NTR同人誌の世界で竿役を始末しながら人理を救う 作:成間饅頭(旧なりまんじゅう)
この度は拙作をお読みいただき、本当にありがとうございました。予想を遥かに上回るご好評をいただき、感謝の言葉に尽きません。
こちらは、完結以前から書き溜めていたモブ職員視点での話を少し書き足して整えた物です。完全な蛇足ですが、お楽しみいただければ幸いです。
※闇のホモの話です。苦手な方はご注意ください。
鬱屈した思いだけが、身体の内側に巣食っている。
「えー……、それでは今回の査問会を始めさせていただきます」
折り目正しくスーツを身につけた見目麗しい女性が、そう言って形ばかりの礼をする。それに追随して、国連からやってきた男たちがパラパラと頭を下げる。敬意など微塵も籠っていない、体裁を整えるための形ばかりの礼だ。彼らからすれば俺たちは、さっさと牢に入れて罰を下して財産を毟り取って、可及的速やかに記憶から消し去りたいクズどもだ。それでも嫌悪感を押し殺して形を取り繕ってくれるあたり、やはり国連所属だけはある、優秀な人材なのだろう。
見た目だけは豪奢な会議室には、多くの人間が集まっている。
彼らは二種類に分けられる。
スーツや制服を綺麗に身に纏い、冷たい態度を隠そうともしない国連の調査団たち。
そしてそれとは正反対に薄汚れた格好で、暗い顔をした俺たちカルデアの職員たち。
数年前は、俺も向こう側の人間だったんだけどな。
俺の家はある魔術大家の枝分かれした末裔だったが、少しばかり頭と魔術回路の出来が良かった俺は本家のコネもあって国連所属の魔術師になる事ができた。
誰が見ても明らかなエリート街道。あの頃の俺には確かに、清く正しい使命感があったはずだ。自らの実力を高め、世界に貢献したいという尊い思いが。
「魔術王の残骸であるゲーティアが企てた恐るべき人理焼却。特異点を造りだした聖杯の所在、そしてこの一年間の空白……。それらに対して、我々は未だ事態を把握できておりません。レフ・ライノール教授が敵の間者であったという報告もあります。誰が敵で、誰が味方だったのか。責任の所在を正しく問うためにも、まずは状況を最も把握していたであろう貴方がたカルデアの人間に詰問する必要があると考えます」
責任。
責任の所在か。
彼らの言う事はいちいちもっともだ。俺たちは人理継続保障機関フィニス・カルデアとして、人類の繁栄を保証する義務があった。その為に有形無形の魔術界からの支援、多額の献金が俺たちに流れ込んでいたのだから。
そして、それが失敗した。
高い金出して用意した警備員が、強盗に対して手も足も出なかったわけだ。そしてその強盗を退治したのは、たまたまその場に居合わせた一般人。無能な警備員は責任を問われて当然だろう。
「それでは、まず我々にお聞かせください」
……ましてその警備員たちが、職務を放り出して何をしていたのかを知ったら。
「魔術王ソロモン―――正式名称、人理焼却式ゲーティア。彼が私たち人類を焼き尽くした、その時の話を」
特異点が発生し、外部との通信が途絶したあの時。
人類が滅びる瀬戸際で、
「そしてその危機において、貴方たちがどのように対処したのかを……是非、聞かせてください」
ああ。
一体、俺たちは何をしていたのだろう。
人類最後のマスターという男がいる。今もどこかで生きているだろう。
名前は■■■■。元は日本で生まれ育った少年で、過去の記録を全て漁っても魔術に関わった痕跡すら発見できなかった。レイシフトに対してほぼ最高レベルの適性を示したことで招かれただけの、正真正銘の一般人だ。
カルデアに彼が招かれた時、俺は一度彼と挨拶を交わした事がある。
「やーやーやー、どうもどうも。君が一般枠の■■くんだね? カルデアへようこそ~~」
「おお、どうもどうもです。カルデアに招聘された、一般人の■■です、これからよろしくお願いしますね」
俺は金髪碧眼の見た目と生まれつきの軽い口調で、チャラチャラした男だとよく言われる。実際それは間違っていない。だから、彼にも気軽に話しかけることが出来た。
魔術と科学が融合したこのカルデアは、職員も皆それぞれの技能に習熟したエリートばかり。ただの一般人には中々しんどい場所だ。新人が弱音を吐いてるところを見物してやろう、という意地の悪い些細な企みだった。
「カルデアはどう? こっち来てまだ数日だから、色々慣れてないっしょ。しんどいんじゃない?」
「ははは、そうですね。正直、話に聞いていたより数倍ハイテクというか……。やっぱ実物は違うなーって感じですね」
彼はポリポリと頬をかいてそう言った。
だろうな、と思った。カルデア職員は、みな磨き上げられた専門技能を持つスペシャリストたちだ。彼らの中には、ただの才能……レイシフトの素養だけでやって来たこの一般人を歓迎していない者も少なからずいる。新人故に仕事も未だ割り振られていないため、しばらくは暇な時間を過ごすしかない。悪意未満の薄い拒絶感を彼がもし感じ取っていれば、さぞ居心地の悪い事だろう。
「アハハ、でしょー? まあしんどい事があったらさ、俺にでも―――」
「―――まあ、でも頑張りますよ。カルデアに来たって事は、俺も人類の為に働くって事ですし。精一杯の事はやらないとですよね」
そう語る彼の顔は、強がりを言っている様には見えなかった。
けっこう根性あるんだな、と少し意外に思った。彼からしたら訳の分からん組織に突然連れてこられたのに、全然凹んでいる様子が無かったからだ。
「ふーん……。あ、俺そろそろ仕事いかなきゃだわ。まあ頑張ってね!」
「はい、お疲れ様です!」
あてが外れたなー。こういうタフな奴はからかってもつまんないんだよなー、程度の事を考えて、俺はその場を後にした。彼との初会話はその程度だ。こんな雑談一々覚えてる方がおかしいし、俺もその日の夜には次にコナをかける女の事しか考えていなかった。
しかし、今になってもその会話をこうして一語一句違わずに思い出せるのは。
未来の展望を語る彼の、光に満ちた強い眼が心のどこかに焼き付いていたのかもしれない。
その後は、新人である彼に時折話しかけながらの忙しい日々が続いた。
フィニス・カルデアの誇る最新鋭機構。【レイシフト】の、本格運用に向けてカルデア全体が一丸となっていたからだ。
人理を守る、星見の番人。綺羅星のように輝く星の守り手。そんな誇りを胸に、みなが慌ただしく働いて、時にぶつかって、しかし最後には必ず笑って―――。
『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避してください。繰り返します。中央発電所、及び中央──』
――――そして、あの人理焼却が起こった。
全てが焼き尽くされた。
「助けて! 助けてくれ! ガレキで足が動かないんだ!」
「ああああああああああ! わたし、私の腕が! 腕が潰れて……!」
「火がこっちに来る! 嫌だ、死にたくない、いやだ、いやだぁああああああ!」
今まで磨いた魔術の腕。必死で取り入れた最新の科学知識。鍛え上げた肉体、人格、誇り、その他諸々。それら全てが束になっても敵わない、圧倒的な【死】という現実を見た。
レフ・ライノールが仕組んだ同時多発爆破テロ。周到な計画に従って配置された爆弾は、瞬時に阿鼻叫喚の地獄を創り出した。殆どの職員は即死し、残りの職員は炎に巻かれ地獄の苦しみを味わってから死んだ。運よくその両方をまぬがれた俺は、炎に頬を炙られながら必死に這いずり回って逃げ出した。
周囲は瓦礫で溢れ、漏れ出す煙で満足に移動する事もかなわない。動けないまま炎に焼かれた者たちの悲鳴が聞こえる。何かに躓いたと思ったら、黒焦げになった職員の死体だった。
死と怨嗟にまみれて、泣きながら走った。助けを求める職員の声を振り切るたび、心が砕けていくようだった。
俺の歯車が狂ったとしたら、恐らくこの時だ。多かれ少なかれ、この出来事をきっかけに心を持ち崩した者が多かったように思う。
「どけ!! これは俺の霊装だ!!」
「黙れ!! 俺は【□□】家の次期当主だぞ! お前らみたいなゴミとは格が違うんだよ!」
「分かるか? もう火が周ってきている。魔術による炎は簡単には消えない、ここに来るのも時間の問題だろう。だから、私の尊い種を残す必要がある訳だ。分かるよな? お前のような低能な女でも、この程度は分かるよな? 女なんてガキ産むしか能が無いんだ、お前も嬉しいよな?」
炎と悲鳴から逃げ出した先も、また地獄だった。
火事場泥棒でも働いたのだろう。泥棒と非難され、ついにはリンチされている職員がいた。周囲を何人も巻き込んで、うつ伏せで蹴られ続ける彼はもうピクリとも動いていない。鬱憤を晴らす的にされた彼が本当に何かを盗んだのかさえ、もう分からない。別の場所では、狂ったように笑い続ける男がいた。手に持っている物は、小さな指輪だろうか。かつて善き夫として振舞っていたはずの彼の顔は、今はもう見る影もなかった。生命の危機に瀕して種の保存本能でも働いたのだろう、女性職員を組み伏せて腰を振る男がいた。女は虚ろな顔で、全てを諦めたかのような表情のままされるがままだった。
倒れるようにシェルターへ逃げ込んだ俺は、呆然としながら、さっき踏みつぶした友人の死体の事を思い出していた。高温で焼き尽くされた彼の腕はまるで脆いオモチャのようで、崩れかけた霜柱のようにシャクッと音を立てて潰れた。
「ギャハ……ッ」
焼け焦げた彼の顔はまるで出来の悪いホラー映画のようで、熱で沸騰した眼球がプツプツと泡立ってこぼれ落ちていた。虚ろな眼窩からはまるでこの世の絶望全てが俺を覗き込んでいるようで、
「ヒッ、ヒヒヒッ、ギャハハハハハハハハハハハ!」
嗚咽しながら、俺は腹を抱えて転げまわった。顔面のありとあらゆる穴から液体が溢れ出て、おいおい、こんな事で取り乱すなよ。俺のイケメンフェイスが台無しだよとどこかで冷静な俺が自嘲した。
自分がこんなに笑う人間だとと思わなかった。友人の焦げた腕を踏みつぶして、霜柱みたいだと笑っている。それがまた可笑しくて仕方なかった。
そして、その間も状況は目まぐるしく推移していった。
まず、オルガマリー所長がテロに巻き込まれて行方不明になった。彼女の足元で爆弾が爆発したように見えたという職員の証言から、彼女の生存は絶望的なものとして扱われた。
最高峰のマスター候補たち、Aチームも全員爆発に巻き込まれていた。とりわけ最優のマスターと目されていたキリシュタリアが瀕死の重傷で発見されたというニュースは、彼らを信じていた者たちに強いショックを与えていた。
そして、一人の職員が『外部と通信が出来ない』と震える声で漏らした時。
俺たちは、
冷静な俺が、どこかで言った。
こんな事で取り乱すなよ――――これから、もっと酷くなるのに。
全てが変わったあの人理焼却の日から、数日が経った。
レフ・ライノールが仕掛けた、あの最悪の爆弾テロにより多数の死者が出た後。
人類最後のマスターが、自力で特異点Fを修復してカルデアに帰還した。
カルデアのバックアップなんてものは一切無かった。あの時のカルデアは絶望と怨嗟に満たされた最悪の牢獄であり、一人消えた新入りの事なんて誰も思い出さなかった。
つまり彼は、カルデアの観測証明やバックアップを一切受けないまま特異点を駆け回り、情報を集め、召喚準備を整え、極めて危険なサーヴァントをなんとか従わせ、最後には聖杯を持った騎士王という強大な敵を打倒したのだ。
コイントスを一万回連続で成功させるよりもなお困難な、まさに奇跡としか言いようがない偉業だろう。
死亡したであろうオルガマリー所長に代わって所長代行となった彼は、現在も人理修復に向けて精力的に動いている。既に何人かのスタッフが、彼に従って動いているようだ。
「あー……もう、酒切れてるのか……」
では、俺は?
