「あ、雪乃ちゃんっ――」
その後も、雪乃ちゃんによる手コキフェラは継続的に行われた。
手コキフェラだけでなく、例のお小水取りも。
この三ヶ月の間で、僕の身体はほとんど元のように動くようになっていたが、もう日課だからやらないと逆に気持ち悪いと主張する雪乃ちゃんに押し切られて、今でも継続的に彼女の口の中に射精し続けている。
その頻度は、日に五回。単純に入院期間が九十日と考えれば、僕は小学五年生の口の中に、もう四百五十回も射精したことになる。
本当のことを言えば、僕の願望で数度、雪乃ちゃんの顔や胸に射精したこともあるが、精液の匂いが染みつく可能性があるので今は禁止にしている。
雪乃ちゃん本人はいくらでもかけてもらって構わないと主張しているが、それ以上行為がハードになると僕の理性の箍が外れてしまうので、僕自身の意向で禁止している。
「ゆっ、雪乃ちゃんっ――」
この三ヶ月間で、雪乃ちゃんのテクニックもまた向上した。
単純な亀頭フェラだけでなく、いわゆる普通のフェラ、竿やカリを舐める行為にも、少女は躊躇いを持たなくなっていた。
今では雪乃ちゃんは、柔らかな唇のマッサージで、簡単に僕を射精させることができる。
その間も積極的に胸元を見せてくるのは、おそらく無意識だろうけど、雪乃ちゃんにとって僕のチンポは、もはや日常のものと化していたのだ。
「ああっ――!」
今はもう射精ると合図しなくても、何なく喉奥射精をさせてくれる。
すっかり洗練させたフェラに、洗練された舌技。
目を瞑ると彼女が小学生であることを忘れてしまうが、白瀬雪乃は正真正銘、小学五年生の女の子である。
小学五年生に数百回も精飲させる鬼畜。
その評価に今さら反論はない。僕は小学五年生の雪乃ちゃんに性的興奮を覚える変態だ。
しかしそんな変態であっても、この三ヶ月で自分を誇れることはある。
まずひとつ。
僕はこの三ヶ月、毎日のように雪乃ちゃんにフェラされたけど、その間一度も、雪乃ちゃんの身体を触ることはなかった。
ノーブラであることが判明した膨らみかけの胸も、小学生にしては成長の早い丸みを帯びたお尻も、ただの一度も、僕は触ることはなかったのである。
もちろん、触ることができない理由はあったのだけれど、それと同じ理由で、僕は雪乃ちゃんの裸を見ることもなかった。
その膨らみかけのおっぱいの全容も、欧米スタイルの下半身に隠された花園も、僕は一度も見ようとも、見せてとも頼まなかった。
多分、お願いすれば見れただろう。
この前の発言からわかるように、雪乃ちゃんは大人の男に自分の裸を見せることに、何の躊躇いも感じていない。
それでも僕がそうしなかったのは、そうしてと頼まなかったのは、そもそもが雪乃ちゃんのこの「大人の前で裸を見せることに何の躊躇いも感じない」ことに由来している。
僕はこの三ヶ月間、おそらくは女神に変えられてしまったこの世界について、ありとあらゆることを調べていた。
スマホやテレビ、書籍などを使って、調べられる範囲で調べ尽くした。
結論から言おう。
この世界にロリコンはいない。
文字通り、小学生の身体に興奮する大人が、ただの一人もいなくなってしまったのである。
例えばインターネットで、ロリコン、ロリータコンプレックスという用語を検索してみても、一件も引っかからない。
いわゆるWikipedia等の情報サイトで調べても、該当の語句は存在しなかった。
同様に紙の辞書をいくつか引いてみても、ロリコンを意味する言葉は登場しない。これは小児性愛、ペドフィリアなどの類似語においても同じである。
次に僕は、あまり大きな声では言えないが、かつて愛用していた児童ポルノサイトも検索してみた。
当たり前だがどのサイトも存在せず、SNS等で当該のワードを検索してみてもそれらしい画像は見当たらなかった。
そもそも児童ポルノという言葉自体が存在しないのだ。児童ポルノサイトが存在しないのも道理である。
いわゆるエロ本やエロ同人誌を調べてみても、小学生の女の子を題材にしたエロ作品はひとつも存在しなかった。
「膨らみかけ」という用語を検索してみても一般的な用例しか見当たらないし、「成長途中」という用語で検索しても、女児の身体が関連画像に表示されることはない。
簡単に言えば、成長途中の女児を性的に愛でる文化が存在しない。
もっと言えばロリコンという概念すらも失われてしまったというのが正解である。
この世界において、小学生の膨らみかけのおっぱいや、パイパンのおまんこを見て興奮する大人は存在しない。
外敵となる大人が存在しないのだから、小学生たちのガードが極端に甘くなるのは道理である。
とはいえ、本当にそれだけなのか?と僕は思う。
いくらロリコンが存在しないと言っても、雪乃ちゃんの行為そのものは、僕の知っている常識と照らし合わせれば異常である。
