──初めての『お役目』を終えた翌朝。
目を覚ましたセラの目に飛び込んできた、一糸纏わぬ黒髪の青年。
その姿を全て目撃し……結局のところ初心な箱入りの少女であるセラは、異性の裸を見てしまったこと、異性に裸を見られてしまったこと、その両方の理由により真っ赤になって全力の悲鳴を上げてしまった。
そんな事件性のある悲鳴を聞きつけて、血相を変えて飛び込んできた侍女のミリアだったが……彼女は部屋の中をざっと見渡すと、なるほど、と納得して、大人しく指示に従う黒髪の青年を部屋の外に連れて行ってしまった。
その後すぐにまた戻ってきたミリアによって、こちらも一糸纏わぬままシーツを掻き抱き、半泣きで呆然としていたセラの方も着替えを済まされて、ようやく楽な部屋着姿となったことで落ち着いたセラは……現在は、隣に設けられた食堂で席に着いていた。
「うー、まだすっごい違和感がある……」
ここに来るまでの間、両脚の付け根にいまだ居座る異物感と、腹の奥に感じる昨夜大量に植え付けられた熱い飛沫の感触、そしてヒリヒリとした痛みに悩まされながらも、ミリアに介護されてようやく朝食の席に着いたセラは、ぶつぶつと文句を言う。
その向かい側では、先程セラが悲鳴を上げる原因であった黒髪の青年が、気まずそうに視線を逸らして着席していた。
「いいですか、セラフィナ様はこれでも
「む、それは本当にすまなかった」
「ねぇミリアちょっと待って。私になにか酷いことを言ってない?」
遺憾の意を表明するセラのことをさっくりと無視し、腰に手を当てて説教するミリアに……今は簡素なオーバーサイズのシャツとズボンをゆったりと纏った格好に変わっている黒髪の青年はというと、意外にも素直に耳を傾けていた。
「まあ、まずは食事にしましょう。聖獣様も、よろしいですね?」
「そうね……」
「うむ……」
お互い少し頬を紅潮させ、気まずげに視線を逸らしているセラと、聖獣様と呼ばれた青年に……ミリアは肩を竦めると、ワゴンに用意していた朝食を食卓に並べていく。
セラが昨夜希望していた半熟のベーコンエッグと、主食はトースト……ではなく、パンの代わりに器に盛られた白米。
これらは昔に海を超えて移住して来た東方の民族が広めたもので、パン食と並んで割と一般的に広まっている。もっとも、麦と比べ収穫量が少ないために高級品であるのは否めないが……「まあ、今日くらいはご褒美にセラ様の好きな物を食べさせていいのでは」とミリアが言ってくれたので問題ないだろう。
「……で」
若干作法的にはよろしくはないのだが、どうせ咎める者も居ないのだからいいよねと、セラはちょうど良い半熟になっている卵の黄身に箸で少し穴を開け、その中に醤油……これも東方の民族が少量ながら生産しているものだ……を少量垂らして軽く混ぜ、お茶碗のご飯にそっと乗せる。
その間もずっと、正面に座って興味深そうにベーコンエッグを見つめている黒髪の青年のことをジト目で睨みつけていたのだが。
「あなたが、聖獣様で間違いないのよね?」
「ああ、そうだ」
「人と同じ姿になれたなんて、私はそんな話を聞いてないんですけど」
少し不機嫌そうに乱暴な手つきで白米の上に乗った卵を崩し、良い感じに卵の黄身が絡んだ白米を口に運ぶセラ。
しかし好物を口にして不機嫌を維持できるタチではないのがセラフィナという少女であり、聖獣様はそんな美味しそうにご飯を食べるセラのことを、優しげな眼差しで見つめていた。
そんな風に食事がようやくひと段落し、最後にミリアが食後のお茶を出して来たあたりで……これまで静かに食事していた聖獣様が、ようやく口を開く。
「勘違いしないで欲しいんだが、俺がこの姿になれるようになったのは今朝からだ」
「……どういうことでしょう?」
「元々、俺が姿を表すことができるのは夜、日が沈んでから日の出までの間だけなのは聞いているな?」
聖獣様の言葉に、セラと、側に控えているミリアも頷く。というか、これはこの国に住む者ならば誰もが知っていることだ。
「だが、まあ……昨夜契りを結んだ事で、俺とお前の間に正式に契約関係が生まれてな。どうやら契りを結んだ相手の望む姿になれるらしく、昼の間はこうして人の姿でお前に姿を見せる事が可能になったわけだ」
「はぁ……なんていうか、すごいデタラメですね」
セラは呆れたように溜息を吐きつつ、しかしホッと胸を撫で下ろす。今朝起きたら彼の姿が見えた時は、本当に不審者に寝所へと侵入されたのかと焦ったのだ。
