……デスピエルタ。デスピエルタ。
頭の中で声がする。
聞いたことのない言語だった。
まだ若い女性の声で、色気のあるアルトボイスだったが、いかんせん言葉の意味がわからないので、想像を掻き立てることができない。
彼女はどんな顔をしているだろう。
服装は。人種は。
誰かと出会うたびにそんなことを気にするようになったのは、自分がアメリカ横断の旅に出たからだ。
行く先々で僕は色々な女性に会い、そのほとんどと幸運にもセックスをすることができた。
日本では、誰からも相手にされなかった。
そう、僕は日本人だ。
どこにでもいる大学生の、しがない日本人である。
「デスピエルタ!」
その瞬間、僕は飛び起きた。
全身に水を浴びせられたからだ。
「冷たッ!!」
不意打ちの刺激に僕は立ち上がろうとした。
しかしそれができない。
なぜなら、
「なんだこれ……!」
椅子の上に、僕は縛り付けられていたからだ。
頑丈そうな木の椅子に胴体を固定され、後ろ手も縛られている、
ご丁寧に僕の両足はそれぞれが椅子の脚に縛り付けられており、僕は全く身動きが取れなかった。
後頭部に鈍痛がする。
誰かに後ろから殴られたみたいだ。
全身がずぶ濡れなのはたった今水を浴びたからいいとして、僕はなぜかズボンを穿いていなかった。
この旅の間ずっとお世話になってきたジーンズがない。あのケツポケットには僕の全財産が入っているのに。
「え?」
すると目の前に、見覚えのあるジーンズを持った女性が立っていた。
背の高い女性だった。
黒髪のソバージュで、彫りが深くて、アメリカの白人女性とは印象が異なる。
それでも美人であることは間違いなかった。思わず吸い込まれてしまいそうな黒い瞳に、整った顔立ち。
肌は綺麗に日焼けしていて、南米女性のそれを如実に思わせる。
健康な肌は彼女のスタイルにもリンクしていて、真っ白なノースリーブはたわわな膨らみではち切れんばかりだった。カーキ色のスキニーパンツからは、扇情的過ぎる彼女の下半身が見て取れる。
初対面の印象としては、ロサンゼルス郊外で出会ったアマンダさんに良く似ている。
黒髪でラテン系で、隠すつもりのない爆乳がありありと自己主張している。
彼女がアマンダさんと違うのは、話す言葉が英語ではないこと。
そしてあからさまに値踏みするような視線を僕に向けていることだ。
「ここは……?」
僕がいたのは、窓のない密室だった。
天井から電灯がぶら下がっており、薄暗く狭い部屋を照らしている。
今、何時だろう。
陽の光が当たらないところを見るに、ここは地下室だろうか。
「ムチョ、グスト」
言葉はなんとなく聞き取れるが、意味はまったくわからない。
なんだか見下されているような気がするのは、椅子に縛り付けられた現状と、パンツ丸出しという屈辱的な格好が影響しているのは明らかだった。
「そのお金!」
僕はふと、彼女が僕の全財産を持っていることに気付いた。
アリシアさんから借りたアメリカドル札の束だ。
彼女は僕の全財産を涼しげな表情で数えていた。まるでこのお金が自分の物であるかのように。
「返せ! それは僕がアリシアさんから借りた大切な――」
「カジャテ!」
食ってかかろうとした僕を(というか縛られてるので無理だけど)、何か固いものが制した。
おでこに当てられた冷たい感触。
それは――。
「ショ、ショットガン……?」
表通りでも見たような、ド派手な散弾銃だった。
あまりにも冷たい感触に戦慄する。
なんなんだこの国は。警察官も一般市民も、散弾銃を持つことが義務付けられてるのか?
