アメリカを発ち、イギリスはロンドンの空港に向かう中で、不思議に思ったことが多々あった。
アメリカからイギリス。
いわゆる欧米の国から欧米の国に飛んでいるというのに、やけに南米人が多かった。
もちろんアメリカは多人種国家だ。アメリカでの道中色々な人種の方がいたし、話す言葉も英語だけとは限らなかった。
しかしあくまで公用語が英語であるはずの国の飛行機で、聞こえた言葉はほとんどがスペイン語だった。
アメリカにはヒスパニックと呼ばれる、スペイン語を話す人々がいるのは知っている。でもそれにしてもあまりに多い。それに乗客の多くが純粋な白人というより、混血寄り。
具体的に言えば日焼けした小麦色の肌や、白人であっても黒髪の人々が目立つようになったのは、決して気のせいではなかったのだ。
僕がそのことを確信したのは、空港の入国審査を受けたとき。
入国審査官の男性が「ウェルカムトゥーコスタリーカ」という片言の英語を話したのを聞いたときだった。
「コスタリカ?」
確かヨーロッパではなく中米にある国の名前だ。
一瞬聞き間違いかと思ったが、空港を出たときに顔に当たった燦々とした太陽と、アメリカではありえないくらいの暑さがそれを物語っていた。
僕はロンドンではなく、コスタリカ行きの飛行機に乗ってしまったのだ。
「いったいどこで、どうやって」
僕はサラに言われた通りの飛行機に乗っただけだ。英語がまともに話せない僕の代わりに、サラがあれこれの手続きを代行してくれた。アメリカ人のサラが、飛行機の行き先を間違うわけがない。
だとしたら、僕が乗る飛行機を間違えた?
いや、ゲートの番号はちゃんと確認したし、そもそも搭乗前に係員がチケットを見て確認したはずだ。間違った飛行機に乗るなどありえない。
「どうすればいいんだよ?」
正直、僕は途方にくれた。
これで旅の予定は大幅に狂った。
今頃僕はロンドンの空港聞いて、日本を目指して鉄道で東進している予定だった。
しかしやって来たのは真逆。中南米。
僕は地球を南進してしまったのだ。
「引き返すべきかな?」
コスタリカからイギリス行きの飛行機があれば一番だが、僕はスペイン語などまったくわからない。英語ならまだマシだったものの、スペイン語で知っている単語といえばグラシアス(ありがとう)くらいのものだ。
それに、せっかく中南米まで来たのに、という思いもあった。
どこかでボタンが掛け違ったとはいえ、わざわざ旅程にない南半球までやって来たのだ。ちょっとぐらい観光してもバチは当たらないだろう。
せめて一泊ぐらいホテルに泊まっても――その気持ちがあんな事態に発展しようとは、そのときの僕は思いもしないのだった。
「とりあえず、両替しないとな」
僕は今、アメリカドルしか持っていない。ドルが割と世界中で使えることは理解しているが、コスタリカではコスタリカの通貨を使用した方が無難だろう。
しかし驚きのあまり空港を出てしまったので、両替所の場所がわからない。
とりあえず警察にでも聞いてみよう。
そう思った僕は、Policia(おそらくポリスの意味)と書かれた服を着た屈強な男性二人を見て唖然とした。
「ショ、ショットガン……?」
街中にいる警官の装備が、小銃ではなくショットガンなのだ。
しかも防弾チョッキは完備。それこそ今すぐ大規模なテロが起きても対応できそうな物々しさだ。
「もしかして、ものすごく物騒なところなのかな?」
そういう不安は当然抱いた。警官がいかつい武装をするのは、彼らが対応すべき犯罪者も相応の武装をしているからだ。
「オイェ!」
僕が不安でキョロキョロしていると、警察官の一人に声を掛けられた。
正直、日本でもよくお巡りさんに職質をされた。何も悪いことはしていないのに、逃げなくてはという思いに囚われるのだ。
「やばい」
そういう習性があって、僕は思わず踵を返してしまった。
途端に警官たちが追いかけてくるのがわかる。僕を不審者と判断したのだろう。
「追ってこないでくれぇ!」
僕は必死に走って逃げた。
警察官がスペイン語で何か叫んでいても無視する。ショットガンを持った男たちに知らない言葉で質問責めに遭うなんてまっぴらだ。
とはいえ、僕は足が速い方ではない。どうにかして彼らをまく必要がある。
「一か八かだ!」
地理感覚のない僕は、ほとんど賭けで狭い路地裏に飛び込むしかなかった。
行き止まりかもしれない。
袋小路かもしれない。
でも僕にはそれしかなかった。
慌てて路地に飛び込む。
角で警察官が指を指すのが見えた。曲がったことはバレている。
だから僕は更に狭い路地裏へと踏み込んだ。
ほとんど人が一人通れるか通れないかぐらいの道だ。僕もそれなりの大男だが、それより屈強な警察官二人がショットガンを担いで通るには骨が折れるだろう。
「まけたか?」
壁と壁の間に潜り込んで、僕は必死に息を潜めた。
警察官たちの声がする。でもまだ僕を見つけられてないようだ。
よし、このままやり過ごせば――。
「オラ」
そう思った直後、背後から女性の声がして、
「え?」
僕は後頭部を強く、殴られたのだった。