幕間③ 〜新たな訪問者〜
大介がアメリカに旅立ってから丸一ヶ月が過ぎた。
大学の夏休みも残すところ一ヶ月。つまり大介の世界横断旅行の日程も半分が過ぎたことになる。
当初の予定で言えば、多分今頃は東欧に入ったぐらい。まさか夏休みが終わるギリギリまで海外にいるとは思わないから、あと二週間もすれば大介は日本に帰って来るだろう。
大介から最初の手紙が届いてから約一週間。あれ以降大介からの連絡はない。便りがないのは元気な証拠と世間は言うが、場所が場所なので少し心配ではある。まああくまで日本の旅行者が行ける範囲だから、そこまでの危険には直面してないと信じたいけど……。
(あの子、いつまでここにいるんだろう……)
今僕の部屋のベッドで、金髪ツインテールの白人少女が退屈そうにスマホを弄っている。
エリザベスと名乗ったアメリカ人の少女は、一週間前に大介を追って日本にやって来ていた。
――Daisuke's future wife.
大介の未来の嫁を名乗った彼女は、ホテル代がもったいないから泊めてよと、半ば強引に僕の暮らすアパートに居座っている。
さすがに食事は自分で買ってきて食べているが、こうも長い間自室に居座られると、流石の僕にも不自由が生じる。
“Take it easy.”
自分の部屋なんだから気楽に過ごしていいのよ。そんなようなことを言いたいのだろうが、流石にそうもいかない。
僕は僕で彼女がいるし、日中の大半はアルバイトに費やしているので支障はないが、部屋に帰ると必ずこの白人美少女が自由気ままにくつろいでいるのだ。
おかげで彼女を部屋に呼ぶこともできないし、もしアポなしで彼女に訪問されたらとんでもない修羅場を迎えかねない。
何より自分の家に恋人ではない異性が暮らしているというのが、僕の気をそぞろにさせるのである。
(さすがに、外国人の女の子はすごいな……)
スマホの画面に視線を落とすエリザベスさんは、とんでもない美少女だ。
蒼色の瞳は吸い込まれそうになるほど透き通っていて、目鼻立ちも日本人とはレベルが違う。
鮮やかなブロンドヘアーは人工的に作られたウィッグのように鮮やかで、眩いばかりの白い肌は、彼女が異人種であることを如実に物語っている。
何より腰高の高い長い脚と、時折谷間を覗かせる胸の膨らみが、ザ・アメリカンとしての矜持を保っていた。
もし、自分に彼女がいなければ、街で声を掛けていたかもしれない。それぐらい美しい少女だ。
そんな白人美少女が、大介の未来の嫁を名乗っている。
いったいアメリカで何があったのか気になるが、あまりにプライベート過ぎて聞き出せない。
少なからず、大介の魅力をわかってくれる女性が見つかったことは嬉しいが、まさかそれが外国人の少女だとは、僕は思いもしなかったのである。
(どうしよう……)
緊張を和らげ、間を持たせるために、僕はいつも部屋のテレビをつける。
どうして家主である僕が自室でくつろげないのか不満もあるが、彼女が親友の客人である以上、異国の地で無碍に追い出すわけにもいかないのである。
【アカデミー賞女優であるキャサリン・マクブライドが自身の主演映画の宣伝を兼ねて来日し――】
テレビでは、ジャンボジェットから出てくる白人女優の姿を映していた。
僕でさえ名前を知っている有名女優だ。オスカー女優が初来日したことで、世間では何かと騒ぎになっている。
“She is a bitch.”
突然呟かれたスラングに僕は目を丸くする。あまり興味なさげだが、エリザベスさんも自国の女優のニュースに対しては少なからず関心を示している。
しかし、ポジティブな意味ではない。彼女はキャサリン・マクブライドのことが嫌いなのだろうか。
“Look at.”
僕が怪訝な顔をしていると、彼女がスマホの画面を向けて来た。
““Ah!! Ah!!””
スマホの画面では、白人の美女が全裸になって、男性の上で腰を振っていた。
無修正のアダルト動画に、さすがの僕も瞠目する。いったいなぜこんな動画を見せられたのかと思ったが、
「これ……キャサリン・マクブライド?」
動画の上で激しいセックスをしているのは、テレビに映っているキャサリン・マクブライドその人だった。
非常によく似たそっくりさんの可能性もあるが、それにしてはあまりに似過ぎている。
多分これは、女優キャサリン・マクブライドのプライベート流出動画だ。
出どころについては知らないが、彼女は自身がセックスをする動画を撮影され、ネット上にばら撒かれたのだろう。
キャサリン・マクブライドに最近、何らかのスキャンダルがあったことは記憶している。内容については知らなかったが、おそらくこの流出動画が原因だろう。
この流出動画があるから、エリザベスさんは彼女をbitchだと言った。
言いたいことはわかる。
わかるのだが、
(こんなものを今僕に見せてどうすんだよ……)
画面の中で激しく腰を振るキャサリン・マクブライドは、白人女性を体現したようなナイスバディで、それを余すことなく晒しながら、たわわなバストを激しく揺らしている。
確かに芸能人のスキャンダル動画なんだろうけど、一健康な男子にとってはAV以外の何物でもない。
しかもとびきり上質の、並ぶものがないレベルの洋物ポルノだ。
そんな刺激物を、今僕は同じく美女であるエリザベスさんに見せられている。
これを見てみなさいよと言わんばかりにスマホを差し出した彼女は、ベッドの上で前のめりになって、たわわな白い胸元を晒していた。
ティーンエイジャーにしてはあまりに豊満な膨らみ。
ブラで隠れてはいるが、ほぼ全容を晒した真っ白なバストに、僕は思わず釘付けになる。
画面の中の白人バストと、今目の前にある現物の白人バスト。
健康な大学生男子がそれを思わず見比べてしまっても、決して責められるようなことじゃない。
“Fuckin' JAP!!”
