【R-18】レッドキャップ 【後日談】 作:WhatSoon
で、ピーターが間違ってしまった話。
「ピーターのして欲しい事、何でもしてあげる」
ミシェルがそう、口にした。
思わず僕の口から息が漏れた。
何を言ってるのか分からなくて、僕は黙ってしまった。
そんな僕の様子を無視して、ミシェルは言葉を繋げる。
「何でも良い……ピーターが望むなら……私のこと、好きにして良い」
心臓が跳ねて、彼女の事を直視出来なくなる。
何でも?
何でもって……そんなの。
「よ、よくないよ。ミシェル……そんな事を言ったら!僕だって男だし──
「良い。ピーターなら、良いから」
細く、白い指が絡まる。
僕を見る目が、熱っぽくなる。
吐息を感じる。
「何でも、してあげる」
僕は、僕は──
彼女を抱きしめた。
「ど、どこにも……行かないでよ……ミシェル」
「…………」
「君が何者だったとしても……僕は、僕は君の事が好きなんだ……」
「……ピーター」
ミシェルの手が、背中に回った。
抱きしめ返されたのが分かった。
「……いいよ、ピーター」
彼女の言葉に顔を上げた。
顔も触れるぐらいの距離で、吐息を感じた。
「ピーターが愛して、くれるなら」
「……ミシェル」
唇を、合わせた。
彼女が悪人だとか、レッドキャップだとか、もう全部、どうでも良かった。
ただ、僕は彼女のことが好きで、彼女と一緒に居たかった。
不都合な現実から目を逸らして、今はただ……全てから目を逸らして、彼女だけを見つめていた。
月は綺麗に輝いていた。
しかし雲が……少しずつ、月を隠し始めていた。
◇◆◇
ミシェルと手を結んだまま、二人……いつものアパートに帰って来た。
手は離せなかった。
離してしまったら、どこかに消えてしまいそうだったから。
それは僕達の隣り合う部屋の、玄関の前でも……手放せなかった。
「……ピーター?」
「ご、ごめん……」
離さなきゃならないのに、手を離せない。
分かっているけど、分からない。
彼女は何故──
僕はどうして──
ミシェルが、穏やかに笑った。
「ん、いいよ。今日は一緒に寝てあげる」
「……い、いや……それは──
僕は驚いて、それでも……彼女の言っていた「何でもしてあげる」という言葉を思い出して……頷いた。
「……ありがとう」
「ううん、私も……今日は、一人で寝たくなかった……から」
手を結んだまま、僕の部屋に二人で入る。
ベッドの上に二人で並んで、手を重ねている。
……僕の心にある焦燥感、緊張感。
心臓は高鳴っている。
彼女が愛しいから……そして、彼女が居なくなってしまえば……怖いから。
「……ピーター、シャワー浴びてきたら?」
「あ、う、うん。そうだね……」
名残惜しくも、彼女の手を離して……僕はシャワールームへ向かった。
プロム用のカジュアルなスーツを脱ぎ捨てて、火照った身体を水で冷やす。
……深呼吸する。
大丈夫。
今すぐに彼女が居なくなる訳じゃない。
……彼女の悩みを訊いて、助けるんだ。
それは僕にしか出来ない事だから……。
蛇口を閉めて、シャワーを止める。
身体を拭いて、パジャマに着替える。
「あがったよ、ミシェル」
「ん、じゃあ次は私が入る」
いつも通りの態度からは……あの血塗れのマスクの姿とは被らない。
だけど、実際に……僕は昨日、彼女の顔を殴ったんだ。
血塗れになるまで……顔の骨が折れる感触もあったのに、止めずに、何度も──
「ピーター?」
「っ、あ、あぁ……どうかした?」
「ううん、大丈夫。私は」
ミシェルが僕の頬を撫でて、笑いながら横を通り抜けた。
だけど、その笑みは……心の底から、なのだろうか。
……僕は彼女を愛している。
例え、どんなに裏で悪い事をしていても、彼女の事を愛している。
自分の、
彼女と一緒に居たい。
シャワールームで水が流れる音がする。
僕は手に巻いた腕時計型のスーツを握る。
公正とは言い難い。
ヒーローとしては失格だ。
それでも、好きな人と一緒に居たい。
彼女が居なくなれば、僕は生きていけない。
