T字路から右に曲がり、そのまま道なりに進んで行くと、少し広めの部屋に突き当たる。
その部屋の奥には、朽ちた宝箱が口を開いたたまま放置されていた。
なんとなく気になって中を覗いて見る和馬と香。
しかし案の定とでも言うべきか、やはり中はカラッポであった。
「ま、まあ、期待はしてなかったけどさ……」
「でも、少し残念です」
む~っ
ツンと唇を尖らせる香。
不意に見せる子供っぽい仕草に、大人びたところばかり見ていたせいか、和馬は思わずクスッと笑ってしまった。
「か・ず・ま・さぁ~ん?」
おどろおどろしい声に、和馬はすぐさま笑いを引っ込める。
「あ、あのさ! ここ、レベル神を呼ぶのに丁度いいと思うんだけど、どうかな?」
明らかに誤魔化そうとしての発言だ。
香は、下から覗きこむようにして和馬をジトリと見上げ……
「そうですね、和馬さん」
そう言うと、やわらかく微笑んだ。
ホッと胸を撫で下ろす和馬の様子に、香の笑みはどんどん深くなっていく。
(弟って、こんな感じなんでしょうか?)
そんな風に思われてるなんて露とも知らず。
香の許しを得たと勘違いした和馬は「よし、呼ぶぞっ」そう言って気合を入れる。
和馬の脳裏に描かれるのは、ランスや闘神都市シリーズの主人公達がやるレベル神の呼び出し方だ。
もっとも、大分適当ではあったけど。
まずは手をパンパンと2回叩く。
続いて、
「レベル神っ!」
強く、強く!想いをこめて叫んだ。
瞬間、辺りがまばゆい光に包まれ、あまりのまばゆさに目を細める和馬と香の前に、一人の妙齢の女性が現れた。
その女性は、薄暗いダンジョンの中の僅かな光りを反射して輝く美しい金の髪と、やや垂れている目がとても優しげな雰囲気を醸し出す『美女』である。
何より印象的なのは瞳の色だろうか?
その緑の瞳は全てを包み込むような母性を感じさせる。
そんな彼女の服装は、神様とは思えない質素な物で、白いサマーセーターの上に黒く地味なカーディガンを羽織り、踝まで隠すロングスカートをはいていた。
だが、やはり伊達に神様ではないのだろう。
質素と言ってもいいだろう格好なのに、とても圧倒的な存在感である。
彼女のやや垂れている目元は、和馬の姿を確認するなり嬉しそうに細められる。
乗り出す様に身を和馬の方へと向けると、白いサマーセーターの下に隠された大きな胸が、たゆん、と揺れるのが見て取れた。
和馬の目が、彼女の胸に釘付けになる。
彼女の胸には小さすぎるサイズなのだろうセーターが、パッツンパッツンに引き伸ばされて胸の形をかたどっていた。
その蠱惑的な膨らみも、煽情的な谷間も、はっきりとわかるぐらい。
しかも彼女が身体を動かすたびに、ぶるん、ぶるん、と大きく震える。
この世に生をうけて18年、初めて拝む素晴らしい光景。
童貞くんな和馬が目を離せないのも仕方ないのかもしれない。
香は思わず和馬の袖をギュッと掴んでしまった。
自分でも、なんでそうしたのか良く分からない。
いや、分かってた。
寂しい……
きっと、そんな感情である。
彼女は、そんな香に何を思ったのだろう?