だってそうだろう。ロリコンが存在しないことは、雪乃ちゃんが僕の精液を直接口で受け止めることの理由にはならない。
そもそもおっぱいやおまんこを見られても構わないという感覚自体、僕の感性とは少しズレている。
なぜなら僕は小学生の頃、他人に裸を見られることが嫌だったからだ。見知らぬ女の人に服を脱いでと言われて、いいですよと快諾する小学校高学年の男子などいない。
だからこそ、雪乃ちゃんの抱く通念には違和感を抱かずにはいられない。
百歩譲って、小学生にはブラが必要ないという考えは良しとしよう。
ロリコンという概念が存在しないというこの状況も、渋々ではあるが受け入れられる。
でもだったらなぜ、雪乃ちゃんは大人の前で裸になることに抵抗がないのか。
僕のお小水や、精液を取ることに積極的なのか。
その答えはまだわからないが、何かひとつだけヒントになるとすれば、ロリコンとは対照的なワード、ショタコンに対する世界の在り方だ。
結論から言うと、意外に思われるかもしれないが、この世界にショタコンという言葉は存在する。
言葉が存在するということは、当然ながら概念もある。小学生の男の子の裸を見て興奮する成人女性は、僕の知る世界と同じように存在するのである。
それが示唆することが何なのか、今の僕にはわからない。
僕には圧倒的に情報が不足している。ロリコンが一人もいなくなったという、この改変世界での一般的常識がまるでない。
それを解消するために、僕はこの改変世界で日常生活を送る必要がある。
そのための退院日が実は今日なのだ。
退院日にもかかわらず雪乃ちゃんにフェラ抜きさせているという事実もどうかと思うが、これに関しては雪乃ちゃんがどうしてもと言うので仕方なかった。最終日だからこそむしろ義務だと、僕が限界を迎える七回も精液を搾り取られた。
寂しくなるが、これで雪乃ちゃんとの夢のような日々は終わり。
これ以上は、僕の方が我慢できる自信がない。
先程言った、僕が雪乃ちゃんに手を出さなかった理由。
おっぱいも見ず、おまんこにも触らなかった訳。
それらは全て、この改変された世界への恐怖が理由だ。
先述の通り、この世界にはロリコンがただの一人も存在しない。
一人もだ。この地球に存在する数十億の人間の中で、小学生の女の子に興奮する大人は、一人たりとも存在しないのである。
これは控えめに言って、恐ろしい事実である。
なぜならこの世界で、小学生の女の子に興奮する事案は、一度もたりとも存在しなかったということなのだから。
ロリコンという名称も、概念すら存在しない世界。
小学生は大人に裸を見られても何ひとつ恥ずかしくない世界。大人が小学生の膨らみかけおっぱいを見ても、眉ひとつ動かさない世界。
そんな世界で、僕が小学生の女の子に興奮していることがバレたら、僕はいったいどうなるのだろう。
僕のいた世界では、ロリコンは変質者としてではあるが存在を認知されていた。
一種の精神病患者としてかもしれないが、一応はその存在を知られていたのである。
世の中には、小学生の身体に興奮する輩がいるらしい。
そいつらには大人の成長し切った身体より、膨らみかけのおっぱいや、下の毛の生え揃っていない身体がいいらしい。
なんとも悍ましい、社会の敵。
そんな認識であっても、存在そのものは広く知られていたのだ。
しかしこの世界では、そういったマイナスの意味合いも含めて、ロリコンの存在は認知されていない。
子供の身体に興奮しないのは、大人として当たり前。そんな社会通念のレベルではない。そもそもが“ありえない”ことなのだ。もし僕のロリコン癖がバレたら、まったくもって理解不能な未知の存在として、僕は扱われることになる。
新種の精神病。
その程度ならまだいい。
それなら要治療対象として見られるだけだ。
でも僕が恐れているのは、それよりもさらに異質な扱い。
人が最も恐れるのは、自分の理解が何ひとつ及ばない存在である。
たとえ危険な存在でも、ある程度概要を理解していれば対処はできるし、少なからず安心できる。
だからこそ昔の人は未知の疫病や自然現象に対し、妖怪の仕業だの、神様の仕業だのと理由をつけて、恐怖心を和らげようとしたのだ。
この世界にとってロリコン癖がまさにそれ。
まったくもって理解不能の、未知の存在に対して、人々はどういう反応をするだろう。
最悪の場合、殺されることだってありうる。
特定の誰かにではなく、社会全体の総意として、僕の抹殺が圧倒的多数による合意で執行される可能性があるのである。
僕が雪乃ちゃんのおっぱいを見なかったのもそのため。
おまんこを舐めなかったのもそのためだ。
雪乃ちゃんは、僕が彼女に手コキされながら、大人の女性のえっちな姿を想像していたと思っている。