一年だ。
たった一年、一緒に居ただけだ。
それでも、僕の生きて来た人生を塗り替えてしまうほど、彼女を好きになっていた。
シャワールームのドアが開いた。
……一つ、懸念点が湧いた。
彼女はプロム用の黒いドレスを着ていた。
寝るために他の服を用意してあげないと──
「……ピーター」
そう訊こうとしたのに、彼女はシャワールームから出て来た。
……バスタオルを身体に巻いた姿で。
「ちょ、ちょっと待って!パジャマとか用意するから──
「ピーター」
慌てる僕を他所に、ミシェルが僕に近づいた。
シャワーを浴びて濡れた艶やかな素肌に、視線が吸い寄せられそうになる。
「ミ、ミシェル?」
「ピーターはまだ、私のことが好き?」
視線が釘付けになる。
怯えるような目をしていた。
縋るような目をしていた。
僕は……頷いた。
「好きだよ」
「…………」
「他の誰よりも……何もかもがどうでも良くなるぐらい……君の事が好きなんだ。例え、何があっても……」
「……そう」
その目に喜びが映った。
綺麗な唇が仄かに笑う。
可憐さと、不思議な色気があった。
そして、その唇が言葉を紡いだ。
「私も、ピーターが好き」
「……そ、っか。凄く、嬉しいよ」
心の底から喜べる筈だった。
だけど、沢山の迷いや、彼女を取り巻く苦しみを考えると……辛い。
喜びたかったのに、水を……いいや、汚泥を差し込まれたような気持ち。
「だから、ピーター……」
彼女の、柔らかな肌が僕の手に触れた。
「私を抱いて」
彼女の言葉は理解できた。
だけど、脳が理解を拒否していた。
「……ミシェル」
「お願い、ピーター。何も、何も……言わずに……」
縋るように、懇願するように……抱いて欲しいとミシェルが言った。
それで、彼女が喜んでくれるなら……僕は、僕は……従う。
僕は、彼女の言葉に頷いた。
その時の彼女の顔を、僕は二度と、忘れられなかった。
◇◆◇
全裸で、ベッドに横たわるミシェルを……見下ろした。
綺麗な首筋、張りのある二つの緩やかな膨らみ、綺麗な肌。
思い描いていたよりも、綺麗で……僕を唆る。
怖くなるほど蠱惑的な、少女らしい肉体美がそこにあった。
純白のシーツに触れる事を、躊躇するように。
僕が触れてしまえば、その純白を汚してしまわないかと……思わせた。
「ピーター、はやく……」
「う、うん……」
だけど、どうしたら良いかなんて分からない。
僕が知っている情報は、ちょっとしたアダルト雑誌ぐらいの知識だから。
彼女を不快にさせたくなくて、行動出来ずにいると──
ミシェルの手が僕に手を掴んだ。
「怖がらなくて良い、から」
「……ミシェル」
「好きに、触りたい場所を触って……?」
彼女に誘導されるまま……僕は彼女の乳房に触れた。
凄く、柔らかかった。
そして、誰も触れる事のできなかった彼女の部分に触れているという『特別感』は僕の感情を昂らせた。
彼女がそこに居るのを確かめるように、手で触れる。
「……そう、そんな、感じで」
「……うん」
無意識に息を荒げながら、彼女に触れる。
こんなにも、柔らかかったんだ。
こんなにも、華奢だったんだ。
そして……指が、下腹部に触れた。
そこから下には──
「……いいよ、触って」
彼女の秘部があった。
指で、なぞる。
「ん……」
初めて生で見る女性器に、少し戸惑いながら……なぞる。
「あっ……」
デリケートな部分に触れる度、彼女が艶やかな声を出した。
……気付けば、僕の男性器は大きく硬くなっていた。
彼女の陰部の膨らみを、指で押すように揉む。
「ん、ん……」
「……こ、これで良いのかな?」
思わず不安になって訊いてしまった。
凄く情けない声で……幻滅されないか、怖くなっていた。
「……もう少し、内側にも触れて、欲しい」
そう言われて、僕は彼女の陰唇を……指で広げる。
綺麗なピンク色の、中が見えた。
「……指、入れて?」
僕は頷いて……彼女の、穴に中指を入れた。
きゅうきゅうと強く締め付けられて、心臓が高鳴った。
「んっ、もう少し、奥の……上」
