娘の交換留学相手(11)がぐうシコ過ぎる件 作:かしわもち@ハーメルン
“Hey daddy and mommy! Look at that! That's Kaminarimon!”
両家族と日本観光をするジゼルちゃんは、有り体に言えばはしゃぎにはしゃいでいた。
異国の地に来て気持ちが昂るのはよくわかる。とくに欧米の文化と日本の文化は真逆と言っていいほど異なり、浅草寺のような江戸を象徴するような建造物は、ただ眺めているだけで心が躍ることだろう。
構図としては、西部劇の国の少女が、侍忍者の国を訪れた形。見渡す限り何もかもが違う光景に、はしゃぐなという方が無理がある。
とくに付け焼き刃とはいえ、日本文化が大好きだと豪語するジゼルちゃんからしてみれば、雷門はまさに聖地のような場所だろう。
凛花と同じ年頃の少女が神社仏閣に見向きもしないのに対し、ジゼルちゃんは生まれて初めてネズミの国の遊園地を訪れた子供みたいに目をキラキラさせている。
ジゼルちゃんは、日本文化のrefinedness――奥ゆかしさが好きだと言う。
笑うときに口元を隠したり、桜が散る侘び寂びを感じるような文化が、心の底から好きだと言う。
それは彼女自身の端緒にも表れていて、見た目こそ純粋な欧米人だが、どことなく楚々とした仕草や慎ましさが、今は絶滅危惧種となった大和撫子を思わせる。
ジゼルちゃんが好きなのは日本の現在ではなく、過去。
それこそ日本オタクの外国人は忍者・侍に傾倒しがちだが、ジゼルちゃんの場合はべつにそうではなくて、日本文化の根底にあるsoulが好きなのだという。
soulという言葉のチョイスは欧米感丸出しだが、「心」と言えば我々にもしっくり来るだろうか。
例えばスカイツリーや渋谷には興味が薄く、今いる浅草寺や、枯山水には感動の涙すら見せる。
そういった意味で、東京よりも京都の方が彼女には合っているかもしれない。もし花憐や凛花が許せば、一度関西方面に旅行に行くのもいいと思った。
“Rinka! Come on here!”
「ちょ、ジゼ――」
はしゃぎ回るジゼルちゃんに振り回される形だが、凛花も存外楽しそうである。凛花は友達はそれなりにいるが、親友と呼べる相手はどうやらいない。そんな凛花にとってジゼルちゃんの存在が良い方向へ働けばいいと、子を持つ親としては願ってしまう。
「交換留学、受け入れてよかったわね」
「まあ、これからが色々大変だろうけどな」
知らない文化。知らない習慣。知らない言葉。知らない価値観。
ジゼルちゃんにとっては未知の体験ばかりだ。単純に日本が好きだからといって全てを楽しめるわけではない。それはジゼルちゃんの親代わりを務めることになった、俺と花憐にとっても乗り越えるべき壁である。
少しでもジゼルちゃんが日本での生活に馴染めるように、精一杯手助けしてあげる必要があるのだ。
願わくはその過程で、ほんの少しでもいいから役得のようなことがあればいいなと俺は思う。
もちろんその願いを、凛花や花憐はおろか、ジゼルちゃん本人にすら知られてはダメだけど。
“Be mindful of your body, Giselle.”
“Same to you, daddy.”
