Fate/Grand Order Seven tales of the Abaddon 作:ジェルドラ
001 グレーテルの場合
現実というのは実に不条理である。家族に捨てられたことも、魔女の元で暮らしていることも、いずれ来るであろう人生の終わりも、その全てを私は憎んでいる。君たちも嘆いたことがあろう。理不尽だ。あり得ない。
こんなの———
「おいグレーテル。仕事は終わったのかい? ぼーっと考え事してる暇がったら、さっさと私の部屋を綺麗にしておくれ」
気軽に名前を呼ぶなババア。おっと、つい気持ちが漏れてしまった。
いけないいけない。今私の名前を呼んだのは、いかにも魔女な服装をした人は“ヴァニラ”と名乗る不審者。私たちの恩人だ。客観的にみると。掃除やご飯を作れと要求してくるが、こうして寝れる場所を提供してくれるだけでも喜ぶべきなんだろう。態度はほんとうにいけすかないけど。
「掃除は終わりましたよ。というか、貴方が散らかさなければいいだけでは? ヴァニラさん」
「ババアを正論で殴るなんて、相変わらず酷いガキだねえ。昨日のこと、まだ怒ってるのかい?」
「当たり前です。なんで実の兄とあんなこと……ほんと、
「グレーテルだって人のことは言えんだろうに。蝋燭プレイとか、ガキが身につけていい性癖じゃないだろう」
……ストレートに性癖を開示するな。私は隠したでしょ、ちゃんと。
私がこの恩人にきつい態度を取っているのにはちゃんと理由がある。
それは、この人で住まわせてもらう前に持ち出された交渉のせいなのだが……まったく、子どもが逆らえないのをいいことにひどい条件を……。
「ヘンゼル、大丈夫そうなの?」
「ああ……今は痛みは治ったといっている。流石に尻の穴は早かったかなえ……」
「反省しているんですか?」
「反省はしているとも。後悔はしていないが。あんな可愛くて、かっこいい男の子の尻の穴を拝めたなら、幸せだとも」
「やっぱ死ね、ババア」
そう。私たちはこの魔女の変態趣味に付き合わせされている。
ショタコンかつロリコン。ペニスバンドや蝋燭プレイだの、SMだの、とにかく尖った性癖を拗らせた最低最悪の性獣。私たちがその正体を知るのにはそう時間はかからなかった。与えられているのはこちらである以上……断れなかった。とはいえ、それももう慣れた。いや、慣れるとまずいんだろうけど。
「魔術の方は上手くいってるのかい?」
「いってるよ。あなたのおかげで、多少なりとも身についた」
菓子魔術。本来在るべき魔術の姿から派生させた、特殊な様式の魔術。
チョコで防壁を作ったり、超硬度のクッキーの剣を作ったりできるのだが、この過程がまた楽しい。
「夜は楽しませてもらってるんだ。返せるものは返さんとね」
意外にも、この魔女はギブアンドテイクの関係を重んじている。
損得勘定で動いている……といっても相違はなさそうだけど。居候させてもらってる分でひとつ。その借りは身体を任せることで返している。
そしてもう一つ、魔術を教えてもらっている……これは、恩なのだろうか。わからないけれど、返せるものは返さないと、と言っているあたり善意なのだろう。
「……つくづく思うけど、バニラじゃダメなの?」
「ダメだ物足りん」
「いい年して我慢できないの、おばさん」
「おばさんというな。せめてババアと罵れ」
「マゾの趣味もあるんですか。きっついですね」
「まったく。若い女子は毒しか吐かんのかえ」
「しかるべき罵倒ですよ」
いつも通り、軽口を叩き合いながら、日常の運営に勤しむ。
あれから数年。もうとっくにこの暮らしにも慣れた。性奴隷でありながら、自由の許された生活。病みそうなものだが、どうにもこれが落ち込まない。おそらくきっと、もう心のネジが外れているんだろう。
客観的にみれば、誰がどう見ても“逃げるべき”状況だ。なのに、離れられないのは、きっと。魔女に、依存しているからなのだろう。
そして、そんな依存の日々も突如として終わった。
糸が切れるように、あるいは鋏で切ってしまったかのように、長く続いた縁はプツリと切れることになる。