かつて一流魔術師としてもてはやされ、国連所属のエリートであった俺は何をしているのか?
何もしていない。
ただ意識が無くなるまで酒を飲んで、睡眠薬を流し込むだけの生活を送っている。
ポロポロと涙がこぼれる。別に悲しい訳じゃない。あの日から、アルコールで脳を麻痺させないと自然と涙が止まらないのだ。いや、本当は俺は悲しんでいるのか? 随分前から、自分が何を思っているのかも分からない。今はとにかく、何も考えないようにしないと生きていられない。
俺はかつて一流の魔術師だった。今となっては何もかも虚しいが、本当にそうだったのだ。生まれ持った才能に驕ることなく研鑽に励み、未来に希望を抱いていた。夢と希望を抱き、才能と努力を尊ぶ才人だったのだ。
だから分かる。
俺たちが何をしようが、どう足掻こうが、魔術王に勝てる訳が無いと。
俺たちは死ぬ。真綿で首を絞められるように、今もじわじわと死に向かっている。
魔神王の部下であったレフ・ライノールにさえ、俺たちは手も足も出なかった。恐竜と蟻よりもなお遠い実力差がある。魔術王はほんの気まぐれでこちらを見逃しているだけで、ふと思い立てばいつだって俺たちを殺せる。
怖い。
焼け死んだ友人の眼が頭から離れない。今もほら、部屋の隅で俺を見ている。睨んでいる。ぽっかりと窪んだ眼窩の奥には、この世の全てを呪うような闇が広がっている。お前を見捨てて逃げ出した俺を恨んでいるのか? それとも、醜く生へしがみつく俺をあざ笑っているのか?
怖い。
次の瞬間には、俺も彼の仲間入りを果たしているかもしれない。取るに足らない塵のように、何の価値もないゴミのように、無意味な、そこら辺に転がるタンパク質の仲間となっているかもしれない。死にたくない。全身を炎に包まれて叫ぶ同僚の声が今も耳に残っている。どれほどの激痛だったのだろう。普段無口だった彼が、あれほど大きな声を出すほど苦しかったのだろう。
怖い。
どこかで冷静な俺が囁いている。
さあ、お前はいつ死ぬ? 今か? 今か? 次の瞬間か? それともさらに次?
明日か? 明後日か? 一週間後もお前は無事で朝食を食べれているか? さあ、魔術王の手が伸びてくるぞ……お前の首をゆっくりと絞めて、それでお前は一巻の終わりだ。無意味に死ぬ。無価値に死ぬ。さあ、もう逃げられない。魔術王が来るぞ。お前の命を摘みとる、死神がやってくる。さあ、想像しろ? お前の首筋に触れる、冷たい刃の感触を! さあ、来るぞ、来るぞ、ほら、ほら、ほら!
「~~~~~~~~ッ!! ………ハアッ、ハアッ……!」
睡眠剤を纏めて噛み砕き、アルコールで無理矢理喉へ流し込む。
早くしてくれ、と一心に願う。早く俺の意識を有耶無耶のぐちゃぐちゃにして、もう何も考えなくて良いようにしてくれ。
「ァあ……あ……」
意識が混濁する。目の前がぼやけて、俺を睨む虚ろな眼窩も、耳にこびりつく怨嗟の声も霞んで消える。
許しを乞うように倒れ込んで、そのまま意識を手放した。
人間、生きていれば腹も減るし、風呂にも入る。
日中ほとんどの時間を自室に引きこもっている俺も、時折外に出て食料を補給する必要があった。
最低限の身なりを整え、ドアを開ける。その程度の事にも大層な時間をかけて、誰かに見つかりやしないかと視線にビクビクしながら廊下を歩んだ。全てを放棄してただのごく潰しとなった俺には、他人からの視線に耐える程度のプライドすら残っていなかった。
「……これで、しばらくは持つか」
倉庫からいくつかの食料と酒を持ちだし、他の誰かに出くわさないよう早々に帰ろうとする。僅かに漏れ聞こえる噂話から、人類最後のマスターが第一特異点の修復に向け機器の調整を重ねていると知った。
「…………」
人類最後のマスター。その名前を聞くたびに、責められているような気がして気分が悪くなる。
特異点Fを生き残った彼は、その功績を持って所長代行へ強引に就任。残存するスタッフを強引に纏め上げ、残る七つの特異点を修復しようと全力を尽くしている。
凄いな、と素直に思う。
魔術さえ碌に扱えない素人に所長代行を任せるなんて、本来なら到底あり得ない事だ。それをカルデアが容認しているのは、もはや彼以外に人理修復を目指す人間がいないから。俺たちが、一人残らずみんな折れてしまったからだ。
羨ましい、とさえ思う。
『異常な状況では異常な反応を示すのが正常』といった言葉を聞いたことがある。逆を返せば、異常な状況でも正常なままの人間はどこかおかしいという事だ。人理が崩壊し、外部と遮断され、ただカルデアという牢獄の中で死を待つことを余儀なくされている。こんな異常な状況で人理修復という使命を正常に果たそうとする彼は、いったいどれだけの才人なのだろう。
――――
人類最後のマスターが、
どうして俺はああじゃない?
どうして俺はこんな暗闇の中に居て、彼はあんなにも輝いていて綺麗なんだ?
理想の俺を思い浮かべる。強く、強靭で、どんな困難にも決して折れない俺を。
『魔術も知らない素人が、今までよく頑張ったものだ。安心しろ、ここからは私が指揮を執る』『魔術王など畏れるものか! お前たちの時代から、人類は常に進歩し続けてきたのだ!』『我らの歴史は我らが刻む! どこの誰とも知れぬ魔術王など、お呼びでは無いわ!』――――。
「ああ、あああああああああああああああああああああああ……」
あまりに虚しくて悲しくて、涙が止まらない。
そんなこと、出来る訳がない。魔術王に逆らうなんて、想像しただけで震えが止まらない。今目の前に魔術王が現れたとしたら、俺は無様に平伏して許しを乞うだろう。惨めに靴を舐めて、虫のように這いつくばる自分が容易に想像できる。
彼は怖くないのか? 周りの職員は彼の指示に従うだけで、誰も支えになってはくれない。彼はたった一人で、全人類70億の重みを肩に背負っているのだ。
尊敬する。敬意を表する。感服する。どんな言葉でも言い表せない程、彼を凄いと思う。
そして同時に、頼むからどこかに行ってくれと思う。彼を見るたび、自分の惨めさを再確認するからだ。眩い光に羽虫が焼かれるように、彼の名を聞くだけで辛くて仕方がなくなる。
「帰ろう。早く帰って、薬を飲まないと……」
もうそれ以外、やる事なんて何もない。
魔術王に勝てない以上、遅かれ早かれ俺たちは死ぬ。そのわずかな
そう絶望しながら後ろを振り返ると、知り合いの職員がこちらに歩いてくるのが見えた。
咄嗟に逃げようとするも、向こうがこちらに気付く方が早かった。
「おうおう! 何だお前、元気だったのか!? 探してたんだぜ~~~~!?」
ズカズカと歩み寄ってきて、そのまま肩を組まれる。こういう奴だ。剃り込みの入った黒髪に、全身に入ったタトゥー。逞しい筋肉を蓄えた代わりに、デリカシーという言葉を一切忘れてしまったような奴。
「……っ、おいおい、相変わらず暑苦しいってw 別に、どうという事もねえよ」
必死に、いつもの自分を取り繕う。軽く、飄々としていて、確かな自信のある俺。
ボロを出していないだろうか。こいつの友人だった、かつての俺の
「まあ、あのテロで色々大変だっただろ? だからちょっと礼装の調節をしててな」
大嘘だ。そんな事はしていないし、そもそもどれだけ高度な礼装を造ろうが魔術王の前ではガラクタ同然だろう。
「そういうお前は? もうカルデア職員として復帰してるんだったか」
そう言いながら、そう言えばと思い出す。そういえばこの男は、あのテロで恋人を失っているのではなかったか。相手はたしか、そこそこの名家のお嬢様。清楚な彼女に一目ぼれしたこいつが、何とか相手の実家を説得したのだ。結婚を前提とした、真剣な交際。遊んでそうな見た目の割に意外とウブで照れ屋だったコイツを、面白おかしくからかって遊んだ事を思い出す。
――――恋人の片手を握り締めて、呆然と座り込む彼の顔も。
レフ・ライノールによる爆発テロ。彼女は何とか回収できた片手だけを残して、あの瓦礫の中に飲み込まれた。薬指には奴が奮発してプレゼントした婚約指輪が、いっそ惨めになるほど美しく輝いていた。
「……悪い、今のは、」
忘れてくれ、俺がどうかしてたんだと言いかけながら奴の顔を見る。殴られても文句の言えない失言だった。このカルデアに、喪失を経験していない者などいないというのに。
だが。
「あ? おいおい、謝んなってブラザー! もう気にしてねえよ、
「…………あ。ああ、そうか」
困惑しながら、何とかそう返す。 『そんなこと』だと?
