システム屋の中は、この世界観と今一マッチしないシステマチックで感じであった。
デスクトップ型のパソコンに、和馬の世界でも安心なリクルートが出来そうな美人OL。
ピシッとした雰囲気を自然に醸し出すその女性は、システム神に仕える巫女らしい。
(そういや、ランス世界にはコンピューター系の技術あったっけなー)
と和馬が遠い目になっていると、目の前の女性の、「ご用件は?」という怜悧な声が鼓膜を震わせる。
「彼にシステム神の祝福を。そして私と彼のシャングリラでの冒険者登録。最後にアリスダンジョンへの攻略許可証をお願いします」
「かしこまりました。あと、おふたりはパーティを組むということで宜しいですか?」
「はい、そうです!」
やたらと嬉しそうに返事する香を見て、和馬もちょっと嬉しくなった。
何せ和馬は元の世界では自称『ちょいオタの2枚目半』
周囲の認識は、『いまいち微妙な感じのする良い人、でもオタク』
こんなんだから、当然彼女いない歴=年齢。というとてもお寒い経歴の持ち主である。
だから見た目も中身もロリィとはいえ、掛け値無しの美少女である香に喜ばれると、自分まで喜んでしまう。
そんな2人を微笑ましい物でも見たような目でにっこり笑い、美人OLが話を続けますよ? といった素振りを見せて話を続けた。
「システム神さまの祝福に200G。冒険者登録の手数料が一人150Gで300G。パーティ登録に50G。最後にアリスダンジョンへの攻略許可証ですが、これは試験ダンジョンをクリアするか、レベルが10以上でなければ発行できません」
「……試験ダンジョン、ですか?」
香の問いかける声に、OL美女は頷く。
「はいそうです。この都市の南の端にあります全3階層の試験ダンジョン。その最下層奥にあるスタンプを入手し、こちらに持って来て頂ければ試験は合格となります」
「わかりました。では、その試験ダンジョンの攻略許可証を」
「いえ、試験ダンジョンは許可証を必要とはしません」
そう言いながら、彼女はパンフレットを和馬と香に手渡した。
和馬がそのパンフに目を通すと、最初の数ページはここに来る前に香から聞いたダンジョンの成り立ち。
続いてエターナルヒーローの活躍と平和の到来。
最後にアリスダンジョンがどれだけ危険な場所なのかが記載されていた。
それには、アリスダンジョンの所有権を持っているAL教団の意向からか、それなりに腕の立つ冒険者か、
そうでないなら、アリスダンジョンよりも昔から存在する、通称【試験ダンジョン】を攻略できた者だけが入れるようになったのだという歴史がつづられている。
なんせ許可証を手にした冒険者でさえ、年に数百人規模で死んでいるのだ。
一攫千金を求めるだけの素人を、そうそう中に入れないようにするのも頷けるというものだ。
もっとも和馬の視点は香とは少し違ったが。
弱っちぃプチプチよりも、ある程度力を持ったプチプチが死ぬ様を眺めて喜ぶのが、このダンジョンの存在価値なのだろうと。
和馬にとって、このダンジョンの奥に居るであろうプランナーと、この世界の創造神ルドラサウムは信用に値しない。
なおかつ、その紐付きであろうAL教団に至っては言わずもがなである。
香が教えてくれ、このパンフに書かれているエターナルヒーローの事跡にしても、こう考えてみれば眉唾ものだ。
光に消えたとされるブリティッシュは、もしかしたらどこぞの国の城の地下で、今もコンクリ詰めになってる可能性がある。
AL教団聖女と謡われているカフェだって、鬼畜王ランスで語られた様に永遠の美を望んでしまい、それを曲解されて色々と酷い目にあってる可能性だってある。
特に彼女は、もしかしたらそこらの街でカルフェナイトなんか作って、春を売る商売をやってるのかもしれない。
だが和馬は、そんな自分の考えにフンっと鼻で笑った。
この世界はランス世界に似ている別の何か。
もしかしたらプランナーもルドラサウムも居らず、エターナルヒーローもこれに書かれてる通りだったかもしれない。
どこまで言っても仮説に過ぎず、そのことを和馬は良く理解していた。
だからと言って、アリスダンジョンの最下層まで行って、プランナーがいるかどうかを確かめようとは思わない。
元の世界に帰りたいと心底思ってはいるが、同時にプランナーが心底恐ろしいとも思っているからだ。
プランナーが居ても、自分を素直に元の世界に帰して貰えるならばそれでいい。
でも奴が素直に自分を帰してくれるとは思えない。
元の世界に戻れても、自分の容貌が変わっていましたとか、そうじゃないなら恐竜が闊歩してるような時代へ送られる可能性だってある。
そう考えたら、これからするシステム神への登録という行為が、とても恐ろしく感じた。
もしかしたら、プランナーの紐付きになってしまうのではと……
とは言っても、そうする以外に道はなく。
ここで糧を得る一番の近道は、香の勧めにのることだ。
何より、嬉しそうにしてる彼女の期待を裏切りたくはなかった。
胡散臭い自分なんか信じてくれて、助けようとまでしてくれる香を。
だから和馬は思うのだ。
元の世界に帰りたいが、それより何より彼女の助けになりたい。
もっとも、そんな考え自体が、和馬という人間にとってはかなり無理した考え。
冒険者になるということは、殺し合いをするということなのだから。
果たして自分に殺せるか?
