朝食を終え、食後のお茶を堪能したところで……セラは、ここで暮らす上での問題にぶち当たった。
「あの、ミリア。この後の私って、いったい何をすればいいのかしら」
暇なのだ。
とにかく手持ち無沙汰なのだ。
身の回りのことは全てミリアがそつなくこなしてしまうし、嫁ぎにくる前には少なくとも存在していた対外的なあれこれも、全くない。
というか……そもそもセラの仕事というのは仔を産み、育てることが全て。それも昨日の今日では懐妊したかすら不明であり、待つことか、あるいは確率を上げるために継続して励むかの二択しかできないのだ。
「安静にしていればいいのでは?」
「そうなんだけど、暇なのー。でも仕方ないかぁ」
そう、セラも諦める。
正直、コンディションはとても良いとは言えない状況なため、ベッドでゴロゴロしながら本でも読んでいようかな……と思い直した時だった。
「暇なら、散歩にでも行くか?」
「……ふぇ!?」
予想外のところからの提案に、セラがビクッと背中を跳ねさせる。提案してきたのは、今やセラの夫である聖獣様、ノクスだった。
「あ、あはは……魅力的な誘いなんだけど、あまり歩きたくないなーって」
「昨夜の場所が痛むか」
「…………はい、その、少し」
実際には少しどころではない。どうしても歩こうとすると、痛みからひょこ、ひょことした不自然な歩き方になってしまう。
当然だ、これまで蝶よ花よと育てられた何も知らなかった乙女が、普通であれば慣れた大人の女性でもだいぶ厳しいであろうサイズだったものを受け入れたのだから。
「ですから、お誘いは嬉しく思いますが、今日は……」
「なら、こうすれば良いだろう?」
申し訳なく思いつつ辞退しようとしたセラだったが……不意に、お尻に感じていた椅子の感触が消失した。
「ひゃわぁああ!?」
ようやくノクスの逞しい腕に抱え上げられ、すっぽりとその胸に収まるようにお姫様抱っこされていることに気づいたセラが、脚をバタバタさせてへんな悲鳴を上げる。
「暴れるな、身体に響くだろう」
「はー……びっくりした」
宥められ、ようやく落ち着いたセラが、おっかなびっくりといった様子でノクスにしがみつく。
「お前は、軽いな」
「そ、そうでしょうか……?」
「ああ。まるで羽毛のようだ」
「いや絶対それ誇張ですよね」
いくら何でも人ひとりがそんな軽いわけが無いだろうとツッコミを入れるも、しかし実際にノクスはセラ一人くらいの体重は気にもならないようで、ようやくホッと安堵の息を吐く。
「ですが、このように聖獣様の迷惑になるような事、私は……」
最後の抵抗に、あなたに迷惑を掛けたくはないのだと、上目遣いに訴えるも……ノクスはふっと余裕の笑みを浮かべ、わざわざセラの耳に口を寄せて囁く。
「なぜ迷惑なんだ。俺は可愛い妻の反応が見れて楽しいぞ」
「〜〜〜〜っ」
ボン、と真っ赤になったセラが、助けを求めるようにミリアの方を見るも……彼女は、呆れたような目で二人の方を見つめながら、手を振っている。
「夫婦仲睦まじいようで何よりです。昼食までには戻ってきてくださいね」
「うむ、了解した、気をつけよう」
「ミリア、あなたもなのー!?」
さっくりと裏切った侍女の言葉に、セラは抵抗のしようもなく連れ去られながら、恨み言をぶつけるのだった。
◇
そうしてなし崩し的に、まるでお人形さんのようにノクスの腕に抱きかかえられたまま散策する事になった庭園だったが。
「綺麗……王宮の庭園にも、全く引けをとりませんね、この風景は」
綺麗に刈り込まれ、あちこちで色とりどりの花が咲き乱れる庭園の攻撃に、セラも思わずうっとりとした声を上げる。
昨日この離宮に来たときは、事情が事情だけに楽しむ余裕など全く無かったが……しかしこうしてみると隅々まで手入れが行き届いており、観るものの目を楽しませてくれていた。
「なるほど、立派なものだな」
「え、あなたも散策したことがないのですか?」
「ああ。そもそも俺はここを……というかこの神殿自体を巣にはしていない。訪れたのも昨夜が初めてだ」
「なら、この離宮って……」
「全て、君のためのものだな」
「わあ」
このずっと手入れされ続けてきた庭園が自分のためのものだと聞いて、セラの口から管理する人々の苦労を鑑みて驚きの声が漏れる。そのまま、うわー、うわーと落ち着かなさげな声を上げているセラを優しく見つめながら、ノクスは緩い丘陵となっている芝生の上にセラを抱いたまま腰掛けると、片腕で背中を支え、自分の膝上に座らせるようにして横抱きにする。
「最初はな、君のことを哀れな娘だと思った」
「あー、なんか可哀想なものを見るような目をしてましたもんねー」
「そ、そんな分かりやすかったか……?」
