら、続きを待った。
「……あー、あやつとは後は戦闘中に何度か会ったくらいかのぅ。全く、相変わらずじゃ。未だに初代様を忘れておらんとは、一途というか……」
「……気持ちは分かるけど、多分あの人は今のネクロを喜んではくれないね」
直刃は、自分の中にはっきりとネクロを救いたい感情がある事を自覚した。
彼女に過去と同じ、あの楽しそうな笑みを浮かべて欲しい。
彼女を、ネクロを助ける。それが死神の王としての役目。
はっきりとそれを感じたのだ。
「シロ、僕はネクロを仲間にしようと思う」
そう言い放つと、自身の戦場に戻る覚悟を決める。
初代死神は小さく笑うと、「頼む」と頷いた。
「今更じゃがのぅ、直刃」
「何?」
「お主は、初代様によく似ているんじゃ」
何も返さず、直刃は頷いた。
シロもシロで、複雑な想いを抱えている声音だった。
「だから、初代様にも与えたこの力を、お主にも与えたのかもしれんな……」
「シロ……うん、じゃあ、僕行くよ。全部終わったら、僕の中の魔力について考えよう」
「うむ。それに関しては何もなければ、ワシが取り除いてやる。だから、無理だけはするなよ、直刃──」
ーーーーーーー
良かった。
本当に良かった。
目の前で抱き合うネクロとナナを見守りながら、直刃ゆっくりと座り込む。
通算『何度目』かのループ後、やっと彼女が口に出した「初代様」という単語。そして彼女の悲しげな表情。
あれには見覚えがあった。あれは、直刃と同じだった。
母を亡くしたあの時と。
たった一人の愛する家族を失った、あの時と。
その瞬間、直刃はネクロの事がようやく理解できた。
得体の知れないものから、ひどく共感出来る女性へと認識を改めた。
愛する者を失うという事は、つまりそういう事なのだ。
余計なお世話と言われれば、確かにそうかもしれない。
けれど直刃は、全てを知ってネクロを救おうと決めたのだ。仲間にするだけでなく、彼女の痛みをどうにかしようと誓ったのだ。
だから、何度も繰り返して掴み取ったこの結果は、最良以外のなにものでもなく。
直刃は不思議な達成感と共に、遠くの空を見上げた。
今頃、氷室や朱雀達は大量の悪魔を前にまだ戦闘を続けているだろうか。
心配だ。
今回の敵は史上稀に見る強大さらしく、あのシロですら一人で全てを滅するのは不可能と言い切ったほどだからだ。
けれど自分が出来ることは全てやった。
後は彼女達を信じる事しか出来ない。
「みんな……頑張って……」
祈るように呟いた。
「──いい加減終わったのか? めんどくせぇ、内輪で何ぺちゃくちゃぺちゃくちゃやってんだよ」
不意に、低くの太い声が背後から聞こえた。
誰だ、と、まさか、の二つの考えが直刃の頭をよぎる。
──パン、と耳元で乾いた破裂音がした。
「ぅ、ぁ……く……?」
遅れて、灼熱のような熱さと共に背中から胸の中を何かが突き抜けた。
まずい、このままだと──
直刃は頭からザーッと血が抜け落ちる感覚を味わいながら、なんとか振り向く。
「へっ、ハナからこれで良いじゃねぇか……」
黒いコートを着た男が、手に拳銃持ってそこに立っていた。
その男には、つい先日見覚えがあった。
軽薄そうな笑み、チャラついた茶髪。
なによりも、自分が世界の中心と信じて疑わないその瞳。
直刃の父、
「悪いな、直刃。お父様のために死んでくれ」
パンパンと、今度はお腹に二発、銃弾が発射された。
たまらず、うずくまる。
──まずい、飛ばないと。
直刃は今再び過去に飛ぼうとした。
薄れゆく意識の中、父親の脅威を忘れないように。
「──がぁぁぁっ、ぁぁぁ……!?」
そして、言葉にならない叫び声をあげる。
本能が、直刃のやろうとした事を拒絶した。
このまま過去に戻れば、自分は人から外れると。本能が訴えかけてきた。
