先に演舞場に来ていたマックらと、時間ギリギリまで部屋にいたラードたち。
既に流した汗を拭い清々しい顔をしている二人と、寝不足なのが見て取れる二人を見て、どちらが優勢なのかは明らかであろう。
しかしやつれた様子のラードからは言葉にしにくい凄みが漂っていた。
「そろそろ予定の時刻だ。準備はいいよな?」
あと1分で正午と言うところで、双方を取りなしたのは立会人を任されたロマニ。
ハキハキと頷く妹分の顔に手応えを感じつつ、反応が悪いラードのことを「何を考えているんだ?」と思うのは仕方がないだろう。
だが「もちろん」と呟いた彼はマックたちに負けるつもりはないらしい。
頬はやつれて目にも薄っすらとクマが浮かんでいるが目線は鋭い。
「では時間だ。俺が旗を振ったら模擬戦を開始するぞ」
「了解」
「では……スタート!」
立会人であるロマニとファラは二人とも手に旗を握っている。
掛け声とともに旗を振り下ろしたロマニに合わせて最初に動きを見せたのはハキハキとした万全の体調が滲むマックだった。
事前に打ち合わせた通りに突貫したマックの狙いはラードで男同士の一騎打ちが狙い。
一方でそれは避けたいラードが指先を動かすと、マリアが突き進んでくるマックを遮る形で飛び込んだ。
気剣を両手に握って振りかぶっているマックに対してマリアは素手。
彼女の経歴に疎いマックは「格闘もからきしではないと聞いていたが、術師であろう嫁を盾にしてどういうつもりなんだ?」と心の中で小首を傾げつつ剣を振り下ろした。
少し痛いが大事には至らない。
気剣の特性を理解しての気兼ねない全力攻撃なのだが、誤算があるとすれば大貴族の令嬢であるマリアはゴリゴリの武闘派という点にあった。
義務隊女子の動機としてマレーネもマリアが格闘を苦手としていないことはしっていたものの、実際に目の当たりにした今の彼女はマレーネが知るレベルを超えている。
マックの振り下ろしに合わせてマレーネが放った曲射の弓も重なる交点。
一発でノック・アウト出来なくてもダメージを与えられると踏んでいたのだが、マリアの動きはマレーネの予測を超えていた。
(斬撃と射撃の同時攻撃か。この程度なら僕には丸見えだね)
ラードが繰る糸に従って動くマリアは飛来する矢を横から殴り飛ばすことでかき消してしまう。
その勢いのままマックに背を向けたマリアは降ろされた剣も横から裏拳で的確に殴ることでこちらも消滅させた。
ただのパンチでは考えられない迎撃の秘密は彼女の手を覆う気愛いのグローブ。
リーチを犠牲にした高密度のエネルギーからすればマックの気剣など小枝同然である。
振り下ろしたハズが消えてしまった刀身に困惑して一旦距離を取るのだがマリアはその隙を逃さない。
気剣の再生も間に合わず無防備に近いマックの懐に入ったマリアはそのままマックの腹に拳を打ち込んだ。
「おごっ!」
(この……矢をバラ撒いてやる)
悶絶しながら空を舞うマックを痛々しく思いつつも、逆に誤射を気にせずに攻撃できる利点を活かすために気持ちを切り替えたマレーネが放ったのは13本の精気の矢。
亡き母から教わった十三龍矢(サーティーン・ドラゴン)がマリアとその射線上にいるラードを一度に捉えた。
(嫁さんは俺に意識が向いて反応できていない様子だし、いくらなんでもあれだけ同時に射てば今度こそ当たるハズさ)
マックの見立通りにマリアの目線は接敵していた彼に集中しておりマレーネの追撃には気づいていない。
いくらラードがテレパシーで指示を送るにしても普通ならば避けて後ろにいるラードを巻き込むか彼女自身が盾になるかの二択であろう。
先制こそ取られたがこれでイーブン、あるいは逆転かと嫁の援護に見惚れるマックだが、立会人であるロマニとファラは彼とは異なる見解をしていた。
それはこの状況でラードが足を止めたまま動かないその理由が不可解ということ。
マレーネのように術法でパートナーを支援をするにしても障壁の一つすら展開する様子がない。
いくら命をかけた戦いではない模擬戦と言えども嫁さん任せで無抵抗すぎるラードに懐疑的な目を向ける先輩をあざ笑うかのように彼は両手を動かした。
(そろそろギアを1つ上げるよ。少し我慢してね)
元から繋がっていたラードとマリアをつなぐ糸。
気愛いの供給量が目に見えるほどに増加したことでその存在にロマニも気がついた。
懸糸傀儡のようにラードの綴る糸に合わせて動くマリアの身体はラードから供給された気愛いが溢れて艶がある。
ただでさえ男の子であるマックを一捻りにする膂力を持つマリアが強化されればマレーネの攻撃を迎撃するのも不可能ではないらしい。
