試験ダンジョン1階。
和馬と香が中に踏み込むと、早速とばかりにイカマンの群れに出くわした。
数は4匹。全てを一度に相手取るには多少厳しい数である。
和馬囮作戦は使わない。まずは身体慣らしの為に正面から戦おう。
香が槍を振るい、狙い通りに1匹が和馬の前に。残りの3匹が香の方にへとイカマンの群れを分断する。
≪イカーッ!≫
と、不気味な鳴き声を発し、触椀を鞭のように振り回すイカマンに、多少の恐怖を感じた。
前回の通り1体1ではほぼ負けない。が、運が悪ければ死ぬこともあるだろう。
多少の恐怖を感じる和馬だったが、香のおかげでそれ以上に意気揚々である。
自分でも驚くほどに戸惑いない一歩を踏み出し、躊躇なく剣を振り下ろす。
唐竹割りに走った剣光は、狙い過たずイカマンを左右均等、真っ二つに斬り裂いた。
そう、剣で『叩く』でなく『斬り』裂いたのだ。
予定調和の如くイカマンの身体は崩れ落ちる。
一瞬の間を置き、チャリーンとイカマンの死骸からコインが飛び出し、ダンジョンの冷たい床に散らばった。
「……勝った、のか?」
なんとも手応えがない。
和馬はやや茫然とイカマンの死骸を眺めた。
剣の振るい方が自然と解り、一撃。ただの一撃でイカマンを屠ったのだ。
斬るという行為が、自然と分かった結果だ。
レベルが3なのもそうだが、剣戦闘Lv1の力なのだろう。
和馬は剣のド素人である。その自分でこれだ。
前回のあの苦労は一体なんだったのか?
だからこそ、「すげぇ……」と思わず口にする。
もしも剣術を学んだら、果たしてどれだけ強くなれるのか。
何だかワクワクしてきた。
和馬は剣を握ってない方の手を握り締める。
爪が食い込むほど、強く、強く、握り締めた。
(強くなった。強くなったんだ。もっと強くなれるんだ)
これが才能というものか。
空手では、ついぞ感じられなかった感覚だ。
興奮した。凄く凄く興奮した。
叫び出したいほどに興奮した。
「は、ははは、はは……」
抑え切れなかった歓喜から、声を出して笑っているのか喉が震えた。
ブルルと握った手も震えた。いや、身体が震えている。
それさえも違う。魂が震えているのだ。そんな気がした。
もっと強くなれる。でも強くなるためにはどうしたらいい?
簡単だ。習えばいい。剣の使い方を。剣での戦い方を。剣での殺し方を。
学び、学び、学び。そうして、強くなる。
(帰ったら、今度こそボーダーさんだ!)
流石に現役のアリスダンジョンエクスプローラーである彼から学ぶことは出来ないだろう。
が、剣道場のひとつやふたつ、紹介して貰えるはず。
そして、ダンジョンに潜らない余暇の日に自分を鍛えるのだ。
装備がヘボでも誰よりも強く! 強く! 強く! 強くなるんだ!!
織田香という極上の美少女に相応しい男になるために。
「はにゃっ!?」
その極上の美少女の声がした。
そう言えば、今は戦闘中である。
俺は何をひとり悦に浸っていたのかと和馬は慌てた。
何か香に危険があったのだとは思ってない。
が、戦闘中に気を散らせた自分が許せない。
命がけの戦いの最中に、何をふざけていたのか。
2日前と何も成長していない。
ひとつの過ちで命を失う。それが戦いだというのに。
もしも香に何かあったなら……
試験ダンジョンのモンスター如き、香を傷つけることなどほぼ不可能。
だが、その甘えた感覚が慣れを呼び、いつの日か致命的な失敗を呼び寄せる。
和馬はそれこそを恐れていた。
残り3匹のイカマン。
先にいった通り、イカマン如きで香を危険に晒すのは不可能である。
だとしても、『はにゃっ!?』なんて声を出すのだ。
んなん聞いた事ないぞ? 何事かがあったに違いない。
和馬はイカマン3匹を引き付け戦っていただろう香の方へと振り向いた。
そこには、何やら目をパチクリしている香と、その足元に無惨にも転がっているイカマン3匹。
イカマンはどれも一突きで殺されたらしく、胴体に丸い風穴が空いていた。
前回の探索時に幾つも見た光景である。
香はと言えば、表情を見る限り、驚いているだけで怪我らしきものはない。
が、何事もなければ驚くこともないわけで。
「どうしたっ!」
和馬がそう問いかけると、香は困惑混じりに、しかしどことなく興奮しながらこう言った。
「あのですね、強くなってるんです!」
言われて彼女のステータスに目をやった。
香が最初に指したのはクラス。
クラスはガードプリンセスになっていた。
正直に言えば、香のステータスどころか自身のステータスも曖昧にしか覚えていない和馬である。
しかし、香のクラスが『姫』であったことぐらいはしっかりと覚えていた。
次に指したのが才能限界レベルだ。
昨夜、祝福をあと何回使えば香のレベルが才能限界まで上げられるか考察したこともあり、才能限界レベルが『40』だったのを、しっかりと和馬は覚えていた。
それが今では『45』になっている。
次に香は『力』『守備』『魔抵力』を指で示す。
この辺はいっさい覚えていない。というか最初から分からないと言った方が無難だろう。
ただ守備が高めだったような気がする。
そして最後が固有スキル。『味方ガード』『護身法』『カウンター』の3つ。
うん、みたことない。これも祝福なんだろうか?