小さく首を傾けて微笑んだ。
香の頬はカァっと熱くなる。
……恥ずかしかった。
『同じ』寄る辺のない彼が、自分の手から放れてしまうんじゃないかって、そんな風に思って。
そんな自分を、彼女に見透かされてしまった。
香は和馬の袖を掴んだまま、鼻の下を伸ばす彼の顔を見た。
これだけ見たら情けないダメな男だ。
でも香は知ってる。
彼の臆病な所も。彼の勇敢な所も。
香は今日シャングリラに着いたばかりである。
そして和馬も、この世界に来たばかりだ。
香はJAPANからここまでの旅路の疲れがあるし、和馬も今日は状況把握だけで精一杯なはず。
冒険者登録や、冒険に必要な物を揃えたのなら、今日はさっさと宿を取って休むべきだ。
事実、香は和馬の装備品を揃え、最後にココ、試験ダンジョンの場所を確認後にはそうするつもりだった。
だけど、彼は、山本和馬はそれが当たり前の様にダンジョン前でたむろする冒険者崩れから情報を収集し、そしてこのダンジョン内へと足を踏み入れた。
……なんでそうしたのかと聞けば、確かにそうかも、と納得する理由ではあったけど。
それでも、今まで闘争に関わったことのない一般人だという彼が、このダンジョン内で剣を振るう。
凄いことだ。と香は思う。
例えそれが恐怖を根源とした、香の体調を無視する身勝手な行動だとしても。
だって和馬は言ったのだ。
「今じゃなかったら、もう無理になるから」
「何が、ですか?」
「戦うこと。殺す、こと……」
何故かロングソードをやたらといじる和馬の手は、小刻みに震えている。
怖いのだ。どうしようもなく。怖いのだ……
でも今なら戦えるのだと、和馬は言う。
いきなり異世界に飛ばされ、何処か非現実めいたフワフワとした感覚。
だからこそ戦える。だからこそ殺し合える。
だけど宿を取り、布団の中に入ってしまえばもうダメだ。
今日は間違いなく眠れない。
眠れなければ考える。
理不尽な現実に泣き、明日の戦いに恐怖し、また泣く。
妄想が妄想を呼び、恐怖は更なる恐怖を積み上げる。
だから、今、戦う。今、殺す。
妄想を現実に。恐怖を戦いの勝利の高揚に。
そうしなければ、和馬は自分の心が折れてしまうのを知っていたのだ。
そんな何処か追い詰められた年上の少年の言葉は、香の心を揺さぶった。
香がこのシャングリラの地に訪れたのは、病に死に逝く兄を現世に留めるためだ。
兄に残された刻は3年。
JAPANの誇る医術Lv3の名医、『曲直瀬みちみ』の診立てである。
間違いないだろう。
ならば香は2年半以内程度には目的を達しなければならない。
2年半……
アリスダンジョン内で目的を達成しようと思うなら、それは長いようで短い時間かもしれない。
でも2年半という時間は、未だ13才の少女にはとても長いものでもある。
そんな長い時間を孤独に過ごすのだろうと思っていた所に、こうして自分の心を揺さぶった少年が現れた。
きっと、それは香が生国であるJAPANに居たのなら芽生えはしなかった想い。
恋心ではないにしても、母性だとしてもだ。
この年上の、弱く、それでいて逃げることなく立ち向かおうとする少年を、守ってあげたい。
それは、なんて心地の好い感情だろう。
こう思ってしまった香には、少年の覚悟を無碍にするなんて出来なかった。
長旅に疲れた身体でも、和馬を守れるだろう自信もあった。
そうだ。
私が、彼を守るのだ。
自分がこの地において、聖女モンスター『ウェンリーナー』を見つけるまでの間だけでも。
いいや、彼が望むなら、兄の心配がなくなった後には、彼の目的の為に頑張るのもいいかもしれない。
そうでなくても、彼がこの世界に残るというなら、JAPANに連れ帰ってもいいかもしれない。
和馬の孤独と香の孤独。
彼の孤独の方が大きいのだと香が思うソレは、だからこそ香の心を果てなく揺さぶる。
守らなければならない。
なんなら、甘えてみせても、そして甘えさせてもいいのだ。
勇敢で、臆病な和馬さん……
「だいじょうぶ?」
不意に、目の前の神々しいまでの美女にそう問いかけられて、ハッと我に返った。
見れば和馬にまで心配そうに見られている。
香は慌てて、
「だ、大丈夫です!」
そう言って、両手をばたばたと振った。
彼女には見破られたであろう照れ隠しは、だが香の思った通り。
和馬はただただ心配そうにしてるだけ。
そのことに、ホッとする半面、軽い苛立ちもある。
だからきっと、その行動は香の本心から来るものだったのだろう。
自然と香は和馬の足を、ガシっと踏んづけた。
「い゛っ!?」
痛そうに顔をしかめた和馬に、香は胸のモヤモヤが僅かに晴れたのに気づいた。
「な、なん、で……っ?」
当然だろう和馬の抗議は、だがしかし。
「しりませんっ!」
「そうですね。アナタが悪いです」
犯人である香と、まだ名前も知らない神の一柱により却下されてしまった。
和馬は、何でだよ!? と言いたい気持ちで一杯であったが、その抗議の声を上げる前に、
「では、はじめまして、山本和馬さん。私はレベル神が一柱、カミラと申します」
目の前の超絶美女の自己紹介に意識が飛んだ。
カミラ……?
