図書室の受付で僕と佐藤が話をしてからおよそ一週間が経った。あれから佐藤が伊藤さんに近づくことはなかった。
そして、あのときその場に居合わせた図書委員を発信源とする噂が校内に流れた。
「鈴木の女友達数人がことごとく佐藤と付き合い始めたらしい。」
「佐藤が自分自身の口から、複数の女子と同時進行的に付き合っているという発言をした。」
最初はそんな内容だった。元々佐藤には何人もの女子と付き合っているんじゃないか?という憶測に基づいた噂があったが、今回の噂はそれが事実であることを裏付けるものとなった。
しばらくすると、あの時の会話から、佐藤と付き合うようになった女子の一人がみきであることも噂として広まった。これに加え、伊藤さんが手芸部への入部を拒否したことから、佐藤が手芸部の勧誘を装って女子に近づいているという憶測を呼び、最終的には手芸部の3人が既に佐藤の女になっているという噂が広まった。これは憶測に基づくものに過ぎなかったが、事実を言い当てたものでもあった。
教室では、佐藤に近づく女子の数が目に見えて減った。クラス内で佐藤と普通に話をする女子はいるが、違う学年、クラスからわざわざアプローチをかけにくる女子は皆無になった。その一方で、噂の真相を知りたい男子が佐藤に話しかけ、時々笑い声をあげながら話しているのを見かけるようになった。みきと委員長は、噂を警戒して校内で佐藤に近づくことが少なくなり、さくらを含めた3人だけで行動することが増えた。
それから、隣のクラスの前田が山本を訪ねてうちのクラスに来ることが増えた。昼休みは山本と前田との3人、時々それに石井が加わって昼食を取ることが増え、ゲーム談義で盛り上がるようになった。
そして、僕と伊藤さんの仲も公認のものとなった。佐藤の驚異は薄れたものの、僕と伊藤さんの偽装カップルは継続中である。放課後の図書室通いは僕の日課となりつつあり、伊藤さんが図書委員の当番である火曜日と木曜日は毎回図書室を訪れ、伊藤さんの仕事終わりまで図書室で過ごすようになった。
伊藤さんとは、数学の本について話をして以降、話題を問わず色々な話をするようになった。カップルがするような話題は少ないが、偽装カップル初日のように、何を話したらわからないという状況ではなくなった。伊藤さんは、話題によらず自分の意見を持っていて、僕の意見と違う場合でもうやむやにせず自分の意見を話してくれるので、話をしていて楽しいし人としても信用できる。それに、話をしていて時々妙に硬い表現をすることもあってか下級生と話をしていることを忘れてしまうことも多い。
放課後、伊藤さんを待つために図書室で本を読んでいると、石井から、伊藤さんの図書委員の仕事が終わったらゲーセンに来るようにとの連絡が入った。こういったイベントに関する石井からの連絡は遅くともその日の昼休みまでには来ていたので、今回は珍しいケースだ。伊藤さんを駅まで送った後に合流するとメッセージを送り、読みかけの本を再び読み始めた。
図書室の閉館後、いつも通り1年生の昇降口で伊藤さんと合流、駅に向かって歩きながら、僕は、伊藤さんに石井達と合流するためにゲーセンに行く話をした。
「先輩達はどんなゲームをするんですか?」
「格闘ゲームだよ、山本や石井だけじゃなくて陸上部にもゲーム好きが何人かいて、休み時間とかゲームの話で盛り上がることもあるんだ。」
「格闘ゲームですか...私も兄の影響で古い格闘ゲームをやったことはあります。折角なので、ご一緒してもいいですか?」
「え? あかねちゃん、いいの?」「じゃあ、一緒に行く?」
「はい、是非」
伊藤さんを連れてゲーセンに入ると、お目当てのゲーム筐体付近は異様な雰囲気だった。体格のいい男子4人が向かい合った筐体に座りひたすら対戦をしている。その側を長髪の女子が歩き回りながら大声で指示を与えている。その側の筐体ではやけに背の高い男子が、無言でゲームに打ち込んでおり、先の女子がこの男子にも大声で何やら指示を出している。
「なんだこれ?」思わず僕は呟いてしまった。
それが聞こえたとも思わないが、大声で男どもに指示を出している長髪女子がこちらを向いて、そして笑いながら
「おお、鈴木。久しぶり。」
「や、順、久しぶり。っていうか、これどういう状況?」
「石井君達が、打倒鈴木のために特訓してくれって言われて。こうやって特訓してるところ。」
特訓風景というより、女上司にこき使われている男子社員達という構図だ。山本と石井が順の指導で短期間に急成長したのを目の当たりにして驚いたが、あいつらこんな練習をずっとしていたのかと思うと何やらおかしい。