最も高い可能性だが、どうもしっくりこない。
しかし強くなる分には問題ないだろうとも思う和馬だった。
和馬が「問題なくね?」と呑気に口にする横で、
────アナタは冒険者として『彼』を守ります。
不意にこんな言葉が香の脳裏を過った。
彼……で思い浮かぶのはひとりである。
もしかしたら兄という可能性もあるけれど、冒険者としてなら間違いなくこの呑気な和馬のことだろう。
だとしたら────誰かに言われるまでもない。
自分のすべては彼に捧げると決めたのだ。
ずっと傍に居てくれる対価として決めたのだ。
なら、これ以上気にしても無意味。
ガードプリンセス。護りの姫。
自身に相応しい称号……クラスだ。
彼の心と身体……彼の全てを全身全霊で護るに都合がいい。
香は突然の意味不明なパワーアップに結論づけた。
そう、力は手にした。後は行使するのみ。
槍に付着するイカマンの体液をブンと振り払う。
今日の目標は2階制覇である。こんな場所でノンビリしている暇はない。
「先に進みましょう」
香はイカマンの死骸をスルリと避けると、速めの歩みで先に進もうと足を出す。が、
「ちょっと待ていっ! 金! 金拾わんとっ!!」
死んだイカマンが落としたコインを拾い始める和馬に、
「あ、忘れてました……」
「生活費になるんだから忘れちゃダメだろ」
呆れた口調でそう言われた。
金銭に対して執着心のないところ、自分がお『姫』さまなんだなぁとちょっと反省。
これからは、もっとハングリーにならなければ。
そうでないと、和馬との生活に支障をきたしてしまう。
というか、明日は一般住宅街の方にデートするのだ。
小銭はいっぱいあった方がいい。
と、そこまで考えて、香は顔を赤らめた。
デート……自然とそう思ったことが恥ずかしかった。
デートの相手がそう思ってくれるかどうかは疑問だというのに。
でも、チラッと和馬の横顔を覗き見る。
……うん、大丈夫。デートだって、思ってくれなくても、きっと楽しくて素敵な一日になる。
香は和馬に見えないように、えへへ、と表情を崩すと、和馬の横にちょこんと屈んで手早くコインを拾い集めた。
成果はドロップアイテムなし。通貨が宿代一泊分。ただし食事抜き。
でも一回の戦闘の成果としては上々か。
これなら数回の戦闘で、当面の生活費を稼ぎ出し、続いて明日のデート資金も大丈夫。
そう考えたら何だかやる気が出てきた香である。
勢い込んで、
「じゃ、今度こそ行きましょう!」
前回よりも速いペースでダンジョンを進んでいく。
前回の終盤のように、和馬を囮に進むのではなく、自身を前衛にしての強引なまでの突撃体勢。
『戦闘訓練』は『経験値稼ぎ』の時で十分。お金はその時一緒に入る。
香と和馬は、装備に金が掛からない分、この辺無理をせずとも大丈夫なのだ。
すでに1階層のマップは網羅しており、然程の手間なく2階層へと続く階段へ到達出来るだろう。
途中3度ほどイカマンと遭遇するも、本気になった香の敵ではなかった。
和馬が出るまでもなく、槍で突き、払い、打ちのめす。
和馬に「すげー香ちゃん!」と言われた槍捌きに、ちょっとだけ内心鼻高々。
槍術を教えてくれた故郷の柴田勝家に、「ありがとう! 勝家っ!!」と心の中ではしゃいでみた。
もしも本人がここに居たら、恐縮そうに、だが心から一緒に喜んでくれたはずだ。
それにしても、褒められるのが嬉しいなんて、そんな感情は久しぶり。
少し気を抜くだけで口元が緩んでしまいそう。
そんな自分が何処か恥ずかしくって、ただでさえ速かったペースを、ほんの少しだけ更に速めた。
もともと一息に2階層を目指す予定だったから良かったものの、本当だったら変に思われたかもしれない。
と、気付いたのは、2階層目へと続く階段に足をかけた時。
「あう~」
「どったの? 変な声出して?」