彼が立ち直ったと言うなら、それは歓迎すべきことだ。だが、本当に? あの時の彼の表情は、後追い自殺をしても何らおかしくないほどだった。今までの付き合いからしても、そこまで立ち直りの早い人間だとは思えなかった。
それに、彼の顔……より正確に言うならば、彼の眼。それは立ち直ったというよりも、むしろ―――。
「代わりのメスなんかいくらでも居るんだ、一人くらい死んだって構いやしねえよ! それにほら、今はもっと上等な穴を手に入れたからな!」
ゾッとした。
とうてい聞くに堪えないような、性差別的な暴言。かつての彼はむしろ、こういった発言を徹底的に侮蔑する紳士的な人物だったはずだ。
やはり恋人を失った傷が癒えていないのだろう。俺はさり気なく彼にカウンセリングを受けるよう勧めようとして。
「…………は?」
絶句した。
彼が「おい」と呼びつけて、廊下角から出てきた人物。
恭しく彼の傍にはべり、肩に腕を回されて蕩けるような雌の顔をしている女性。
それは。
人類の決戦存在、人理の守護者であるはずの―――。
「サー、ヴァント……?」
このカルデアに呼び出された幾多もの英霊、その一人だった。
「……どう、いう、ことだ……?」
声が震えている。脳が、この異常事態を受け入れられず凍り付いている。
見れば分かる。二人の関係は恋人や友人、最悪でもセックスフレンドといったような、一般的範疇に収まる物ではない。
主従関係。それも徹底的に調教された、主人と奴隷の隷属関係だ。
「え……英、霊は……総じてみな、誇り高き人物だ……。その性格や信念は苛烈になりがちで、だからこそ、サーヴァントとの関係構築は難題極まる……」
震えた声で、魔術の授業を思い出す。そうだ。人類史にその名を刻んだ英霊は大抵プライドが高く、こちらの指示を素直に聞き入れない事が多い。その為聖杯戦争などサーヴァントを召喚する際にはサーヴァントの信条を理解し、苦労して友好関係を築く必要がある。
「
そのはずだ。
では、いま目の前にある光景は何だ?
「へへっ、気になるか? どうやって俺がこのクソ雌を手に入れたか知りたいだろ?」
サーヴァントの肩に回した腕でそのまま彼女の尻や胸を揉みながら、彼が嗤う。『探してたんだぜ~~!?』という彼のセリフを、ふと思い出した。これを見せるために、俺を探していたのか?
彼は自分の懐に手を入れて、
「じゃじゃーん、聖杯~~~~~~!!」
何でもないように、魔術の神秘を見せびらかした。
「…………ッ!?」
驚愕。先程サーヴァントが現れた時よりも、より大きく自分の心臓が跳ねる。聖杯。汲めども尽きぬ魔力を湛えた、世界最高の聖遺物。願いをかなえる願望機。
上手く使えば根源に至る事も可能であろう、普通の魔術師ならば血眼になって追い求めるはずの逸品だ。断じて、彼のように気軽に扱っていい物ではない。
「あ? 気にすんなよこんなもん、どうせ根源に辿り着けもしねえ欠陥品だ。メスで遊ぶための補助具みてえなもんだよ」
カルデア職員のおっさんも同じの持ってるぜ、楽しそうに笑う彼から詳しい話を聞く。
ずっと自室に引きこもっていた俺には知る由もなかったが、どうやら現在のカルデアは異常な状況に陥っているようだ。
一日に一度は見かける程度には湧いて出てくる、異常な量の聖杯。それを使ってサーヴァントを好きに弄ぶ、一部のカルデア職員たち。悪意と性欲が渦巻く最低の魔窟へと、カルデアは変貌しているらしい。
「何でって聞かれても、俺もわかりゃしねえよ! 訳わかんねえもんを、訳わかんねえまま使ってるだけだ」
彼はそう言ってサーヴァントの尻へと手を伸ばしながら、今までより更に一層低俗な笑みを浮かべた。
「……でもな、俺は何となく分かるぜ? こりゃあな、俺たちへの
そう言ってギャハハと汚く笑う彼は、もはや以前とは別人だった。義理深く、漢気があり、一途に恋人を愛していた彼と、目の前で嗤う彼が一致しない。喪失の傷が、彼をここまで変えたのだろうか。それとも、薄皮一枚を隔てた本性はもともと
ならば、自分は?
「玩具といえばそう、今の……なんだっけ、人類最後のマスター? アイツも笑えるよなあ、所長代行(笑)とかイキッて無駄なことして……。あ~~~、キモッ! キモくてしゃーねぇよな! あいつに従ってる職員もな、全員アイツの事馬鹿にしてるぜ? 『ちょ、いまアイツの存在証明切ってみましょうよw』『おいwやめろってww』って笑うために、わざわざあいつに従ってんだぜ。あれを本気で敬愛してる職員とか英霊の気が知れねえよなー。ほんと、早く死んでほしいわ」
「――――ッ!!」
その言葉に。
なぜか自分は、自分でも訳が分からないほど激昂して。かつて友人だった目の前のコイツを今すぐにでも殴り殺してやろうと、拳に力を込めて――――。
今の俺の
「そうそう、探してたって言っただろ? ほらこれ、聖杯! 俺はもう必要ねえからよ、ブラザーのお前にやろうと思ったんだよな。お前もこれ使ってムカつく英霊どもをブチ壊してさ、また一緒に遊ぼうぜ!」
……気が付けば俺は自室のソファに座り込んでいて、周囲には酒瓶が散乱していた。
なぜ自分が無事に帰室出来ているのか、分からない。俺はボロを出さなかったか? 飄々として、優秀で、どんな時も余裕を崩さない男。そんなパブリックイメージを、彼の前でも守れていただろうか。
「…………」
俺は、死ぬ。殺される。
あと一年……いや、もっと早いかもしれない。カルデア内部は、徐々に崩壊し始めている。魔術王によるものではなく、人間同士の殺し合いによって死ぬ事も考えられる。
恐らくだが……このカルデアは、半特異点化している。
……そしてそれをギリギリで食い止めているのが、あの男。人類最後のマスターなのだろう。
「グゥ……ッ」
こみ上げてくる吐き気を、無理矢理飲み下す。早くアルコールと眠剤を摂って、思考を曖昧にしなくては。
……このままずっと、死ぬまでこうしているのだろうか。
「嫌だ……」
死にたくない。
どうせ死ぬならせめて、惨めなままでいたくない。
こんな薄汚れたホームレスのような、誇れない自分のままでいたくはない。
助けを求めるように伸ばした手が、ふと硬い感触を伝えてきた。
「……聖杯」
万能の願望機。ここから逃げたい、死にたくない以外ならどんな願いでも叶えてくれる、何の役にも立たない最低の玩具。
『こりゃあな、俺たちへのご褒美だよ』
……彼の言葉が、ふと脳裏に浮かんだ。
彼の気持ちが、俺にはよく分かる。
人理焼却の炎によって、俺たちはあまりに多くの物を喪った。友人、家族、恋人、故郷、学舎……。俺たちを
その上、生き残ってしまった俺たちも残りわずかの命だ。いつ来るかも分からない死神に怯え、この狭い箱庭の中で醜くもがいている。
死にたくない。
それが無理ならせめて、楽になりたい。
楽になって……
『―――まあ、でも頑張りますよ。カルデアに来たって事は、俺も人類の為に働くって事ですし。精一杯の事はやらないと』
彼は、死ぬだろう。
人類最後のマスター。新人で、何の知識も無く、魔術の素人であるはずなのに、今もなお人類を救う事を諦めていない彼。彼の事を尊敬している。掛け値なしに本当だ。極限状態でも、正しい人間であれる彼へ敬意を払っている。
……それが、いつか消える光だと知っていてもか?