カーミラ……じゃないよな?
とマジマジとカミラの顔を見る。
和馬の不確かな記憶によれば、魔人カーミラは銀だか白だか灰色だったかの髪の色で、もっと、こう、怖い?感じだったような……
でも、目の前のカミラさんは、とても優しげで暖かい感じがする。
カミラ、カミラ、カミラ……
彼女が魔人カーミラじゃないにしても、どこか記憶に引っ掛かる。
引っ掛かりはするが……まあ、どうでもいいか。
和馬はあっさりと記憶を漁るのをやめた。
彼女が何のゲームに出てたとかは、この先の参考になりはするけど、明確に友好的な関係を結べそうな現在、そう気にしなければならないことでもないのだ。
少なくても、和馬はそう思った。
「はじめましてカミラさん」
ぺこりと軽く頭を下げ、隣の香の頭にポンと手を置く。
「こっちは織田香さんです。僕共々、よろしくお願いします」
「え、えっと、よろしくおねがいします、カミラさま」
「香さん、私のことはカミラでいいですよ? レベル神といってもまだ成り立てでして、そんなに偉いわけではないですから」
「あ、はい。でしたら、カミラさん、でいいでしょうか?」
「ええ。和馬さんはもちろん、香さんとも長い、長い、付き合いになるでしょうから。では、レベルアップの儀式を始めようと思うのですけど……」
和馬と香は視線を交差させ……コクンとカミラにむかって頷いた。
カミラは小さな声で、「始めます」と呟くと、目を閉じ、呪文を唱え始める。
────アセラ・アセラ・ハバロウ・マニキュ・デラルゴ
天よ、和馬さんと香さんに、レベルアップの祝福を────
カミラが呪文を唱え始めてからだろう。
身体の奥が凄まじく熱い。
彼女の祝福の声など大して耳に入らず、この激しい高揚感をどうすればいいのか解らなかった。
そして高揚感が最高に達した瞬間、和馬は自分と香の身体の奥から光りが溢れだすのに気づく。
なんだ、これ……ッ!?
……いや、分かる。
これが、レベルアップなんだ……
「おめでとうございます和馬さん、香さん。おふたりはレベルアップしました」
カミラが嬉しそうな声色でそう言うと、自然と和馬と香のステータスが開いた。
────────────────────────────────
山本和馬 18才
クラス 学生
Lv2(才能限界Lv∞)
経験値(27/150)
HP 30/30
MP 1/ 1
力 13
守備 8
魔法力 1
魔抵力12
回避 6
速度 6
武器:ロングソード(攻+10)
防具:アーマー(防+8)
アクセサリー:なし
GOLD:0
攻撃力 22
防御力 16
魔法攻撃力 1
魔法防御力 12
技能レベル
異世界人 Lv3
冒険者 Lv1
固有スキル
攻撃
戦術的撤退
祝福 弾数 3/3
織田香 13才
クラス 姫
Lv2(才能限界Lv40)
経験値(27/150)
HP 22/22
MP 0/ 0
力 6
守備 13
魔法力 0
魔抵力10
回避 2
速度 1
武器:家宝の朱槍(攻+75)
防具:織田家伝来姫鎧(防+45 魔防+20)
アクセサリー:青いの印籠(被ダメージ30%減少)
GOLD:1720
攻撃力 81
防御力 58
魔法攻撃力 0
魔法防御力 30
技能レベル
槍戦闘 Lv1
護身術 Lv2
国政 Lv1
毒料理 Lv1
姫Lv1
固有スキル
攻撃
かばう
叱咤激励
戦術的撤退
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すごい……!