自分でもどうかな~って思うけど、流石に言い方ってものがある。
香は頬を膨らませ、
「な、なんでもありませんっ」
少し怒り口調でそう言った。
でも和馬は何とも思っていないようで。
「……? まあ、いいけど。じゃ、行こうか」
和馬は気負いなく、自然な笑みを浮かべていた。
戦いに、ずいぶんと余裕ができたようだ。
香は怒っていた事も忘れて、よかったと胸を撫で下ろしながら「はいっ」と元気よく返事をした。
この地点はセーフティーゾーン。魔物は出てこない。
だったらいいよね。と、階段を下りる間だけでもと手を伸ばす。
和馬はニコッと笑って何も言わずに手をつないでくれた。
「えへへ。和馬さんっ」
「なに?」
「がんばりましょうね?」
「おうっ!」
暖かい手だ。戦いなんて知らない手だ。
生きる苦労を知らない貴族や王族の手だ。
でも、とても優しい手だ。
私の、私だけの────優しい手だ。
この手を私が護るのだ。
それがとても素敵に思えた。
重症ですね。でも……
カードプリンセス。和馬さんを守る私────
香は強く、だけど静かに頷き、目を厳しく細めた。
立ちふさがる全てを打ちのめす。そんな目で。
冒険者協会。その建物の前に彼女は立った。
彼女は冒険者────というには、少し違和感があった。
一般的な魔法使いが着こむルースローブの上に、可愛らしいカーディガンを羽織っているせいかもしれない。
だけどそれ以上に、彼女自身から醸し出す空気自体が、戦いとは無縁の普通の少女であった。
実際、彼女のレベルは1である。
今までモンスターはおろか、喧嘩すらまともにしたことのない普通の少女だった。
そんな彼女ではあったが、幼馴染を迎えに行くのが日課であったため、ここ冒険者協会には何度も来たことがある。
その見慣れた場所だが、彼女は建物の中に入るのは実は初めて。
自分がこの建物の中に入ることはないのだと、何故かそう思っていた。
なのに、今日。こうして中に足を踏み入れる。
何処となく緊張して中に入ると、ツンと鼻にくる汗の匂いと血の香り。
建物の中は、そんな匂いを纏った冒険者でいっぱいだった。
彼らは無骨で厳つい人ばかり。でも、どこか輝いても見えた。
それは生の輝き。生きる力がそう見せているのだろうと、彼女は感じた。
そのせいか、心の奥底が沈んでいる今の自分には、何処か場違いな気がした。
帰れ。ここはあんたのような女が来る場所じゃない。そう言われている気もした。
けれど引き返そうとは、彼女は思わなかった。
「ねぇ? 本当に大丈夫? 無理して付き合ってくれなくてもいいんだよ?」
剣士なのか、軽めの素材で作られたハーフプレイトを装備した少女が、心配そうにそう言った。
しかし彼女は柔らかく笑みを浮かべて首を横に振る。
大丈夫だよ。
あなたが居るから。
あなたが居てくれるから。
だから────
「怖いけど平気だよ。頑張れるもん。それよりもいいの私で? 足手まといにしかなれないよ?」
それはちょっとした疑問だった。
彼女は冒険者じゃない。冒険者を志したこともない。
職柄、冒険者に関わりを持つことはあっても、冒険者になろうなんて思わなかった。
────だから傍に居続けることが出来ず、距離が遠のき、負けたのだろうけど。
「ボクね、ひとりでいると嫌なことばかり考えるんだ。だから一緒に来てくれて、すごく嬉しい」
「そっかぁ。私もだよ。葉月さんといっしょが、すごくうれしい」
友達だもんね。
言葉にせずに、その意味を込めて彼女は微笑んだ。
すると剣士風の女性も一緒に笑ってくれた。
それが嬉しかった。ささくれ立ちそうな心が暖かくなった。そんな気がした。
「羽純っ、ボクは結構スパルタだからね! がんがんレベリングするよ!」
彼女の名前は羽純・フラベル。
そして羽純と一緒にいる剣士風の女性が瑞原葉月といった。