魔術王には勝てない。俺たちが今も生き延びているのはただの気まぐれか、もしくはただ単に忘れられているからだろう。魔術王がふと眼下でうごめく
「……ハッ、ハハッ。最低だな、俺……」
どうせ彼の旅は失敗する。魔術王には、絶対に勝てないから。放っておいても彼はズタボロのボロ雑巾になって、魔術王に殺される。
性欲のような低次の欲求ではない。この身全てが焦がれるような、根源的な欲求。
光り輝いているからこそ、貶めたい。綺麗だからこそ穢したい。人類最後の希望である彼が、全てを諦めて絶望するところが見たくて見たくて仕方が無い。
変性していく。
卵が孵る様に。水が満ちるように。熱し溶かされて歪んだ鉄が、その形のまま固まるように。
――――人が、獣へと堕ちるように。
「……彼の人理修復の旅は、いずれ失敗する。どうせ結末が決まり切っている、無駄な旅路だ」
違う。どんな結果に終わろうと、彼は
「彼は権力を独占し、カルデアのリソースを無意味に浪費している」
違う。彼だけが、カルデア本来の目的を果たしている。
「アイツは、馬鹿だ。決まりきった結末から眼を逸らしているだけだ」
違う。
「彼の旅は、無駄だ」
違う。彼の旅は……。
「無駄、無為、無意味、無価値」
そうだとしてもしかし、美しいものだ。
―――――
ガチリと、全身の歯車が噛み合ったような感覚がした。全身に漲る衝動に身を任せ、俺は立ち上がった。
「……あー、あーあー。んん……っ」
軽く咳払いをして、喉の調子を整える。
体から饐えた匂いがしたのでシャワーを浴び、綺麗に体を洗う。
「ふーん、ふふーん、ふーん……」
鼻歌を歌いながら顔を洗い、髭を剃り、整髪料で髪を整える。
鏡を見る。
―――自信に満ちた、飄々とした表情。鍛えられた肉体に、整った顔立ち。あのテロで失った、俺が愛すべき俺がそこにいた。そうだ、これが正しいんだ。
体に力が満ちていく。ありふれた表現だが、本当に生まれ変わった気分だった。気分がいい。体の中の炉が煌々と燃えさかり、全身に力を焚べている。
「まずは、英霊を堕とす。徹底的に辱めて、二度と彼の人理修復に同行出来なくする」
彼を直接狙っても意味は無い。まずは周囲から崩す。
このカルデアに、いったいどれだけの英霊が召喚されているだろう。何十人? それとも何百人だろうか?関係ない。その全てを屈服させて、従わせて見せよう。いくら彼でも、従ってくれる英霊が一人もいなければ人理修復を諦めざるを得ないはずだ。
その為にどうすれば良いのか、今の俺ならば簡単に思いつく。
「ああ、ああ……! ああ、楽しい! 邪悪なアイディアが、いくらでも湧いて出てくる!」
堕とした英霊には、徹底的に彼を罵倒させよう。出来得る限りの精神的ダメージを与えられるよう、やれる事は全部やろう。思いつく限り、可能な限りの全てを尽くして、彼を徹底的に貶めよう。
彼が奪われた英霊を想って涙し、俺に憎しみを向ける姿を想像する。それだけで、脊髄を甘い痺れが走ってたまらなかった。
頑張ろう。俺が出来る限り、限界全ての努力をしよう。全ての手段を尽くして、何もかもをやろう。あれもしてこれもしてそれもして―――。
―――そうして、俺はあの光を手に入れるのだ。
サーヴァントを堕とすのは、異様なほど簡単だった。
そこらで歩いてる奴に声をかける。性を意識させるような話題やスキンシップを繰り返し、徐々に仲を深める。現世とのギャップに未だ慣れていない純朴さに付け込み、これは当然の事だと誤認させていく。その繰り返しだ。一度肉体関係を結んでしまえば、ここのサーヴァントどもはヘロイン中毒者のように離れられなくなる。
今日もまた、堕ちかけのサーヴァントとの行為の最中だ。最初はマスターマスターとうるさかったコイツも、今では俺が近寄っただけで何かに期待しているような顔を隠せなくなっていた。
「おら、ちゃんとナカ締めろ……!」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ♥♥♥」
ムリヤリ腰を振り、自分の一物をナカにこすり付ける。一般に認識される、愛情を確かめ合う行為とは違う。ただ雄が雌の身体を使って自慰をするだけの虚しい行為だ。
「お゛~~~~っ♥ お゛っ♥♥ 気持ちいいっ♥ 一番奥ごりゅごりゅ削られて頭バカになるっ♥」
白目を剥いて快楽に浸るサーヴァント。少し前までは「近づかないでください、あなたみたいな軽い男なんて……!」などと言っていたサーヴァントが、まるで一匹の媚びたメスのように痴態を晒している。
「ほら、カメラ見ろよ……! 愛しのマスター様に、どこが気持ちいいかちゃんと教えてやれ!」
「あ゛っ♥ ダメ、ダメですっ♥ マスターにそんな事……っ♥」
発情でピンク色に染まった頬をブンブンと横に振る。口ではそう言っているが、下の口は俺のモノをきゅうきゅうと締め付けていた。精液を欲しがっている動きだ。身体の方はだいぶ堕ちているが、まだ心のどこかにあの男を慕う気持ちが残っているのだろう。
「(大丈夫大丈夫、ほんとにマスターに見せる訳じゃねえからw ほら、想像してみろよ……愛しのマスターを裏切って、浮気セックスでガチイキアクメ……脳みそトロトロになるくらい気持ちいいぞ?)」
どうすればいいかは分かっている。こんな風に口から出まかせで、最後の一線を軽く押してやればいい。子宮の奥深くを突くようにピストンを強めながら、子供でも分かるような嘘を吹き込んでいく。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ♥♥♥」
そのほんの少しの嘘で、彼女は堕ちたようだった。今まで以上に彼女のナカが締まり、精液を搾り取ろうと激しくうねり始めた。
「マ、マスターっ♥ ごめんなさいっ♥ この人、最初はチャラくて嫌いだったんですけど、チ〇ポが強すぎてぇっ♥ あ゛っ、あ゛あ゛~~~っ♥ き゛もちいい゛っ♥ マスター裏切りながらのセックスきもちいい゛よおっ♥♥♥ だめ、こんなの覚えたらだめになるっ♥ サーヴァントやめて、カルデア職員様の肉便器にクラスチェンジするっ♥ あ、くる、ガチイキアクメくるっ♥ マスター裏切っての生中だしでイ゛クっっっ♥♥」
体がガクガクと痙攣し、ピィ……ンと足が反り返る。なんでサーヴァントはどいつもこいつも、絶頂直前になるとちょっと上手い事言い始めるのだろうか。肉便器にクラスチェンジって、やかましいわ。どんなエクストラクラスだよ。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ」
SMのSとはサービスのSであるとはよく言ったものである。目の前の女は気持ちよさそうに絶頂しているが、俺はまったく気持ちよくない。性行為とは心の触れあいが重要なのだ。何とも思ってない女とヤっても、何も楽しくない。だが、この状況で俺が射精しないわけにもいかない。肉体的刺激で、なんとか射精にまで持っていこうとする。
『―――――――――』
そういう時は、あの男の顔を思い浮かべる。人類最後のマスター。俺が堕とすべき男。あの男を堕とすために、俺はこんなやりたくもないセックスに耽溺しているのだ。睾丸に喝を入れ、懸命に精液を送り出す。
「おら、出すぞ! しっかりナカ締めて、受け止めろ……っ」
「あ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ♥ 」
丹田に力を入れ、無理矢理に精液を絞り出す。このサーヴァントもそろそろ頃合いだろうか、と脳内でそろばんを弾きながら。性行為後の喜びは無く、ただ仕事を終えた達成感だけがそこにはあった。
「あ゛ー、疲れた」
聖杯との接続を切って、ようやく一息つく。疲れた。無理な肉体強化を全身にかけながら、
「まったく、聖杯さまさまだな。マジカルチ〇ポとかやってるオッサンは意味わかんねーけど」
肉体強化以外の用途で聖杯を使用した事は無い。訳の分からない性魔術や認識改変、催眠魔術やらなんやらのエトセトラでサーヴァントを奪っても、それは俺の目的には沿わないと思ったからだ。あくまで、俺という一個人がやるからこそ意味があるのだ。聖杯の力で女を堕としたところで、それは聖杯の力であって俺とは何の関係も無い。聖杯で女を奪って、聖杯で女を従えて自分を愛させる。そうさせているスタッフも何人か知っているが、彼らは虚しくならないのだろうかといつも不思議に思う。突き詰めて考えれば、愛されているのは自分ではなく聖杯だと気づくはずなのだが。
まあ、俺も結局は聖杯を使っているんだがな。サーヴァントの膂力に対抗するには仕方なかったのだ。俺が修めている魔術は結構特殊で、こういう行為とかには向かないからな。
「ふー…………」
肉体強化後特有の虚脱感に全身を支配されながら、長い溜息をつく。
今日相手をしたサーヴァントを思い浮かべる。たかが人間相手にアへ顔を晒して、マスターへの罵倒で随分と気持ちよくなっていた。
「……チッ、うぜえ。ちょっとコナかけただけで簡単に靡きやがって。どう考えたら人類最後のマスターとカルデア職員比べてこっちに傾くんだよ。神経イカレてるんじゃねえのかマジで……」
俺が肉体強化以外で聖杯を使わない理由として、もう一つある。サーヴァントに好かれた所で、嬉しくも何ともないからだ。
正確に言うと、
「チ〇ポが理由で好かれても嬉しくねーんだよ。お前らの男選びの基準はどうなってんだ? 100点満点中、股間90点でそれ以外が10点か? Fラン大学だってもうちょい配点ちゃんとしてるぞ」
だいたいお前ら、あのマスターと直接ヤったわけでも無いんだろ? もし仮にあの男の方がセックス上手かったらどうすんだよ。今度はそっちに行くのか? そんで更に上手い男が来たらまたそっちに靡くのか? お前らの恋愛ってそんな下半身最優先主義で良いの? 一般的に、男性の性機能って30代から衰え始めるらしいぜ。どうすんだよ「一生服従します~~~~~っ♥」とか言ってた男がヨボヨボの爺さんになったら。サーヴァントはまだ良いかもな。でも女職員、お前らもその頃にはヨボヨボの婆さんだぞ? その時になってまた男漁り始めるのかよ。妖怪として都市伝説になるぞ。
「チ〇ポつっこむ前に何て言ってたか、ちゃんと覚えてんだからな……。『チャラい』『生理的に無理』『マスター以外無価値』とか散々言ってたんだぞ。それが一転、イケメン♥ だの優秀な雄♥ だの言いやがって。どうなってんだよ。実は俺が知らない間に別人に入れ替わってんのか? それともお前らの子宮の奥に人格切り替えるスイッチが入ってんのか?」
堕としたサーヴァントがよく言うセリフだ。堕とした張本人である俺が言うのもなんだが、よくあれで英霊が務まるものだと思う。
「英霊の眼力も鈍ったもんだ。つくづく悲しくなるな。あのマスターを見て、どうして俺ごときを優秀だと思える? 」
本能が優れたオスの遺伝子欲しがってるの゛お゛~~~っ♥ とかもよく聞くが、これも聞くたびにどういうことだよって不思議になる。お前らの本能っていくら何でも強すぎじゃない? 人類の叡智と理性はどこに行ったんだよ。一回ヤっただけでそいつのスペックが分かる能力、世が世ならそれだけで英霊になれただろ。全員聖娼シャムハトの因子を受け継いでいらっしゃる?