誘導されるまま、触れて……触れた。
「ん、ぅ、そこ……そこが、凄く、気持ち、いい……から」
指で押して──
「んっ」
擦って──
「あっ」
揺らした。
「……ん、もう、良いかな……濡れた、から」
指を抜くと……僕の指には粘液が付いていた。
彼女の愛液だ。
独特な香りに、僕はもう……耐えられないほど、男性器に血が通っていた。
筋が浮いて、硬くなっている。
「……コ、
そう言って立ちあがろうとした時、ミシェルに手を引っ張られた。
驚いて振り返ると、目を細めて……僕の唇を指でなぞった。
「無くていい」
「で、でも……」
性病の危険性や、妊娠。
脳に幾つも付けるべき理由が湧いて──
「ピーター……」
ミシェルが仰向けになって、自身の陰唇を広げた。
扇状的な仕草に、目を釘付けにされる。
「お願い」
「っ、あ……」
まるで光に誘われる蛾のように、僕は彼女に吸い寄せられて──
彼女の秘部に、僕の陰茎を押し当てた。
「……もう少し、下……」
息を荒げる。
「ん……そこ……」
彼女の中に、僕の性器が入っていく。
ぬるぬるとした感触。
きゅうきゅうと締め付けられる。
ひだが絡みついて、性器を刺激する。
「んっ、そう、その、まま……」
「う、くぅ……」
我慢のあまり、声を堪えている。
押し広げる感触が、脳に伝わってくる。
彼女が僕と繋がっている場所から、血が垂れる。
「あ……」
「大丈夫……大丈夫だから、そのまま……」
破瓜の痛みに堪えながら、そう彼女が口にする。
初めて、だったんだ。
僕が……初めて、彼女に受け入れられたんだ。
脳を占める幸福感と、綺麗な物を汚してしまった罪悪感を感じつつ……性欲のまま、彼女の中にペニスを押し込んだ。
そして、ようやく──
「んっ、ぁっ」
彼女の、奥にまで到達した。
背筋をなぞる快感。
痛いほど締め付けてくる彼女の膣。
多幸感と、初めて感じる刺激に……僕は──
「っあ……」
射精してしまった。
彼女の中に、精液を流し込む。
脳に焦りと、止めなきゃならないという危機感……それでも、その生理現象は止まらなかった。
ドクドクと流し込んで、ミシェルが僕の顔を見た。
「ピーター……」
「っ……ご、ごめん」
情けない。
恥ずかしい。
彼女は僕に身体を曝け出してくれたのに、怖かっただろうに、緊張していたのに……答えられなかった。
不甲斐なかった。
……そんな僕の顔を彼女が触れた。
「……まだ、出来る?」
「……っ」
そう言ってくれた。
……彼女の膣に入れたまま、僕のペニスは……勃起を維持していた。
「……うん」
「なら、そのまま……して?」
脳が焼き切れるほどの、誘惑。
それに僕は……従った。
腰を、ゆっくりと動かす。
……凄く、気持ちよかった。
だけど、ミシェルは少し痛そうにしている。
「……だ、大丈夫?」
「うん、大丈夫、だから……もっと、激しくして、良いから」
「で、でも……」
ミシェルが僕に手を伸ばして、顔を引っ張った。
「私の事、忘れられなくなるぐらい……メチャクチャにして?」
唇を重ねた。
舌を絡める。
下品な音を立てながら、貪りあう。
精液と愛液が混じった彼女の膣を、掻き混ぜるように……僕は腰を振る。
「ん、んっ……」
華奢な身体を抱きしめて……彼女を犯す。
舌を絡めていた口を離して、息を深く吸う。
「はぁ、はぁ……」
「い、いい……よ、ピーター、そのまま……」
汗と愛液が混じって、シーツを汚す。
だけど、そんな事、どうでも良かった。
「ミシェル、ミシェル……!」
好きだ。
好きだ。
好きだ。
「んっ、ピーター……ピーター……!」
愛してる。
愛してる。
愛してる。
好意をぶつけながら、劣情のまま彼女を貪る。
彼女をベッドに横たわらせて、足を開かせて……犯す。
乱れた彼女の顔は、初めて見る表情で……多幸感に満ち溢れていた。
……先程とは比べ物にならない快楽が、僕を襲う。
「……ミシェル、そ、そろそろ……」
「いいよ、んっ、ピーター……ぁ、ん……中に、
僕は息を荒げて、腰を振る速度を早める。
