試験が終わったので、山本と石井と放課後遊びに行くことになった。今まで、山本と石井とは佐藤絡みでつながっているだけと思っていたので、佐藤案件抜きで遊びに行こうと誘われたのは正直嬉しかった。
ただ、問題なのは陸上部の活動が終わるまで校内で時間を潰さなければならなくなったことだ。放課後、とりあえず校内を歩いてみると、部活動以外の用事で放課後活動している生徒の数が意外と多いことに気づいた。各種委員会メンバー、生徒会委員、校内ボランティア的な活動をしている生徒、そして意味もなく居残っている僕。今まで見ていた教室内の生態系とは別の生態系がそこにはあった。
どこからか聞こえてくる金管楽器の音、校内のそこかしこから聞こえてくる掛け声は運動部のものか、あるいは演劇部の練習だろうか。
廊下の窓の外を見てみると、校門から出ていく生徒達が見えた。僕はあっちの生態系の住人だったのだと思うと、こうして校内に残っているだけのことで、ものすごいアウェイ感を覚えた。帰宅する生徒たちは、一人あるいは男子同士、女子同士で男女の組は一つもない。ふと「普通の男子はなぁ...」という説教めいた山本の言葉が蘇ってくる。
普段あまり行かない棟に行ってみようと渡り廊下を歩いていると、校庭から野球部の掛け声が聞こえてきた。男子ばかりの部活で、周りは男子ばかり。ここでまた、山本の言葉を思い出す。僕が当たり前だと思っていた「周りにいつも女子がいる日常」というのは、誰にとっても当たり前ではないのだと実感した。
ああ、そういえばこの棟には図書室があったな。転入してきた佐藤を案内したときのことをふと思い出す。渡り廊下を出たところにある案内図を見て、僕はこの意味のない散歩を終わりにすることにした。行き先は図書室、暇をつぶすネタには困らないだろう。
図書室のドアを開けると、書物の香りが出迎えてくれた。受付には図書委員と思われる女子生徒が座って本を読んでいる。放課後にまで仕事があるなんて、図書委員は大変だ。
陸上部が終わるまでの時間つぶしになりそうな、何か面白い本を探そうと本棚の間をキョロキョロしながら歩く。分野ごとに棚が別れているとはいえ、図書室初心者にはまずどんな分野分けがなされているかを把握するところから始めないと目的の本にはたどり着けない。いや、もともと目的とする本なんてないのだが。
と、硬い何かにぶつかった感覚の直後、「あっ」という声とともに本が床に落ちたような音がした。ふっと視線を床にやると、周囲に本が散らばっている中に女子が倒れていた。
倒れた時の音が本の音にかき消されたのは、そのほっそりとした体型のせいだろうか。眼鏡をしているせいか、それとも図書委員という役職のせいか、とても真面目そうな、地味めな印象の子だ。
どうやら僕は返却本のカートにぶつかってしまい、その側で返却本を棚に戻していた女子生徒がカートに押されて倒れてしまったようだ。
「あっ、すみません。棚のラベルを見ていて気づきませんでした。すみません」
「痛っ、あ、大丈夫です。でも気をつけてくださいね。」
「すみません、僕のせいで...。」と言いつつ、散らばった本を集める僕。
「いいですよ、私やりますから。」
「はい、これで最後です。どうもすみませんでした。」
「いえ、ありがとうございます。」
「ところで、これも図書委員の仕事なんですか?」
「そうですね、返却された図書を本来の場所に戻すのも図書委員の仕事です。」
「本が元々どこにあったなんてどうやったらわかるんですか?」
「それはですね、図書室の本にはここにラベルが貼ってあって、この一番上の三桁の数字、場合によっては三桁の数字に小数点が付くこともあるのですが、基本的にはこの三桁の数字で本を分類してます。」「これと同じ、あるいは上二桁が棚のラベルにあるので、数字が一致するよう棚に戻すんですよ。」
「なるほど、色々と工夫されているんですね。知りませんでした。」
「何か探している本でもあるんですか?」「もしよろしければ探すの手伝いますよ、さっきのお礼に。」
「いえいえ、特に探している本というのもないのですが、そうだ、何かおすすめの面白い本ないですか?」
「面白い、っていきなり言われると難しいですね。」「そうですねぇ...」
と、別の本棚に向かってその女子は歩き出した。僕は彼女の後をついていくと
「これなんかどうでしょう?」「クスッと笑える系の面白さですけど。」
