夏休みに入ってから、委員長との勉強会はこれで4回目だ。明日から陸上部の合宿が3日間入るので、少しの間、委員長とは会えなくなる。だから、今日はいつも以上に楽しい勉強会にしたい。
今日は、俺の家で勉強会をやろうと提案した。理由は、俺達の勉強会のスタイルだと、図書館の学習室のように話をするのがはばかられるのは困る、一方話ができるレストランだと、毎日の出費がバカにならないからだ。そこで、タダで利用できてなおかつ思う存分話ができる自宅での開催を提案したわけだ。
ただ、男子の家でというのが委員長に警戒されないか?という不安があったが、委員長からは快い返事があったので一安心だ。
委員長は俺の家を知らないので、駅で待ち合わせをして、そこから一緒に家まで歩いた。
「ただいまー、今日は友達を連れてきたよ。」
「お邪魔します。川上です、よろしくお願いします。」
「あらー、お前が女の子を家に連れてくるなんてねぇ。彼女さん?」
「...だといいんだけどね。クラスの友達だよ。」
「あらあらー。こんな息子だけどよろしくね。川上さん。」
母親とのこんなやり取りの後、委員長を自室に招いた。当然、前日に気合いを入れて掃除したからドン引きされることはない...ことを祈る。
「ここが山本君の部屋...男子の部屋ってこんな感じなんだ...」
「まあ散らかった部屋だけど入ってよ。あと、麦茶持ってくるからちょっと待って。」
「うん...」
「荷物はその辺に置いていいよ。床は昨日掃除したからそのまま座って大丈夫だよ。」
「うん」
勉強会を自宅でやるというアイデアは、実は石井から聞いたものだった。男子の家での勉強会なんて女子は警戒するんじゃないかと聞いたところ、個人的な信用さえ得ていればそんなに警戒されることはない、と順が言っていたという話だった。どうやら、石井と順も勉強会をやっているらしいが、どういう経緯でそうなったのかについては聞いてみたいと思っている。
「おまたせー。はい、麦茶とコップ。麦茶はまだあるから自由に飲んでいいよ。」
「ありがとう。」
そう言って、委員長は俺の分と自分の分の麦茶を入れた。
「今日は何から始めようか。」
「今日こそは、数学だよね。今まで避けてきていたけど。」
「委員長は数学苦手?」
「苦手ってほどではないけど、得意ではないかな。特に2年生になってから難しくて。」
「俺も数学は得意じゃなくて、苦手ってほどではないけどな。」
「じゃあ同じだね、私達。」
「そ、そうだね。」
委員長に「同じだね」って言われて舞い上がりそうになりながらも、平静を装う俺。
「で、数学を始める前にやり方についての提案なんだけど。」
「うん、あらたまって何?」
「俺も、多分委員長もだと思うんだけど、授業でやったことはノートに取ってあるか頭に入ってるかだと思うんだけど、でもそれだけだと問題解けないよね。」「だから、今までの教科のように教科書をまとめるみたいなやり方じゃダメだと思うんだ。」「で、実はこれは陸上部の友達からの受け売りなんだけど、授業を受けた後は実際に問題に当たってみて、できなかったところをおさらいするために教科書を使うほうが効率がいいって言っててね。今回はそれで行こうと思うんだ。どうかな?」
「陸上部の友達って、時々ウチのクラスに来ている男子?」
「うん、そう、石井っていうんだけど。そいつが言ってたんだ。」「だから、まずは同じ問題を二人で解いてみて、それで躓いたところをお互いに反省しあうという形でどうかな?」
「うん、それでやってみようよ。その問題はどうするの?」
「こないだ一緒に参考書見た時に話題にした俺のおすすめ参考書から出題、ということでどうかな?」
「あ、その参考書興味あったんだー。解答が充実しているっていうし、それがいいと思う。」
最初に基本問題から解いてみたが、基本問題に関しては二人共あまり問題はなさそうだが、俺は途中の計算ミスが少し多いみたいだ。応用問題になると、二人共完答は難しく、解答を見ながらお互い出来ていない部分をチェックし、理解が不足しているところは教科書で復習した。
「少し喉乾いたし休もうか。」
「うん、私も少し疲れていたところだよ。」
「なんか、こういうやり方だと数学ができるようになる気がしてきたよ。石井に感謝だな。まあ、結果が出てからだけど。」
「そうだね、これで成績が上がったら、私も石井君に感謝だよ。話したことないけどね。」
「...ところで、話変わるけど、委員長。」
「なに?」
「委員長さぁ、今付き合ってる奴とかいるの?」
「.....」
「あ、無理に答えなくていいんだけど...」
「う...ん、付き合ってる...つもりだったんだけど..付き合ってるのかな?」
「.....」
