朝教室に入ると、顔面蒼白の山本の姿があった。
無理もない、昨日あんな話を聞かされたばかりなのだから。そう思いながらも、山本が声をかけてきたあのとき、自分もあんな顔をしていたのかと思うと少し滑稽に思えて思わず苦笑した。
「おはよう。元気出せ、って方が無理だけど、まあ元気出せよ。」
「おお、ああ。うん。」「ちょっと鈴木に話したいことがある、放課後付き合ってくれ。」
「分かった。僕も山本に話をして少し楽になった。今度は恩返しをさせてもらうよ。」
金曜日か、あれから一週間。今でも佐藤の家での乱交パーティーと、体育倉庫の一件を思い出すと口の中が酸っぱいような感覚があるものの、少なくとも凛の前では今まで通り振る舞えるようになって来たと思う。
それも、あのとき山本が話しかけてくれたおかげだ。
そんな事を考えながら、放課後、山本との待ち合わせ場所に向かう。
待ち合わせ場所には、山本とあともう一人、別のクラスの男子がいた。
「おそくなってごめん。」「で、彼は?。」
「おお、こいつはA組の石井。同じ陸上部の仲間だ。」
朝はすごい形相だった山本だが、今は少し持ち直しているように見える。
「え? 山本って陸上部だったんだ。」
「まあな、ってお前知らなかったのか。」「言わなかったっけ?。」
石井のクラスであるA組は下の階のクラスで、石井とは全く面識がない。
「はじめまして、だな。俺は石井、よろしく。」
「こちらこそ、僕は鈴木。帰宅部、よろしく。」
「じゃ、自己紹介が済んだところで行こうか?」
「どこに?」
「俺たちが話をするところは決まってる。昨日の川縁に行こう。」
昨日と同じように川縁に並んで座った。高校生男子3人が並んで話をする絵面ってのは、そんな事を考えていると山本がこう話を切り出した。
「実は、昨日鈴木から話を聞いたとき、確かにショックだったが、まだ完全に信じることはできなかった。いや、鈴木の話は多分本当なんだろうと思ったが、それでもなんというか、実感がなかったんだ。」「ところが、あの帰り道、佐藤と委員長と竹内さん、山田さんの3人が一緒に歩いているのを見かけてな。試しに後をつけてみたんだ。」
「で、どこに行ったんだ?。」
「なんだかデカいマンションに消えていったよ。佐藤の家かもな。」「それで、鈴木の話が事実だと、大げさに盛った話ではなく、本当に鈴木の話通りだと実感したんだ。」
「そうか...それで、今朝ゾンビみたいな顔していたのか。」
「鈴木に言われたくねーよ。」
「僕もあんな感じだったんだろうな、って思った。あのときはありがとな。」
「いやいやいやいや。で、まあこの話を聞かせたかったんで朝誘ったわけなんだが。」
と、ここで手を上げながら石井が会話に加わった。
「昼休みに山本に呼び出されて一通り話を聞かせてもらったよ。それで、俺もちょっと引っかかるものがあってな。山本に頼んで直接話を聞かせてもらえるように頼んだってわけよ。」と、石井が種明かしをした。
「石井はこうやって人の話に首を突っ込みたがるんだよ。その上理屈っぽくてな、いい意味で。お陰で結構こういう俺なんかがどうにも捉えられない問題をうまく納得させてくれるっていうか、とにかくなんかわかるようになるんだ。」「まあ、分かったからと言ってどうにかなるもんでもないんだけどな。なんかスッキリしたいだろ?」
「なるほど」
僕はうなずいた。山本に顛末を話した後、佐藤ハーレム問題の顛末について考えてみたが、なんでこうなったのかまるでわからなかった。
そして、このまま何もわからないまま凛が佐藤のハーレムに、と最悪の結果だけが想像できてしまう。少なくとも佐藤に初めて会ったあの日に見た悪夢が、ほぼ現実のものとなってしまっているのだ。
「で、鈴木には何か兆しのようなものは感じられなかったのか?」
石井の問いで思考が中断される。
「あ、うん、そうだなあ。正直全くわからなかったよ。あったとすれば、佐藤が『僕はハーレムが作りたい』って言ったときに嫌な予感がした、くらいかな。」「結局その予感は通りになったんだけどね。」と苦笑しながら僕はこう続けた。
「気づいたときには、手芸部の工作部屋から委員長と佐藤が出てくる場面に遭遇した。工作室には鍵をかけていたから、多分あの時部屋で二人はしていたのだと思う。」「さくらは...はっきりとは分からないが、佐藤がさくらのことを初めて「さくらちゃん」と呼んだとき、漠然とした不安を感じた」「後から考えると、あの時にはすでに二人は一線を越えていたんだと思う。」「でも、その前の休日にさくらとゲーセンで対戦して、その直後のことだったから、どうしてそうなったのかはまるでわからないんだ。」「その僅かな時間でほとんど初対面の女子とそんな仲になることなんてできるんだろうか?」「みきは...」
