ソフトウエアトーク乗っ取りもの詰め合わせ 作:そのやまよーく
僕は見てしまった。
あれは放課後の教室だった。ぎらつく夕映えが目に痛くて、目を細めたのを覚えている。
だが、それ以上に、僕の脳裏に焼き付いたものがあった。
「あ、かはっ……」
クラスメイトの春日部つむぎさん。明るくて、誰にでも優しくて、ちょっとギャルっぽい少女。僕は彼女にほのかな恋心を抱いていた、と思う。それは恋心というにはこんな風に分け隔てなくなれたらといった憧れや、彼女が美人だったゆえの独占欲やら、いろいろなものがない混ざっていて、一言では言い表しにくい何かではあったと思う。
その彼女が、黒い霧に取り巻かれて苦しんでいた。だが、それは本当はそこにはない、霧のような何かだった。
僕には若干の霊感がある。それが、あれは良くないものだ、と僕に警鐘を鳴らしていた。
その黒い霧は彼女をいたぶるように締め上げると、その穴という穴へと吸い込まれていった。春日部さんの可愛らしい口をこじ開けて、まるでフィルムの逆再生のように吸い込まれていった。
僕は何もできず、その場から逃げた。霊感があるからと言って、何かができたわけではない。霊能力者なんて大層なものでもない。ただ、見えただけだ。
僕はその時に重大な失敗をしていたことに、後ほど気づくことになる。
「オタクくん」
春日部さんが僕を呼んだ。良く響く明るい声で、休み時間の僕の思索を断ち切った。
「あ、春日部さん」
数日前の光景がフラッシュバックした。あの翌日、彼女はこれまでと何ら変わらず登校してきたので、彼女が無事だったことをひそかに僕は喜んだ。だが、あれはいったい何だったのだろう。
「……実は、大事な話があるんだよね」
春日部さんは僕の机に生徒手帳を置いた。それは僕の生徒手帳だった。どこで失くしたのか、と思っていたが……。
「落としたでしょ」
「拾ってくださり、ありがとうございます」
「いやー、その話じゃなくってね」
春日部さんがにっこり笑った。その笑顔には人を笑顔にする強烈なパワーがあると思っている。僕もつられて笑った。
「見てたでしょ」
僕の胸の音が、どきりと音を立てた。
「な、なんのことです……?」
「あーし、知ってるんだ」
春日部さんがくるりと踵を返した。
「放課後、体育館の倉庫で待ってるよ」
放課後、僕は行こうか行くまいかさんざん悩んだ末に、体育館の倉庫に来ていた。すでに部活の活動時間も終わり、照明の落ちた体育館は薄暗く、僕を心細くさせた。それに、春日部さんの意味深な発言も僕の脳裏をぐるぐると回り続け、根拠のない不安を掻き立てた。
だからだろうか、いつの間にか春日部さんが隣に立っていることに気づかなかった。
「オ・タ・ク、くん」
弾んだ声で彼女が話しかけてきて、僕は彼女の存在に気づいた。びくりと面を上げた。
「暗いね、そんな顔してたら、良いことないよ?」
「……ほっといてください」
春日部さんが僕の顔を覗き込んできた。僕はその目線から逃れるために、首をよじった。
「これから、いい話をしようと思ってさ」
ぴたり、と春日部さんが僕の腕に身体を寄せてきた。僕の首筋に彼女のくせっけがかかり、むせかえるような女の子の瑞々しい香りが僕の鼻腔を制圧した。僕は声が出なかった。そして何より、その胸元の柔らかな感触が僕の腕を捉えていたから。
「あはは、可愛いね、オタクくん」
困惑する僕を置いて、彼女は言葉を続けた。
「あーしね、オタクくんの彼女になってあげてもいいよ」
僕は頭が真っ白になった。何が起きているんだ。
「で、も、一つだけ条件があるんだ」
春日部さんが僕の顎に指を這わせた。
「あの日、見たでしょ。あのことを忘れて欲しいんだよね」