マリアを操る立場として文字通り俯瞰した目線にいるラードは彼女の死角に入ろうともすべての矢を逃さない。
そして彼の糸に従って動くマリアは先達の立場から見ても眼を見張る身のこなしを見せた。
(わたしだけの力では目で追いきれなくてとてもさばききれないけれど……ラードに身を任せるとまるで怖くないわ)
背中を見せた状態の裏拳に始まり、独楽のように螺旋を描きながら打ち付けられるマリアの拳は十三龍矢をかき消していく。
普通ならば目を回して倒れそうなほどの回転の勢いを糸を用いて誘導するラードの手により瞬く間にすべての矢は対処された。
ただでさえ十三龍矢は義務隊上がりの新人としては頭一つ抜けた術法である。
それを別の術法で迎撃するのでなく身のこなしによる乱打だけで容易くかき消すのは純藍の夫婦でも何組いるか。
周囲のレベルを知るからこそロマニはマリアの動きに驚いた。
(秘密はラードの指先から伸びている気の糸か? 人形繰りの容量でマリアに指示を送りつつ気愛いを注入してバフをかけているのだろう。だがそれだけにしてはマリアの動きがキレ過ぎていないだろうか)
(マレーネの紋様も順調に育っているようだけど……マリアのものはちょっと育ちすぎていないかしら。まだ新婚三日目よ)
そしてファラは同じ女として気付いた差異からマリアの状態に驚く。
シヴァの加護を授かった女の身体に刻まれる紋様。
子宮の位置である下腹部を注意に展開され始めたマレーネのモノは新婚早々としては順調の一言と言うべき範囲であり、特に活発時の濃さは新婚としては優等生の部類である。
早くも夫婦共々気持ちが通じ合っていて、気持ちよく交尾に没頭出来ている証拠であろう。
この濃さはマリアも敵わない。
マレーネが純藍の申し子というのを差し引いても、夫であるマックとは心も身体も相性が良い。
だが一方でマリアの紋様における驚愕すべき点はその範囲にあった。
彼女の指先にまで広がった紋様。
これは骨の髄までマリアが夫ラードのモノになっていることを示している。
だからこそラードの気愛いがマリアに注がれると彼女の全身が活性化していた。
濃さ=供給効率ではマレーネに劣ろうとも、指先にまで気愛いが充填される効果は大きい。
繰糸の動きよりも思念で伝達されたラードのイメージに従って動くマリアの能力は中堅隊員であるファラの全力をも凌駕していた。
(マレーネの攻撃を全部叩き落したばかりか、俺が落下するよりも先にマレーネの方に向かうなんて、あんな動きは初めて見るぜ。いくらラードが棒立ちでも彼女が強すぎてこのままじゃ負けちまう)
(アタシの事はいいからアンタは先に頭を潰しておくれ。足場ならアタシが用意するから)
(よし)
まだ殴り飛ばされたマックが空中にいる間にすべての矢を処理したマリアの止まらない猛攻。
マックもマレーネを心配するが、逆に彼女は自分を囮にして夫を押し出す。
彼女が用意したのは防壁術法を応用した言葉の通り足場で、気愛いで増強された脚力を持って蹴り飛ばされたマックの身体はそれ自体が矢となる。
模擬戦である以上、本来ならば緊急防御に用いる余裕をベッドした命までは取られないことを見越した捨て身の援護。
今のマレーネがとっさに出せる防壁程度など今のマリアには障子紙程度に過ぎないのもあるが、マックが蹴り上げるのには十分である。
(何をしたのかは見ていないけれど、これで終わりよマレーネ)
(自分から囮になるなんて献身的なお嫁さんじゃないかマック。このまま僕をノック・アウトしてイーブンに持ち込むつもりだろうが、そう簡単には行かせないよ)
(な⁉)
(くっ!)
両夫婦で攻め手と受け手が逆転しているが夫同士、妻同士で向かい合うこの状況。
マリアはラードの誘導に従ってマレーネの胸に透かしの拳打を放つわけだが、空中からの一直線に飛んで殴りかかったマックの方はそう上手く行かなかった。
元より一直線に向かっても移動されるので本命は着地直後とマックも思っていたのだが、予想に反して動かないラード。
反応できないのならば好都合だとマックも気剣を振りかぶったがその一撃は届かない。
ラードの周囲には近づくものを捉える蜘蛛の巣のような糸がいつの間にか貼られており、それに囚われたマックは突進の威力すら吸収されて空中に浮かんでしまったからだ。
悶絶して膝をつくマレーネと動きを封じられたマックを見れば勝敗は一目瞭然。
立会人としては止めるしかない。
「そこまでだ。この勝負、107号の勝ちだ」
ロマニとファラは揃ってラードとマリアに旗を向けて確定した勝敗。
初めての任務として行った両夫婦の模擬戦は、結果としてはラードたちの圧勝と言わざるを得ない結果となった。