この様子では誤魔化すのは逆効果だろう。
そう判断したマレーネは顔を少し下げて眼鏡の位置を整えて一呼吸。
すうっと息を吸ったあと、マックに彼が想像しているであろう真実を語りだした。
「その通りだ。無論アタシは納得した上でここに居る。だからこそ……アンタにもアタシに手を貸してほしいんだよ。その為の夫婦なんだし」
「開き直りかよ」
「アンタは学が足りないぶんカンが良いからね。普通のやつは導帝だのソウプランドだの淫魔王だのなんて、大昔の御伽噺なんざただの伝説だって信じないモノさ。ここで育ったアタシはそう言っていた人間をヤマほど見てきたよ。だけどアンタは……マクシミリアンは違うみたいだから。それなら直球で言うしかないじゃないか」
「この流れで御伽噺の連中と王国が密かに戦っていると理解できないようなボンクラがいるのか?」
「世の中、純藍に選ばれるような素質を持っていても、アンタに言わせればボンクラなヤツは結構多いよ」
「俺は平凡だけど他の奴らはどうせエリートだろう? ちょっと信じられないな」
「そういうアンタだって別の意味でボンクラじゃないか」
返事はまだ何もない。
だが説明すべきことはすべて伝えて、その上で彼はその内容を正しく把握している。
ならば純藍に選ばれた以上、自分たちは是非もなく夫婦になるのがさだめ。
マレーネの両親もかつては純藍に所属する夫婦であり3年前にソウプランドとの戦いで命を落としていた。
そんな父と母の背中を見て育ったことで「純藍のしきたりとシヴァの加護」については新人離れなほどに精通している耳年増な彼女は初な少年に寄りかかっていた。
押し倒されて柔らかい二つの丘を押し当てられて、ようやく自分の状態を理解したマックは彼女が言うように別の意味でボンクラ。
今から一つ歳上の奥さんに啄まれることなど思いもしないくらいに。
(馬乗りどころか胸を押し当てて寄りかかるだなんて。体重をかけられて重さで身動き出来ねえ。だけどそれ以上にコイツの身体が滅茶苦茶柔らかい。それでいてハリがあるし、なにより暖かくていい匂いがする。さっきもいきなりキスしてきたけど、これがヨシフが言っていた痴女ってヤツなのか? 初対面の男にここまでベタベタと触るだなんて恥ずかしくないのか、コイツ)
「そうやって黙るあたりはますますボンクラじゃないか」
「いきなり抱きつくばかりか、押し倒してくる女が居るとは思わねえよ」
「そういうアンタが女とは何たるかを語れるくらい女を知っているようには見えないが?」
「言うじゃないか。どうせ俺以外にも頼み事があればこうやって身体を売るんじゃないのか? そんな女と夫婦になれといきなり言われても承知しかねるぞ」
「そんなわけないだろう。最初にキスをすると決めた時点でアタシはアンタの嫁になるハラをくくったんだ。言うなれば惚れた弱みさ」
実のところ先に部屋でマックを待っていたマレーネは期待と恐怖で揺れ動いていたのだが、そんな彼女が彼を愛おしいと感じたあの瞬間、彼女の胸の内はきまっていた。
彼と一つになって彼を守れる力が欲しい。
その為には彼にも自分を好きになって欲しい。
純藍の子として幼い頃から英才教育を受けていたマレーネにとって、この思いは初めてのモノである。
いずれ純藍の一員になる以上、特定の異性に惚れてはいけない。
それを胸に誓っていたし、なにより義務隊が男女別になっているのも意図せずに純藍に選ぶべき人間が別の異性に惚れてしまい、シヴァの加護を与える上で適したつがいを選ぶ上で支障が出る可能を削っている。
そんな環境で育った彼女は王国が求めるままに恋というものを必要以上に知らない。
純粋培養されたマレーネは他の純藍に選ばれる女性と比べてもより一層、自分はさだめに従って決められた相手と結ばれる以外にないと感じていた。
その上で英才教育として男の喜ばせ方もバッチリと学んでいる、いわゆる「床上手の処女」なマレーネにとって、初めての相手を好きになれた時点で幸福と言える。
ツンケンとした態度で平静を装っていたがあのキスは彼女の心の中にある釜に火を灯す合図。
言葉こそ遠回しだが好意を伝えた時点でマレーネの気持ちはもう歯止めが聞かない。
「俺たち初対面だぜ。いくら王国から夫婦になれと命じられたからって、素直に従い過ぎやしないか? マレーネさん」
「そういうマクシミリアンくんはアタシが嫁では不満かい? もしそうならショックだけど」
眼鏡越しの上目遣いで迫るマレーネの潤った瞳。
もし自分が拒絶したら彼女が傷つくだろうと予感させるその瞳にマックはドキリとしていた。
いきなりの話でここまで実感がわかなかったが、目の前で自分では不満かと泣きそうな顔で懇願する彼女と夫婦になったのだと自覚すると胸の動機がおさまらない。
もしマックが年齢相応の青春を過ごしていたら。
もう少し色恋に興味を持っていたのならば、既に肉欲に流されているだろう。
だが言ってしまえば恋愛に対して幼すぎてヘタレであるが故に、そっと彼女の背中に手を回して抱きしめるマックの行動は正解である。
(無理矢理襲われても当然のつもりでくっついて見たのに抱きしめるだけだなんて。パパとママの馴れ初めでも、密着したらあとはそのまま勢いに任せてたって言ってたのにどうして)
優しく抱きしめられた嬉しさと、もしかして彼は自分のことが嫌なのかと言う不安。
そろそろ訳知り顔でマウントするのも限界のマレーネは少し震えた声で尋ねる。
「も、もしかして……本当にアタシとくっつくのが嫌なの?」
(そんなつもりじゃねえって)
だがマレーネの不安とは裏腹にマックは単に動転しているだけ。
初めての女体。
比較なんて出来るほどの経験もないが、自分にとっては至高であると直感する眼の前にいる彼女。
それを嫌だと言うつもりは毛頭ない。
このまま彼女と契を結べば大昔からいる魔物と戦うための尖兵にされる。
断ればおそらく王国から処刑される。
そんな不安などすっかり抜け落ちていたマックの頭の中にはマレーネのことしかない。
「勝手に勘違いして泣くんじゃねえよ」
どうしていいのか混乱したまま、更に抱きしめる腕の力を強めるマック。
柔らかいマレーネの身体がぎゅっと押し付けられて全身が熱るのを感じながら彼は彼女に気持ちを伝えた。
「初対面だしお前のこともよく知らない。だけどお前みたいな子が悪友どもに聞いた据え膳ってヤツなのがわからないほど俺はボンクラじゃない。もしこの出会いが夫婦になることを強要されてのモノじゃなくても、この機会を逃したらきっとお前のような子とは二度と出会えない。だからマレーネさん……いいやマレーネ。この機会に俺と夫婦になってくれないか」
「うふふ……もちろん♥」
初な少年と耳年増な少女の初夜はようやく幕を開けた。