所謂、ご都合主義の様な内容です。
本編のおまけ程度に見て頂けると幸いです。
芽吹き、根を張り、絡め捕る。根は隅々まで余す事無く行き渡り、内側から外へと、その姿を顕現する。月明かりに晒されしそれは、寄生した主人の全身へと絡みつき、その者の自由を奪い取る。寄生主は抵抗する事すらままならず、その手に握られた刀を地面に落とす。苦痛に歪んだその表情で、眼前に佇む少女を睨み付け、忌々し気に、そして苦し紛れに声を漏らした。
「―――っ!」
それは言葉として意味を成さず、成長し続けるそれに花が咲き、実を実らせる様を見届けた後、寄生主は…鬼殺隊の隊士はがくりと頭を垂れ、意識を手放した。赤々とした、歪な形に実ったそれを優しく撫で、寄生主に負担をかけぬよう注意しながら、少女は…かつて十二鬼月の一角、下弦の肆を襲名された零余子は、ふぅっと息を漏らす。
漸く終わった。彼女が真っ先に感じた感想がこれだった。目の前で気を失った人物は自分を討伐する為に派遣された鬼殺隊の隊士。彼以外にも複数名で編成された討伐隊で、よく見れば、周囲にも彼と同じく、身体中を植物に絡め捕られ、その植物に養分を吸われたのか、顔色を悪くしながら気を失った隊士達が彼方此方に転がっていた。
数にして十数名。それなりの人員を割いての討伐に赴いた彼等だが、結果として、零余子一人に為す術も無く返り討ちにあった状況だ。辺りを見渡し、スッと視線が木々に隠れた生物へと向けられる。
「主に伝えよ。こやつらはまだ生きている。直ぐに救助隊を派遣すると良い」
そう言って、木々に隠れた生物…鬼殺隊に追随していた烏に告げると、隊士達の身体から芽吹き、実ったそれを回収し、その内の一つを口に入れ、咀嚼した。口の中に広がる鉄の味。人の血肉といった養分を吸い取ったそれを堪能する様に何度も咀嚼し、嚥下すると、再びふぅっと息を漏らして、その場から森の方へと歩き去る。
あの日から…○○と別れてから早数カ月、その間に、情勢は目まぐるしく変化した。鬼殺隊の柱との戦闘で負傷し、毒に犯されたこの身を救うべく、まともに身動きの取れなかったこの身を保護し、治療だけでなく己すらも捧げた○○。
稀血を持つ彼の血を啜り、傷を癒したこの身体は、かつてとは比べ物にならないくらいに成長していた。この血鬼術も同様に、かつては寄生主の身体を拘束する程度のものだったが、彼女が隊士達から回収した赤々とした実が実る様になり、それを摂取する事で、人を喰らった時と同じような効果を齎すに至ったのだ。そして、その日を境に、零余子は一般人を、そして自分を襲い掛かる鬼殺隊の隊士ですら殺さずに、日本各地を彷徨っている。それが彼女に与えられた、かつて、十二鬼月の下弦を肆を担っていた彼女に与えられた、最後の命令だったのだ。
時は少し遡る。
○○と別れてからというもの、零余子は人を喰らう事に躊躇するようになった。人気のない夜道で、無防備に歩く者を見つけては襲おうとするも、身体が思う様に動かず、幾度となく見逃してしまうようになり、自身を討伐に来た鬼殺隊ですらも、止めを刺せずにその場から逃げる事もしばしば。この事に、零余子は○○と出会った事で、人を襲う事が出来なくなったのだと自嘲気味に笑ってしまった。人を喰らえば力を得る。力を得る事で異形の力も増し、己の肉体も大きく変化する。自分以外の鬼達も人を多く喰らう事で肉体を変化させ、そして強くなっていった。
かつての自分も、その例にもれず、多くの人を喰らい、鬼殺隊を返り討ちにし、喰らう事で今の地位にまで上り詰めた自分が、今になって一人の人間に絆され、人を襲えなくなっただなんて…。