そんなこんなで予定の三日間が過ぎ、アップルヤード夫妻が帰国する日が訪れた。
娘のジゼルちゃんにとっては三ヶ月間の悲しい別れ。俺たち家族にとっては、本当の意味での新しい生活の始まりである。
可愛い子には旅をさせろというのが我が家の家訓だとマイケルさんは笑いながら言う。
そのせいか別れのタイミングは至極和やかだったが、それでも夫妻が密かに目尻に水粒を浮かべていたことは、娘を持つ親なら簡単にわかることだ。
大事な一人娘と三ヶ月も離れ離れなんて。今から三ヶ月後の出来事を、俺も今から覚悟しておかなければならない。残念ながらうちの凛花は「じゃ、行ってくるね」の一言で何の感慨もなく旅立つだろうけど。
「じゃあ、そろそろ行くか」
夫妻を見送ってしばらくしてから、俺はしんみりした雰囲気を振り払うように話を切り出した。両親と別れてジゼルちゃんが寂しいのは言わずもがな。でもだからといって、せっかく三ヶ月を楽しまずにいるのは損だ。
「ワカリ、マシタ」
まだかすかに残っていた涙を拭いて、ジゼルちゃんは優しい笑みを見せる。少女はこういう風にして大人になるのだろうと、凛花よりもだいぶふくよかに成長した胸元を見ながら、思った。
“Daddy, Momy, Rinka. コレカラ、ヨロシクオネガイシマス」
まっすぐに俺ら家族を見据えて、ジゼルちゃんが改めて挨拶する。金髪小学生にDaddyと呼ばれて内心驚いたのは言わずもがなである。少なくともジゼルちゃんが日本に滞在している間は、俺はジゼルちゃんのパパなのだ。
まさか白人少女のダディになる日が来ようとは。昂る気持ちを必死に抑えながら、俺はこれからの三ヶ月間に想いを馳せる。
そう都合の良い展開にはならないだろう。
近頃の女の子はガードが硬いし、何より家には凛花も花憐もいる。そう易々とジゼルちゃんに手を出せる状況でないのはわかっているが、あわよくば――という考えくらい持っても罰は当たらないだろう。
よしんば何も起きなくとも、この子と同じ空間で同じ空気を吸えることが、俺にとってはこの上ない幸せだ。
「ここが、私たちの部屋だよ」
文字通り、ジゼルちゃんを家に“連れ帰った”俺たちは、これから彼女が暮らすことになる望月家を隅々まで案内した。
まず案内したのは、二階にある凛花の八畳間だ。一応、ジゼルちゃん用に別途個室は用意してあったのだが、テレビ電話の段階で意気投合した二人は、前々から同じ部屋でいいと言っていた。
まあ、遥々何千キロも離れた異国の地にやって来たのだ。一人で寝るよりは二人の方がいいに決まっているが、他でもない凛花が同室を許可したことには驚きがあった。
幼少期はともかく、凛花は基本的にサバサバした性格で、孤高を好む傾向にある。クラスの女子からのいわゆる「連れション」を断って孤立するタイプである。
その凛花がジゼルちゃんとの“同居”を認めるなんて、彼女とよほど馬が合ったのだろう。父親として、それは喜ぶべきことなのだが、
「夜中に一人でいると、誰に夜這われるかわからないからね」
「ヨバ、ワレ?」
冗談なのか本気なのか、にこやかな娘が恐ろしい。どうやらジゼルちゃんが家にいる間、凛花は彼女を鉄壁ガードするつもりらしい。
まさか本気で自分の父親のことをロリコンと思っているのか不安になるが、下手に突(つつ)いても藪蛇になるだけなので何も言えない。
父親としてはそんな濡れ着は断固否定したいが、多感な思春期にうかつな発言をしては身を滅ぼしかねない。ここは触らぬが吉。聞かぬが仏である。ちょっと意味違うけど。
「ここがお父さんとお母さんの部屋。一番奥が書斎ね」
「ショサイ?」
「ええっと、Reading room. なるほどDenとも言うのね」
“Oh, den.”
