その日からはもう、僕は毎日のように銭湯に通って、小学生たちとの行為に励み続けた。
「ああっ、こんなことってあるのかしらっ!? あなたどうして、私たちのおまんこなんて舐められるのっ!?」
艶髪の少女夢乃ちゃんが、僕の顔に股間を乗せて叫んでいる。
ぱっくりと割れたおまんこが、僕の舌先で激しく濡れ、収斂している。
少女の割れ目からはとめどなく愛液が溢れ、僕はそれを躊躇いなく自らの舌で受け入れた。
いわゆる、顔面騎乗。
小学生のおまんこを顔に押し付けられて、ひたすら中を舐めている状態だ。
銭湯のタイルの上に仰向けになり、小学生の割れ目を舐め続ける。この位置だとちょうど少女の綺麗なおへそと膨らみかけの下乳が丸見えで、小学生の愛液の味と共に、とてつもない眼福を堪能できる。
「ああっ! クリトリス気持ちいいっ!!」
舌先で剥き出しのクリをいじめると、夢乃ちゃんは正直な感想を叫ぶ。
先日の明日香ちゃんと比べても積極的で、推定Cカップの艶髪少女は、顔の上で積極的に腰を振って、僕の舌の感触を楽しんでいる。
もはや、いつ勃起してもおかしくない。
むしろまだ勃起していないことの方が不思議だ。
でも僕は決めたのだ。
今度小学生たちにチンポを好き勝手に弄られたら、僕は絶対に耐えられない。
間違いなく勃起するし、射精する。
でも小学生たちを責める側に回るのなら、幾分は耐えられる。
小学生たちに気持ちよくされるのではなく、小学生たちを気持ちよくする。
まさに雪乃ちゃんのときとは逆パターンで、僕は三人の小学生たちから主導権を取ろうとしていた。
「ああっ! この人のクンニすごいよっ!」
それは小学生ギャルこと楓ちゃんでも同じこと。
夢乃ちゃんをイかせた後、同じように顔面騎乗で楓ちゃんに跨られた僕は、これまでの経験も活かして、楓ちゃんのおまんこも気持ちよくしていた。
他の二人よりはやや酸味の強い楓ちゃんの愛液。
それでも嫌な感じは少しもしない。他の二人よりも締まりが強いおまんこに舌を這わせ、僕は女子小学生の快楽を引き出していく。
「あっ、イクっ! 二人みたいにおまんこ舐められてイッちゃうっ!!」
楓ちゃんの小さな身体がびくんと跳ね、明日香ちゃんと同じく潮噴きをする楓ちゃん。
小ぶりなおっぱいの乳首を敏感に勃起させ、自らの指で摘んで刺激を与えている。
その積極性、艶姿を見るに、少なくとも楓ちゃんと夢乃ちゃんの二人は普段からオナニーをしているのだろう。
小学六年生でオナニー。
中にはそういう子もいたのだろうけど、やはり僕の感覚とはかけ離れている。
端的に言って、この世界の女子小学生は、元の世界の女子小学生よりもえっちだ。
大人のチンポに対して並々ならない好奇心を抱くし、手マンやクンニという行為に対しても抵抗がない。
本当に抵抗がないかは知らないが、少なくともすんなり身を委ねられる辺り、知識としてはそういった行為を知っていたということだ。
スマホが一人一台与えられる時代。
最近の小学生が昔の小学生より耳年増なのは心得ている。
でも、それにしたって――そんな気持ちもある。
この世界の小学生の性への執着は、やはり並々ならぬものがある気がするのだ。
雪乃ちゃん然り、明日香ちゃん然り。
これだけスタイルが大人っぽくても、子供はやはり子供で、性的なことへの関心も少ないか、皆無。
そういった僕の先入観は、この世界の実像を捉える上で、ただのバイアスになりつつある。
前提として、もうこの世界の小学生は全員大人のチンポに興味がある。そう思っても差し支えないくらいに。
「あ、お前らっ! こんなところで何してんだよ!」
突然の声に振り返ると、浴場の入り口に小学生くらいの男の子が立っていた。
よくいる悪ガキといった出立ちの少年は、咄嗟に自らの股間を手で隠しながら、おそらく顔見知りである楓ちゃんたちに抗議している。
「あらあらタクヤくん、そろそろおちんちんの毛は生えたかな?」
「う、うっせーよ! 早く男湯から出ろよ!」
恥ずかしがるタクヤくんに対して、ニシシ顔の楓ちゃん。
この世界では小学校六年生までは男湯に入れるので、彼女たちの行為に違法性はない。正当だ。
しかしこのシチュエーションを恥ずかしがるタクヤくんの反応は僕のよく知るもので、同学年の女の子に裸を見られて恥ずかしいというごく一般的な感覚が、彼には間違いなく存在することを意味している。
そこで、僕は強い違和感を覚えた。
「へへーんだ。アタシたちはまだ小学生なんだから、いくらでも男湯に入ってもいいんだよー」
「その通りよ。だからあなたもその手の中の粗末なものを堂々と晒したらどうかしら?」