──でも、戻らないと死──
直刃は、どうすれば良いのか分からないまま意識を失って、その場に倒れ込んだ。
直刃の命は、そこで尽きた。
ーーーーーーー
「──ぉ、あったあった、これが証ってやつか」
ゴソゴソと直刃の身体から金色の十字架を取り出すと、男は私達に視線を向けた。
「何してるのっ、このっ……!」
ナナが慌てて立ち上がり、そいつを殴り飛ばそうとする。
でも、男はナナが自分を殴らないのを確信しているかのように、驚きもせずスタスタと歩み寄ってくる。
「くっ……!」
案の定、ナナは動きを止めた。
死神は、人を害しては行けないのだ。
そんな事をすれば、あっという間に『処理』されてしまう。
……と、第三世代の若い子達なら思っているのだろう。まぁまさか私の親友までそんな事を思っているとは思わなかったけれど。
男はニタニタ笑いながら、私に話しかけてくる。
「それで、姉ちゃん。これをどうすれば『俺は不老不死』ってのになれるんだ」
欲望をその瞳に宿して、男はそんな事を尋ねてきた。
ああ、そういえばそうだった。
二人で共謀して、私は今代の王の死を、そして彼は不老不死を手にする。そんな話を適当にでっち上げて坊やの父親を巻き込んだ気がする。
忘れていた。というより、どうでも良かったのだ。大した力のない人間に、何も出来ないだろうと。だから適当に直刃の敵役として用意しただけだった。
しかしこの空っぽの人間は、よりにもよって今、私の当初の目的を果たしてくれた。
だから、感謝を表す必要があるだろう。あの人もよくそう言っていた事だし。
「……少し、勘違いを訂正しておくわ」
「ぁ? なんだって?」
「その前に、手を貸してちょうだい」
「ん? ああ……」
彼の手を借りて立ち上がると、私は苦笑した。
「死神が人間に危害を加えないってあのルール、ちょっとだけ嘘なのよね」
「なに……?」
私はボロボロの身体に鞭打って、目の前の男を蹴り飛ばした。
「はぐれには、そんなルール関係、ないのよッ!!」
「──ぎぁっ……!!!?」
死神の脚力で蹴られた男は、身体をくの字に折り曲げて、三十メートル近く吹き飛んだ。
「全く、初めから気に食わなかったけれど、やっぱりクソだったわね……!」
私は髪をかき上げながら、呆然と立ち尽くすナナと、坊やに近づく。
「ちょっと、あんな事して……」
「アンタも、第三世代のガキじゃないんだから、あんな嘘のルールにいつまでも騙されてるんじゃないわよ! 私たちは魂の調節者なんだから生かすも殺すも好きにしていいのよ!!」
「……初めて聞いた理論だけど、今はそれどころじゃないわね」
私たちは二人して、その場に伏せた少年を見下ろした。
「死んでるわね。マズいわ……」
「私が蘇生を──」
魔力を煌めかせて、ナナがしゃがみ込む。
私はそんな彼女を押しとどめた。
「ダメよ、待って。これ以上この子に魔力の影響を与えてはいけないわ」
「……どういう事?」
「ナナも途中から気がついたはずよ、この坊や、初代死神の力を使ってる──でも、使いすぎたのよ、もう持たなかったの。じゃなきゃあのクソ男の攻撃だって避けてたはずよ。今こうして避けれずに倒れてるってことは、限界が来たに違いないわ。ループ回数が『カンスト』したのよ」
「ループの限界……なんとなく直刃くんが限界なのは分かったけど……でも……」
じゃあどうするのか、と視線で問いかけてくる。
私は、坊やの言葉を思い返す。
──僕なら、君の前から居なくならない。
「あんだけの言葉を私に言ったからには、覚悟してもらうしかないわね」
「……え?」
「ナナ、手伝いなさい……この坊やを、助けるわよ」
私はナナの手を取ると、空いた手で少年の手を掴んだ。