僕は、その時、彼女の瞳の奥に影を見てしまった。それはあの日目にした黒い霧と同じもので、それは"笑っていた"。僕は背筋を這い上るおぞましさから、彼女を突き飛ばしてしまった。
「きゃっ」
「……お前は、春日部さんじゃ、ない!!」
僕のどこにこんな大きな声を出す度胸があったのか、見当もつかなかった。だが、事実として僕の声は体育館に響き渡った。春日部さんは突き飛ばされ、体育マットの上によしかかりながら、僕を見つめた。
「いいのかな、そんなこと、言っちゃってさ」
「何を」
「俺がその気になったら、この子を自殺させることだってできるんだぜ」
僕の心臓が一瞬止まったような気がした。春日部さん、いや、それは言葉を続けた。彼女の口で、彼女の声で語られたその言葉は、ひどく乱暴で、まるで別人のように聞こえた。
「いやだろう、オタクくん?そうなったら、お前が春日部つむぎを殺したことになるんだぜ、ヒヒっ」
「殺すのは、お前だろ」
それは春日部さんのネクタイを緩めながら、身を起こしてこちらに近づいてくる。僕はその瞳が恐ろしくて、足がすくんだまま立ち尽くしていた。
「もちろん、俺だってそんなことはしたくないさ。こいつ、すっげえ可愛いし、カラダの相性も最高でさ……」
「く、来るな」
「お前、この子が好きなんだろう?」
図星をつかれて、僕は二重に呪縛された。
「黙っていてくれたら、そう、俺のことを"春日部つむぎ"として、な……そしたら、ご褒美をやるってことよ」
春日部さんが僕の手を掴み、自らの胸にあてた。手のひらいっぱいに程よいサイズのやわらかな膨らみが伝わってくる。そして、その奥の規則的な心音も。そう、彼女はまだ生きているんだ。
まだ彼女を救えるかもしれない。そう思ったとき、僕は自然に答えていた。
「わかった」
「おっけー、決断が早いね、オタクくん」
「だけど、こっちも条件がある」
「聞くだけなら、いいぜ」
「春日部さんを、殺さないでください」
「いいぜ、それも全部、お前次第だ」
僕は煮えくり返らんばかりの怒りとわずかな期待を込めてうつむいた。胸に沸いた期待。春日部さんを自分の彼女に出来るという甘美なささやき。それに期待を抱いたことを、心から嫌悪した。
「よろしくね、オタクくん❤」
春日部さんの吐息が僕の頬をくすぐった。それは春のそよ風のように心地よかった。
それから僕の生活は一変した。
一人だった昼休みは、春日部つむぎが隣にいて、華やかなものになった。まるであの日の出来事など一切なかったかのように。
クラスメイトからの羨望が熱く、痛く刺さる。春日部さんは人前でも手控えてくれなかった。そのすべてが僕の口を塞ぐためだと知っていても、僕は正直、心を躍らせずにいられなかった。
そして――
「オタクくん、オタクくん……すき」
春日部つむぎが僕の腹の上で躍った。僕のいちもつを女の子の大切な場所で咥え込み、淫らな水音を立てながら、腰を上下させた。僕はとろけるばかりの快楽で、腰から下を完全に奪われていた。これは彼女じゃない。そう何度もつぶやきながら、顔を背けるのが精いっぱいだった。
春日部さんは愛らしい顔を上気させながら、僕に向かって身体を倒してきた。僕が彼女の中により深く突き刺さる。彼女が微かな吐息を漏らした。僕は泣きたいほどに情けなかった。
「オタクくん、あーしの中でびくびくしてて、すっごく気持ちよさそう❤」
「オタクくんとひとつになれて、あーし、いますっごく幸せだよ❤」
「だから、あーしのこと、"春日部つむぎ"だって認めちゃいなよ❤」
「ホンモノはお前のことなんて何とも思っちゃいねえし、こんなこともしてくれねえんだぜ❤」
僕の心がきしみ、叫んだ。その瞬間、僕は彼女の中に射精した。