裸、というシチュエーションに対し、タクヤくんはごく常識的な反応を見せている。
すなわち、おちんちんを見られるのが恥ずかしい。とくに同学年の女の子に対して、死んでも股間のものは見せたくないというプライドを感じる。
しかし翻って、女の子たちはどうだろう。
三人の女の子たちは、同学年の男の子が浴場に入って来ても、まったく身体を隠すそぶりを見せない。
ほとんど仁王立ちで、その膨らみかけのおっぱいも乳首も、おまんこの割れ目でさえも堂々と晒している。
これが楓ちゃんと夢乃ちゃんだけなら、二人はそういう女の子だから、と処理できる。
同世代の男の子くらいなら何を見られても構わない余裕というか、変態性が二人にはある。
しかし決定的に違和感があるのは、そんな二人とタクヤくんのやり取りを「まあまあ」という第三者的な立場で見守る明日香ちゃんだ。
彼女もまた、そのおっぱいやおまんこを隠すそぶりがまるでない。
他の二人よりも遥かに大きなおっぱいも、意外と感度が良いことを晒したおまんこも丸見えだ。
普通、彼女のようなシャイな女の子は、男の子が浴室に侵入してきただけでも悲鳴を上げるのに、その様子がまるでない。
「いくじなし! アタシたちはおっぱいもおまんこも丸出しなのに、あんたはちんこ晒す度胸ないんだ」
「そうそう。皮を剥けとまでは言わないけど、せめて亀頭の先っぽくらいは見せてもらいたいものね」
「う、うるさいっ! お前たちは女なんだからべつにいいだろっ!」
顔を真っ赤にしたタクヤくんが、とんでもないセクハラ小学生たちに抗議している。
その何気ない言葉の中に、僕はとんでもない事実が隠れているのに気付いた。
タクヤくんは今、女なんだからべつにいいと言った。
つまりこの世界では、小学校の同学年同士において、男の側は女に裸を見られるのは恥ずかしいが、女の側が男に裸を見られるのは何の問題もない、ということである。
これまで僕は、この世界がロリコンのいない世界、つまり大人の男が子供の女の子に欲情しない世界だとばかり思っていた。
だから小学六年生の女の子が男湯に入れると。
しかし実際はそうではないのだ。
この世界で、小学生以下の女の子は同世代の男の子たちからも裸を意識されない。
大人だけではない。全ての世代から意識されないのだ。
つまりこの世界は、小学生の女の子たちがロリコンから性的に意識されない世界ではなく、小学生の女の子たちが、誰からも性的に意識されない世界なのである。
つまりオール世代において、需要ゼロ。
その膨らみかけのおっぱいも、綺麗な割れ目のおまんこも、性的な意味ではまったくの価値を持たないのだ。
タクヤくんがおちんちんを隠すのは、女の子に見られるのが恥ずかしいから。つまりは少なからず性的な需要があるからだ。
それはショタコンという言葉が健在な事実からも、男の子が女湯に入れないルールからも読み取れる。
小学生の女の子たちが、あの雪乃ちゃんや明日香ちゃんも含めてさえ、裸を見られることが平気な理由がわかった。
だって誰からも意識されないんだから。誰からも性的な目で見られないんだから。
だからいくらでも見られてもいいし、触られても構わないのである。
この世界において、女児の裸の需要はゼロ。
彼女たちはどうあがいても、セックスができないのである。
それが、女神の作り出した歪な世界。
小学生以下の女児だけが性的な目で見られないという、歪んだ社会通念。
これで、楓ちゃんたちが大人のチンポに興味津々である意味がわかった。
女子小学生たちは自分たちは性的に意識されないが、元々持っていた性的な好奇心はそのままだ。
どうしても、エロへの興味というものは男子にクローズアップされがちだが、小学生の女の子たちだって、少なからず性への興味を抱いている。
だが僕を含めた男の子は、社会的なルールでその好奇心を押さえつけられる。
すなわち、十歳以上、身長130センチ以上は女湯に入れないというルールで。
べつに銭湯のルールでなくてもいい。世の男の子たちは性的なことに興味を持ち始めた年頃に、少し前まで利用できていた女湯や女子更衣室の利用を禁止される。
女の裸が見たくても見れない。
そんな当たり前のルールを、社会によって押し付けられる。
その結果、道で拾ったエロ本を誰かの家で読み漁ったり、兄貴の所持品であるAV観賞会のような、誰もが通るエロ通過儀礼があるのだけれど、そう言った過程を踏んで大人になる男の子たちに対して、この世界の女の子は決定的に異なることがある。
もう、おわかりだろうか?