「しかし、意外だったな」
「ん、何がですか?」
聖獣様の言葉に、セラはカップから口を離し、首を傾げる。
「お前、意外とこういう逞しいタイプの男が好みなんだな。てっきりもっと線が細い、物語の王子様的な姿になると思っていたんだが」
聖獣様の言葉に、セラは一度固まった後……その意味を咀嚼し終え、ボンッと擬音がつくほどに真っ赤になった。
「な、な、な……何を根拠にそのような……!」
「俺の姿は、契約者である伴侶の好む姿が反映されるんだぞ」
「うっ、く……」
確かに、好きか嫌いかと言われたら……間違いなく好みなのだろう。ややワイルドだが端正な顔に、細身ながらもがっしり引き締まった筋肉を纏う体躯。
直視しようとすると、頬が熱くなり動悸が激しくなる感じがするのは、セラ自身も自覚してはいた。
だが、セラは元々は彼が言う通り、線の細い王子様タイプが好きなのだと思っていた。
それが覆ったのはきっと、昨夜行われた情事の最中。
組み敷かれた際に感じた聖獣様の、筋肉の逞しい躍動を触れ合った肌で感じ、自分にはない力強い『雄』にときめいたからだ……などと、まさか認めて口になど淑女としては絶対にできるものか。
結果、すっかり真っ赤になって黙り込んだセラ。
そのしおらしい乙女みたいになった姿を面白そうに眺めている聖獣様の姿に、若干イラッと来たセラは……生憎と、黙って敗北に甘んじるような殊勝な少女ではなかった。
「何よ、余裕ぶって。私で童貞捨てたくせに」
「──ブッ!?」
予想外の方向から抉り込まれたカウンターに、聖獣様が口に含んだ茶を盛大に噴き出して、咽せる。
「あー、痛かったなー。私、乙女だったんですけどー?」
澄まし顔で次々放たれるセラの一言ごとに、聖獣様の肩が揺れる。
動揺しているのは間違いなく、不敬ながらちょっと可愛いと思ってしまったセラだったが……その攻撃は、少しばかりクリティカルヒットすぎた。
「……それは……その、すまない。本当にすまない」
「あ……ごめんなさい、うそです! 今のはただのコミュニケーションの一環で冗談なんで、気に病まなくて大丈夫です!!」
陰鬱な表情で縮こまり、予想外のガチ凹みを見せた聖獣様に、今度はセラが慌てて弁明する。
「で、では、俺はお前を痛がらせただけではなく、きちんと気持ち良くできてたのか?」
先ほどまでの態度から一転、捨てられた子犬みたいな表情でセラが怒っていないか伺うその姿に、うっと言葉に詰まったセラが渋々ながら返事をする。
「それは、まあ……痛かったのは本当ですけれども、全体的にみれば、まあ」
「そうか……ならば良かった」
「……調子狂うなぁ」
どうやらセラに痛い思いをさせただけではないと分かって、心底安堵したといった様子の聖獣様に、頭を抱えるセラ。
聖獣様なのだから、もっと尊大な態度で来ると思っていたのだ。
それがこのように妙に人間臭いものだから、聖獣様に仕えるための教育を受けたセラとしては、どうにもペースが乱される。
そして何よりも調子が狂うのが……セラ自身、これが悪くないと思っているのだ。
彼はなんだかんだで、世継ぎを設けるための贄であるはずのセラのことを、一人の女性として大事に思ってくれているらしい。
なんだか落ち着かないソワソワとした空気に、居た堪れなくなったセラが話の転換を図る。
「そういえば、聖獣様のお名前は? これから一緒に暮らすのに、ずっと『聖獣様』って呼び続けるのもちょっと他人行儀じゃないかしら?」
「ふむ、一理あるが……俺には特に固有名は無いのだ。よければお前がつけてくれないか?」
「私が? いいの?」
「ああ、お前がつけてくれた名前がいい」
「……また、自然とそういうことを」
真っ直ぐに見つめながら真顔で曰う聖獣様に、セラがまたも真っ赤になりつつ、どんな名前がいいかを考え込む。
「じゃあ……『ノクス』で。夜って意味で安直かもしれないけど、まあ、わかりやすい方がいいわよね?」
「……ふむ」
聖獣様が、何度か提示された名前を繰り返し口にして……納得したように頷く。
「では、以後君は俺のことをノクスと呼んでくれ。よろしくな、我が伴侶セラフィナよ」
「ええ、よろしくね、ノクス。私の旦那様」
そう言って、二人は少し照れながらも笑顔を交わすのだった。
アンケート結果は今のところ人型もOKと獣形態オンリーがいいでほぼ同数。はてさて。
あまり長く続く予定はありませんが、隔週くらいのペースで更新できたらしたい所存。