というか、お前らにとっての優秀さって女とセックスする能力だけなの? どんな価値観だよ。縄文時代だってまだ狩りの腕前とかが評価項目に入ってたぞ。人類に下半身しかない特異点出身か?
「そもそも本質的に『優れた遺伝子』なんて存在しないしな。遺伝学を一から学び直してこい」
ダーウィンの進化論でも読め。この世の理は強者生存じゃない、適者生存だぞ。激変する環境に適応出来た生物が子孫を残せるのであって、だから多様な遺伝子プールを確保するために人類は社会セーフティを構築したんだろうが。優秀な遺伝子なんて事前に分かる訳ないだろ。全員優生思想か?
「結局奴らは【比較】出来てないんだよ……。どうでもいいとこばっか比較して、何が大事が分かんなくなってんだ」
人類最後のマスター。俺の光。決して折れず、曲がらず、そして諦めない男。
あんな奴を裏切って、わざわざ
「そんな奴らが、アイツの隣にいていい訳ないだろ。相応しくない」
ちょっとコナをかけるだけで傾く、意志薄弱の英雄たち。彼らは曲がりなりにも、人理修復のためにカルデアへ召喚されたのだ。あの光に並んで味方ヅラをするのならば、せめて彼を裏切らない最低限の理性は持っているべきだろう。
「……っと、危ない危ない。慢心するな。ここから先がまだまだ長いんだぞ」
サーヴァントを堕とすことが目的ではない。それを見せつけて、彼の心を折る事が目的なのだ。一人二人で彼が堕ちるとは思っていない。ひょっとすると、カルデアのサーヴァント全てを堕としても難しいかもしれない。彼はそういう怪物だ。
「十人でダメなら二十人、それでもダメなら百人だって……どれだけだって堕としてやるよ」
気合いを入れ直すように、そう呟いた。
そして、暫くの時が経った。
あのマスターはついに
……そう、彼は
第四特異点では、ついに黒幕である魔術王と対峙したと聞いた。彼のサーヴァントである殺生院キアラの尽力と、軽い顔見せのつもりだったという魔術王の思惑にこそ救われたが、何か歯車が一つ違えばその場で殺されていてもおかしくなかった。もし、レフ・ライノールがカルデアの殲滅を主に忠言していれば。もし、実はビーストの一種だったという殺生院キアラの存在が魔術王の逆鱗に触れれば。第四特異点で、彼は抵抗する間もなく殺されていたのだ。
「クソッ……」
彼は魔術王が用意した七つの特異点のうち、既に半数以上を攻略している。ほとんど休息を取る事も無く、常に人理を救うために動き続けている。それに対して俺は、未だ英霊を数十騎しか堕とせていない。このカルデアに数多居る英霊と比べれば、ほんの僅かばかりの数だ。
間に合わない、かもしれない。
というか、ほぼ確実に間に合わない。俺が全ての英霊を堕とし切るよりも、彼が特異点を攻略するスピードの方が明らかに早い。カルデアの英霊はまだまだいる。汚染された召喚システムを通じて、今もなお都合のいい分霊が増え続けている。間に合わない。
「どう考えても、彼が第七特異点に辿り着く方が早い……!」
魔術王と彼が接触したというニュースが、俺の胸を異常なほど焦らせていた。直接会った。言葉を交わした。これを起点として出来る呪術を俺はいくらでも知っている。まして相手はあの魔術王だ。想像を絶する手段で彼を殺害することだってできるだろう。
「………………」
時間が無い。
俺は勘違いをしていた。聖杯を得て、英霊を堕として、まるで自分が優位に立ったような思い違いをしていた。違うのだ。俺たちは死刑待ちの囚人で、常に背後には
手段を変える必要がある。
細々と、英霊を一人一人堕としていくようなやり方ではもう間に合わない。もっと抜本的で、大胆な方策を取る必要がある。
「……捨てる物を、選ばなくてはならない……」
押し潰すようにそう呟く。彼は、休息も安寧も投げ捨てて人理へ挑み続けている。
不可能に挑戦するならば、尋常ではない手段を取らなくてはならない。要らない物を捨てて身軽にならなければ、彼のスピードには追い付けない。
俺は、携帯電話のダイヤルを押した。
殺生院キアラというサーヴァントがいる。今も彼の隣にいるだろう。
黙示録の獣の一種、
文明を喰らい尽くし、人類を滅ぼす破滅の化身としての本性を持つ彼女だったが……今は驚くほど大人しい。ずっと人類最後のマスターの傍にはべり、彼の世話をかいがいしく焼いている。その姿は獣などではなく、ただ好きな人の傍に居られて嬉しいと喜ぶ幼い少女のようだった。
そんな彼女を、これから殺す。
人類最後のマスターと彼女は、傍から見てもことさら特殊な関係のように思えた。彼は厄災の獣である彼女を警戒しつつ何処か頼りにしていて、彼女はその警戒を煩わしく感じながらも、彼の傍に居る事を何故か心地よく感じ始めている様だった。
この信頼関係こそが、彼の
……もうそれ以外、彼の心を折る手段が思い浮かばない。あったとしても、もう時間が無い。
「うふふふふふ。およびですかぁ、◆◆さーん? あらあら、男と女がこんな密室に二人きり……わたくし、ドキドキしてきてしまいましたわ? 怖い怖い……一体どんなことをされてしまうのでしょう……?」
広大な訓練ルームで一人心を落ち着けていると、廊下の暗がりからぬうっ、と
尼装束に身を包んだ彼女がくねくねと身体をくねらせるのを冷ややかな目で見つめる。背中をビリビリと突き刺すような殺気。ただ立っているだけでも、膝が砕けて震えが止まらなくなりそうになるほどの威圧感。俺が何の用で呼び出したかは、彼女にももう分かっているのだろう。
チッ、と内心舌打ちをする。
マスターである彼を同伴してくれれば一番良かったのだが、当てが外れた。
「いやいや、そう怖がらないで良いってw ほら、俺ってちゃんマスの事すげぇリスペクトしてるじゃん? キアラちゃんからマスターの事、色々聞きたいなーって思ってさぁ」
「うふふふふふ……あらあら、本当でしょうか? ああ、でもちょうど良かったです……わたくしも貴方の話、色々聞きたいと思っていたんですよ?」
「へー、キアラちゃんに興味持ってもらえるなんて嬉しいなあ! 何々、何でも聞いて?」
しらじらしい会話をしながら、お互いに距離を縮めていく。
あくまで自然に、ただの日常であるかのように。
間合いまであと三歩、二、一……。
「―――――――――ッ!!」
衝突音。
強化された肉体による縦拳は、亜音速の壁すら突破した。かつて優秀な魔術師だった俺が、血反吐を吐いて修めた努力の結晶。一家伝統の魔術と八極拳の融合。不意打ちならばサーヴァントすら殺せるであろう初見殺しは、しかし―――。
「あらあら、こわぁい? わたくし、か弱い尼僧ですのに……こんなに激しく求められては困ってしまいますわ?」
―――目の前の怪物には、全く通用しなかった。
「クッ――――ッ!?」
「おイタが過ぎてはいけませんね。少し大人しくさせてみましょうか」
背後からボコボコと泡立つ気配。咄嗟に跳ぼうと脚に力を込めたのも束の間、テラつく触手によって手足を拘束される。殺生院キアラが操る、出所不明の悍ましい触手。視線が通る場所ならば何処にでも出せて、伸縮自在。その上強度はどんな金属よりも強靭で、サーヴァントですらその拘束を解除するのは容易ではない。事実、俺が力を込めてもこの触手は揺るぎもしなかった。
「ふう。これで一安心でしょうか」
「