「で、そちらが鈴木の彼女さん? みきちゃん達から聞いたよ。」
「あ、ごめんねあかねちゃん。こいつは中学の頃からの友人で石川さん。」
「で、彼女は伊藤さん。」
「伊藤です、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、石川順です。よろしくね。」
「で、僕は石井に呼ばれたんだけど、色々と状況がつかめないんだが。」
「あ、石井君に頼んで鈴木を呼んでもらったんだよ。」
「おっす、鈴木。着いてたか。」
「おつかれ、鈴木ぃ。」
対戦が済んで山本と石井が会話に参加してきた。
「どういうことだよ石井。来てみれば順がいるし、話を聞けば、打倒僕の練習会だっていうじゃないか。」
「それは順に聞いてくれ。なんでも、俺たちの強化には鈴木の手を借りる必要があるって順が...」
石井はそう言って順の方を向いて、目で助けを求めた。
「さっきも言ったけど、私が石井くんに頼んで鈴木に来てもらったんだよ。その理由なんだけど、実際に見てもらったほうが早いかも。」「石井君と山本君、ちょっと対戦してみてもらえる?」
「おう、わかった。」
山本と石井が対戦に入って、順がまず石井の背後に着く。僕は石井を挟んで順の反対側に立ち同じ画面を見る。伊藤さんは僕の側で興味深そうに画面を覗き込む。
「背後に3人もギャラリーがいると緊張するなぁ。」と石井。
しばらく石井のプレイを見ていて、ようやく僕は石井の癖に気づいた。
「あっ、石井、お前この局面でいつも同じ回避パターン。」
「そうなんだよ鈴木、石井君は守勢での操作に問題がある。じゃ、次山本君のキャラの動きを見て。」
僕と伊藤さんは向かいの筐体に移動し、山本の画面を見る。
「ああ、そうか、こっちは攻撃のパターンがどれも直接的だから回避なりガードがそんなに難しくない。それで山本と石井は一見噛み合った戦いになるのか。」
「やっぱり気づいたね、鈴木」
いつの間にか僕の背後に移動していた順がそう言った。
「打倒鈴木のために、石井君と山本君をレベルアップさせるためには、彼らが苦手とする局面に持ち込める実力を持った相手プレーヤー役と、プレーヤーの側でアドバイスをするトレーナー役が必要なんだよ。で、その相手プレーヤー役やってくれないかなー。」
「僕が? 打倒僕特訓のために?」
「そう、きっと面白いし、鈴木も気づきが得られると思うよ。私も、彼らの特訓に付き合って楽しいし、自分のプレイスタイルを見直すきっかけにもなったし。」
「鈴木先輩。」
「何? あかねちゃん。」
「相手プレーヤー役、やってみてはどうでしょう?」
「どうして?」
「メリットについては先程石川さんの指摘した通りとは思いますし、それに...折角なので私も鈴木先輩にこのゲームのこと教えて欲しいと思って。」
「かわいー! 鈴木だけじゃなくて私も教えてあげるからね。」
「んじゃ、そうしようか。わかった、順。やるよ、相手プレーヤー役。」
早速、石井の対面の筐体に座り、石井の苦手な間合いを中心に戦いを進める。反対側の筐体では、石井が順に色々とアドバイスを受けながらガード操作の練習をしている。伊藤さんは僕の後ろで画面を覗き込んでいる。
「あかねちゃんは面白い?」
正直、伊藤さんが退屈しているんじゃないかと気になっていたので聞いてみた。
「はい、楽しんでますよ。私が兄とやっていたゲームとは違いますが、共通点も多いですし、後で鈴木先輩に教えてほしいです。」
とりあえず、期待以上の返事が聞けて一安心した。
ゲーム内で、全力で向かってくる相手に対し、特定の間合いになるよう強引に状況を作り出すというのは難しいが、その分確かに気づくことも多かった。何せ相手は石井で、僕が本気を出しても何回かに一度は負けてしまう相手だ。その石井を相手に、自分のプレイスタイルを殺して、しかも負けないことを要求されるわけだから、今までとは違うことを考えなければならない。
この後、山本を始め池田、前田、吉田の4人の相手プレイヤー役をこなした。それぞれ大変ではあったが僕自身もいくつかの気付きを得た。そして最後に、エキシビションマッチとして、順と僕による対戦を披露するという形で締めくくり、お開きという流れになった。
その後、僕は伊藤さんとゲームをして遊んだ。最初は伊藤さんにゲームを教えるという形だったが、すぐに慣れて普通に戦えるようになったので一緒に対戦した。その間、別の筐体で石井が順を相手に居残り特訓をしていた。
その後、僕は伊藤さんを駅まで送って帰り、石井と順はその流れで一緒に夕食を食べに行ったようだ。