「カジャテ」
もう一度、冷たいトーンで彼女が繰り返す。中米にいるはずのに肌が寒い。言葉はわからなくても、それが英語のシャラップに相当する言葉だとなんとなくわかった。
この一瞬で、僕らの上下関係――もとい主従関係が成立した。
僕の生殺与奪は、百パーセント彼女が握っているのだ。
ほとんどは縛られた時点で雌雄は決していたけど、目覚めたばかりで上手く状況が掴めなかった。
僕はこの中米女性に、拉致されたのだ。
目的はお金。
お金を奪っても殺さないのは多分、人質として身代金を踏んだくれないか、思案しているからだろう。
中米は治安が悪いところだと聞く。
全域がそうではないのかもしれないけど、警察官が散弾銃を持ち歩いている時点でお察しだ。
僕はとんでもない国に来てしまったようだ。
「チノ?」
今度は鳩尾に銃口を当てて、彼女が質問してくる。
おでこだろうが鳩尾だろうが、即死クラスであることに違いはない。
彼女の指の力加減一つで僕は死ぬ。
人質として生かされていることに安心はない。なぜなら彼女はもう一万ドル近い大金を得たのだ。
家族に身代金を要求するリスクを犯すより、さっさと僕を殺してしまった方が得策と考えるかもしれない。
「チノ!」
「うっ――」
さっさと質問に答えなさい。
そんな激しいトーンで、彼女は僕の喉元に銃口を突きつけた。
そんなこと言われてもスペイン語なんてまったくわからないから答えようがない。
とはいえこの女性、それを考慮してくれる気はなさそうだ。
見たところ気も短そうだし、漂う優しさはカケラもない。
だったら考えろ僕。
日本を出て現地の人から掛けられた最も多いフレーズを考えろ。
「ジャ、ジャパニーズ!」
そう。僕が海外に来て一番多く掛けられた言葉。
それは「あなた、中国人?」だった。
世界的に見れば、僕ら東アジア人はその大多数を中国人が占める。そもそも全人類の数分の一が中国の人なのだ。素性の知れない東アジア人を見つけて、彼らが中国人だと思うのはとても自然なことなのだろう。
「ハポネセス?」
言葉が通じたことで苛立ちがおさまったのか、はたまた僕が戦々恐々する様を見て悦に浸ったのかはわからないが、女性は平静さを取り戻した。
しかしこの手の人間はまたいつ沸騰するかわからないものであり、気の弱い僕としては常にヒヤヒヤものである。というか縛られて銃口を向けられている時点で冷静でいるなんて無理だけど。
「エレス、ビルヘン?」
彼女が何かを尋ねてきた。
しかし今度こそまったく意味がわからなかった。心なしか嘲笑の響きを含んでいるようにも聞こえたが、基礎文法すらわからない僕にスペイン語を理解するのは土台無理な話だ。
「クララメンテ」
すると彼女は何かを呟いて、腰のベルトから何かを引き抜いた。
ナイフだった。
しかも映画でしか見たことないような鋭利なコンバットナイフだ。
「こ、殺さないでくれっ! なんでもしますからっ!」
お前はもう用済みだと言われたと感じた僕は、縛られたままで必死に懇願した。
人生でまだやり残したことがたくさんある。海外に来てセックスは体験できたけど、それだけで満足できるほど僕の人生は浅くない!
「ひぃ!」
それでも彼女がナイフを逆手に持ち替えたので、僕はたまらず目を閉じた。
まさかこんなところで殺されるなんて。まだ日本人の女の子とはセックスしてないのに――。
しかしその瞬間、パサリという音と共に、身体が急に軽くなった。
恐る恐る瞼を開くと、床に切られたロープが落ちている。僕は解放されたのだ。
「助けてくれるんですかっ!?」
感極まって立ち上がろうと僕は、しかし大きな力で押し戻された。
切られたのは腕のロープだけだったのだ。
脚や胴体を固定しているロープは、相変わらずキツく結ばれたままだ。それでも両手が解放されたのだから解こうと思えば解けるのかもしれないが、それが許される雰囲気ではない。
なぜならコンバットナイフからショットガンに持ち替えた女性が、再びその銃口を僕の額押し付けていたからだ。
勘違いするんじゃないよ。
そんなようなことを言われたのはわかった。僕は未だ籠の中の鳥だ。腕だけ動けるようにされたのは、おそらくそれで僕に何かをさせたいからだろう。
たとえば実家にSOSの手紙を書いて身代金を入金してもらうとか、カードの暗証番号をメモするとか。
「トケスペネ」
嘲笑に満ちた表情で、彼女は僕を見下ろした。
まさかとは思った。
まさかとは思ったが、
彼女は僕に、この場でオナニーしろと言ってるのか?