「ああ、危ない危ない。魔術師の方はむしろ、こっちが本職ですものね。うーん、でもどうしましょう? 口を塞いではおしゃべりが出来ませんし……そうですね、取り合えず右腕を折っちゃいましょう♥ また詠唱したら、今度は左腕ですからねー?」
気味の悪い触手によって口を塞がれたと思った次の瞬間、右腕から
「うんうん、元気なのはいい事です♥ もっと素直にさせるために、やっぱり左手も折っておきましょう♥」
「――――ッ!! ……聞きたい事ってのは、何だ。言ってみろよ、バケモノ風情が」
「右足♥」
「グゥ……ッ!!!」
「うーん、こうなると仲間外れの左足くんが可哀想ですね‥…折角ですし、ここも折っておきましょうか♥ 子供のおもちゃみたいに、可愛らしくなりましょうねー?」
四肢を完全に破壊され、人形のようにダラリと手足を投げ出して触手に吊り下げられる。
怪物。サーヴァントの枠組みを遥かに超えた、ただただ恐ろしい化け物がそこには居た。
……
「グッ……! それで、聞きたい事って? キアラちゃんが知りたい事から、ハアッ、知らないコトまで、何でも教えてあげちゃうけど?」
「ええ、ありがとうございます♥ では、まず一つ目……あなたは一体、何がしたかったのです? 折角、私たちは今まで貴方の事を
「………………」
首に、しゅるりと軽く触手が巻き付く。『次はここを折るぞ』とでも言いたいのか? 俺が黙っていると、相手は気にした様子もなく言葉を続ける。
「『何がしたいのか全く分からんが、とにかく人理修復の役に立ってるからヨシ!』……私のマスターの言葉です。あなたと性交渉を行ったサーヴァント全員、「
「………………」
「私のマスターの基準はシンプルです。【人理修復の邪魔になるかどうか】。その点、あなたは複数のサーヴァントと自由恋愛を楽しんでいるだけで……他のカルデア職員のように、サーヴァントを私物化しませんでしたね? だからこそ私のマスターも、たまに届く趣味の悪いビデオを見て見ぬふりしてあげていたのですよ」
「………………」
「わたくし、生前はセラピストを務めておりました。あなたのような虫の心にも、幾分か精通しているつもりです。なので分かるのですが……あなた、別にセックスがそこまで好きな訳じゃありませんよね? カルデアに来る前も今も、女性を満足させるための義務として行っていたのではありませんか? あなたの動機が分からないのです。マスターを憎んでいるわけでも無く、女体に溺れたいわけでも無い。全てが
そこまで話し終えて、殺生院キアラはこちらを促すように首の触手を離した。
確かに俺のやっている事は、傍から見れば随分と矛盾しているように見えるだろう。
堕としたサーヴァントたちには、『マスターの命令には絶対に従うように』と命令した。そっちのほうが燃えるからとか、関係を隠すためとか、理由は何でもいい。子供だましの嘘以下の稚拙な理由でも、彼女たちは何の疑問も抱かなかった。奪ったと思ったら返して……確かに、俺のやっている事は一見意味不明に見えるかもしれない。
では、なぜそんな事をしたのか? 答えは決まり切っている。
人類最後のマスター。俺の光。彼に、人理修復を諦めてもらう為だ。
「一つ、質問……俺が堕として、アンタたちに従うよう命じたサーヴァント。役に立ったか?」
「いいえ、まったく? ゴブリン、現地民、兵士、敵サーヴァント……。枚挙にいとまがありませんが、とにかく全員役立たずでしたよ」
「ハハハッ……だよな。そうだよなぁ……」
俺と
血の混じった咳が出て声がかすれる。それでも、せめて彼女に届くよう必死になってしゃがれ声を絞り出す。
「それだよ……。俺の目的は、最初からずっとそれだ。サーヴァントは、ゲホッ、役立たずだっただろう?
「何のために?」
「俺たちが、ゲホッ、救う価値の無い塵屑だって分かって、そして……
「―――――ッ!」
一瞬、触手の拘束が緩んだ。
「
肉体強化。身体の部位を星と見なし、それを繋ぐことで星座を紡ぐ。俺の家に代々伝わる、俺の大好きだった魔術だ。効果時間は短いが、サーヴァントを遥かに凌駕する膂力を得ることが出来る。関節を外すようにして、無理矢理に拘束を脱出した。
ゴキゴキと音を立てて、グチャグチャになっていた俺の身体が修復されていく。これは魔術ではない。奇跡を起こす、魔法の杯。汲めども尽きぬ魔力を湛えた、万能の聖遺物―――聖杯の力だ。
「ハァ……! 油断したな、バケモノが……!」
「……あなた、その身体」
「あァ、分かるか? 全身に聖杯を埋め込んである。ただそこに居るだけで周囲を焼く、星の結晶だ。俺の魔術には相性が良かったよ……!」
この狂ったカルデアにも、幾つか法則らしきものがある。例えば、聖杯は一人一つしか見つけられない。理由は分からない。しかしどれほどカルデア内を必死に捜索しても、俺は何故か新たな聖杯を見つけ出す事は出来なかった。
だが、それならそれでやり様はある。結局のところ、
見つけられないなら、見つけてもらえばいい。手に入れられないなら―――奪えばいい。
広大なカルデアに点在する、物資保管倉庫。そこの奥には、聖杯を奪われて休眠措置を施されたカルデア職員が12人ほど眠っている。
「人類最後のマスター! 人類の救世主! そう言って持ち上げながら、どうして誰も気づかねぇ!? 救世主の最期なんざ――――死ぬだけだってなァ!!」
初速から最高速を実現する、中国拳法独自の歩法。それを使って、一瞬俺を見失った目の前のバケモノを蹴り飛ばす。―――咄嗟に触手でガードされたか。構わない。相手が戦闘態勢を整えられていない間の奇襲にしか、俺の勝機は無い。
「尼さんは他所の宗教には詳しくねェか!? かつて
ボゴボゴと泡立つ音を立てて、床から大量の触手が這い出して来る。関係ない。波打つ触手を足場にして飛び跳ね、邪魔な物は蹴り飛ばして破砕する。今の俺の肉体強度ならば、その程度の事は出来る。
「お前みてェなバケモノにも分かるだろうが! 魔術王には勝てない! 何をどうしようが、絶対に殺される!」
そうだ。それが、そもそもの話の大前提だ。
「じゃあどうする!? 決して人理修復を諦めないアイツを、どうやって止める!? ……アイツは、いったい何をすれば止まってくれる!?」
思いつく手段は全て試した。説得、泣き落とし、交渉、取引……。思いつくありとあらゆる手段を使っても、彼は人理修復を諦めなかった。
不可能に挑戦するならば、尋常ではない手段を取らなくてはならない。要らない物を捨てて身軽にならなければ、彼のスピードには届かない。彼の背には届かない。彼の肩を掴んで、引き留める事は出来ない。
だから捨てた。常識を、倫理を、モラルを捨て、ありとあらゆる邪悪をした。彼の心を折るために、考えつくことは何でもやった。彼の旅を美しいと思った。彼の事を心から尊敬していた。彼に、友情を感じていた。だが、その果てに彼の命が無いとしたら。
俺は捨てた。他の全てを捨てて、彼の命を選んだ。無数の聖杯と半特異点化したカルデアでならば、細々と命を長らえる事が出来るかもしれない。魔術王に勝利する奇跡より、可能性のある現実に賭けた。
全身の聖杯が駆動する。友人から譲り受けた1個と、カルデア職員たちから受け継いだ12個。合計13個の聖杯が、俺の身体に尽きる事の無い魔力を与えていた。身体強化。広大な空間を三次元的に跳ね回り、防御が緩む瞬間を狙う。
「俺は、俺の無価値を証明する……!