しかし彼女は物凄い剣幕で、僕の顔を蹴り飛ばした。ゆったりとしたシャツの胸元をしっかりと隠して、まるで強姦魔に接するような警戒心だ。
「いや、君が見せてきた動画じゃないか!」
蹴られた鼻っ柱を押さえて抗議するが、日本語では糠に釘だ。彼女は信じられないという表情で僕を睨み、半径五メートル以内に近寄るなと要求している。六畳一間の間取りなのに。
居候のくせに態度がデカい。
そんなような旨を英語で伝えたいが、僕にはその英語力がない。
それに彼女に対して文句を言うのは、なんだか抵抗感があった。
べつに人種に上下があるとは思わないけど、こうまで綺麗な外国人少女を前にしてしまうと、何かを意見するのが憚られるのだ。
(大介、早く帰ってきてくれよ……)
心の中で、唯一無二の親友に願う。お前がアメリカでこの子に何をしたか知らないけど、帰ってきたらちゃんと説明してもらうからな。
するとそのとき、アパートのインターホンが鳴った。
その瞬間、僕の背筋に怖気が走る。
“Daisuke!!”
大介が帰ってきたと勘違いしたエリザベスさんは嬉々として玄関に走る。
しかし住人である僕は知っている。大介はインターホンなど鳴らさず勝手に入ってくる。この家でインターホンを鳴らす訪問者は、宅急便か、僕の彼女ぐらいしかいないと。
“I’ve missed you so much!”
満面の笑みでドアを開くエリザベスさん。僕は壮絶な修羅場が訪れることを覚悟して目を瞑ったが、予想していた「誰よこの外人女!!」という彼女の叫びは一向に訪れなかった。
そのかわり、聞こえてきたのは、
「拓真くん、久しぶりね」
恰幅の良い中年主婦――大介のお母さんだった。
予想外の訪問者に、エリザベスさんが目を瞬かせている。彼女が大介の未来の嫁なら、おばさんは彼女の未来の義母になるわけだが、今のところ彼女にその自覚はない。
「あらまた外人さん。どうしましょう。私英語話せないわ……」
日本人らしい反応でおどおどするおばさん。べつにエリザベスさんと会話する必要はないと思うけど、外国人を見ると狼狽えてしまうのが僕らのサガだ。
「いや、おばさん。話すと厄介なことになるからやめた方がいいですよ。それよりどうしたんです? おばさんが僕の家に来るなんて」
大介の実家はこのアパートのごく近くにあるので、おばさんが来ること自体は難しくない。でもおばさんがうちに来る機会など滅多になく、多分今回を含めて二回目くらいだろう。
「あ、ええっとね、大介から葉書が届いたから見せに来たのと――」
“Daisuke!?”
意中の想い人の名前を聞き、おばさんから葉書を掠めとるエリザベスさん。大介からの葉書を早く読みたいのはわかるけど、それはあなたの姑さんになるかもしれない人だからね。
“Who are they...?”
葉書を見たエリザベスの手がわなわなと震えている。なんともデジャヴな光景である。
例によって、写真付きの葉書に写っていたのは、
「なんだこれ?」
多数の褐色美女たちに囲まれている、大介の姿だった。
しかも全員があからさまに露出の多い服を着たナイスバディ美女ばかりだ。
「あの子今、コロンビアにいるみたいなのよ」
「コロンビア!?」
確かに差し出し人の住所にはコロンビアの文字が書かれている。
でも大介は前の葉書で、ロンドンに行くと言っていた。アメリカからロンドンに行った後で、どうしてわざわざ南米のコロンビアに行く必要があるのだろう。
大介がロンドンに向かうという情報は、当然ながらおばさんにも共有されていた。それが急にコロンビアと来たものだから、心配して僕に相談しに来たのだろう。
「拓真くん、大介から何か聞いてない?」
聞こうも何も、僕も大介との連絡手段はない。今大介がどこにいるのか、皆目見当がつかない状態だ。
「じゃあこの人のことも、何も聞いてないのね」
「え?」
よく見ると、おばさんの後ろにもう一人女性が立っていた。
ブロンドのセミロングヘアーで、女性とは思えないほど背が高くて、服の上からでもスタイルの良さが見て取れるその超絶美女は、
“Hi.”
あのキャサリン・マクブライド、その人だった。
大介、マジでアメリカで何やって来たんだ。