その羽純が、うん、本当に厳しそうだねと、ちょっとだけ不安になった。
「お手柔らかにお願いするね、葉月さん。私、戦ったことなんてないんだから」
「だいじょーぶだいじょーぶ。ボクさ、こう見えてもけっこう強いんだよ? ナクトくんや……シードよりも、ずっと、強いんだ……」
────ナクト
羽純の身体が震えた。ただ名前を聞いただけなのに。
でも、シード────で葉月も震えた。
でも、平気。平気だよ。
ひとりじゃない。私も、あなたも、ひとりじゃない。
大切な友達だから。いっしょだから。
葉月が不安そうに手を差し出した。
羽純は迷うことなくその手に自分の手を重ねる。
ぎゅっと握る。握り合う。まるで恋人のように。恋人……みたいに。
いつまでも女々しいなぁ。と、羽純はクスっと笑った。すると葉月も同じように笑った。
やっぱり大丈夫だ。
あなたといると、こうして笑える。
だからこそ、新しい一歩を踏み出せた。
これ以上周囲の人達に心配させたくないのだし。
それに、ここで足踏みしていたら、自分を置いて旅だった彼らになんて思われるか。
特に連れの女性たちに、同情の目で見られると思うと……羽純も流石に屈辱だった。
それは葉月も一緒のようで、
「いくよっ!」
腹から出した、気合の籠った力強い言葉。
羽純もそれに、
「うんっ!」
しっかり、はっきりと頷いて返す。
冒険者ギルド、システム神の部屋の前で、2人手をつないだまま扉を叩く。
その様は、どこか和馬と香を思わせた。
互いに互いを必要とし、依存しあう、そんな仲。
扉が開く。ギギィと、少しだけ軋む音を立てながら。
室内には女性が一人。とても怜悧な表情でこちら見ていた。
「いらっしゃいませ。私たちは、アナタたちを歓迎いたします」
この日、アリスダンジョンを目指す新たな冒険者が誕生する。明確な目標は───ない。
心に刻まれた、失恋という名の深い傷跡から目を逸らす為の、刹那的な行動でしかないから。
そう、今はマダ────今は、まだ────
羽純・フラメル 17才
クラス 付与師
Lv1(才能限界Lv38)
HP 10/10
MP 20/20
力 3
守備 2
魔法力 9
魔抵力10
回避 5
速度 7
武器:ミスリルハンマー(攻+40)
防具:ルースローブ(防+10 魔低+15)
アクセサリー:なし
攻撃力 43
守備力 12
魔法攻撃力 9
魔法防御力 25
技能レベル
付与魔法 Lv3
固有スキル
打撃
攻撃付与
拡張付与能力
瑞原 葉月 18才
クラス 剣士
Lv28(才能限界Lv60)
HP 184/184
MP 0/ 0
力 221
守備 205
魔法力 0
魔抵力176
回避 16
速度 14
武器:村正(攻+65)
防具:破魔の胸装甲(防+26 魔低+15)
アクセサリー:ジュエルネックレス(魔低+10)
攻撃力 286
守備力 231
魔法攻撃力 0
魔法防御力 201
技能レベル
剣戦闘Lv2
固有スキル
剣撃2
端原流剣術
風の剣 10/10
後書きついでに、軽く疑問点を先にお話。
アリスダンジョンの探索は、Lv20を超える冒険者がいるPTならば、試験ダンジョンを攻略しなくても探索許可がおります。
例えばランスのPTなんかがそうです。
ランスは20を超えてますが、仲間のシィル、リズナは20以下。なによりあてなはLv1固定ですw
が、彼らは現在アリスダンジョンの攻略をしているわけで。
ですけど、羽純&葉月のPTは、アリスダンジョンの攻略にはまだ入りません。
2人にはアリスダンジョンでする明確な目標はまだないですからね。
ですから入りません。だから、ランスがどうとかはまだ大丈夫です。大丈夫ですw
大事なことだから2度言いました。
というか、ヒロイン候補にたぶん酷いことはたぶんしませんから、たぶん安心してくださいね。たぶんw
で、次回の更新は……不明です。