だがその過程で、自身の血鬼術にも変化の兆しがみられていた事に気付いた零余子は、その変化に大きく助けられた。人を喰わずとも、殺さずとも得られる血鬼術。そして、寄生した人物の位置を常に把握できる索敵能力にも優れたそれは、後に開かれた召集において零余子の命を助けた事に繋がったのだ。
血鬼術の変化に気付き、それを試していたある日、突如、身に覚えのある空間に飛ばされた零余子は、同じく十二鬼月の下弦を担う鬼達の姿を目撃し、これがただ事ではないと瞬時に理解した。辺りをきょろきょろと見渡す鬼もいれば、その場に佇んで息をのむ鬼、様々な反応を示す中、突如として琵琶の音が鳴り響き、皆が同じ場所へと移された。一部の鬼を除いて、皆が皆、彼方此方を見渡し、気が気ではない様子。そんな中、上座から現れた着物姿の美女を前にして、零余子の胸の内から警鐘が鳴り響くのを感じた。
咄嗟に、誰よりも早く頭を垂れて跪く。周囲の鬼が自分の行動に動揺する中、着物姿の美女の声が響き渡る。無惨だ。上座から現れた着物姿の美女は、擬態した無惨だったのだ。一人だけ先駆けして難を逃れた零余子だったが、永遠ともいえる地獄の様な時間はまだ終わらない。
無惨曰く、下弦の伍である累が鬼殺隊によって討たれたらしい。彼の事は覚えている。累は、その地位にそぐわぬ実力を有していた。少なくとも自分よりは遥かに格上の鬼。己の地位に興味を示さず、また、その行為を許された鬼。それが累だった。
だが、その累が討たれた。そして無惨は問うた。何故、下弦の鬼達はこうも弱いのだと。ここ数百年、下弦の鬼達は事ある毎に入れ替わりが繰り返されていた。対する上弦に位置する者達は、幾度となく鬼殺隊を…柱と称される実力者達ですら返り討ちにし、その地位に居続けていた。
十二鬼月の地位を預かっていながら、何故、お前たちはこうも弱いのかと問い質す無惨に、零余子は血の気を失いながらも必死になって思案した。無惨様はお怒りだ。返答次第では命はない。どうにか、無惨様に、自分の有用性を示さねば…と。
そんな中、下弦の陸である釜鵺に無惨が反応した。『そんな事を俺達に言われても…なんだ?』と。この時、無惨が自分達の思考を読んでいる事に気付き、息をのむ。
隣では必死に弁解し、泣きながら謝罪する釜鵺が無残に捉えられ、処分された。次は自分の番だ。
「どうした? 貴様は今、自分の有用性を示さねばと必死に考えているようだな。何か浮かんだか? 私を満足させるに至る言い訳を」
言葉が重圧としてのしかかる。黙していては用無しとして処分される。しかし、下手な言い訳をすれば余計に怒りを買い、どのみち処分される。死にたくないという気持ちが何度も頭に浮かび、そして、脳裏に浮かんだ人物に、零余子は震える気持ちを必死に抑え、声を出した。
「十二鬼月の地位にいながら、その地位に甘んじ、ご期待に添う事が出来ず、申し訳ございません。今の私に出来る事と言えば、血鬼術で植物を寄生させた人物の所在地を把握する事のみにございます」
「…続けろ」
「…はい。既に数名の鬼殺隊の隊士達に私の植物を寄生させた状態で生かしております。動けぬ身である筈の彼等が、その場から移動した事も把握済みです。彼等の足取りを追えば、鬼殺隊の本部とまではいかずとも、彼等が潜伏する拠点や、彼等を支援する者達の所在地を把握する事が可能でございます」
一般隊士では鬼殺隊の本部までの所在は分からずとも、複数ある拠点は把握出来るだろう。それ以外にも、負傷した隊士達を匿う支援者の屋敷や自分達鬼の首を斬る為に用意された刀を提供する刀鍛冶の所在も、或いは…。