ぽつりとつぶやいたノクスの言葉に、苦笑しながら首肯するセラ。見透かされていたことに驚きの表情をするノクスだったが、すぐにコホンと咳払いをして話を続ける。
国の存続のため、人ならざる獣に捧げられ、獣の仔を孕むことを宿命付けられた姫。
きっと人の世に残り続けていれば、真っ当に愛された人生を歩めただろうに。
触れれば潰れてしまいそうな小さな姫に、ただそう思った。だが……あの時彼は止まらなかった。否、止まれなかった。
「ところが、だ。月の光に照らされたお前の姿を見て、俺は我を失った。美しい、絶対に他のものには渡したくないと思ってしまったんだ」
そう言って、セラから目を逸らしながら語るノクス。その頬に薄らと赤みが差しているのを見るに、どうやら嘘偽らざる恥ずかしい記憶らしい。
「今にして思えば、君にはだいぶ無体なことをしてしまったと反省している」
そう頭を下げた後、彼は真っ直ぐにセラを見下ろして、頭を下げて懇願する。
「教えてくれ、セラ。君たち人は、想いを伝える際にはどのようなことをするのかを」
「ええと、私も恋愛については物語の知識ばっかりで、その辺は詳しくはないのですが……」
なんだか視線が気恥ずかしくなり目を逸らしながら、では物語の中では男女が想いを伝える際にどうしていたかを思い出して、告げる。
「やっぱり、初めはキスから入るのでしょうか、たぶん」
「ふむ、どうすれば良い?」
「えっと、口と口を、こうです……ね」
「ふむ……こうか?」
両手の人差し指をくっつけて離すようにして、どのような行為かを説明するセラの言葉を受けて、ノクスはセラの背中を支えていない方の手でくいっとセラの顎を持ち上げさせると、その桃色の唇に自らの唇を落とした。
「〜〜〜〜ッッ!!?」
半ばパニック状態で真っ赤になったセラ。
一方で、そんな様子など知らずに口を離したノクスは、ふむ、と納得したように頷く。
「なるほど……ただの粘膜接触に何の意味がと思ったが、なかなか甘美な体験だ」
「ちょ、わ、わ……私のファーストキスを、こんなあっさり……!」
もっと凄いことをしているのに今更だが、呆気なく一つの「初めて」が終わってしまったことにショックを受けているセラ。だが、事はこれで終わりなわけもなく。
「もっとしたい、良いか?」
「ふぇ!? そ、それは……………………いいですけど、んむっ!?」
戸惑いの末に絞り出したセラの許可を受けるや否や、間髪入れずに再び塞がれるセラの唇。だが、今度は最初の物よりもずっと情熱的で、荒々しかった。
セラの口腔内に入り込んできたノクスの舌が、セラの口内からあらゆる物を奪って行こうとするかのように蹂躙する。
そんな口付けはしばらく続き、酸欠と、それ以外の何か幸福感のようなものでセラの思考が霞み、溶けかけたところで……ようやく開放された。
つつっ……と口の端から伸びた唾液の糸が切れるのと同時に、セラが思い出したように足りなくなった空気を貪るよう呼吸を再開する。
「はっ、はっ……」
浅く荒い呼吸を繰り返し、とろんと焦点を失ったセラ。
すっかり思考が蕩けて抵抗できなくなったセラを、ノクスはそっと芝生の上に下ろすと……そのまま、優しく押し倒す。
「あっ……」
背中を柔らかく支えてくれる芝の感触と、脚を閉じられないよう両腿の間に差し込まれたノクスの膝の感触。
するりと寝巻きの肩紐が肩から外され、はだけた胸元が剥き出して外気に晒される感触。
半ば理性を失いかけ、極上の獲物を前にした肉食獣のような目で真っ直ぐにセラの目を見下ろすノクス。
その目にドロドロとした情欲が渦巻いている様子に、セラは「食べられる」と本能的に察し、身震いする。
「だめ……だめですよ、こんな場所じゃ……」
朝食の時は軽口を叩いていたのが嘘のように、弱々しく拒絶するセラ。
だが彼女の細腕程度の力では、微塵も揺るがないノクスの逞しい雄の体。
否、彼はきっとセラが本当に嫌がって押せば、逆らわずに退けるはずだ。ならば押し返せないのはセラ自身が本気で拒絶できていないためか。
寝巻きから剥き出しの首筋に、ノクスの唇が落ちる感触。まるで味見でもしているかのような舌が舐め回す感触を受けるたびにぴくん、ぴくんと律儀に体を震わせて反応を返しながら、次に何をされるかを予測してぎゅっと目を瞑り身構えるセラだったが──しかし。
「あっ……」
「……すまない、これまでにしよう。また衝動のまま君を抱いて、傷付けるのだけは絶対に嫌だ」
そう言ってセラの上から退けると、深く自己嫌悪が混じった溜息を吐くノクス。
その姿に……セラはホッと安堵の息を吐くのと同時に、ふと、これで終わる事を残念に思っている自分がいる事に戸惑いを覚えるのだった。
えっちなしーんはおそらく次回かと……