そうだ。結局のところ、それが俺のモチベーションだ。彼に、人理修復を諦めて欲しい。人類を救おうと足掻いて、これ以上傷ついて欲しくない。
だから、価値を下げた。英霊を堕として、それを彼に送って……考え得る限り最も効果的な方法で、人類を貶めた。全ては彼が、人類を見捨ててくれるように。人理救済という重圧から逃げて、俺と同じ
「だから死ね、怪物――――!」
衝撃。十分な助走を取った跳び回し蹴りが、確かに怪物の防御を貫いた。通った。聖杯の魔力をギリギリまで隠匿し、相手の動揺に付け込んだ奇襲。そこまでして、やっと一撃与える事が出来た。
「――――ッ、ゲホッ、ハァ……!」
一瞬の達成感の後、反動がやって来た。全身が軋んだように痛む。心臓がうるさい。全力疾走の後の疲労を何百倍にもしたような負荷が俺を襲っている。
人間という種の限界だ。聖杯の力を借りて、ほんの一瞬サーヴァントに並ぶ膂力を手にしたとしても……肉体の方が、それに付いていけない。三輪車に無理矢理ロケットエンジンを乗せたようなものだ。ダムの放流の様な魔力を制御し続けて、魔術回路が焼き切れかけているのを感じる。一分にも満たない強化ですら、もう全身が弾け飛びそうだった。
限界だ。そう、土煙の向こうへ祈る。人の身で英霊に並ぶことが、こんなに辛いなんて分からなかった。頼む。お願いだ。頼むから、もう死んでいてくれ。
「……それが、あなたの動機ですか」
「ハハハ……まあ、そう上手く行くわけもねぇよな‥…!」
当然のように、軽傷。
考えてみれば分かる。殺生院キアラは、既に無数の聖杯を胎内へ収めている。サーヴァントとして元々俺より高い肉体スペックを持つ彼女が、俺より多くの聖杯で強化されているのだ。勝てる訳が無い。俺の全てを燃やし尽くす覚悟で与えた一撃も、既に治癒しかかっている。どんなに卑劣を講じようが、人は虎には勝てない。これはそういう、当たり前の話だった。
「なあ……。頼むよ。お前も、彼に死んでほしい訳じゃないだろ?」
四肢に再び、触手が纏わりつく。視線が通れば好きな場所から生やす事が出来る、殺生院キアラが操る悍ましい触手。この世のどんな金属よりも固いそれが、俺の両足に絡みついていく。
「ガッ……! なあ、頼む……! 俺にだって、少しはお前の気持ちが類推できるぞ……! 殺生院キアラ……! 獣の名を冠する、人類悪の怪物! 彼との旅が楽しいだろう! 正しい人間の隣に居ると、自分も正しくなれたような気がして幸せになるだろう!? そう思ってるうちにな、ガハッ、死ぬぞ……! 怪物であるお前に、ただの人間である彼は付いていけない!」
聖杯に願う。俺に力を。この拘束を抜け出して、救世主を誑かすこの怪物を殺すだけの力を。砕かれた四肢が、徐々に再生していく。俺の何もかもを燃料にくべて、奇跡の力が全身を満たしていく。
「お前が居る限り、彼は人理修復を諦めない! お前が居るせいで彼が死ぬんだ! 救世主を誑かす、
「
停止。
全身の細胞が、脳の制御を離れて沈黙した。俺の制御を忘れて、
「黙って聞いていれば、身勝手な理屈をツラツラと……本当に、本当に不愉快です。良かったですね? わたくしが禁欲中で。もしそうでなければ、この場で縊り殺していました」
激情をこらえるように、触手が俺の全身をギリギリと締め上げる。折れた肋骨が肺に突き刺さったのか、ゴボゴボと喉奥で血が溢れる音がした。
「あなたの理屈は結局、すべて蟲の理屈です。人理を救う責務から諦めた言い訳を、ずっとグチグチウダウダとみっともなく並べて……あなたが彼に、一体何をしましたか? その自己愛に満ちた気味の悪い言い訳に見合うほど、彼の役に立とうとしたのですか? 趣味の悪いビデオを送りつけて、蟲どもに彼を罵倒させて……! 彼は気にも留めていませんでしたが、私は違うのですよ。ずっとずっと、あなた達の事が憎くて仕方ありませんでした……!」
違う、と必死に反論しようとする。そうじゃない。俺のしたかった事は、もっと―――。
「分かりやすく教えて差し上げましょうか。あなたは、ただの
「彼が羨ましかったんですよね? 諦めず、迷わず、ずっと進み続ける彼の事が好きになっちゃったんですよね? 分かりますよ。そういう気色の悪い同性愛にも、私は精通していましたから。」
「だから、彼にも仲間になって欲しかったんです。命がどうとか勝手に理屈をつけて、結局は自分と同じ底辺まで堕ちて欲しかったんでしょう? 身勝手な自己愛で彼に望みを押し付けて、傷をなめ合いたかったんですよね?」
反論を許さないまま、殺生院キアラはそう言葉を連ねる。何か言いたくても、気道さえ圧迫された今の状態ではまともに呼吸さえできない。
「私の気持ちを分かるなどと、あなたの様な負け犬が、たとえ冗談でも口にしないでください。本当に不愉快でした。私の気持ちが分かる訳ないでしょう? 私が彼との旅を、どれだけ楽しく思っているか。彼が隣に居るだけで、どれだけ心が弾むか。そして、やっと私にも好きな
「私は、彼のサーヴァントです。サーヴァントはマスターと絆を結び、共に困難へ立ち向かう存在。そして私のマスターは、未だ人理修復を諦めていません。私が彼に付き従う理由は、それだけで十分です。彼の
苦しい。脳に酸素が足りず、意識が朦朧とする。千切れそうな思考を懸命に繋ぎ止めて、考える。
俺は、ここで終わりだ。元々分の悪い賭けだったのだ、残念にも思わない。
ああ、だが、
ざまあみろ。俺の行為は、結局傷の舐め合いだったかもしれない。俺はサーヴァントに彼を罵倒させ、彼を貶めただけかもしれない。だが、それでも最後に目的は果たせた。歪ながらも、一縷の望みをこの怪物に託したのだ。
いずれ、この疑念の種は芽吹くだろう。第五特異点か、第六特異点、あるいは第七特異点まで延びるかもしれない。いずれコイツは、マスターの死を受け入れられなくなる。人理を捨てて、自分と共に生き延びて欲しいと願う事を止められなくなる。それで終わりだ。それはある意味、ここで俺が勝利するよりも良い終わり方とも言えた。聖杯を抱えた怪物は、一番の宝である彼を大切に守ってくれるだろう。魔術王からも逃げきってくれるはずだ。
「殺してしまっては、マスターに怒られてしまうので……【
俺が溶けていく。魂の輪郭がほどけ、快楽に満ちた偽りの極楽へと導かれていく。その刹那。
『魔術も知らない素人が、今までよく頑張ったものだ。安心しろ、ここからは私が指揮を執る』『魔術王など畏れるものか! お前たちの時代から、人類は常に進歩し続けてきたのだ!』『我らの歴史は我らが刻む! どこの誰とも知れぬ魔術王など、お呼びでは無いわ!』
俺の本当の理想。なりたかった自分の姿を、垣間見た気がした。
「~~~~~~~~!!~~~~~~!」
「~~~~~~~~~~~~~~~~!」
深いまどろみの中から目が覚めた。身体は泥が纏わりついたように重く、思考は千々として形にならない。
遠く、どこかで喧噪が聞こえる。誰だ? そもそも、ここが何処かも分からない。地獄。根源。冥府。最後の審判。複数の可能性が浮かんでは、すぐに否定されていく。
「あ、あ゛ー。すまん、ちょっとそこの君。ここは何処だ? 私は何故ここに居る?」
「あっ、◆◆さん! 丁度良かった、あなたもこっち来て下さい!」
「……? 君、私の事を知っているのか?」
……いや、この声。どこかで聞き覚えがある様な……? ぼやけた視力が、徐々に回復していく。照明に照らされた白い廊下に、白で統一された制服。
「当たり前ですよ! 同じカルデアのスタッフじゃないですか! それより今とんでもない状況なんです、早く来てください!」
カルデア。
「……すまない、状況把握が出来ていない。ここは、カルデアか?」
「だからそうですって! 休眠装置に入ってボケちゃったんすか?」
「死後の世界ではなく? 私……俺は、生きてるのか?」
「当たり前じゃないですか! さっきから何言ってるんすか!」
……有り得ない。俺は確かにあの時、殺生院キアラによって殺害されたはずだ。宝具の出力を加減していたのか? いや、違う。気にするべきはもっと別の事だ。あそこで死んでいようがいまいが、もっと根本的な部分に眼を向けるべきだ。
「人理は……人理焼却はどうなったんだ? あれがある限り、俺がこうして意識を取り戻す訳が……」
「だ、か、ら! さっきからずっとその話をしてるんすよ!
―――――――。
「分かっているのか!? このまま国連の視察が来れば、我々は終わりだぞ! 人理継続保障機関である我々が、人理焼却時に
「うるせえんだよハゲデブ! 死ね! テメエがサーヴァントに何してたかまで全部報告してやろうか、ああ!? さっさとこっちに来て資料焼くの手伝え! 一つでも残ってたら全員死ぬんだぞ!」
「そんな事したって無駄に決まってんだろ! 人類最後のマスターに、どれだけの記録媒体が渡ったと思ってる! あのゴミ野郎がほんの気まぐれを起こして国連にアレを送ったら意味ねえんだよ! ここは全員のコネを使って、なんとか事態を揉み消す方向で―――!」
「無理に決まってんだろ! 人類全員がこの異常事態を認識しちまってるんだぞ! さっさとカルデア中から触媒になるもんかき集めろ! こうなったらもうやるしかねえ! もう一回英霊召喚してハメ潰して奴隷にして、国連全員ぶち殺して立場分からせてやる!」
「あああああああああああ!! 終わりだ! 終わりだああああああああああ!」
「……彼らは、いったい何をしているんだ?」
「分かんないんすか!? 後始末っすよ! もうあと24時間で国連の視察が来るんすよ! それまでにこのカルデアを何とかしないと、俺たち全員ヤバいっすよ!? 早く先輩も力貸してください!」
「そもそも誰がこんな事やり始めたんだ! せめて記録に残したりなんかしなければ、まだマシだったかもしれないのに! 最初にやった奴誰だよ!!」
「黙れ、殺すぞ! そんなもん分かる訳ねえだろ! クソ、こんな事ならあのハメ穴もっと長持ちさせりゃあ良かった……! どうすんだよ、英霊も全員いなくなってよぉ!」
「聖杯! 聖杯こい! あれがあればまた何とかなる! 俺はアツい! また聖杯で、なんとかなる……!! 聖杯でワンチャンある、聖杯でワンチャン……!」
「わ、私は被害者だから! 人類最後のマスターのこと尊敬してたのに、無理矢理犯されて……! 全部嘘! 演技だったの! だから、私は無罪! わた、わたしだけは無罪です!」
「都合のいい事言ってんじゃねえぞこのブタ!! テメエもノリノリだっただろうが!」
