「ただいまー。」
伊藤さんを送ってから帰宅すると、凛が出迎えてくれた。
「おかえりー、お兄ちゃん。」「....お兄ちゃん、何かいいことあったの?」
「そう見える?」
「うん、なんだか楽しそうに見えるよ。」「あ、そうだ、今日はお兄ちゃんの好きな麻婆豆腐だよ。一緒に食べよ。」
「うん、すぐ着替えてくるよ。」
久しぶりの麻婆豆腐、凛の作る麻婆豆腐は美味しいや、そう思いながら夕食を食べていると、凛が口を開いた。
「お兄ちゃん、そろそろ話してくれないかな? あの日、お兄ちゃんに何があったのか。」「もう吹っ切れたんでしょ? 最近、お兄ちゃんの表情が明るくなってるし。」
「そうだな、そろそろ話してもいいか。ただ、生々しい部分があるから夕食後でいい?」
「いいよ。」
食後、僕は、僕とみき、さくら、委員長との関係と、それが佐藤の転入によってどのように変化したか、そして、凛が佐藤に誘われていた集まりがどんなものであったかについても、表現に気をつけながら話をした。
「....お兄ちゃん、それ、酷いよ。佐藤さん酷いよ...」「じゃあ、これからみきちゃんはどうなるの? 他の人と仲良くしてるからいいの? 佐藤さんの取り合いになってないからって、みんな仲がいいからって、それでいいの? だって、これじゃあみんな佐藤さんと一緒になれないんだよね。」「みんな...その...そういう関係、それだけの関係になっちゃってるんでしょ?」
凛は話しながら少し涙声になっていた。
「そうだね、でもこれはみき達が自分で決めたことなんだ。あの日、凛は佐藤君のところには行かないって決めただろ?」
「あれは...お兄ちゃんが土下座して頼んでたから...」
凛の半泣き顔が少し笑った
「ああ、そうだったね。これはみき達が決めたことなんだけど、それでも僕は後悔をしてるんだ。あのとき凛には『行かないでくれ』って言ったでしょ。後になって、みきや他の女子にも言えればよかったって。」「僕は当時みきと付き合っているわけじゃないから関係ない、って思ったけど、それでも佐藤とあんなことになって僕はやっぱり辛かった。だったらその思いを、こうなる前にみきに伝えておけばよかったって、他の娘にも伝えればよかったって思うんだ。」「それでどうするかは、それこそみき達の決めることなんだけどね。」
「お兄ちゃん、みきちゃん達はこれからどうなるの?」「お兄ちゃんにできることってないの?」「後悔してるんでしょ?...」
「それは、難しいかな。でも、難しいけど考えてみる。少なくとも、あの時何も言えなかったことを後悔してる、ってことくらいは伝えてもいいのかもしれない。今更だけど。」
「お兄ちゃん、頑張って。それと、今日は話してくれてありがとう。」「それから...話してくれるくらいまで元気になったってことだよね。よかった、お兄ちゃん。」
石井との夕食後、一人になってから石川順はずっと考えていた。石井との会話、中学時代の鈴木との思い出、鈴木のこと、佐藤のこと、みき達のこと。
石井君ときたら、一緒に食事してて楽しい時間を過ごすときに、何もあんな説教臭い話しなくてもいいじゃない。でもまあ、それはともかく、鈴木が佐藤君と彼女の取り合いをしたのか...あの鈴木が。
中学の時は、鈴木はゲーム友達だった。休日にゲーセンで一緒に遊んでいても、それをデートだと思ったことは一度もない。暑い日に一緒にアイスを食べたときも、デートだと思ったことはない。ところが、あの日、さくらと一緒にゲーセンで遊んでいた鈴木を見た時、二人はデートをしていると思った。二人はそのつもりがなかったかもしれないが、私にはそう見えた。で、いたずらのつもりで鈴木の腕に抱きついてみた、中学の時にそんなこと一度もしたことがなかったのに、あの時の鈴木の迷惑そうな顔と言ったら...。
さくらが帰った後、川縁で鈴木と話をした時、鈴木が私の胸のことを言ってくれた時、異性として認められたみたいで少し嬉しかったな、あれは結局勘違いだったんだけど。そこに佐藤君からの電話があって、嬉しかった。でも鈴木には、あの時引き止めて欲しかった、そんな気持ちも少しあった気がする。
中学を卒業して、鈴木とは別の高校に通うことになって、新しい友達ができて、高校生活はまあまあ楽しかったけど、やっぱり少し寂しかった。佐藤君と知り合ったのはその頃だった。佐藤君と話をして、楽しかった。佐藤君に抱かれて、気持ちよかった。そんな日々がとても心地よかった。
そう思い出しながら、肌を重ねる感覚が蘇ってくる。
そんなある日、佐藤君に別の女子を紹介された、一緒にしよう、って。モヤっとした、佐藤君は二股かけているんだと知ってモヤッとしたけど、言われるがままに3人でした。思っていたより気持ち良かったし楽しくて、それからは他の女の子を交えてする行為にも抵抗がなくなった。
今だって...みきちゃん達を交えて佐藤君とするのは気持ちがいい。でも...ここで石井からの言葉が心に刺さる「順はいつまで佐藤のトコにいるんだ?」「順だってずっと今のままの関係が続くとは思ってないんだろ?」。佐藤君とずっと今のままが続かないのは分かってる、でも今すぐ終わるわけでないことも確かだ。だからこのまま...本当にそれでいいんだろうか?
佐藤君は優しいけど、最後は誰か一人を選ぶことになる。私か、みきちゃん達のうちの一人か、それともそれ以外の誰か... ここで鈴木が「選んだ」彼女を思い出した。鈴木も結局は誰かを選んだ、私でもみきちゃんでもない誰かを。
佐藤君はみんなに平等に優しい、みんなを平等に見ている、でも最後に選べるのは一人だけだ。そう思った時、言い知れぬ寂しさを感じた。
再び石井の言葉を思い出す。
「大事なのは、自分に向けられた優しさと他人に向けられた優しさの比較じゃなくて、自分に向けられた優しさの絶対量なんだと思うよ。」
佐藤君だって優しいよ...そう思いながら「優しさの絶対量」という言葉が引っかかる。佐藤君は優しい、みんなに優しくて私にも十分優しい。十分...でも、私は満たされているんだろうか? いくら優しくても、優しさの絶対量が十分でも選ばれないのはやっぱり嫌、かな。
それにしても、今日は楽しかったな。石川順はこれまでの思考を一度中断して、石井達とのひとときを思い出していた。自分がいて石井君や山本君やサンタが自分を頼ってくれて、ゲームやって楽しくて。そこに鈴木が加わって。鈴木には彼女がいたけどとてもいい娘で。この関係はずっとは続かないけど...いや、そのままは続かないけど、自分が望めば続けられる形で続けることはできる。佐藤君たちとの関係とは何かが違うんだ。
これからどうすればいいんだろう。これからどうしよう...そうだ、明日は久しぶりに佐藤君のところに行ってみよう。