齢12の男女は3年間の兵役につくべし。
大昔に魔王を封じた勇者が建国したとされるイーフーフ王国にはそのような掟がある。
男女に切り分けて集められた子どもたちは3年の期間を経て兵士を続けるか辞めるかを決めるのだが、そのうちの一部にはその選択肢は存在していない。
これはそんな選択肢を与えられなかった少年少女の物語である。
「マックは純藍に誘われているんだろう? 一握りの人間しか選ばれないエリートじゃないか。羨ましいなあ」
「そんなんじゃねえよ。エリートってことはそれだけ危険な任務が多いってことだし、どうせ俺が孤児だから都合がいいだけに決まっているって。現に俺は兵士を辞める気でいたのに、純藍に配属される人間には拒否権は無いって言われたぜ」
「そんなのモノの例えだって。辞める気でいても掌を返す純藍だぜ。普通は断らねえよ」
兵役で集められた男児が所属する男子義務隊の任期満了を間近に控えたある日の夜。
今後の進路を語り合う少年たちの中でマックと呼ばれている子は羨望の眼差しを向けられていた。
理由は彼が純藍という部隊にスカウトされていること。
この国の兵隊の中では王族警護を任される近衛隊の次に地位と名誉がある部隊で、男子義務隊からの近衛隊抜擢はまずありえない人事のため、事実上最高の出世コースであることを意味していた。
彼の隣りにいたヨシフを含めて子どもたちは彼を羨むのだが、とうのマックは乗り気ではない。
それというのもこのマック──本名マクシミリアン・テスタローリにとって義務隊での兵役は生活のための手段に他ならないからだ。
入隊時点で彼には行き場も金も食料もなく、両親も既に死んでいるということで年齢を1つ背伸びして入隊しているほど。
そんな彼には食い物と給金がもらえることが大事であり、兵隊として国に骨を埋める気のない彼にとっては3年間で蓄えた金を元手に平穏に暮らしていきたいと考えていた。
それがどうだろう。
入隊時には「孤児であることを踏まえれば仕方がない。ただし任期も周囲と同じ3年間だ」とされていた年齢のことまでも「断るようならもう1年、15歳になるまで義務隊を続けてもらうしかない」と、引き止めの圧は強かった。
夏場の怪談としてチラッと聞いた「純藍に入ることを拒んだ兵士は人知れずに殺される」という話が真実かもしれないと勘ぐる彼にとって、単にエリート部隊に抜擢されたとしか思っていない彼らの声は右から左に流れてしまっていた。
(実態を知らないからそういうことを言えるんだ。気楽なもんだぜ)
心の中で毒を吐くマックのことを理解していたのは、同じく純藍に選ばれたもう一人の少年、ラード・ラッシュガードだけだった。
彼らは今年の義務隊から純藍に選出された子供が男女2人ずつ、計4人であることなど知る由もない。
義務隊では子どもたちだけではなく、教育担当を含める上官から事務員に至るまで男女に分けて異性との接触をとことん避けるようになっている。
子どもたちは年末年始と農作業の繁忙期にのみ許される里帰りのときを除けば異性との接触を立たれるのだが、それには理由があることに彼らが気付けようものか。
そしてついにその日は訪れた。
マックとラードは兵隊幹部を務める筆頭貴族の一人、ワグナリア卿に呼び出された。
向かった先は純藍の宿舎であるアモルテル城。
ラードは107号室、マックは108号室と、別々の部屋に招き入れられる。
部屋の中に入るとそこはありきたりな簡素な部屋。
必要最低限の家具と壁面のクローゼット。
トイレとバスルームらしき内部屋が一つずつ。
そしてこれだけは簡素な部屋に似つかない天蓋の付いた大きなベッド。
ベッドの中はカーテンで塞がれており、その方向から微かに漂うのは胸の奥が刺激される初めて嗅ぐいい匂い。
少年たちは思わず生唾を飲み込んでいた。
これは年齢を考えれば当然の生理的反応であろう。
「こ、これから何をすればいいのでしょうか? ワグナリア卿がお待ちではないのですか?」
案内役だったワグナリア卿の配下の一人、バートンにマックが尋ねるのも無理はない。
急な呼び出しで連れて行かれた変哲のないベッドルームにどのような意味があるのか小首を傾げるくらいが兵士としては当然であろう。
だが彼の答えはマックが望むものとはまるで違っていた。
「卿ならこの時間は自室でお休みになられている。貴殿が純藍のしきたりについて明るくないのは充分に承知しているが、これを貴殿に説明する役目はマレーネ婦人に一任されているので、私はこれで失礼する」
「え?」
「今夜は初夜ゆえに明日の夕方までこちらからは干渉はしない。婦人と存分に語り尽くすといい」
なんとバートンは「婦人」と彼が呼ぶ人物の仕事であると言い残して部屋を出てしまった。
困惑するマックに対して、バートンの気配が部屋の周辺から消えたのを感知してから「ようやく邪魔者はいなくんったか」という態度で「キミがマクシミリアンか?」彼に語りかけてきた声の主は天蓋の中。
おそらく彼と同じくらいの年頃の女の子であろう。
孤児であり里帰りの期間中も寄宿舎に留まっていたマックが久しく聞いた女の子の声。
その響きの印象は彼には久しぶりすぎて困惑のほうが大きい。
「そうだけど……キミがバートン卿が言っていた『マレーネ婦人』でいいのか?」
「ええそうよ。色々と説明があるから、とりあえずこっちに来なさいな」
マレーネの指示に従って、とりあえず天蓋の前に立ったマックの目に飛び込んできたのは華奢そうな女の子の影。
影に映る彼女の身体は薄着のようで、思えばこんな間近に若い女の子を見たのはいつ以来かとさえ考えるマックはモヤモヤとした感情に苛まれてしまった。
今まで異性には縁がなさすぎて興味などなかったのだが、いま自分の胸の中を駆け巡る熱いものは何なのかと。
その答えは天蓋の中にいる彼女が握りしめていた。