例えモンスターといえど、実際に生きているモノを殺せるか?
釣った魚でさえ直接殺した事のない和馬だ。
それはとても勇気と覚悟が必要だろう。
自分には無理かもしれないと和馬は思っていた。
だけど、逃げるわけにはいかない。
香でさえ覚悟してるのだろうから、年上で、更には男である自分が……
苦虫を噛みしめるような表情が出そうになるのを堪えながら、和馬はシステム神への登録という行為を行うために、パンフを丸めてジーンズの後ろポケットに突っ込んだ。
「お名前は?」
和馬の様子に気づいたのだろう。
デスクトップ型のPCの前に座る美人OLが、そう問いかけてきた。
偽名でも名乗ってやろうかと思ったが、結局そうはしなかった。
どんな不都合が起きるか分からないからだ。
システム神というだけあって神なのだろうし、こちらの嘘を見破られるかもしれない。
ランスではないが、闘神都市シリーズのようなシステムがあるとも限らない。
こんなしょうもない嘘で【悪事】が1ポイント加算、地獄行きで鬼に嬲られてください。なんて言われたらシャレにならん。
「山本和馬です。山(やま)に本(ほん)、平和の和に馬(うま)です」
これで分かるだろうか?
と若干不安になりながら説明する。
なんせ和馬のうろ覚えの知識では、この世界に馬はいないような気がしたからだ。
いるのは確か、馬でなくうま。馬車に使われるのがうし……だった気がする。
物語に関係のないこの辺りの知識は、かなりいい加減であった。
「山本和馬と……字面に違いはありませんか?」
「え、ええ。あってます」
ホッと胸を撫で下ろした。
どうやらこの世界に馬は居るらしい。
「では、このパネルに手を置いてください」
「分かりました」
液晶スクリーンのようなモニターに、言われた通り手のひらを押しつける。
するとピカッと閃光が和馬の身体から発せられる。
そして光が納まると、OL美人がもの凄い勢いでキーボードを叩いた。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ…………ッッ!!
(キーボードを叩く指がマジで見えねぇ……)
和馬は感嘆な思いで彼女の指先を見た。
その高速の指がピタリと止まり、そして……
「終わりました。ステータスを確認してください」
なにそれ?
思わず目が点になる。
ステータスを確認? どうやって!?
「ああ、すみません。ステータス、出ろ! っと念じるんです」
マジ?
そう聞き返したい。
でも彼女も、香も真面目な顔だ。
出ろ! なんて恥ずかしい。
そう思うけど、やらない訳にもいかないようだ。
「……でろ」
恥ずかしそうにボソッと小さく呟いてみる。
すると効果は抜群だ。
目の前にババッッとゲーム風のステータスといって良いものが現れた。
山本和馬 18才
クラス 学生
Lv1(才能限界Lv∞)
HP 25/25
MP 0/ 0
力 9
守備 5
魔法力 0
魔抵力 8
回避 5
速度 5
武器:なし
防具:なし
アクセサリー:なし
GOLD:0
攻撃力 9
守備力 5
魔法攻撃力 0
魔法防御力 8
技能レベル
異世界人 Lv3
冒険者 Lv1
固有スキル
攻撃
戦術的撤退
祝福 弾数(3/3)
やはりここはゲームの中なのか?
和馬は目の前に現れた現象に呆然とする。
「ステータス出現、確認しました。これでシステム神さまへの登録は完了です」
OL美人の言葉がやたらと寒く感じた。
ステータスをもう一度良く見る。
名前の項の横、年齢が記載されていた。
18才としっかり。
和馬は自分の年齢を言った覚えはない。
(なのに、どうして解った!?)