彼女が見せてくれた本の表紙を見て一瞬目を見張った。その本の表紙には
『みんな大好きジョーク集』
とあった。
「あ、気に入りませんでしたか?」
僕の顔を見て彼女が尋ねた。
「いえ、友人がこの本を好きだったのを思い出しまして、ありがとうございます。これ読んでみます。」
「いえ、どういたしまして。」
彼女はそう言って仕事に戻っていった。
僕は、人の少ないエリアにある窓際の机に行って本を開いた。委員長の話してくれたジョークは全部面白かったが、実際に本を読んでみると、全部のジョークが面白いわけではなく、中には意味のわからないものもあった。「委員長のチョイスが良かったから、あんなに笑えたんだな...」
1時間位読んでいただろうか、そろそろ陸上部の練習が終わる頃だ。先程の図書委員から教えてもらった通り、ラベルを見ながら本を元の位置に戻して図書室を出ることにした。受付の側で先の図書委員を見かけたので「さっきの本面白かったですよ、ありがとうございます」と軽く挨拶したら、「それは良かったです」と返してくれた。壁にあった受付の当番表によると、彼女は伊藤さんというらしい。
図書室から慌てて昇降口に行くと、そこに山本と石井がいた。
「すまんすまん。」
「おー、こっちもいま来たとこ。」
「じゃ行きますか。」
行き先は特に聞いていなかったが、どうも山本と石井には目的地があるようだった。
「ゲームでもしないか?」と山本
「俺たち時々ゲーセンで勝負してるんだよ。」「鈴木は知らないかもしれないけど、俺たちが教えてやるから一緒にやろうぜ。」
その後、山本と石井は無言で向かい合った筐体に別れ、コインを投入した。
このゲームは...さくらと勝負した格闘ゲーム、そして順とも。
二人の勝負を背後から覗いてみたところ、まあまあ上手いが、僕なら勝てるかなというレベル。「教えてやるから...」と言われたときは「お手柔らかに」と心のなかでつぶやいたが、ここは少し驚かせてやろう。僕は意地の悪い作戦を考えていた。
「くっそー」山本がボタンを連打しつつ叫んだ。
「おーい、鈴木ぃ。ちょっと来いよー。お前もやろうぜ、教えてやるから。」
「お、おう。」
「...で、これがジャンプで、こうすると前後。これが上段、中段、下段の攻撃。敵の攻撃に対するガードはこれだけど、相手の攻撃によっては意味がないこともある。」
一通り山本から説明を受けていると、筐体の向こう側から
「まあ、やりながら覚えればいいから」と石井。どうも早く始めたいらしい。
「鈴木は初心者なんだから手加減してやれよー。」
「分かってるから早く始めようぜ。」
最初は動作を確かめるようにスティックとボタンを操作する。最初は石井も攻撃をせず「そう、そう」と言いながら僕が慣れるのを待っているようだ。
「じゃ、そろそろ行くぞ、適当に避けたりしながら相手に攻撃を当てるんだぞ。」と宣言をすると石井は攻撃を開始してきた。
「え?え?えっ?」と戸惑うフリをしながらがむしゃらにスティクを操作する風を装いつつ石井の攻撃を全て回避し、着地のタイミングに合わせて攻撃を当てる。あくまでもまぐれを装って。
「うぉ、痛ってぇ」「嘘だろ?」
全力を出し切っていない石井にとってこれは事故のようなもの。次第にギヤを上げる石井だが、僕も石井に合わせて少しずつ本気を出して最終的にギリギリで勝ったように演出した。
「クソォ、まぐれにやられたー!」「もう一回!」
何度か石井との勝負を見ていた山本がなにか気づいたようだ
「鈴木、お前、経験者だな?」「しかもかなりの手練れ。」
「えっ?」「まぐれじゃなかったのか?」
「ごめん、ちょっと驚かせてやろうと意地悪した。このゲームは結構得意だよ」
「やっぱり。初めてにしては回避の動きが尋常じゃなかった。」「石井はまぐれって言っていたけど、まぐれでこの動きはできないって思ったね。」
「なんだよ~。でもまあいいや、これで全力だせるってもんだ。」
その後、山本、石井と何度か勝負をしたが僕が全勝した。
「石井ぃ、こんど妥当鈴木のための練習しようぜ。」「おう、今度あったときは勝つぜ、鈴木。」
「じゃ、僕も練習しとかないとな」「おっと、乱入来た。これ終わったら何か食べに行く?」
「そうだな。」と石井と山本
「ん?」「おい、鈴木?」
あれ? これ、強い。というかこのホセイジ使いって、それにこのプレイスタイル。まさか...
