ちょうどその頃、石井は部活をサボってゲーセンにいた。特に相手もいないのでコンピュータキャラを相手に基本動作と技の確実性の練習をしていた。
「お待たせ、石井君。」
「おう、順。今日は遅かったな。」
「ちょっと放課後が長引いちゃって。今日は山本君はいないの?」
「あいつは後で合流する。」
そんな会話の後、順は石井の向かいの筐体に座り100円玉を投入する。
「まずは、今の実力を見せてもらえる?」
「結構上達したと思うけど。」
「何回かに一回とはいえ鈴木に勝てるようになったのならすごい進化だよ。」
順にそう言われたものの、石井はそこまで上手くなったとは考えていない。鈴木に勝てたのは、順に鈴木のプレイスタイルや癖を突く攻め方を教えてもらったからで、鈴木との実力差は依然としてある、と考えていた。
「うんうん、石井君確かに上手くなってるよ。でも...」「間合いを詰められたときにジャンプで回避するのは相変わらずだね。着地に合わせて...ホラ。」
「うわぁ~。何でだ~!」
まだまだ順と互角の戦いをするには実力不足、これが石井の自己評価だ。
一方、順は石井との対戦をしながら石井の「教育」方針について考えていた。石井君の実力は格段に上がっているけど、ここから更に強くするには私だけだとちょっと手が足りない。本当は石井君の後ろからプレイ中にアドバイスできるのがいいんだけど、問題は相手プレイヤー。相手がコンピュータプレイヤーだと弱すぎるから、誰かそれなりに上手い人が相手になってくれるのが良い。その役は山本でもいいんだが、理想的なのは石井より少しだけ強いプレーヤー、あるいはそれを演じられる実力者だ。鈴木か、あるいは...。
「やあ、順。遅くなった。」
「山本君、遅かったじゃない。」
「部活があったんだよ、石井はサボりな。」
「あー、そういうことね。ところでそちらさんは?」
山本の他に3人の男子がそこに立っていた。
「こいつらは同じ陸上部の仲間で、池田、前田、そしてこっちが吉田。」
「みんな「田」が付くのね。私は石川。よろしくね。」
「そうそう、陸上部ではこいつらをまとめてサンタって呼んでる。」
「サンタ? なにそれ?」
「田の付く名字の3人ってことで3田。クリスマスとは関係ないよ。」
「なるほど、でもそれは説明してもらわないと分からないよ。」
「で、この石川さんが俺たちの師匠だ。ハッキリ言ってお前らとはモノが違う。あの鈴木よりも強い。」
山本はサンタにそう言って順を紹介した。
サンタの3人は、山本の紹介を聞くまでもなく順の実力を目の当たりにしていた。石井との対戦のさなかにあって、時々画面から目をそらして自分たちの方を向きながら普通に会話できていること。これだけでも相当な猛者であることは明らかだ。
「今日は、俺たちのレベルアップのためにアドバイスをして欲しいんだ。」
山本がそう言うと
「分かった、ちょっと待ってね。」
そう言って改めて画面に向かった順は、石井操るキャラを粉砕してみせた。
「くっそ~。」
実力差があると分かっていても、やはり負ければ悔しい。石井は対面の筐体から現れ、山本とサンタに声をかけた。
「おっす。悪ぃ、部活サボった。」
「次、山本君、お願い。」
順がそう言うと山本がさっき石井が座っていた場所に移動する。
「これが石川式だ。まず対戦して実力とプレイスタイルを見る。山本が終わったら次誰か行って来い。本気で挑まないと意味ないからな、手加減なんかするなよ。そもそも本気出しても勝てる相手じゃないけどな。」
石井はそう言って、順のプレイ動画を見る。
「山本も強くなってはいるが...」
対面の筐体からはガチャガチャとレバーやボタンの操作音が聞こえてくるが、対する順の手元はまだ余裕がある。敵の攻撃を適切に処理しつつ、相手の力を知るために単純な攻撃から初めて徐々に対処の難しい複合攻撃を取り入れていく。こうして山本の力を見極めていく。
「山本君は、防御面はいくつかの引き出しがあるようだけど攻撃が単調なんだよね。」
攻撃と防御はゲームという流れの中ではつながっている。攻撃が単調だと対処のためのアクションが少なくて済むので、その分攻撃力の高いあるいは回避の難しい攻撃を繰り出すことが可能になる。こうなると、多少防御が上手くてもそれ以上の攻撃を食らう可能性が高くなる。
「うん、大体わかった。次の人準備しといてね。」
順がそう言うが早いか、今までになかった猛攻で一気に山本のキャラを沈めた。
「おおおおお。やっぱり順に本気出されると一方的になるよなー。次は吉田行くか。」