和馬の胸に去来するのは果てない恐怖。
その恐怖を顔に出さないように苦労しながら、何気ない風を装い香が冒険者登録をする様を注意深く見守った。
香ではない、OL美人の動きを、だ。
だが、そんな彼の心の動揺など解っているとばかりに、彼女は言った。
「山本和馬さん。ハイシステム神さまからのお言葉です。
異世界からの客人(まれびと)よ。汝が如何にしてこの世界に来訪したのかは知らぬ。
だが心せよ。この世界に降り立ったからには貴様もこの世界の一部となる。
だが、それを望まぬというならば…………
アリスダンジョン。
彼の地の最奥へと至ってみせろ。
行く手を阻む魔物を倒し、殺し、神の試練を越えてみせるのだ。
以上です。なお、ハイシステム神さま、ハイレベル神さまからのご好意により、山本和馬さんには特別にレベル神との専属契約が許されました。レベルアップの際にお呼び下さい」
ゴクン、和馬の生唾を飲み込む音がやたらと響く。
もう和馬には、恐怖を隠すだけの余裕はなかった。
元の世界では荒事などしらぬただの受験生。
せいぜいが小学3年生の頃から、受験生として本格的に動き出す高2の秋まで続けていた空手くらいなものだ。
それにしたって、家に閉じこもり気味なインドア上等! の和馬に見かねた親が、和馬を無理矢理に空手道場に放り込んだだけ。
8年間続けた甲斐もあってか、なんとか初段には至ったが、自分が強いとは思ってなかった。
空手の大会に出ても、2回戦にいけるかどうか……などといった感じ。
いわんや、喧嘩などしたこともない。
そんな自分に戦え! そう言ってきたのだ。
頑張ろうとは思っていた。
だが、改めて人(神?)から言われると、心が怖じ気づいてしまいそう。
でも……
「和馬さん凄いです! レベル神は、有望な冒険者や英雄・勇者といった方としか専属契約を結ばないんですよ!」
ああ、本当に。
これこそがこの世界最大の罠なのかと、和馬は苦笑いする。
もしも、このちっちゃな香ちゃんがいなければ、自分はダンジョンに潜ろうとは思わなかった筈だ。
この世界の一部になるのが嫌だなんて思わない。
元の世界でだって、似たような物なのだろうし。
最奥に至ろうとは思わない。
でも、この子が行く所までは行かないといけない。
そんな義務感に心が支配されてしまうのだから。
彼女に罪はなく、単に和馬の元の世界での道徳心が成せること。
それを和馬は良く理解し、だからこそ逃げ出す気も起きないのだと感じた。
この心は決して操られてなんかいないと。
いいや、操られていたとして、だから何だと言うのだろう?
受験生。ただの受験生。それだって、元の世界のシステムに操られてる証拠なのだから……
「ふふっ、迷いは晴れました?」
OL美人の声に、和馬は我に返った。
気づけば喜んでたはずの香まで不安そうに自分を見ていて、和馬は顔の筋肉を意識してゆるめ笑みの顔を作った。
「ええ晴れました。香ちゃん、行こうか」
「はい! 次は和馬さんの装備を整えて、その次に道具屋さんで和馬さんの分の世色癌と帰り木を買って、それから……」
「ああ……お金、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。それに、私達はパーティなんですから気にしたらメッ! ですよ?」
香はそう言うと、静かに和馬の手を握る。
優しく暖かい笑みだ。
まるで母親のような……
彼女がどれだけ和馬を気にしてくれているのか分かるというもの。
和馬は素直に香の好意を受け止め、そして必ず返すと心に誓う。
だって和馬は気づいてしまった。
香が殊更喜んでみせたりするのは、全部和馬を気遣ってのことなのだと。
ありがとう……
そう口にしそうなのをグッと堪えた。
この言葉は、いつかキチンと独り立ち出来るように成ってから言うべきだ。
だから和馬は香には何も言わず、OL美人にペコリと頭を下げ、システム神の部屋を出た。
帰り際に見たOL美人の顔は、とても優しげに柔らかく微笑んでおり、入った際に見た怜悧な顔が嘘みたい。
その顔に何か引っかかるものがあったけど、和馬は気にせずにそのまま扉を閉める。
彼女の名は柊真那。
和馬が知るゲームの中の彼女とは違い、白衣でないし、外見の印象も微妙に違う。
この世界の人間が、和馬が知るそのままでは無い証拠のひとつ。
和馬がそのことに気づくのは、もう少し先になるのだろう。
だから和馬は彼女の存在に気づけない。
今はただ、戦う覚悟を胸に秘めるだけだから……
和馬と香が冒険者協会から出てしばらくして、とある冒険者の一行がここを訪れた。
一人は戦士。一人は魔法使い。一人は和装の薙刀使い。最後の一人は……おばか?
「がはははははは!」
「ランス様ぁ、静かにしないと周りの方にご迷惑が……」
「ご主人様、あてな、おかし食べたいれす」
「あてなちゃん。ランスさん忙しいみたいだからもう少し我慢しましょう?」
「えー、あてな、お腹すいてるれすよー!」
和馬が知る知識と違う者がいれば、変わらぬ者もまたいるのだ。
そんな彼らと和馬の道行きが交わるかどうかは……まだ定かではない。