スペイン語の意味などわからないはずなのに、かろじて聞き取れた「ペニス」っぽい単語と、彼女の愉悦に満ちた表情から、そんなようなことを要求されているんじゃないかと思った。
彼女は多分ドエスだ。
相手を屈辱の極致に追いやることで快楽を得るタイプだ。
そして男にとって最も屈辱的な行為の一つは、人前での自慰行為である。
「テアユード」
その予想を証明するように、彼女は僕のトランクスを強引に剥ぎ取った。
剥ぎ取ると言っても椅子に縛られているのでややトランクスを下げるだけの屈辱的な格好だが、悲しくもペニスはボロンと露出した。
「アンダ」
そんなペニスを見て、彼女はまたも嘲笑した。中南米な屈強な男たちに比べ、日本人である僕のペニスは小さいのだろう。
格好もペニスの大きさもコケにされ、僕は恥ずかしさで死にそうだった。
「デランテデニ」
いかにも悪役めいた表情で彼女は僕を挑発した。
いくら美女相手とはいえ、人前、しかもこんな犯罪者の前でオナニーをするなんて。
しかし僕に選択肢はない。
殺されたくなければ、このショットガンで蜂の巣にされたくなければ、この女性の前でおとなしく、自らの肉棒を扱かなければならない。
「ハハ!」
女性の嘲笑のもと、僕は情けなくも自らのナニを扱き始めた。
オナニーなんて何週間ぶりだろう。
日本に居たときは日に十回はしていたのに、アメリカに来てからは何故か毎日のように女性とセックスする機会があったので、久しくマスターベーションなどしていなかった。
しかも銃口を突きつけられたシチュエーション。
こんな稀有な状況でナニを扱いたことなど一度もなく、僕のイチモツはなかなか勃ってくれない。
そんな僕に業を煮やしたのか、女性は苛立ちを見せ始める。
多分彼女は、目の前で僕が情けなく射精する姿が見たいのだろう。
それなのに僕が機能不全なので、途端に機嫌が悪くなり始める。
このままでは、撃たれる。
そう直感した僕は、是が非でもナニを勃たせるため、最終手段に出た。
「ワットユアネーム!」
「ケ?」
僕が叫ぶと、女性は眉を顰めた。この行為自体危険なことはわかっているが、勃たせるためにはこうするしかない。
「ワットユアネーム!」
「……ディアナ」
女性は渋々名前を答えてくれた。
やっていることはともかく、その容姿に似て美しい名前だった。
オナニーをするとき、必要なものが必ずある。
オカズだ。
男がオナニーをするのは、想像の中で犯したい女性がいるからだ。
その媒体が写真集なのかビデオなのか漫画なのかは人それぞれだが、少なくともオカズがなければ射精などできない。
でもこんなシチュエーションで、僕が妄想できるオカズなどない。
たとえばアメリカでセックスしてきた女性たちを思い出そうにも、目の前に銃口がチラついて掻き消されてしまうのだ。
だったらもう、目の前の女性で抜くしかない。
「ディアナさん――」
幸いにも、目の前にいるのはグラマラスな白人美女だ。
某映画のララ・ク◯フトを思い起こす容姿に、アマンダさんをも凌ぐ爆乳。
南米の女性だけあって尻の膨らみも凄まじく、この人を後ろから突いたらどれだけの反発力があるだろうと、夢想せずにはいられない。
よく見ると、白いタンクトップの胸元に二つのポッチが浮かんでいる。
なんてセクシーなバストだろう。こんなに扇情的なboobsは、ポルノビデオでも見たことがない。
「ディオス、ミーオ」
そうしていると、自然とイチモツが硬さを帯びてくる。
考えてみれば、僕はアマンダさんにも銃口を突きつけられながらセックスをしたのだ。
あのときは彼女の中に挿入れたいという一心で恐怖心を忘れたが、今はどんなに足掻いたところで、僕が彼女とセックスする道はない。
「グランデ……」
それでもこんなにセクシーな女性を前にしたら、勃たずにはいられなかった。
「あぁ……ディアナさん。凄いです。喉奥のフェラヤバい……」
僕は妄想の中で、ディアナさんに喉奥フェラをさせていた。日本語が通じないのをいいことに、しっかり名前まで呼んで。
しかしディアナさんは怒ることなく僕がイチモツを扱く様子を観察していた。
はたから見て、女性の前でペニスを扱く様は滑稽にしか見えないだろうが、もはや僕の頭の中には、ディアナさんで射精したいという考えしかない。
「ああっ! ディアナさんっ! そんなに腰振らないでっ!」
想像の中で、僕はディアナさんに対面座位で犯されていた。
南米女性ならではの受け入れの深い膣で肉棒を扱かれ、目の前では彼女自慢の爆乳がぶるんぶるんと揺れている。
「ああっ! 射精るっ! ディアナさんっ! 僕イキますっ!!」
気持ち良さのあまり、僕は全力で射精していた。
あまりの刺激に天井を仰いで、性欲の塊を射出する。
セックスもいいけれど、やっぱりオナニーもいいと思った。
自分の一番イキやすい力加減で、効率的に射精できるだからだ。
しかし、
「ミエルダ……」
再び前を見た僕は、絶句した。
目の前のディアナさんが、僕の精液まみれになっていたからだ。
ソバージュの綺麗な黒髪や、くっきりとした目鼻立ちが白濁液まみれになっている。
谷間にもザーメンが侵攻し、射精されたばかりの精液の臭いが、窓のない地下室の中に充満している。
「す、すみませんっ!!」
縛られているのて土下座はできないが、僕は地面にめり込むくらいの土下座を披露する心持ちで謝罪した。
あまりに気持ち良すぎて男根の角度を変えるのを忘れていた。というか自分自身、あそこまで精液が飛ぶものだとは思わなかった。せいぜい飛んで五十センチだと思っていたのに、長身のディアナさんの顔にまでかかるなんて。
「ホーデテ!!」
こめかみを引攣らせたディアナさんは、当然ながら僕にショットガンの銃口を向けた。
引き金に添えられた指に力が入っている。
このまま僕は、殺されてしまうんだろうか――。
(続く)