醜い。これが、彼が守ったカルデアか。
こんなものを、彼は、それでも守ってくれたのか。
「……力を貸すって、じゃあ何をすればいいんだ?」
隣にいる後輩を、力なく見る。自分の無力を実感した今では、もう何も出来る気がしなかった。
「決まってるじゃないすか! 先輩、人類最後のマスターと仲良かったっすよね!? 何とか連絡とって騙くらかして、このカルデアに連れてきてください!」
……………………。
「……呼び出して、何を?」
「責任取らせるんすよ! オイラたちは皆騙されたんす! あの詐欺野郎が、まさかホントに人理を修復するなんて思ってなかったから! だからあんな変な事しちゃったんす! 騙されたんすよ! その責任を取らせるんす!」
「…………そうか」
「あたり前っす! あの詐欺野郎、さっさと何処かに高飛びしやがって……! オイラたちを騙してたのがバレたからっす! 謝らせるんすよ!アイツを呼び出して土下座させれば、国連の人たちも誰が悪いか分かってくれるはずっす……!」
「…………そうか」
そうか。
失望も諦観も無い。俺も、彼らと同類だ。彼に身勝手な理想を押し付けた。
彼らを見て、ふと数年前の事を思い出した。【人理継続保障機関フィニス・カルデア】。人類の未来を保証する特務機関。最初は、自分も青臭い使命感を抱いていたはずだった。誇りを持って歩んできたエリート街道。自らの実力を高め、人類に貢献したいという清く正しい使命感があった。
どうして、その思いのままでいられなかったのだろう。
我々は、カルデアの一員なのだ。国連の信任を持って委託された、人理の防人なのだ。その職務に殉ずるべきだった。魔術王には勝てないと思っても、人理救済は不可能だと考えても、死ぬその時まで足掻き続けるべきだった。
彼が、当たり前にやっていた事だ。
「取引材料はあるっす! 霊基反応をチェックしてたところ、一騎だけサーヴァントが消失していなかったっす! きっとあの男が何かして、自分だけのハメ穴奴隷にしてたんすよ……! オイラたちに内緒でメス奴隷を作るなんて、姑息なクズ野郎っす! 正義の鉄槌を喰らわせてやるっすよ!」
「……もう、いい」
「え?」
「もう、お前は喋らなくていい」
軽く振った腕が、彼の顎の先を掠める。脳震盪。一瞬で意識を失った彼を、せめて優しく寝かせてから喧噪の方へ足を向ける。
「お、◆◆! ちょうど良かった、お前も討伐隊に参加してくれ!」
「……討伐隊?」
「おう! 人類最後のマスターを名乗って好き勝手やってた、あのクズ野郎の事だよ! ただ出ていくだけならまだしもあの野郎、聖杯も魔術素材もあるだけ全部持って消えやがった! 許せねえよ! 卑怯な泥棒野郎を探し出して、裁判にかけるんだ!」
「へえ……討伐っていうのは?」
「ああ? まあそりゃ、抵抗するならちょっと手荒な事もするかもしれねえからな。土下座して素材全部返すなら軽いリンチくらいで済ませてやるけど、調子乗った事言うんだったらそりゃあ半殺しよ! ヘヘ、そんでよ、そこに聖杯があったらまた
「そっか、遠慮するよ」
既に聖杯を手に入れた後を考えてニヤつく彼を通り抜けて、正面玄関の前に立つ。
周囲から、怪訝な視線が集まるのを感じる。後ろの方で、顎を砕かれて気絶している男がやっと見つかったのだろう。さざ波の様なざわめきが周囲を支配していた。
「俺たちはもう、ここから出られない」
そう宣言する。隔壁ボタンを操作し、玄関以外の隔壁を閉じる。
「出るべきじゃない」
全て閉じ終えたのを確認して、握りこぶしでボタンを破壊する。これで、そう簡単にここから出る事は出来なくなった。
「俺たちはみんな、自己愛にまみれた獣の群れだ。だけどここから外は、
境界を引くように、そう宣言する。
そうだ、俺たちは間違えた。カルデアにもたらされた大破壊によって、自分を見失った。人間性を捨てて、ただ欲を貪るだけのバケモノになった。
ここから先は、人間の世界。彼が暮らす世界だ。彼が守った、かけがえのない大切な世界だ。
「俺たちが、汚していい場所じゃない」
線を引く。彼の世界へ、この
「
かつて、宇宙を通じて根源に至ろうとした一派がいた。彼らによれば、宇宙はエーテルと呼ばれる第五元素によって満たされた世界だという。そこでは重力は働かず、空間と距離がその形を保つ事は無い。時間は過去から未来へと流れず、ただ混沌として混ざり合う。
手を伸ばしても届かない、遥かなる遠い世界。
殺生院キアラの宝具に溶かされる前に垣間見た、俺の理想の自分。魔術王に屈する事無く、人理修復へ尽力する自分。そうだ、俺は本当はそうしたかったのだ。彼の横に並んで、彼と共に戦いたかったのだ。……今となっては、何もかもがもう遅い。
怒号が聞こえる。血迷ったのか。裏切りもんだ。コイツを責任者にして国連に差し出せ。そう叫ぶ声が聞こえる。
ざまあみろ。ここが、俺たちの終点だ。俺たちはここで、自分のした事に対する責任を取るのだ。それが、カルデアだ。気づくのが遅すぎた。その責任を果たさなければならない。
来いよ。俺はあのビーストにだって一撃入れたんだ。そう心の中で毒づいて、押し寄せてくる人の群れへ拳を振るった。
「……理解しました」
全てを語り終えた後、国連職員がそう言って眼鏡を指で押し上げる。
「貴方たちはみな、人理焼却という異常事態に慌てふためき、全ての責務を一人に押し付け、英霊であるサーヴァントを性処理具として用い、奇跡である聖杯を濫用した……。纏めれば、それで間違いありませんでしょうか」
あの後、俺はカルデア職員全員を無力化する事に成功した。要因は幾つもある。隔壁の解除に彼らが手間取った事、連携が取れていなかった事、俺に対魔術戦の心得があった事、カルデア最高峰であるAチームが全員休眠状態であった事。幾つもの偶然が重なり合った結果、俺は国連査察官が到着するまで門を守り切る事が出来た。
彼らは証拠隠滅も碌に出来ていなかったカルデアの全てを調べ上げ、俺含むカルデアの幾人へ事情聴取を行い……。
……そして、俺は一人で彼女に呼び出されていた。
「その通りです。大変申し訳ありませんでした」
頭を下げる。結局、俺がやっていたことは何もかも見当違いだった。手段は皆目見当もつかないが、彼は魔術王に勝利したのだ。自分がどれだけ無能で、思い上がっていたのか。今となってはただ恥じ入るばかりだ。
「……あなたたちの処遇は、国連内部でも揉めています。そもそも人理焼却は真実だったのかという捜査から始まり、更には責任の処遇、今後のカルデアの運営、人理継続の手段など……考える事は山ほどあるのです。……カルデアの売却は、難しいでしょうね。これだけの不祥事です。誰も買い手がつきません」
「申し訳ありません」
頭を下げる。俺にできる事なら何でもするが、そもそも償えるようなものでもない。俺にできるのは頭を下げる事と、いずれ下される裁きを受け入れる事だけだ。
「カルデア職員の処遇は、先ほど言った通り未だ未確定ですが……あなたに関しては、恩赦の余地があります。そもそもとして、貴方は他の職員とは違い犯罪行為を行っていません。サーヴァントというカルデアの備品を、一切損壊していないからです。人類最後のマスターと呼ばれる彼に送った、猥褻な映像に関しては議論の余地があるでしょうが……これは、本人の訴えが無ければこちらから動くことはありません。つまり、貴方に問われているのはカルデア職員としての職務放棄、その一点のみです」
「そのような事はありません。他の職員と同等の裁きを求めます」
今更自分だけ助かろうなんて、甘い事は思っていない。俺はカルデアの責務を放棄した。人類を救う事を諦めたのだ。その一点だけで、どれだけの罰を下されても仕方のないように思えた。
「ふむ……。その殊勝な態度と、まさか国連に反乱を企てようとするなんて阿呆な事を行った一部の職員を鎮圧したという実績も、こちらは割と好ましく思っているのですが……。まあ、この話はまた後でしましょうか。ところで、現在の生活に不便はありませんか?」
「ありません。お気遣いいただき、ありがとうございます」
現在、カルデア職員は全員カルデア内部に軟禁されている。逃走および証拠の隠滅を防ぐためだ。いずれ俺たちに下される裁きが決まるまでは、ずっとこのままだろう。
俺はそう言って、首を横に振ろうとして――――ふ、と思い出した。
「……人類最後のマスター。彼の所在を、国連は把握していますか?」
「もちろん。現在ハワイでバカンスを楽しんでいる彼の処遇も、今後の検討内容です。まあ、おおかた『経過観察』程度の腰の引けた処置になると思いますよ」
「ありがとうございます。では、もしよろしければ―――――」
『人理救ってカルデアから報酬ぶんどって、そんでハワイのビーチで豪遊だ!』と気合を入れていた彼を思い出す。しかし結局、カルデアからはろくな報酬も出せないままだった。焼け石に水、程度にすらならないと思うが、せめて出来る事をやるべきだろう。いずれ接収されるであろう俺のポケットマネーも喜ぶという物だ。
「ええ。その程度、容易い事です。ふむ。また一つ評価が上がりましたね」
査察官である彼女はそう言って、眼鏡を軽く指で押し上げたのだった。
「お、何だこれ。おーい、何か国連から郵便来たんだけど。これ何? キアラが前に言ってた『もっとヤバい事態』ってやつ?」
「あら? うーん、もう少し時間に余裕があると思っていたのですが……何でしょう? 開けてみてください♡」
「了解ー。……くっつき過ぎだって、暑い暑い」
「ああん、いけず♡」
「どれどれ、中身は…………? は? 何だこれ?」
「ふう……あなたの膝まくらはいつでも最高ですね……。あ、何でしたー?」
「めっちゃ大金と、あと……コレ。豪華客船クルーズのペアチケット」
「まあ! わたくし、これ乗ってみたかったんです! うふふふふ♡ タイタニックごっこ、一緒にやりましょうね♡ それにしてもこんな物をくれるなんて、国連というのも中々気の利いた組織ですわ♡」
「いや、どう考えてもおかしいだろ……何だこれ、国連内部に俺たちのカプ厨でもいるのか? まあいいや。豪華客船かー。楽しみだな、キアラ!」
「ええ♡ うふふ……あなたといると、毎日楽しくて仕方ありません♡ 大好きですよ、あなた♡」
「あなた呼びは気が早いだろ……まあ、そこら辺もおいおいな」
「!! 今、言質取りましたからね! もう撤回できませんよ、キアライヤーは地獄耳ですから!」
「はいはい……愛してるよ、キアラ」
「うふふふふふふ♡ 私もですよ、