文学部のマドンナ西園楓(大介パート)
その人は、一言で言えばクールでかっこいい女性だった。
女の子にしては背が高く、スタイルもいい。
さらさらのショートヘアは艶のある濃紺を抱き、凛とした佇まいは銀幕のスターを思わせる。
色白の肌、やや憂いを帯びた相好。男から見ても綺麗で格好いい女性だが、女の子から見てもこの人は十分憧れの存在に映るのだろう。
文学部三年、西園(にしぞの)楓(かえで)さん。
去年のミスコン覇者である彼女は、校内でも一二を争う美女である。
別名、文学部のマドンナ。大学きってのクールビューティーは、突然目の前に現れた僕に驚いた顔をしていた。
少しだけ目を丸くした彼女も意外性があって可愛いなと思った。かすかに香る程よい香水の匂い。間近で見るとますます強調される整った相貌。意外とボリュームのある胸の膨らみ。
まさに、高嶺の花。
僕なんかが話しかけていい相手では決してない。
心臓がバクバクする。
水を飲んだばかりなのに口の中がカラカラだ。
でも僕は決めたのだ。今日彼女に告白すると。
「西園楓さんっ!!」
「え?」
突然大声を出してしまったので、西園さんはかなり戸惑っていた。僕みたいなビッグフット(のような男)に進路を塞がれたら、大抵の女の子は怖がるかもしれない。
しかし西園楓さんなら、それすらも受け止める度量があると信じた。
「お願いですっ! 僕と付き合って下さいっ!!」
誠心誠意を込めて、深々と頭を下げる。
こんな往来で告白なんて、どうかしてる奴と思われるかもしれないけど、僕が彼女と二人きりになる機会なんて絶対にありはしないから、強引にでも告白の場を作り出すしかない。
長い沈黙が流れる。
僕のような男に突然告白されて、彼女は何を思うだろう。
気持ち悪い、だろうか。
勘弁して、だろうか。
でもこの人は、きっと懐の深い女性だ。
たとえ僕に対して良い感情を抱いてなくても、決してそれを言葉にすることはない。
そう信じて、おそるおそる顔を上げる。
目の前にあったのは彼女の笑顔だった。
決して崩し過ぎない、彼女らしい美しい笑み。
喩えるなら太陽ではなく、夜空に輝く月。
そんな女神が、形の良い唇で紡ぎ出したのは、
「鏡見て言ってる?」
残酷で無慈悲な、現実という名のシビアだった。
◆ ◇ ◆
あれから半年。
海外での旅を終えて、キャサリンさんたちとのすったもんだも落ち着いた頃、僕は大学に復帰していた。
それまで代返こそ拓真に取って貰っていたけど、今から勉強の遅れを取り戻すことは至難の業だ。溜まりに溜まったレポートや課題を終わらせるため、研究室に泊まり込むという日も多々あった。
その日もちょうど、コンビニで夜食を買ってきて、研究室のある六階に戻るところだった。
六階に戻るには、当然ながらエレベーターを使う。時刻は夜の十時を過ぎている。普段なら誰かと同乗することはないけれど、その日はたまたま、扉が閉まるギリギリで一人の女の子がエレベーターに乗り込んできた。
僕の鼻腔に、記憶にある香水の匂いが触れる。
その香りの持ち主を見て、僕は思わずドキリとした。
その人物が、文学部のマドンナ西園楓さんだったからだ。
半年前、こっぴどく振られた相手とエレベーターで二人きり。
気まずいなんてもんじゃない。しかも彼女の方も僕のことに気付いたようで、あからさまに「しまった」という顔をしている。
そもそもエレベーターに駆け込んできた時点で、中に人がいるとは思っていなかったのかもしれない。
彼女はまず中に自分以外の人間がいることにギョッとし、しかもそれが半年前に告白してきたビッグフットであることに気付いてさらにギョッとしているようだった。
彼女が所属する芸術学講座の研究室もまた六階。普通に考えれば目的地は同じはずなのだが、彼女は当たり前のように二階のボタンを押した。
一刻も早くこの密室空間から逃げ出したい。
それが伝わる行動に僕は当然ながらショックを受けていたが、そんなショックが瑣末に思えるような事態が起こってしまう。
「え?」
突然、エレベーターの全体がぐらっと揺れて、照明が薄暗闇に切り替わった。
かすかに鳴っていたエレベーターの駆動音が聞こえない。ボタンの照明すら消えている。
非常停止。
故障。
僕らは壊れたエレベーターの中に閉じ込められてしまったのである。
(どうしよう……?)
まさかの事態。
あの西園楓さんと壊れたエレベーターの中で二人きり。
もちろん、そこで都合の良い展開が起きるなんて毛程も考えない。
僕は死ぬほど警戒されているし、そもそも日本人の女の子には致命的にモテない。
彼女にだって、間違いなく嫌われている。
それは先程の二階ボタンの件でも、明らかなことだ。
でもそれが、まさかあんなことになるなんて、そのときの僕は一ミリも思わなかったのである。