この世界の女の子たちは、性的なこと、すなわち大人のおちんちんへの興味が出始めた頃になっても、男湯で合法的に大人のおちんちんが見放題なのである。
これは男の子に置き換えたら凄いことだ。
オナニーもばりばりできる思春期の男の子が、女湯に入り放題なのだから。僕なら毎日のように銭湯に通って、膨らみかけ小学生の身体をこの目に焼き付けまくる。
でも、それは女の子であっても同じこと。
本来なら見れないはずのおちんちんが、好きなだけ見放題。皮の剥けた大人のチンポも、クラスメイトの小さなチンポも、好きなだけ見ていいのだ。
性的なことに興味はあるのに、男の子と違って規制されない。
そんなの、定期的に銭湯に通うに決まっている。
しかも女の子は男の子たちのように、内心の興奮を外部に悟られにくい。
だって勃起するチンコがないんだから。
どんなに男のチンポに興味津々で、性器が濡れるくらい興奮していても、それを悟られる心配がないんだから。
でもここで重要な事実がある。
この改変世界が成立する前提として、この世界では小学生以下の女の子は、誰からも性的な目で見られない。
つまり、誰からも需要がないのだ。
女の子の側は大人のおちんちん、ひいては大人とのセックスに興味津々なのに、自分たちは誰からも相手にされない。
ここで、ロリコン世界における逆転現象が発生する。
この世界では、女子小学生たちが大人の男とセックスしたいのだ。クラスメイトの粗末なチンポではなく、日頃銭湯や更衣室で見ている立派なチンポを持った大人と。
でも当の女子小学生たちは誰からも需要がない。どんなにおっぱいが膨らんでいても、おまんこがとてつもなくいやらしくても、セックスという本懐にたどり着けないのである。
これは僕たちのようなロリコン男が、女子小学生たちとセックスしたくてもできなかった、元の世界と真逆の出来事である。
僕は今、自分がかつてセックスしたいと思っていた小学生たちに向けていたのと全く同じ視線を、今度は小学生の女の子たちから向けられている。
完全に、需要と立場が逆転している。
僕のようなロリコンにとっては夢のような世界だ。
極端に言えば、世界中の女子小学生全てが、僕のような大人とセックスしたがっている。
でもこの世界にロリコンはいないので、彼女たちの願いは叶わない。
そう。僕だけを除いて。この世界にロリコンは一人もいないのだから。
しかも女子小学生は大人のチンポが見たいと思えばいくらでも見られる世界だからタチが悪い。
文字通り、目の前に人参をぶら下げられているのに、それを口にすることは叶わないのである。
人参が見えないならまだいい。
でも小学生たちに、人参は丸見えなのだ。
にもかかわらず人参を食べられない。
それがこの改変世界の女子小学生たちだ。
その性的な抑圧たるや、想像に難くない。
この世界にとって、僕は触ることの許された人参である。
好きなだけ触っても怒られなくて、挙げ句の果てにおまんこやおっぱいまで触ってくれる、奇特な変わり者の人参だ。
親切。
そう親切な人なのだ。
これまで絶対に触れなかった人参を好きなだけ触らせてくれる、この世界において僕は女子小学生たちの救世主なのである。
「もういいよ! お前らが出てから入るからっ!」
僕がその結論にたどり着くまでに、タクヤくんは顔を真っ赤にして脱衣所に戻って行ってしまった。
可哀想に。これは男の子にとってはトラウマものだろう。同学年のエロ小学生たちにチンコを見られて、散々からかわれるなんて。
小学生の膨らみかけおっぱいなんて、見ても何ひとつ面白くないというのに――。