そこまで言いかけた零余子の首に、強い衝撃が走る。それは無惨の身体から伸びた一本の管の様なものであり、そこから首に向かって何かを流される感覚に、零余子は再び息をのんだ。
「貴様にはまだ使い道がありそうだ。下弦の鬼達は解体するが、その力は最後まで私の為に役立てよ」
その言葉を最後に、零余子は全身に駆け巡る激痛に悶え苦しみ、荒い息と共にその場へ倒れ伏した。
「処遇は追って伝える。私の役に経つ情報を期待しているぞ」
「は…い」
零余子は激痛に耐えながらその場で跪くと、頭を垂れながら涙を流した。生き延びた。切り抜ける事が出来たと、安堵の涙を流した。それからと言うもの、零余子は自身の血鬼術である植物を…正確には、周囲に自身の血を霧状に散布し、それを吸った者の体内で血から植物の種子へと変化させ、発芽させる能力を駆使し、自身を討伐に来た鬼殺隊を返り討ちにし、負傷した彼等を回収に来た者達によってその足取りを能力を通して把握し、日本各地に散らばる拠点や支援者の屋敷を記し、それを定期的に無惨に提供した。そうする事で何とか生きながらえた自分に苦笑を浮かべながら、そっと左目に触れた。
かつてそこに刻まれた『下肆』の文字は、瞳ごと無惨に傷つけられ、十二鬼月という地位を失った。後に自分と同じく生き残った下弦の壱である鬼も、鬼殺隊の手によって討たれたと聞き、これで、下弦の鬼は自分一人に…いや、既に下弦は解体されたのだ。此処にいるのは下弦の鬼だったものに過ぎない。
いや、今更この地位に固執する事もない。今はただ、生き延びた事に心から感謝し、そして、時折思い出す彼の姿に思いを馳せるばかりである。
「あぁ。お主は今頃、何をしているのだ? この時間だ。寝ているのだろうな。私がいなくなった後も、あの時と変わらぬ生活を送っているのだろうか。ははは、きっとそうなのだろうな。○○、お主はそういう男だ」
私は、お主と別れてから色々あったぞ。あぁ、色々だ。もうだめかと思った。これで最後なんだと思った。だが、私はこうして生きている。お主に与えられた血肉によって、私はこうして生かされている。全てお主のお陰なんだ。本当に、本当にありがとう。
あぁ、お主に会いたいな。もう一度会って、お主の言葉に耳を傾け、お主の肌に触れ、もう一度、もう一度…。
「あぁ、会いたいな。○○、お主に、お主にもう一度、もう一度会いたいな…」
今の私を見たら、お主は何と思うのだろうか。心配するだろうか、それとも軽蔑するだろうか。分からない。分からないが、それでも○○に対する思いは、日を追う毎に強くなり、零余子の心を蝕んでいく。それはまるで、自身の血鬼術であるかの様に。
会いたいが会えない。会いに行けば最後、きっと彼に迷惑がかかる。今はただ、無惨の命令に従い、己の身を囮として鬼殺隊を引き寄せ、返り討ちにし、彼等の拠点を暴くだけ。しかし、そろそろ拙い。これだけ多くの犠牲を出したのだ。例え死傷者が出なくとも、負傷した隊士が増えれば増える程、他の隊士の負担も大きくなる。そろそろ柱が派遣されてもおかしくないだろう。あの時のような偶発的な遭遇ではなく、今度は確実に、自分を討つ為に。
無惨に殺されずとも、柱に討たれる。そんな未来を思い浮かべ、零余子は様々な感情に思いを耽りながら歩き続ける。次は何処に行こう。この先に何がある。偶には人の多い場所にも行くべきだろうか。行くならどこが良いだろう。あぁ、そういえば、数カ月前に浅草周辺を根城にしていた鬼が鬼殺隊に討たれたと噂があったな。そこに行ってみるとしよう。