僕はじわじわと追い込まれ、そのままゲームオーバー。
「おいおいおいおい、鈴木でも負けることがあるのかよ。」
「ちょっと、どんな奴か見に行ってくる!」と言うが早いか石井と山本は慌てて筐体の裏側に消えていった。僕もまさかと思いながら見に行くと、そこで山本と石井が固まっていた。
「お~、鈴木。」
「やっぱり順だったか。」順はいつも通りだが、僕の方はなんか気まずい。
「あ、紹介するよ。中学のとき一緒だった石川」「こっちが、高校の友達で、山本、こっちで固まってるのが石井。」
こちらの心の内を順に悟られないよう、平静をおよそって双方の紹介を済ませた。
「鈴木ぃ、やっぱりお前ってやつぁ...」声にならない声で山本がつぶやくが、僕の耳には入らない。石井は固まったままだ。
双方の紹介を終え、そのまま別れようとする僕を捕まえながら「あの、石川さん? 俺たちこれから飯でもと思ってるんですが、よろしければどうですか?」「ホラ、鈴木の中学生時代のこととか聞いてみたいし。」
あろうことか山本が順を飯に誘い出した。
「僕の昔話なんか聞いてもつまんないって。」このタイミングで順と話するのは勘弁して欲しい僕。
「んー、そっか、そうだね。一緒に行こうかな?」順はこういう奴だった、昔から。
結局山本と順のペースで4人で喫茶店に入るという流れになり、僕は気まずい思いを抱えながら彼らの後をついていった。途中、石井が「お前のモテ体質は中学時代からだったのか。」と小声で話しかけてきた。「だからそんなんじゃないって。」
店内では、全員で甘いものを食べながら僕の昔話、順とゲームをしていたことなどが話題の中心だったが、そのうち
「鈴木、私ね最近みきちゃんに会ったよ。佐藤君のところで。」と話を振ってきた。僕にとっては全て佐藤から聞いていて知っている話だったが、初耳だった山本と石井の表情が一瞬にして凍りついた。
「佐藤とは今も仲良くしてるの?」
何事もなかったかのように僕は尋ねた。
「うん、でも佐藤君は相変わらずモテるから...」
あの時と同じ答え、理由は分からなかったが僕はそこに僅かな違和感を覚えた。
「あれ? 石川さんはうちの学校じゃないよね。どうして佐藤を知っているの?」
内心のショックから立て直したらしい石井が順に質問をぶつけた。
「あ、うん。佐藤君は元々うちの高校にいたのよ。」
「なるほどね、で、今でも佐藤とは連絡取り合ってたりするの?」
「そうね、佐藤君の転校で一度は切れたと思っていたんだけど、今はまた復活してるかな。」
「ところで、佐藤ってなんで今の時期に転校することになったのか聞いてる?」
山本も素朴な質問をぶつける体で情報を探り始めた。
「それはちょっと...私にはわからないわ。」
その後、ゲームの話に戻り、一通り盛り上がった後、山本と石井は順と連絡先交換をしてお開きとなった。
帰り道、山本に「鈴木、お前というやつは、中学の頃からモテ体質だったのか...俺なんか、俺なんかなぁ。」といつもの説教めいた愚痴を聞く羽目になった。普段は少し引いた位置からコメントしていた石井も、今回は山本と一緒になって一通り囃し立てた後「で、彼女も、その、佐藤の女なのか?」と聞いてきたので、僕は自分の知っている範囲のことを話した。
「そうか...」少しトーンを落とした調子でつぶやいた石井だったが、少し考えてから、「佐藤のハーレム。このままにはしておけない。」とつぶやいた。