勢いも強める。
ぱちゅん、ぱちゅんと淫靡な音が部屋に響く。
互いの汗を混じらせて、精液と愛液を混じらせて……ドロドロに溶けて一つになってしまう程に、まぐわう。
そして、僕は彼女の腰を掴み──
「う、くぅ……」
彼女の一番奥で、射精した。
僕の身体に残っていた全てで、彼女に印を付けるように……出した。
「……ん」
僕がペニスを抜くと……先程まで繋がっていた場所から、白い精液が溢れた。
その光景を見て……彼女がもし、妊娠すれば……ずっと、僕と一緒に居てくれるんじゃないかと……そんな事を考えてしまった。
そう考えてしまう程に、僕は焦燥感に苛まれていた。
……直後、浮遊感を感じた。
前日、寝れていなかったからか……疲労の限界が来て、頭が真っ白になっていく。
倒れ込む僕を、ミシェルが抱きしめた。
「ミシェ、ル……」
「……ピーター、ありがと」
抱き締められる。
感謝の言葉……なのに、それは僕を不安にさせた。
「……一緒、に──
「……ごめんなさい、それは……無理、だから」
掠れた目で、ミシェルを見上げる。
雫が落ちてきていた。
彼女の涙だった。
「……ミシェル、僕は──
僕の言葉を無視して、ミシェルが口付けした。
チクリ、と背中に小さな痛みを感じた。
何の痛みだったかは……分からない。
だけど、無理矢理起こそうとしていた意識が、急激に睡魔に沈んでいくのを感じた。
「……君を、守り……たく、て……」
「……愛してる。ううん、愛してた、よ……ピーター」
暗闇の中に沈んでいく僕が見たのは、大粒の涙を流しながら無理をして笑っている、彼女の悲しすぎる笑顔だった。
それが、僕が最後に見た……彼女の姿だった。
◇◆◇
彼女の眠る墓は、ニューヨークの墓地にある。
……あの日、目覚めた僕の前から、彼女は居なくなっていた。
そして、数日後……スタークさんから、彼女が亡くなった事を聞かされた。
彼女の心臓には爆弾があって、それが爆発してしまった……らしい。
ミシェルの事を、アベンジャーズは前から知っていたらしく……彼女を救うために大規模な作戦が実行されたらしい。
それでも、彼女を助ける事は出来なかった。
らしいと言うのは、全てが終わった後に知ったからで……スタークさんに、謝られた。
君の想い人を助ける事が出来なかったと、やつれた顔で……全てが終わったのだと、僕は知った。
スタークさんに酷い事を言いそうになって、僕は飲み込んだ。
何もしなかったからだ。
僕は何も出来なかった。
大いなる力に対して、責任を全うしなかった。
僕は彼女と一緒に居たいと言いながら、目を逸らしてしまった。
だから、これは……僕の責任だ。
僕が悪いんだ。
何日も泣いて、崩れて……何も出来ず、無気力な日々を過ごした。
僕は、彼女の死体を見る事も出来なかった。
上半身が裂けて、見れるような物じゃなかったと……スタークさんは言っていた。
僕は無理を言って、彼女の墓を建ててもらった。
本来なら、親族のいない彼女は共同墓地に行く筈だったけれど……それでも、僕が管理をするからと、言ったんだ。
墓石に視線を移す。
『
『MICHELL JONES』
そう、彼女の墓石に刻まれていた。
一輪の花を捧げて、立ち上がる。
……脳裏に焼きついた幸せな記憶。
だけど、今はそれが辛かった。
乾いた涙腺が痛む。
僕は……どうすれば良かったんだろう。
何度も何度も思い描いた。
……幾つも、選択を間違えた。
その結果が、彼女の死だ。
神様がいるのなら、僕を罰して欲しかった。
彼女ではなく、僕を。
……僕は震える手で、墓石を撫でる。
冷たく、硬かった。
もう一度だけで良いから、彼女に会いたかった。
彼女に、僕を叱って欲しかった。
笑って欲しかった。
僕の胸の中にある想いを全て、打ち明けたかった。
それももう、叶わない。
手を、握りしめる。
叔父が死んだ時、もう二度と間違えないと誓ったのに。
また、間違えた。
僕はなんて、どうしようもない人間なのだろう。
……立ち上がろうと脚に力を込めた。