自分という存在が、その膨らみかけのおっぱいやおまんこが、興奮の対象になることがありえないと思っているからである。
でもここで、僕が雪乃ちゃんのおっぱいを触り出したら、無我夢中で成長途中の乳首を吸い始めたらどうだろう。
無垢なおまんこを舐めまくって、あまつさえ怒張したチンポを挿入しようとしたらどうだろう。
その時点で、僕は雪乃ちゃんにとって未知の存在になる。
まったくもって理解不能の、異質な存在。
そうなったら、少女がこれまで通り僕と接してくれるかはわからない。
大人のお小水取りや射精誘引が平気だという特殊な世界でも、小学生そのものへの興奮はまったく理解されないかもしれない。
僕への手コキや精飲について、雪乃ちゃんは一度も両親に話していないらしい。それもそうだ。もし話していたら僕はここにはいない。精神病院に入院することになる。
その理由は、僕のチンポを舐めたり、精子を飲むといった行為に抵抗がないから。
なぜ抵抗がないかについては謎のままであるが、あくまでそれらの行為は雪乃ちゃんにとって許容範囲ということだ。
だからこそ、雪乃ちゃんはご両親に何も言わない。
僕が雪乃ちゃんの前で勃起しても、あくまでそれは性欲が溜まったことでの生理現象だと思っている。
でももしこれが、彼女自身の身体への興奮だと知れたら。
雪乃ちゃんにフェラされながら、彼女の膨らみかけの胸元をガン見していることがバレたら、僕はどうなるかわからない。
だからこそ、僕は雪乃ちゃんの身体には何もしなかったのである。
えっちなことはしてもらったけど、えっちなことはしていない。
それが僕が僕自身を守るための、最後の防衛ラインだったのだ。
「本当にもう、なんてお礼を言ったらいいか……」
退院のタイミングで、雪乃ちゃんのご両親が病室を訪問してくれた。
その手には菓子折りだったり花束だったり、僕が断固拒否した商品券の詰め合わせだったり、色々なものがあったが、あくまで善意として、花束だけを受け取っておいた。
白瀬夫妻は僕に途方もない恩義を感じているらしいが、僕も僕で、雪乃ちゃんの数々の行為に感謝しきれないものを感じている。
それについて改めてご両親に説明することは絶対にないけれど、僕は自分自身の中で、雪乃ちゃんとの行為は、雪乃ちゃんの尊い命を身を挺して救ったことへの正当な対価だと納得していた。
もちろん罪悪感はあるし、釣り合いが取れているとは思わないけど、そう納得することで自分の罪悪感を無理やりなかったことにしたのだ。
この上菓子折りや商品券まで貰ったら、絶対に釣り合いが取れなくなる。
だからこそ、僕は白瀬夫妻の厚意を断固として拒否したのである。
「雪乃ちゃんも、今までありがとうね」
今までありがとう。その言葉には大いに含みがあるが、少なくとも僕らが会うことはもうないというメッセージも込めていた。
これ以上雪乃ちゃんと一緒にいたら、僕は絶対にダメになる。
具体的に言えば絶対に彼女とセックスすることになる。
そうなったらもう僕は身の破滅だ。先述のように、社会的にも生物的にも抹殺されかねない事態となる。
「私は、またいつでもお世話しに行ってもいいけど」
黒髪の小学生美少女は、とても名残惜しそうに僕を見た。
そんな視線を向けられると後ろ髪を引かれてしまうが、ここで終わりにしないと僕の人生も少女の人生もダメにしてしまう。
お互いのための別れ。
そんな大人っぽい言葉を、まさか小学五年生の女の子に使うことになるとは思わなかったけど。
「この子、本当に吉野さんに懐いたみたいで。普段はそんなこと絶対にない子なんですけど」
成長途中の娘の様子を微笑ましく語る母親。
僕らが病室でどんなことをしていたか想像すらしていないようだけど、母親曰く、普段の雪乃ちゃんはあまりに人に懐かない、クールな女の子だったらしい。
「なんだ雪乃、将来は吉野さんのところにお嫁に行くか?」
「茶化さないでよ」
お父さんが冗談めかして笑う。
ロリコンという概念が存在する世界ではまずありえない冗談だと思う。
それこそ小学校低学年や幼稚園の娘に言うみたいに、お父さんは僕と雪乃ちゃんの結婚生活に言及している。
僕が雪乃ちゃんとえっちなことをしていると知ったら、絶対にそんなことは言わないだろうけど。
「本当に、ありがとうございました」
病院の前で、ご両親が改めて深々と礼をする。僕はそのままタクシーに乗り込んで、三ヶ月ぶりとなる自宅の住所を運転手さんに告げた。
窓の外に見える、黒髪ロングの小学生は、いつまでも寂しそうに僕を見送っていたが、僕はそんな少女を見ないフリをして、家路の方向へ向き直る。
雪乃ちゃんとの、結婚。
それが本当に実現していたらどんなに良かったかと、心のうちで密かに想いながら。