こういうとき、今はスマホの翻訳アプリや辞書があるので、意思疎通に困ることはない。
二人の仲が急激に縮まったのも、この翻訳アプリの影響が大きい。テクノロジーは人と人との距離すら縮めるのである。
ちなみに望月家の書斎は単なるパソコンルームだ。申し訳程度に本棚はあるが、実際はほとんど使われていない。
本音を言えば、この部屋は俺専用のオナニールームである。パソコンのハードディスクには前に言った厳選のロリ画像が詰まっているし、この部屋だけ鍵が掛けられるので、人知れずオナニーしたいときにピッタリなのだ。
もちろん、パソコンの当該フォルダにはパスワードが付いているし、オナニーのときの施錠も欠かさない。変にアダルト動画やDVDで抜くわけでもないので、音を気にする必要もない。ロリコンという俺の性癖は完璧なまでに秘匿されているのである。
本当はこの部屋を空けてジゼルちゃんの個室にする予定だったのだが、先述の通り必要がなくなったので書斎として残してある。
「ここが脱衣所とお風呂ね。残念ながら入り口に鍵は掛けられないけど、私たちが入るときはちゃんと見張りを立てておくから安心してね」
「ミハリ?」
さっきからジゼルちゃん本人に意図は伝わってないが、つくづく娘に信用されてないなと感じる。俺が覗きなどという破廉恥な真似をするかと訴えたいが、ジゼルちゃんを警戒させては元も子もないので何も言えない。
「ま、こんなところかしらね。あとはさっき荷物を置いたリビングで最後」
「エ?」
凛花の言った「最後」という言葉にジゼルちゃんが明らかにショックを受けるのがわかった。多分俺だけでなく凛花も、そんなに狭いの?という意味だと受け取った。広大な敷地を持つアメリカの一軒家と、島国である日本の一軒家とでは天と地ほどの差があるのは仕方ない。そう思ったのだが、
「ワシツ、ナイデスカ? ショウジ、カケジク、コノイエニハナイ?」
ジゼルちゃんがショックを受けているのは、どうやら全然違う部分のようだった。
現代の日本家屋は、昔のように和室を置かないことも多い。実際家を買うために様々な物件を回ったときも、和室がある家は全体の三割にも満たなかった記憶がある。
あからさまにがっかりしたジゼルちゃんに、俺と凛花が顔を見合わせる。久しぶりに娘と意思疎通ができた気がするのは皮肉なものだが、日本と聞いてステレオタイプの日本家屋を想像されるのは、もはや異文化交流において仕方のないこととも言える。
「一応……あるにはあるけど」
そう言って凛花が案内したのは、リビングに隣接するわずか三畳の正方形空間だった。
三畳という言葉を連想して貰えばわかると思うのだが、本来畳三枚で正方形は作れない。畳“風”の素材で床を固めた「なんちゃって和室」なのである。一応床の間はあるが飾っているのは掛け軸ではなく凛花が小三の頃に書いた書初めだし、壁側の障子を開けると純現代的なガラス戸が姿を見せる。
和室と呼ぶにはあまりに粗末な、偽装的な空間。
そんなもので、古式ゆかしきを重んじる海外産大和撫子が満足するはずがない。そう思ったのだが、
“Oh! It's japanese style!!”
思いの外、ジゼルちゃんはこのなんちゃって空間に満足してしまったようである。
空色の瞳を輝かせて、我が家では正直物置でしかない小空間を見回している。多分ジゼルちゃんの中では今、凛花の書初めが雪舟クラスの芸術に見えているに違いない。
「な、なんか複雑ね……」
「まあ、本人が喜んでるからいいんじゃないか……?」
これを和室と思われるのは日本人として少し複雑だが、当のジゼルちゃんが大喜びしているのだから良しとする以外ない。今度ちゃんとした日本家屋に連れて行ってあげるのはマストとして、望月家ではこれが「和室」ということで結論付けていく。
「家の紹介はこれぐらいにして、そろそろご飯にしようか。花憐がご馳走作って待ってるから」
このままだとこの三畳間(言っておくがリビング側との仕切りすらない)で生活すると言い出しかねないので、無理やり食卓の方へとジゼルちゃんを誘導する。
今夜のメニューはジゼルちゃんの希望を見越して純和食だ。流石にお寿司までは取らなかったが、アメリカの食卓ではまず見ないであろう昔ながらの和食を並べてある。現代日本にかぶれた凛花には間違いなく不評だろうが、今夜のゲストはこの日本大好きの純白人大和撫子なのである。
そして食事が終われば、入浴。
その瞬間を、俺が心の内で今が今かと待ち望んでいたことは、凛花や花憐には内緒である。
もちろん、ジゼルちゃん本人にも。