「はい、じゃ、石川先輩、お願いします。」
「石川先輩?」
「ああ、あいつだけは1年なんだよ。中学の時少しだけこのゲームをやっていたみたいだけど、ハマりだしたのは高校に入ってからだから経験は浅い。でも、上達早いんだよ、あいつ。」
山本が吉田について説明する。
「吉田君は、基本動作はちゃんとできているみたいだね。攻撃の組み立ても考えているみたい。多分彼はどんどん強くなると思うよ。」
「うん、大体わかった。それじゃ、次は、背の高い君、えと前田君だっけ。準備お願い。」
と、次の瞬間、吉田のキャラはKOされていた。
そして、前田、池田も次々と吉田と同じ道を辿った。
「じゃあ、次はみんなの横でアドバイスをするから私の言った通りの組み合わせで対戦してくれる?」
こう言った順は、端から見ると男子生徒を束ねる引率の先生みたいにも見える。
「石井君と山本君」「池田君と吉田君」「そして、前田君は一人プレイでお願い。他の人を見終わったら乱入するから。ただ、それまではKOではなく逃げ切りで勝つ戦い方をしてみて。」
「でも実力的には、池田と僕のほうがレベルが近いと思うんだけど。」
そう言った前田は納得いかない感じだ。
「私もそう思うけど、練習としてはこの組み合わせの方がいいと思うよ。」
「池田君は、吉田君相手に戦うハンデとして、吉田君の攻撃1回に対して攻撃を1回できる、つまり先制攻撃と倍返しはナシで戦ってみて。」
なんかよく分からないけど言われた通りにやってみるか、そんな表情で筐体に着くサンタ。
石井と山本が早速対戦を開始。順は石井の後ろから
「そこ、相手が間合いが近づいたときにガードじゃなくてジャンプで逃げるのが癖になってるから着地を狙われるんだよ。ガードも有効に使って。」
筐体を回り込んで、今度は山本の後ろに着く。
「攻撃は闇雲にするんじゃなくて、もっと相手の動きのタイミング合わせる。それから、攻撃は相手にダメージを与えるだけじゃなくて、相手を自分の思いどおりに動かすためのものでもあるの。相手を回避させて無駄な動きを強要する、そんな風にも考えてみて。」
次に横の筐体にいる池田の後ろから声をかける、
「ほら、一つ一つの動きを丁寧に。今まで手数で勝負をしてきたけど、今は一つ一つの攻撃の精度を上げるように。相手の動きをよく見て、確実に有効な攻撃をできるよう工夫して。」
再び裏側の筐体に移動し、今度は吉田にアドバイス
「まず、一つ一つの動きを今の正確さでスピードを上げるように。それから、相手の動きが止まるタイミングを意識して。」
次に前田の練習を眺めながら、
「やられる前にやる、という考え方は捨てて、できるだけ自分のダメージを抑えながら戦う事を意識すること。コンピュータプレイヤーの攻撃は全て回避できるくらいを目標にして。」
こうして一通りアドバイスを終えると、再び石井、山本の筐体に戻り練習の成果を確認しながらアドバイスを与えた。時々、前田の対面の筐体から乱入し前田と直接実践形式の練習を行った。
各自の集中力が切れかけてきたのを見て、順は各自の対戦を切りの良いところで終わらせ、石井、山本、サンタと対戦、今日の成果と課題をまとめて各自に伝えた。
「順、今日はありがとな。俺たちまた少し強くなった気がするよ。」
「こっちこそありがとう、楽しかったよ。」
「この後反省会を兼ねて飯食いに行こうと思うんだけど、順も来る?」
「いいね、行く行く。」
「順、今日もゲーム特訓に付き合ってくれてありがとな。」
一同を代表する形で石井が順に礼を言う。
「どういたしまして、こっちも楽しかったよ。どうやったらみんなが上達できるかを考えるのは面白かったし。」
「今度また先生役誘っていいかな?」
「いいよ。ただ、今度は鈴木も誘ってくれないかな?」
「え? いいけど、なんで?」
「今日石井君と山本君を教えながら考えていたんだけど、二人くらいのレベルになると、もう一人強いゲーマーが必要だって思ったんだー。」「例えば、石井君の弱点は、短い間合いでの防御なんだけど、山本君との対戦でこういう場面になることってそんなに多くないからあんまり効果的な練習にならないんだよ。そこで、対戦中に意図的にそういう状況を作り出せる相手プレーヤー役と、石井君の後ろでアドバイスを与える先生役の両方が必要だなって思ったんだ。どうかな?」
「そういう理由があるなら今度は鈴木も誘うよ。」「でも俺たちの目的は打倒鈴木だからなあ。鈴木が受けてくれるといいんだけど。」
「多分大丈夫だよ、鈴木なら。」
「そうかもな...」