だけど、立ち上がれなかった。
僕は、僕は──
「……君、邪魔だよ。花も添えられない」
「……っ、あ、すみま、せん……すぐ、退きますから……」
振り返ると……いつか見た、薄い金髪の、コバルトブルーの瞳を持った男がいた。
……ハロウィンパーティで会った、少しミシェルに似ている人。
どうして、ここに──
男はミシェルの墓に花を置いた。
真っ黒な花だ。
「貴方は……」
「……彼女の親戚だよ」
目を見開いて、乾いた唇を閉じた。
少し、彼が祈っていた。
死んでしまったミシェルに対して、彼が何を感じているのか……僕には分からない。
それでも、大切に思っていたのだろうと感じた。
……居ない、と聞いていた親戚を名乗る男なんて警戒するべきだろう。
それでも、彼の表情を見れば責める事は出来なかった。
全てを失ったような顔だ。
僕が毎朝、鏡で見る顔に似ていた。
「……何も、訊かないんだね」
僕に顔も向けず、男が口にした。
「……いえ、訊く権利が、僕には……ないので」
「……そうか」
彼が立ち上がり、振り返った。
複雑な感情が入り混じった顔で僕を見て──
殴られた。
頬を殴られた僕は、よろめいて後ろの木々にぶつかった。
「……本当は殺してやりたい所だけど、僕も君と同じ、何も出来なかった屑だ」
震える声で彼がそう言った。
「そして、彼女は君を愛していた……だから、これで許してやる。殴りたかったら、君も僕を殴っていいよ」
「……い、いえ……僕は……」
「……あまり、
ぽつりと彼が溢した言葉に、目を見開いて……それでも、震える拳を握って下を向いた。
「もう、僕はそう名乗りませんよ」
「……折れたのか」
「好きな女の子も守れないのに、ヒーローなんて──
もう一度、彼に殴られた。
地面に崩れて、土の味を噛み締める。
「う、ぐ……」
「さっき、許すと言ったけど……すまないね。もう一度、殴ってしまったよ」
男が僕の服の裾を掴んで、無理矢理立たせた。
「……ぅ」
「僕はきっと、彼女と最後に話した一人だ。彼女は最後に何を話したと思う」
僕は彼の、ミシェルとよく似たコバルトブルーの瞳を見た。
睨んでいるけれど、憎んでいるようには感じなかった。
「君の事だ。ピーター・パーカー、スパイダーマン、君だ。君なんだよ」
「僕、が……」
「そうだ。他の誰でもない、君の事を最後に話した」
襟を掴んでいた手が離れて、僕は地面を踏み締めた。
「恨み節か?後悔か?怒りか?違う……彼女は君を心配していた」
「……ミシェル」
墓に視線が移る。
もう二度と合わせる事の出来ない顔を、脳裏に思い浮かべる。
「『大いなる力には大いなる責任が伴う』……そして、例え自分が死のうとも、必ず立ち上がって欲しいと……そう言ったんだ」
「……う、ぁ」
「今際の際だぞ!?僕ではなく、君に伝言を頼まれたんだ……!僕が……だから、君に立ち上がって貰わなきゃならない」
心が震える。
「彼女は君の重荷になりたくなかった……だが、僕は君に、彼女の事を忘れて欲しくはない!そうでなくては、報われない!」
叫ぶような、喚くような、泣いているような……彼の顔が歪んで、息を深く吐いた。
「これは八つ当たりだ。だが、忘れないでくれ。彼女の事を……僕が言えた義理ではないだろうが、それでも……頼む」
そう言って……ふらふらと、彼は墓石のある墓地から出ていった。
僕はまだ、彼女の墓石の前に立っていた。
……思い出す。
彼女が好きだったヒーローの事を。
先程の言葉を。
大いなる責任を。
手首に巻いている時計型のスーツを見た。
ミシェル。
分かったよ。
また、立ち上がるよ。
もう少しだけ、頑張ってみるよ。
君が好きだったヒーローであり続ける為に。
助けられなかった君の代わりに、沢山の人を助けるよ。
これからも……困っている人のために、頑張るよ。
与えられた大いなる力を使って、もう、二度と間違えずに……ヒーローとして。
だって、僕は──
親愛なる隣人、スパイダーマンだから。
どっちが好き?
-
ピーター優勢
-
ミシェル優勢