和馬と香は、自分の能力が上がるのを、確かに知覚した。
レベルが1の時のステータスをハッキリとは覚えていない。
でもだ、確実に強くなってる!
ついでに言えば、減っていたHPも回復してるし。
もっとも、これについてだけ言えば、和馬はある程度の予測……もとい、期待はしていた。
期待はしていたけど、少し嬉しい。
打ち身や切り傷は跡形もなく消え去り、それどころか疲労さえもなくなっている。
怪我は世色癌を飲めば治るが、疲労だけはどうにもならない。
それがスッキリしているのだ。
まあ。それはともかく、レベルアップだっ!
「うっしゃーっ!」
嬉しさのあまり、思わず雄叫び上げてしまう和馬。
香は呆れた様子……ではなく、彼女もぴょんぴょん跳ねて、全身で喜びを表していた。
「やりました! やりましたよ! 和馬さんっ!!」
「ああ! やったやったっ!」
「やりましたっ!」
「この調子でもう1レベルいっちゃうかっ」
「はいっ! まだ夕暮れまでは時間もありますし、頑張りましょう!」
ふたりは手を取り合って、喜びのあまりに踊りだしそうな勢いだ。
そんな2人を見て、カミラは優しく笑う。
「ふふ、おいてけぼりにされちゃいましたね?」
でも次の瞬間、その優しげな表情は180度入れ替わる。
どこまでも酷薄で、妖艶な笑みに……
「今の内に喜んでおきなさい。アナタはこれからの辛く長い戦いの場から逃れることは、決して出来ないのだから……」
カミラの人格を影に押しやり、カミラ・バートリーが顔を出す。
もう、彼女には母性の欠片も見出せそうにはない。
互いしか見えなくなっている和馬と香を肴にし、彼女は自らの双丘を揉みしだくのだ。
唾液に濡れる舌の先を出し、チロリと唇を舐める。
ああ、なんて快感……
この微笑ましいふたりが、絶望に顔を曇らせるのを想像するだけで。
それだけで身体が昂ぶり、イってしまいそう……
緑から紅へと変化した瞳を妖しく細め、「ん、ふぅ……」恍惚の表情で啼いた。
ふ、ふふふ、あははははははははは……
喉に留めた笑いの残滓が漏れだすのを堪えながら、彼女は彼女の世界へと帰って行った。
後に残されるのは、緑の瞳のカミラ。
彼女は一転して悲しみの表情を浮かべると、
「頑張ってね……」
愁いの表情で呟きながら、光りの中に姿を消した。
カミラが帰ってしまったのに2人が気づくのは、もう少しあと。
騒ぎすぎてイカマンに囲まれてからだったり。
この後の2人は、この階のマップを完成させると外に出た。
ダンジョンから出るなりもう一度カミラを呼んでレベルアップし、道具屋によって使ったアイテムを補充すると、今日の宿を探す為に街を歩く。
日が落ちかけ、紅に染まった街並み。
今日という日を無事に終えた冒険者達の、生の発散とも言える怒号が聞こえる。
そんな賑やかすぎる喧騒の中、和馬と香は立ち並ぶ宿屋の前できょろきょろ。
「和馬さん、どこにしましょうか?」
「どこでもいいんじゃない?」
そう適当に答えると、ああ、今日は眠れないな、なんて小さく、本当に小さく呟く。
たぶん、自分でも口にした覚えのない、本音である。
街の喧騒に紛れ、消え去った筈の言葉だが、なのに、香の耳にはしっかりと届いた。
香は、和馬の手を掴む。
そう、アナタは一人ではないのだから……