「ごめん、変なこと言っちゃった。なし、今のなし。」「じゃ、じゃあ私からも質問いい?」「さっき、お母さんとの会話で『彼女さん』って聞かれた時に『だといいんだけど』って言っていたけど、あれって...?」
「ああ、母さんとの会話自体は冗談だけど、あの言葉は本心だよ。」「俺は、委員長が彼女ならいいな...って思ってる。」
「えっ?」
「引くよね、ごめん。でも折角だから俺の話を聞いて欲しい。」「俺な、2年のクラス替えのとき、委員長のこと、いいな、って思っていたんだよ。その時は好きとかはよくわからなくって、いいなって感じだったんだけど。」「で、新学期が始まってしばらくして鈴木と仲良くなっただろ? あいつ、いい奴だから委員長の仕事手伝ったりして、それがきっかけだったと思うんだけど。それでも俺は、ちょっと悔しかったんだ。」「その後、佐藤とも仲良くなって...それで俺は一度は諦めたんだ。委員長のこと。」
「山本君....」
「でもね、それって状況証拠的なものじゃないか? 俺が直接委員長に振られたわけじゃないじゃいよね?、俺じゃダメだって委員長に言われたわけじゃないよね?、って思ったんだ。それを確かめもせず勝手に諦めて...やっぱり確かめないと諦められないよなって。」「それで、いや、それだけじゃないんだけど、委員長の仕事手伝って、一緒に話ができるようになって、そしたら気持ちを聞いてみよう...って思ったんだよ。」「って、ちょっとアレだよな、ごめんな。俺、こんなんで。」
「山本君...私...ね。山本君に仕事手伝ってもらえた時、嬉しかったよ。」「職員室で一緒にプリント作ったときも、楽しかったし嬉しかった。」「夏休み、一緒に勉強できて、楽しかった。」「...そして今、私のこと、私とお話をしたいって思ってくれていたことを聞いて、とっても嬉しい...」「...それから、私のこと、か、彼女だったらいいな、って言ってくれたこと...嬉しい....」
委員長はそう言って、恥ずかしそうに俯いた。
「!」
思わず俺はそんな委員長を抱きしめてしまっていた。
俺の話を真剣に聞いてくれて、俺に、そんな話をしてくれて、俺には、委員長がたまらなく愛おしく思えたのだ。
「えっ?」
委員長が驚いたような声をあげたその瞬間、俺は後悔した。やっちまった、これで委員長に嫌われた、突き飛ばされる、そう覚悟したそのとき、委員長の声が耳元で聞こえた
「...山本...君...」
良かった、少なくとも委員長は嫌がってはいないようだった。
「しばらくこのままでいい?」
委員長の返事はなかったが、俺にはこのとき委員長がかすかに頷いたように思えた。
離したくない、委員長を抱きしめる手に力が入る。すると委員長はピクリと体を震わせた。
「んんっ」「はぁっ」
委員長の息遣いとともに、声が漏れるのが聞こえる。
「ごめん、苦しかった? 力強すぎたね、ごめん」
腕の力と肩と腰を掴んでいる手を緩める
「んぁっ ぁん」
少し安心したのか、安堵の声を漏らす委員長。
そのまま俺達はお互いの顔を見つめ合い、そのまま俺は委員長に口づけをした。委員長は嫌がる風でもなく、お互いそのまま、しばらく動かなかった。そして俺は、委員長の口の中に舌を差し込み、彼女のそれを探し求めた。..委員長も俺の動きに合わせて舌を絡ませてきた。
「んん...んんっ....」
このまま、こうしていたい。そう思った...
ドンドンドン...誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。
サササッ...俺達はとっさに離れ、お互い何事もなかったかのように麦茶を飲み干した。
「アンタ、もうこんな時間だよ。川上さんのご両親も心配すると思うから。ね?」
「お、そうだな。もうこんな時間だ。ごめんな、長々と勉強突き合わせて。」
「あー、本当だ、そろそろ帰らなきゃ。すみません、長居してしまって。そろそろ帰ります。」
俺はバタバタと帰り支度をする委員長を手伝い、駅まで送ることにした。途中
「手、つなごうか」
どちらからとなく手をつないで、そのまま駅まで歩いた。
「委員長、今日も勉強付き合ってくれてありがとう。それに...とにかく色々ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。今日も楽しかったよ、山本君。」
そして委員長は、最後に俺の顔を見ながら囁くように
「キス...しちゃったね...」
そう言って恥ずかしそうにうつむいた。
駅に向かって歩く委員長は、一度だけこっちを向いて、軽く手を振った。
俺は、委員長が駅に消えて行くまでずっと見送っていた。
明日からは...陸上部の合宿だ。