緊張と警戒で天蓋を前にして直立してマレーネの声を待つマックに対して、彼女は少し舐め回すように観察してから呼びかけた。
天蓋から垂れているカーテンは内側からは外が見られるように術がかけられており、マックの態度から噂程度にも純藍の実態を聞いていないのだと彼女は判断しての言葉である。
その声は優しさの中に少し棘のようなモノが混じっていた。
「そうやって棒立ちしていては肩がこるだろう。靴を脱いでこっちに来なさいな」
(こっちと言われても……ベッドの中じゃないか)
「遠慮は要らないから」
「そう言われても……」
「言われたらさっさと従わんか。仮にもアタシの御主人様になる男なんだぞ!」
困惑して煮えきらない態度のマックに焦れて、マレーネは自分からカーテンを開け放った。
中に居たのは豊満な乳房と茶色い毛先のカールした髪の毛。
そして眼鏡の度で一回り大きく見える瞳をした薄着の女性の姿。
自分より大人のようでいて、華奢な手足や腰回りは歳下とさえ思える可憐な少女。
だけどその言葉は上から目線であり、俗に言う姐御肌であるとは女性を知らなすぎるマックはわかっていないようだ。
「え⁉ は、裸?」
「ベッドの上なのだから寝巻きに決まっているじゃないか。それとも何だ? 純藍のことだけではなく、女のことも無知なのか。アタシの御主人様は」
マックにとって初めて見るネグリジェ。
しかも肌が透けるほどに薄いソレを裸だと誤解するのは仕方がない。
ニヒヒと口角を上げて彼をなじるマレーネの嗜虐的な眼差しは彼の背中にゾクリという刺激を通す。
「まあ一晩かけてじっくりと教えてやろうじゃないか。さあ靴も上着も脱ぎ捨てて、早くこっちに上がってこい。話はそれからだ」
マックは彼女が自分を「御主人様」と呼ぶ理由すらも知らない。
だけど彼は「俺なんかが入っても良いのだろうか」と困惑しつつも、マレーネの色香に誘われるがまま上着と靴を脱いでベッドに潜り込む。
そろりとベッドの上に乗ったマックを待っていたのはマレーネからのスキンシップ。
「早くしろ」と言って手を引いた彼女はそのまま彼を押し倒して馬乗りになっていた。
「な、何をするんだ」
「そう狼狽えられるとアタシのほうが恥ずかしくなる。いいから黙ってアタシの説明を聞きな」
初めての女子に押し倒されたマックは半ば上の空。
そんな少年に彼女は大事なことを語りだす。
「いいか。今日からアタシとオマエは夫婦だ。王国の人別帳でも今日の日付でそうなっている」
「えっ⁉」
「不服であっても決まったことだ。今更嫌だと騒がれても困るしアタシだって傷つくよ。まあそれは一旦脇にどけて……何故こんなことを押し付けられているかと言うと、王国の建国者、リートとヤミが関係してくる」
建国者リートとその妻ヤミ。
彼らは現在の国王であるヤガミ王家とは血の繋がりがないこともあり半ば御伽噺の存在である。
イーフーフ王国がある双子山バストマウンテンの谷間はかつて魔境と呼ばれており、そこにはソウプランドという魔物の国が存在した。
ソウプランドをおさめていた導帝は魔物の中でも人間に近い容姿をした淫魔であり、淫魔王とも呼ばれた導帝はこの世界を支配する寸前だったと言い伝えられている。
その導帝を討伐し、魔物を地上から一層した伝説の夫婦こそがリートとヤミ。
彼ら夫婦には特別な力が宿っていたとも言われているが──そんな御伽噺の時代のことなど、天涯孤独で学のないマックはもちろん知らなかった。
「建国者なんて誰も覚えていないくらい昔の伝説じゃないか。まさか俺がその伝説の夫婦の末裔で、だから王国が嫁さんの手配までしてその血を絶やさないようにしているとか言うわけじゃあるまいし。そんなことありえねえって。俺は名家の出じゃないんだから。それに仮にそうだとしても、いままでそのことを公表したり保護したりはしなかったんだぜ。今更すぎるよ」
「言いたいことはそれだけ?」
「そう言われてもさっきから意味不明なんだって」
「──」
(え⁉)
「だったらさっきも言ったけれど少し黙っていて。説明の続きをするのに邪魔だから」
突然の歴史の話に困惑するマックの質問。
それは孤児となって生活のために兵隊に入った彼にとっては「今更特別扱いして、王国は何がしたいんだ」という怒りの意味も含まれていた。
マレーネはそれを吐き出し切ったかを確認した上でキスをして彼の口を黙らせる。
それは話の続きには邪魔なのもあるが、それはそれとして嫁になる者として話に聞いていた通り抱えていたマックの歪みが彼女には愛おしく感じた末に取った初めての求愛行動だった。
(何がしたいんだコイツ。だけど今のはキス? 初めてだったけど甘くて柔らかくて、全身に刺激が駆け巡ったぞ)
「あまり呆けられても困るが……そろそろ続きを話すぞ」
「あ……うん」
マレーネの指摘で自分が初めてのキスに呆けていたのを自覚したマックの顔は赤い。
それが少しだけ落ち着いたのを確認してから、マレーネは話の続きを語りだした。
「では無駄話はここまでだ。御伽噺の時代、建国者が戦っていた淫魔王の魔力を跳ね除けるには、彼らと同じシヴァの加護を受ける必要があるんだ。その為には細かい条件は脇にどけるとして、相性の良い若い男女が夫婦の契を交わす必要がある。だからアタシたちは此処に集められたってワケ。別にアタシやアンタが建国者の末裔じゃないけれど、シヴァの加護を受けるという意味では同じになるんだよ。シヴァの加護があれば強くなれるし、なにより建国者と同じだなんて光栄じゃないか」
(光栄? 馬鹿みたいな話じゃないか)
マレーネの話をマックが馬鹿みたいだと感じたのも無理はない。
彼の両親は夫婦揃って優秀な兵士だったらしいのだが、それ故に危険な任務に何度も駆り出された末に、二人揃って戦死していた。
シヴァの加護というものを与えられれば、なるほど超常的な力を得られるのだろう。
義務隊での成績は平均より少し低いランクだった彼にもそれが成り上がりの武器になることなど重々承知しているし、目の前にいる美少女がそのエサに目が眩むんでいるのも無理はないと思っていた。
だがマックにはこの話が死んだ両親の姿と重なってしまう。
彼らのように力を餌にして、その力がなければ生きて帰れないような任務を押し付けられるのではないかと。
元から平均よりやや低い自分がエリート部隊に選ばれた時点で怪しんでいた彼にとっては「それ見たことか」であろう。
「たしかに建国者と同じ加護が手に入るというのは凄いけれど……その口ぶりだと、その代わりに淫魔王とかいうのと俺たちが戦わなければならないんだろう?」
(コイツ……マヌケそうなわりに意外と鋭いな)
マックに説明の最後に回すべく避けていた核心を突かれたマレーネの眼鏡の奥がギラリと眩いた。