「あー、わかった。では質問を変えて、鈴木は川上さん、竹内さん、山田さんの3人のうちの誰かと付き合っていたとかある?」石井は途中で話を切って次の質問をぶつけてきた。
「それはないよ。」「みきは小学校時代からの幼なじみで、さくらは高校に入ってからのゲーム友達、委員長は最近話しかけたばかりで...」
「なるほど、それじゃ鈴木はこの3人の内、誰かと付き合いたいと思ったことはある? そしてそれをこの3人の誰かに話したことは?」
「それもないなあ。あいつらとはそういう関係じゃないし、それに...」
「じゃあ、なんであんなに落ち込んでいたんだ?」山本が口を挟んだ
「確かにそうだな。今の話が本当なら、佐藤のやったことは自由恋愛の範疇だ。佐藤が彼女らを力づくで、あるいは脅して、ってこともないんだろ?」
石井も山本に同調しつつ、新しい質問を投げかけてくる。
「うん、佐藤が裏で何かをしたとしても、それは多分無理やりみたいなものではないと思う。少なくともみき達の普段の様子を見る限り。」
「だとすると、鈴木にとっては彼女でも彼女候補でもないただの女友達が、佐藤に取られた、佐藤と付き合うことになった、以上の話ではないはずなんだ。」「でも、山本によると、鈴木は傍目に見ても人相が変わって見えるほど落ち込んでいたっていうじゃないか。」
僕はそう言われて答えに詰まった。
「そう言われると確かにそうだな。だけど、大切...大切な友人ではあったんだ」
「まあ、そうだとしても俺は鈴木の気持ちは少しわかるけどな」「やっぱり寂しいよ」「でも、あのときの落ち込みようは尋常じゃなかった、本当に世界が終わったかのような顔してたぜ」
石井はそうつぶやく山本の方を見てから、再び僕の方を向いた。
「もしこれが佐藤でなく、例えば委員長が山本と付き合うことになって鈴木と距離を置くようになったとしたら、どうだ?」
「過程の話に答えるのは難しいけど、やっぱり寂しいかな。それでも、良かったね、おめでとうという気持ちも半分くらいあるかな。」「今だと山本とはこうやって話せる仲だってのもあるけど。」
「鈴木、やっぱりお前はいいやつだな」山本が少し笑いながらちゃちゃを入れる。
「さっきの質問の答えだけど、多分、相手が佐藤だからってのはあると思う」「佐藤は...初対面の時、僕に『ハーレムを作りたい』と言ったんだ。あの時から彼女たちを狙っていたようだった。」「だから佐藤には、佐藤だけには渡したくない、って思いがあった」「結局、みんな佐藤の元に行ったけどね。だから...でもそれだけじゃないような気もする。」
「うーん、分かった。今日は色々古傷をえぐるような質問をぶつけてスマン。最後に一つ、彼女でも彼女候補とも思っていない3人の女子に囲まれて、鈴木は結局どうしたかったんだ? あるいはこれからどうしたいと思っているんだ?」
そう聞かれて僕は一瞬答えに詰まった、が正直に答えるしかない。
「これからの話はまだ決めてない、でも一つだけあったよ。実は妹も佐藤に誘われていたんだ、強引に止めたけど。妹にまで佐藤のものになって欲しくない、だから妹だけはなんとか守る...守るでいいのかな?。とにかく妹だけは佐藤に渡さないようにしたいって思ってる。」「そして、今までは、みき、さくら、委員長の3人と恋愛とかそういうの抜きで周りにいてくれて、そんな日常がずっと続けばいいと思ってたよ。」
「いいなぁ、そんなハーレムみたいな日常、俺も憧れるよ。」と山本。
「やめてくれよ、僕のはそんなのじゃない。」
「うーん、お花畑だな、それ」石井が何かを悟ったようにつぶやいた。
「お花畑?」僕は少しカチンと来て思わず「お花畑ってなんだよ、まあ確かに僕は色々考えが甘かったところはあると自覚しているけど。」と声を荒らげた。
「あー、すまん。俺が言った『お花畑』ってのは、そういう甘いって意味ではなく、いや、少しはあるか、そうではなく、鈴木の理想は周り女子がいて、彼女たちを花のように愛でる日常を望んでいたんだなって。」「多分鈴木にとって、彼女たちは周りにいて当たり前の存在になっていたと思うんだ。特に強く望んでそうなったわけでもなく、なんとなく自分の周りに集まった女子たち。」「例えるなら、いつも通る道の両脇にお花畑があって、特に花を自分のものにしたいとかそういう気持ちはないけど、花のあるこの道を大切にしたいとは思っていた。」「そこに現れたのが佐藤だ。彼は、咲いている花を自分の家の庭に持っていきたいタイプだったんだな。まあ、彼女にしたいとか付き合いたいって気持ちもこれと同じだから、これが悪いってわけじゃない。」「で、鈴木が普段通る道に咲いている花を根こそぎ自分の庭に移し替えてしまった。」
石井の喩えは分かりやすいし、一面の真実を突いているように思えたが、一方で僕の中には完全に割り切れない違和感のようなものも確かにあった。
「うん、そんな感覚に近い気もしてきた。」「でも、例えば佐藤以外の男子が、それぞれ花を持って帰ったとして、こんな気持になったかというと、それは少し違う気がする。佐藤だから...なんでだろ、佐藤だけにはって気持ちがどうしてもあるんだ」
「それにしても、つくづく鈴木はモテるよな」唐突に山本が話を逸らせた。
「僕が?」
「そう、お前」「だってさ、普通に高校生をやっていて、特に何もしないのに複数の女子に囲まれて普通に話をするなんてありえないよ、俺たち普通の男子高校生には。」「俺なんて、高校に入ってから女子と一緒に帰ったことなんてないぜ。」「ただの親切心から、本当に何の下心もなく、困ってそうな女子に手伝いを申し出ても、『何いってんの?キモッ』ってなる可能性が割とある。」「それが怖いから、特に用事もないのに女子に話しかけることには抵抗があるんだ。」「俺だって、委員長が他の生徒の仕事をしていることは気づいていたし、手伝おうって気持ちもなかったわけじゃない。まあ、下心があるのは認めるが。」「ところが鈴木には、そんなためらいが全く無いように見える。それは多分、女子に親切にしようとして『キモッ』って拒絶されたことがないんだと思う。」「それは、お前がモテる側の人間だからだ。つまり俺たちとは違うんだよ」
「僕がモテる側の人間? 佐藤みたいなイケメンでもないし僕が?。。」
「あー、鈴木は無自覚すぎる。こういうのってイケメンとかあんまり関係ないんだよ。多分な。」
石井も山本に同調する
「俺も話を聞いて山本と同じことを感じたよ、鈴木。お前はモテる、モテていたんだ。今までの話を聞いた範囲でさえ、少なくとも鈴木の周りにいた3人の女子は、お前にある程度の好意を持っていたと思っていい。でなければわざわざ昼飯時にお前のところに集まったりしないよ。」「少なくとも、俺や山本、陸上部にいる他のメンバーの誰に聞いても、何もせずに女子が周りにいるなんて状況なんて考えられないって言うよ。」「しかも鈴木はその状況に全く無自覚だった。」「佐藤にしてみればいい狩り場だったんだと思うよ。だって考えても見ろよ、魚を取りに海に出て、そのときに撒き餌を捲いて魚がたくさん集まっているのに釣り糸を垂らすこともしない奴が近くにいたら、そりゃあ網持って集まった魚根こそぎ持って行きたくもなるだろうよ。」
僕は山本と石井の言葉に驚いた。僕はモテていたのか? あれが?、そして、無自覚だった?。本当にモテていたのなら、全くその自覚はなかった。もしそうであれば僕は、無自覚だったと認めざるをえない。
「それとな、鈴木。お前についてもう一つ気になったことがある。」「さっき山本が陸上部だということをずっと知らなかったよな?」「話をするようになったのが最近ということを差し引いても、クラスの男子が何部に入っているのかはある程度頭に入っているのが普通だと思うんだ。」「多分、鈴木は他人への関心が少し薄いんじゃないか。さっきモテの無自覚って言ったけど、その原因の一つは他人にあまり関心がないことだと思う。そして、それが女子3人が佐藤の元に走る兆しを見落とすことになったんじゃないか?とも思えるんだ、本当のことは分からないけど。」
無関心、って言われるとあまりいい気はしないけど、そういうところはあるかもしれない。そういえば、委員長が手芸部に所属していたことをずっと知らなかったけど、転校してきて間もない佐藤は既に知っていた、石井の言っていることは多分そういうことなのだろう。
「何にせよ、鈴木はこう考えればいい。鈴木にとって3人は彼女でも彼女候補でもなかった。だから、佐藤のやったことは自由恋愛の範疇の出来事だ、と。つまり佐藤を恨んでもしょうがない、と。」
石井は言葉を続けた。
「今はとにかく佐藤からその妹を守ること、そして、今後彼女ができたら、彼女でなくても大事にしたい人ができたら、そのときはその人を守ってやればいい。」「なにしろ鈴木はモテるんだ、それに山本が言っていたけど、お前はいいヤツだ。今日話をしてみて俺もそう感じたよ。」
「そう言われて悪い気はしないな、僕も今日は山本、石井と話ができてよかったよ。」
「じゃあ、今日はこんなところでお開きにしようか。」すっかり気分が晴れた様子の山本がこう言って終会を宣言した。この日川縁で見た夕焼けは、久しぶりにきれいだった。